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2009年4月の記事

2009年4月28日 (火)

福岡伸一著『動的平衡』を読み始める

『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞を受賞し、一気にブレイクした分子生物学者の著者は、その後も『できそこないの男たち』(光文社新書)を世に出し、前作の劣らず話題になった。
分子生物学というミクロの生命の営みのありようについて、私のような文系人間にも、わかりやすく興味を引くように書かれていている。一方、各種の学問上の発見を巡る学者たちの戦陣争いでの「悲喜こもごも」という極めて人間くさくて、生々しいドラマも織り交ぜて語られ、、その視点の切り替えの巧みさで、読者を飽きさせることがない。
私のような読書好きには要チェックの作者の一人である。

作者が月刊誌『ソトコト』などに連載してきた記事を再編・加筆してまとめたにが、2009年2月の新刊『動的平衡』(木楽舎)である。しばらく前に買って、本棚に並んでいたのだが、ようやく読み始めた。いつも通りの軽妙洒脱な語り口で、読み始めるや、あっという間に「福岡ワールド」に引き込まれる。

著者の語るテーマは、常に我々の身近にあるものから始まり、知らず知らず分子生物学の世界に案内され、「なるほど、納得」というオチになるのだが、半分ほど読みかけた中での「なるほど」を一つ紹介しておきたい。

我々が常々実感することの一つに、年をとる連れ、1年の「あっと」いう間に過ぎるような気がするということがある。そのことの答えとして、世間で語られるのは、「3歳の頃の1年はそれまでの人生の3分の1だが、30歳の1年は30分の1だから短く感じるのだ」という議論である。なんとなく、そうかなとわかったような気になってしまうが、著者は「体内時計」をキーワードにちゃんと答えを用意してくれている。

著者は「完全に外界から隔離され、窓もなく日の出、日の入り、昼夜の区別がつかない、時計もない部屋での生活」という架空の実験を想定する。そのような環境で、過ごした場合、3歳の時の自分と、30歳の時の自分が、自分に時間感覚での1年に長さはどちらが長く感じるか?との問いに対し「30歳の時に感じる「1年」のほうが長いはずなのだ」と答える。

それは私たちの「体内時計」の仕組みに起因する。(中略)細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過は、すべてタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることがわかっている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が、体内時計の秒針なのである。
もう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなっているということである。つまり体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる。
しかし、私たちはずっと同じように生き続けている。そして私たちの内発的な感覚はきわめて主観的なものであるために、自己の体内時計の運針が徐々に遅くなっていることに気がつかない。
だから、完全に外界から遮断されて自己の体内時計だけに頼って「一年」を計ったとするれば、三歳の時計よりも、三○歳の時計のほうがゆっくりとしか回らず、その結果「もうそろそろ一年経ったかなあ」と思えるほどに時計が回転するのには、より長い物理的時間がかかることになる。つまり三○歳の体内時計がカウントする一年のほうが、長いことになる。
さて、ここから先がさらに重要なポイントである。タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的時間はいつでも同じスピードで過ぎていく。
だから?だからこそ、自分ではまだ一年なんて経っているとは全然思えない、自分としては半年くらいが経過したかなーと思った、その時には、すでに実際の一年が過ぎてしまっているのだ。そして私たちは愕然とすることになる。
つまり、年をとると一年が早く過ぎるのは「分母が大きくなるから」ではない。実際の時間に経過に、自分の生命の回転速度がついていけていない。そういうことなのである。
(『動的平衡』44~45ページ)

「なるほど、納得」である。時間が早く過ぎる要に感じるのは、自分が老い、衰えた証拠なのだ。
だからといって、それを押しとどめるすべがあるわけではないので、そういうものかと理解して、これからの一日一日を有意義に過ごすよう心がけるしか、ないのだろう。
生命のルール、現実はなかなか厳しいものである。

『動的平衡』では、従来の著書のようにテーマが絞られていない分、様々な分野について書かれている。それだけ「なるほど、納得」の範囲も広がるということになる。
ゴールデンウィークの読書にオススメの一冊である。

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2009年4月25日 (土)

将棋に現代社会の行く先を見る梅田望夫著『シリコンバレーから将棋を観る』、著者は将棋観戦のプロだ

『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』などの作者梅田望夫氏が将棋の本を書いた。その名も『シリコンバレーから将棋を観る』(中央公論社)である。
著者は、子供の頃から将棋に親しみ、「将棋を指す」だけが将棋ファンではなく、将棋を指さなくても、「将棋観戦」を楽しむファンがいてもいいのではないか?と語る。

シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代
シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代

以前、私はこのブログで、短歌について

今の短歌入門の形式は、小説家が小説は面白いから、どんどん書いてくださいと勧めているようなものである。小説なら、たくさんの読者がいて、書き手である小説家になるのは一握りなのに、なぜ短歌はいきなり作りましょうになるのだろうか。短歌愛好者の裾野を広げるには、作らないけれど読むのは好きという、短歌ファンを増やすことも大切なのではないか。素晴らしい短歌にふれ、自分の心の歌として口ずさむようになれば、そのうちの何人かは、自分でも作ろう、詠んでみようとするだろう。
2007年4月22日

と書いたことがあり、「短歌」の部分を「将棋」に置き換えれば、思うところは共通しているように思う。

もちろん、将棋には150名ほどの一握りのプロという存在があり、アマチュアの愛好者の裾野の広いので、短歌と将棋を同じ土俵で語るのは、乱暴かもしれないが、「鑑賞するだけ」の愛好者があまり想定されていないという日本の伝統文化の敷居の高さのようなものは共通する点があるかもしれない。

著者は、「将棋を観る」ファンの代表として、昨年(2008年)、新潟での第79期棋聖戦第1局(佐藤康光棋聖・棋王vs羽生善治王座・王将)、パリでの第21竜王戦第1局(渡辺明竜王vs羽生善治名人)で、従来にない試みとしてインターネット上でリアルタイムでの観戦記を書くことにチャレンジした。
本書は、その2つのネット観戦記(第2章棋聖戦観戦記、第5章竜王戦観戦記)を柱に、将棋界の第一人者である羽生善治名人が、結果的に、現代社会の課題をも先取りし、その解決策を示していると語る第1章、夏の第49期王位戦での深浦康市王位の姿から深浦王位の社会性を語る第4章、羽生世代に孤独な戦いを挑む若手棋士のトップ渡辺明竜王について語った第6章、持論である「将棋を観る楽しみ」を書いた第3章、などからなり、最後の第7章が羽生名人と著者の対談で締めくくられている。

私自身、著者と同じ1960年に生まれ、同じような時期の将棋に親しんだこともあり、将棋に対する立ち位置が似ているので、「そうだよな」と納得するところが多いが、ここでは、私が常日頃、興味を持っている「ひとりの人間としてのプロ棋士の生き様」に関する部分をいくつか紹介しておきたい。

まず、棋士について語った部分

棋士というもの、将棋が好きでこの道に入り、(中略)周囲が心配するほど将棋に没頭しなくてはプロにはなれない。プロ棋士になっても、トッププロを目指しての競争が永遠に続く。その競争のプロセスの一つ一つで、必ず「勝ち負け」がはっきりし、その責任のすべてを個が負っていく。そんな世界は、現代社会の中でほとんど存在しない。
(中略)「好きなことをして飯が食える」ようになった彼らの人生に、私たちは羨みの気持ちを抱きつつも、その苛烈さに怖気づき、自分たちが生きている曖昧な世界の居心地の良さを改めて感じたりする。
(『シリコンバレーから将棋を観る』123ページ)

成功(勝ち)も失敗(負け)も、すべて将棋の一手一手を考えて指した自分の責任である。何の言い訳も、他人への責任転嫁もできない。著者の書くように、一般人からは考えられない「苛烈」な、究極の実力社会である。彼らの心の強さというものも、並大抵のものではなだろう。

著者はサンフランシスコで会食した深浦王位、行方八段、野月七段、遠山四段らを話して次のような印象をもつ。

とにかく、まずおそろしく頭がいい。地頭の良さが抜群で、頭の回転が速く、記憶力もいいから、話が面白い。自信に満ちている。会話の中で、相手の真意を察する能力にも、びっくりするほど長けている。だから会話もスムーズに運んで心地よい。(中略)礼儀正しく、若くても老成した雰囲気がふっと漂う瞬間がある。物事に対してすごくまじめで、何事も個がすべてだという感覚が当然にごとく人格にしみこんでいて、自分で物事をさっと決めてその責任を引き受ける潔さが何気ない言葉の端々からうかがえる。(以下略)
(『シリコンバレーから将棋を観る』124ページ)

「自分で物事をさっと決めてその責任を引き受ける潔さ」は、「苛烈」な世界で生き抜く、条件なのだろう。WBC優勝の際の原監督も、選手たちの「覚悟と潔さ」を語った。「潔さ」というのは、これから先の見えない現代社会を生きていくためのキーワードではないかと思っている。

本書の中で、もうひとつ印象に残ったのが、著者の渡辺明竜王に対する見方である。著者は「渡辺の戦略性」という言葉で表現している。

渡辺を取り巻くのは「圧倒的な実績と存在感を持って立ちはだかる羽生世代がまだ油が乗り切っている時期と、自らの二十代とが重なっている」という環境である。そんな中、なんとなく同世代のトップを走っていても、そのことに大きな意味はない。与えられた環境下で、早く大事を成し遂げるには、自らをとりあえずしばらくの間は「相対的な弱者」だと規定し、何かに狙いをつけて「選択と集中」して勝負をしていくことだ。(中略)
他のタイトルは取らぬまま「将棋界の最高位たる竜王だけを五連覇して初代永世竜王になった」という渡辺の達成は、かなり意識的になされたものだと、私は思う。(中略)
竜王戦が、「その年に勢いのある若手がいきなり決勝トーナメントに進める」という構造的な工夫がなされた棋戦で、若手にとってチャンスが大きいこと、その一方で竜王の地位も高く賞金総額も大きいこと、それらをしっかり初めから意識して狙いをつけ、個人事業主・渡辺明の二十代前半の大事業として、竜王戦というものに、彼は集中的に取り組んできたのだと思う。
(『シリコンバレーから将棋を観る』222~223ページ)

著者は、将棋は指さずとも、多くの棋書を読み、棋譜を並べ、棋士と語り、何よりも将棋を愛している。現在行われている第67期名人戦では、某新聞社嘱託のベテラン観戦記者が、対局中に長考している羽生名人にサインを求めるという、信じられない出来事が起きた。
将棋界では、第一人者の羽生名人やその同世代の棋士たち、さらにあとに続く20代の渡辺竜王らによって、革命的な進化を進んだことを本書は語っている。革命的進化を遂げる将棋を「観る」側にも改革は必要なのだ。著者は、自らリアルタイムネット観戦記を書くということで、自らその実験を行い、「将棋観戦」の新しい姿を示してみせた。

羽生名人は、著者との対談の中で、「(従来の観戦記者には)梅田さん以外に同じことをできる人がいない」(『シリコンバレーから将棋を観る』233ページ)と語っている。これは羽生名人の著者に対する間接的な賛辞でもあるだろう。
著者こそが、これからの時代の「将棋観戦」のプロフェッショナルのロールモデルなのだろうというのが、本書の感想の最後の締めくくりである。

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2009年4月22日 (水)

将棋第67期名人戦七番勝負第2局、挑戦者郷田真隆九段が152手の激戦を制し羽生名人に勝利、1勝1敗のタイに

羽生善治名人に挑戦者郷田真隆九段が挑む第67期名人戦七番勝負第2局は、羽生名人の先勝を受け、昨日(2009年4月21日)から熊本城を舞台に始まった。羽生名人が先手となる本局、第1局と同じ相矢倉でがっぷり四つに組み合う。1日めが終わった時点では、昨年の第21期竜王戦第5局の▲渡辺竜王vs△羽生名人戦と同じ形だった。(今回は▲羽生名人vs△郷田九段と羽生名人は、先後が入れ替わっている)

2日めの今日、まだ中盤のつばぜり合いが続くと見られたところで、郷田九段が飛車先の歩を突き捨て開戦。竜王戦5局とも別の展開となった。郷田九段は羽生玉に近い9筋の端攻めに活路を求めた。端での駒をやりとりの後、中央でも攻めかけ、そこで補充した桂馬を端攻めに投入。桂馬や角を動員した、端での郷田九段の攻めが続く。羽生名人は、玉を戦場から遠くへ逃がすことはせず、むしろ戦場の中心である9筋、郷田九段の桂馬の頭に玉を進めた。駒が密集し、却って王手をかけにくいと見たのであろう。

郷田九段が8筋、9筋の駒の密集地の中、攻めがあぐねる中、羽生名人は反転攻勢に出る。桂馬で王手をかけた後、駒が密集する8筋に自陣の角を展開し、遠く郷田玉にらむ位置に。ここでは、羽生玉の周りに双方角と桂馬という前には進めない駒が入り組んでにらみ合い、奇妙なバランスを保っていた。しかし、郷田九段の角の下には、香車が打たれており、隙あらば一気の串刺しにしようという構え。郷田九段は戦場からは遠い、羽生名人の飛車の移動を催促する歩打ちで飛車の移動をし、飛車を動かさせた上で、前に進めない角を切って銀を取り、角のいた場所に銀を打ち込み、一気に勝負に出た。ここでは、後手(郷田九段)が足りないとの控え室のコメントだった。
郷田九段の王手が途切れたところで、羽生名人が郷田玉をラッシュをかけ王手王手でせまったが、郷田玉は巧みにすり抜け、3二にいた玉が5七羽生陣まで逃避行し、ついに羽生名人に決め手を与えず、羽生名人の投了となった。
いざ、終わってみれば、羽生名人の飛車の頭を打ち込んだ歩が、郷田玉が逃げる際の、盾となって見事に働いた。もし、将来の玉の逃げ道も意識して、叩いた一歩だっとすれば、「郷田の読み、恐るべし」というところである。

昨年12月末から、3月3日のA級最終戦で木村八段に勝って、名人挑戦を決めるまで8連勝と好調だった郷田「一刀流」だったが、それ以降王位戦リーグで羽生名人に敗れてから、この名人戦の第1局の敗戦も含め5連敗。郷田ファンとしてはいやなムードだったが、今日のこの勝利で、連敗も止まった。名人戦もゴールデン・ウィークの間は休み。2連敗でGWに突入するのと、1勝1敗でGWを迎えるのでは気分も全然違うだろう。(少なくともファンの側はそうである)。
過去の羽生vs郷田のタイトル戦は5回あるが、1勝1敗でとなったのは、第72期棋戦五番勝負だけ。その時は、郷田九段(当時八段)が、タイトル奪取に成功している。その棋聖戦の再現となることを期待しつつ、名人戦での残る対局を観戦したい。

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2009年4月20日 (月)

週刊文春2009年4月9日号、先崎学八段の敗戦の弁

将棋界のエッセイスト先崎学八段は、「週刊文春」に「先ちゃんの浮いたり沈んだり」というタイトルの連載記事を書いており、すでに400回を超えている。この連載をまとめた本もすでに3冊出ている。

先週、母親を病院に連れて行った後、薬をもらいに行った調剤薬局の待合室に、「週刊文春」が何冊か置かれていて、たまたま手に取った号が4月9日号。先崎八段の連載を見ると、「痛恨の敗戦―。だが、物語は来年に続く」とのタイトルで、前期(第67期)順位戦B級2組の最終戦で昇級を逃した直後の心境が綴られていた。

先崎学八段は、羽生善治名人、森内俊之九段と同じ1970年生まれ。羽生善治、森内俊之、佐藤康光、郷田真隆という現在の将棋界を支える「最強世代」が1982年にプロ棋士の養成機関「奨励会」に入会したのに対し、すでに前年の1981年に「奨励会」の門をくぐっている。かつては、天才・先崎と呼ばれたこともある。しかしプロ棋士の四段への昇段は、羽生、佐藤、森内に若干遅れをとることになった。
1988年にプロ入りしてから、最初のクラスC級2組で8年足踏みしたが、その後はC級1組を2年、B級2組、B級1組はそれぞれ1年で通過し、2000年、30歳の時には前期A級から降級した郷田真隆八段と入れ替わる形で念願のA級棋士となり、先んじていた羽生、佐藤、森内らの同世代に追いついた。しかし、A級2年目には2勝7敗に終わり、B級1組に陥落、B級1組の地位は4年間維持したが、2006年の第65期順位戦以降は、B級2組となり、前期が3期めであった。

B級2組では、最初の第65期(2006年度)が6勝4敗。翌年2007年度の第66期も、6勝4敗であった。第66期は、出だし4連敗と不調で、降級の危機かと思わせたが、その後6連勝で、勝ち越した。
この2006年度の4連敗を境に、先崎八段の将棋が変わってきたきたように思う。A級陥落後は、やや投げやりになっているのかなという感じも受けていた。しかし、2008年半ばには、『将棋世界』に毎号連載していた毎月の対局を題材した記事「千駄ヶ谷市場」も突如連載をやめるなど、心境の変化をうかがわせた。
年間成績の推移を見ても、2005年度20勝21敗(勝率0.488)、2006年度19勝18敗(0.514)、2007年度17勝13敗(0.567)、2008年度22勝13敗(0.629)と特に昨年度の活躍はめざましく、竜王戦ではランキング戦1組に復帰、王位戦では久しぶりの挑戦者リーグ入りを決めるなど結果も残している。
しかし、プロ棋士のとって最も気になるのは、名人戦に連なり、150名の棋士の序列を決める順位戦。第67期の順位戦B級2組では、10回戦中8回を終えたところで、7勝1敗と昇級レースのトップを走っていた。2009年2月13日の 9回戦では、6勝2敗の松尾歩七段と対戦。先崎八段にとっては、勝てば昇級決定という大一番。私も棋譜中継でこの将棋を見ていたが、これぞプロの将棋とうならせる双方が知力・体力のすべてを使い果たしのではと思われる大熱戦だったが、松尾七段に敗れた。
3月19日B級2組最終戦の対南九段戦の時点では、先崎八段は昇級候補3番手に後退。上位につける豊川六段、松尾七段のどちらかが負け、自分が勝てば昇級の可能性があった。松尾七段は勝ち、豊川六段は敗れたため、先崎八段は勝てば昇級だったが、南九段に敗れ、B級1組への昇級を逃した。

前置きが長くなったが、文春の記事「痛恨の敗戦―。だが、物語は来年に続く」には次のように綴られている。
「この1年、付合をなるべく減らし、酔っぱらう回数をすくなくし、できるだけ穴倉のようなボクシングジムにへたり込んで過ごして来た。それもこれも、この一局に勝つためだ。派手に意識はしなくても、心の奥底ではそう思っていた。なのに、一手でパアだ。まったく、駒がぶつかっていない局面で、歩をひとつ進めたお陰で、すべておじゃんである。プロの将棋なんてそんなもんだ。二十年やってれば一手の恐さなんて骨の髄までわかっている。」
「(この敗戦を)忘れられるかどうかが、来年一年の鍵となるのだろう。明日は、渡辺竜王との王位戦である。ありがたいことじゃないかと思う。奈落の底に突き落とされた直後であっても、時の第一人者と勝負できるのだ。竜王に指していただいて、お金まで貰えて、しかも相手に一所懸命に指してもらえる―(中略)明日は、本当にそう思って、我が身の幸せを思って指そう。そして花を見よう。桜を見て酒を飲み、ゆっくりとまた歩み出そう。」(先崎八段は、この渡辺竜王との王位戦リーグ紅組2回戦に勝利した)
「思えば、ずっと自分は境目でふらふらするようなところにおり、敗北という風が吹くたびに、あちら側の世界へ落ちそうになることを繰り返し来たように思う。これからは、もっと地に足をつけていこうと考えている。」
(以上、引用は「週刊文春」2009年4月9日号、69ページより)

将棋の勝負では、言い訳や自己正当化はできない。自らの一手の緩み・過ちで、勝利が手から滑り落ちていく。自らの失敗を認め、受け入れて、次に向けて気持ちをどう切り替えていくか。タイトルホルダーやA級に名を連ねるトップ棋士たちは、その切り替えをうまく行っているのだろう。
B級2組最終戦敗戦後の先崎八段の戦績は、対渡辺竜王戦も含め3勝1敗。地に足をつけた天才・先崎の復活劇も今年の将棋界の見所のひとつだろう。

<追記:2011年12月3日>

ここで取り上げた記事は、週刊文春の2007年5月24日号から2011年8月25日号に連載された「「先ちゃんの浮いたり沈んだり」のうち81編を抜粋し再編集し、2011年10月に発刊された『今宵、あの頃のバーで』に再録されている。この年の順位戦については、その前の阿久津六段戦、松尾七段戦の前後の思いについても、原稿が書かれており、通しで読むと、先崎八段がこの年昇級にかけていた思いの強さがうかがえる。

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2009年4月19日 (日)

逆転の発想「黒い綿棒」

普段使い慣れた日用品に、時々、「あれ」と驚き「なるほど」と納得するアィデア商品が登場し、既存の商品をあっという間に駆逐してしまうことがある。ご飯がこびりつきにくい突起のついた「しゃもじ」など、いい例であろう。

最近、あっと驚いたのが「黒い綿棒」である。職場で、向かいの席に座っている同僚が昼休みに使っていて、思わず、見せてもらった。今日、別の薬を買いにドラッグストアに行ったら置いてあってので、1ケース買ってきた。

Photo

医療・衛生現場では、「綿」は消毒などに欠かせない。血がついたり、汚れがついたことがはっきりわかるように白く漂白されているのであろう。それを、細い棒に巻けば綿棒である。「白い綿を巻いているから綿棒も白い」。これが、我々の常識である。しかし、綿棒の用途は何か?多くの人は「耳掻き」が一番多い使い道だろう。黄色い耳かすがどの程度とれたのかを見るには、白より黒の方がよりハッキリする。いざ、商品化されてみれば、「あれ」と驚くものの、いままでどうして商品化されなかったのだろうかと思ってしまう。

最初に考えた人は、すごいの一言である。「黒い綿棒」の登場で、「白い綿棒」が駆逐されることはないと思うが、「黒い綿棒」が一定のシェアを確保することにはなるだろう。

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イオン系マックスバリュでセルフレジを体験

我が家がよく使う病院のそばに、イオングループの食品スーパー「マックスバリュ」がある。病院の帰りにたまに寄るのだが、今日も、午前中、母親を病院に連れて行ったあと、買い物のため寄った。

そこで目についたのが「セルフレジ」。前回、2ヵ月ほど前に行った時にはなかったような気がする。その他の通り、買い物の後のレジスターでの代金支払を本人が行うというもの。
店員がチェックを行うレジの隣に4台ほどセルフレジが並んでいる。車があるときに大量に買い込むのが我が家のやり方で、妻がカートを押して生鮮食品を買い、私は妻のカートの入りきれない洗剤やトイレットペーパーなど日用品を別のカートに入れた。いつもはまとめてレジを売ってもらうのだが、何事も新しいものは一度試してみたいということで、私の買った日用品だけは「セルフレジ」を試してみることにした。

光学式の読み取り機にバーコードを通して、商品の値段を読みとらせるのだが、商品ごとのバーコードの場所を探すのに時間がかかり最初は手間取る。全部の商品の読み込みが終わると代金の精算、現金・クレジットカード・電子マネーの「WAON」カードのどれかで支払いを行う。今回は、現金で支払い。一万円札を入れるとおつりが出てきた。

バーコードを読み終えたチェック済みの商品を置くスペースはさほど広くなく、大量の買い物の精算には向かないだろう。店側の狙いも、少量の買い物を手早く精算したい人を意識したものなのかなと言う気がした。(イオン側の新店舗開設のニュースリリースの際のセールストークも「少ない点数のお買い物を短時間で済ませたいというお客さまから好評」となっている)
気になるのは、一部の商品をバーコードの読み取りをせずに、チェック済みの商品の紛れさせてしまうこと。一応、4台のセルフレジに1人
監視役の店員がついていたが、どうやって不正をガードする仕組みなのかは、よくわからなかった。
イオングループでのセルフレジは、2003年11月にマックスバリュ松ヶ崎店(千葉県柏市)に試験導入されてい以来、すでに5年以上経過しており、最近の新規オープン店には、必ず数台は設置されているようだ。

スーパーのすべてのレジがセルフレジに置き換わるとは思いにくいが、利用者にとって多様な選択肢が増えることは、悪いことではないのだろう。

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2009年4月17日 (金)

気になる名人戦挑戦者郷田真隆九段の5連敗

郷田真隆九段の連敗がなかなか止まらない。郷田九段は昨年(2008年)12月26日の王位戦予選6組決勝で山崎隆之七段を破って王位戦リーグへの進出を決めて以降、今年(2009年)3月3日の「将棋界の一番長い日」A級順位戦最終戦で木村一基八段を降して7勝2敗で名人挑戦を決めるまで8連勝と絶好調だった。

2008年12月26日 山崎隆之七段○(王位戦予選決勝)挑戦者リーグ入り決定
2009年1月8日  森内俊之九段○(A級順位戦7回戦)
2009年1月22日  先崎学八段○(竜王戦ランキング戦1組1回戦)
2009年1月30日  渡辺明竜王○(棋聖戦最終予選2回戦)
2009年2月4日  三浦弘行八段○(A級順位戦8回戦)
2009年2月10日   丸山忠久九段○(王位戦挑戦者リーグ紅組1回戦)
2009年2月14日  深浦康市王位○(棋聖戦最終予選3回戦)トーナメント進出
2009年3月3日   木村一基八段○(A級順位戦9回戦)名人挑戦権獲得

勝った相手もタイトルホルダーやA級棋士がほとんどで文句なしの相手。この間、王位戦の挑戦者リーグ入り、棋聖戦の挑戦者決定トーナメント進出、と名人戦以外のタイトル戦でも挑戦者に向けて、前進していた。

しかし、3月3日に名人挑戦を決めて安心したわけではないと思うが、そこから歯車がかみ合わなくなっている。3月19日に名人戦での対戦相手羽生善治名人と王位戦リーグ紅組の2回戦で対戦敗れて以来、黒星が続いている。
2009年3月19日 羽生善治名人●(王位戦挑戦者リーグ紅組2回戦)
2009年3月23日 久保利明八段●(棋聖戦挑戦者決定トーナメント1回戦)
2009年3月26日 高橋道雄九段●(竜王戦ランキング戦1組2回戦)
2009年4月9日  羽生善治名人●(名人戦七番勝負1回戦)
2009年4月15日  先崎学八段●(王位戦挑戦者リーグ紅組2回戦)

棋聖戦挑戦者決定トーナメントで久保八段に敗れたことで、棋聖戦での挑戦の可能性はなくなり、来期の棋戦戦予選の最終予選シードの権利もなくなった。竜王戦で高橋九段に敗れたことで、1組の4位決定戦に回ることになり、竜王戦の本戦トーナメント進出も一歩遠のいた。高橋九段戦で2008年度の全日程が終了、47戦で28勝19敗、勝率0.596と勝率6割にもぎりぎりで届かなかった。
さらに、王位戦リーグも初戦勝利のスタートのあと2連敗で、残り2戦全勝しても挑戦者決定戦進出はやや厳しそうな状況になってきた。
そして一番の大舞台である名人戦でも、初戦を落としたことで苦しいスタートになっている。
郷田ファンとしてはもどかしい限り。次の対局である名人戦七番勝負2回戦で羽生名人に勝って悪い流れを断ち切り、再び白星を重ねてほしいものである。

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2009年4月16日 (木)

20歳の稲葉陽四段が第80期棋聖戦で挑戦者決定戦に進出

将棋界では、1970年生まれの羽生善治名人を筆頭に、佐藤康光九段(69年生まれ、永世棋聖)、森内俊之九段(70年生まれ、18世名人)、郷田真隆九段(71年生まれ)、丸山忠久九段(70年生まれ)、藤井猛九段(70年生まれ)した羽生世代が最強世代と呼ばれ、圧倒的な強さを誇り、それを深浦康市王位(72年生まれ)、久保利明棋王(75年生まれ)、木村一基八段(73年生まれ)など数年若い棋士たちが追っている。
10歳以上年齢の離れた20代の棋士では、84年生まれの渡辺明竜王が、飛び抜けて活躍している以外は、山崎隆之七段(81年生まれ)、阿久津主税七段(82年生まれ)、橋本崇載七段(83年生まれ)など渡辺竜王に続く存在として期待されている棋士たちは、今一歩殻を突き破れない印象がぬぐえない。

そんな中、昨年(2008年)にプロ棋士となったばかりの20歳の稲葉陽四段(88年生まれ)が、第80期の棋聖戦の予選であれよあれよという間に勝ち上がり、予選を勝ち抜いた8名で挑戦者を争う挑戦者決定トーナメントでも、1回戦藤井猛九段、準決勝谷川浩司九段とA級棋士を連破し、挑戦者決定戦に駒を進めた。あとは久保利明棋王と木村一基八段の勝者と戦い、それに勝てば、晴れて羽生善治棋聖へ挑戦者となる。

稲葉陽四段は、1988年8月8日生まれの20歳。2007年10月~2008年3月の第42回奨励会三段リーグを13勝5敗の成績で1位。2008年4月からプロ棋士として、順位戦C級2組をはじめ、各棋戦に出場し始めたばかりである。
棋聖戦でのこれまでの足跡は、
<1次予選ホ組>
増田五段、小林健二九段、島本四段、神崎七段の4人に勝利
<2次予選8組>
杉本七段、桐山九段の2人に勝利
<最終予選C組>
郷田真隆九段、谷川九浩司段に連勝し1位で挑戦者決定トーナメント進出
(C組で1勝1敗となった郷田九段、谷川九段も他組の1勝1敗者を破りトーナメント進出)
<挑戦者決定トーナメント>
藤井猛九段、谷川浩司九段に勝って挑戦者決定戦進出
以上、ここまで棋聖戦では10連勝。 あと1勝で挑戦者である。

将棋界の第一人者は、20年単位で世代交代してきた。
木村義雄14世名人 1905年生まれ
大山康晴15世名人 1923年生まれ
中原誠16世名人    1947年生まれ
羽生善治名人(19世)1970年生まれ

羽生名人の次は渡辺明竜王というのがこれまでの衆目の一致する見方であったが、2人の生まれ年は14年しか離れていない。羽生名人と稲葉四段で18年。
中原16世を超える存在となるかと期待された谷川浩司九段(17世名人)は1962年生まれで、中原名人と15歳違い。中原名人に取って代わる前に、8歳年下の羽生名人が追い上げてきた。タイトル獲得数は、中原64期、谷川27期、羽生72期で、谷川九段は天下を取り損ねたと言ってもいいだろう。
渡辺竜王が羽生名人の天下を奪えるのか、真の羽生後継者はさらに若い世代なのか、気になるところである。
久保棋王、木村八段には申し訳ないが、ここまで来たら、羽生棋聖vs挑戦者稲葉四段の棋聖戦五番勝負が見てみたいものである。

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2009年4月15日 (水)

『将棋世界』「二段」コースの卒業証が届いた

昨年(2008年)の4月から将棋連盟の月刊誌『将棋世界』の昇段コースに挑戦を始め、4ヵ月なんとか初段をクリアして、「初段」の卒業証が届いた。その後、引き継き「二段」コースに挑戦を続けていた。その「二段」コースの卒業証が今日(2009年4月15日)届いた。

毎月、出題された盤面を見て「次の一手」を考える問題で、正解すれば1問100点。初段から三段までは同じ問題を解く。「初段」は800点が定められたライン。4ヵ月で800点を確保したので、1ヵ月の平均は200点である。

「二段」は1200点が必要になる。初段の時のペースで正解できれば、6ヵ月で確保できるはずだったが、8ヵ月かかってしまった。「二段」の初回は200点と平均点のスタートだったが、2回めはなんと屈辱の「0点」。ちょっと仕事が忙しくて、将棋盤に駒を並べて考えず、紙面だけを見て頭の中で考えただけで応募してところ、やはり検討不足だった。その後も1問のみ「100点」も2回あり、「200点」×5回、「100点」×2回、「0点」×1回で合計8回で1200点に達した。「初段」挑戦中には3問正解300点も一度あったのだが、今回は「300点」はなし。

引き続き、「三段」コースに挑戦開始。「三段」は「初段」(800点)+「二段」(1200点)ということなのか、求められる合計点数は2000点。できれば、平均300点を確保して7ヵ月で終えたいところだ。

段位の正式認定は将棋連盟に免状を申請することになるが、結構お金がかかる。初段=31500円、二段=42000円、三段=52500円。免状には、将棋連盟会長と名人、竜王の署名が入る。
郷田真隆九段のファンである私の願いは、現在の67期名人戦七番勝負で挑戦者の郷田真隆九段が羽生名人を破り、郷田名人が誕生したところで、、郷田真隆名人の署名の入った免状をもらうことである。

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2009年4月14日 (火)

定額給付金申請書が届いた

我が家にも先週末、住んでいる市から「定額給付金給付のお知らせ」と「定額給付金申請書」が送られてきた。

お知らせには、世帯の全員の性別・生年月日・年齢と給付予定額が書かれている。5人家族なので、まとめるとそれなりの金額になり、家計の足しにはなる。
申請書には、給付を希望しない人がいる場合には、申請書のチェック欄に×印をつけるということになっている。世帯主が申請の記名捺印をし、振り込み先の銀行口座を明記して、専用封筒に入れて返信する。
申請時期は4月13日~10月13日までの半年間。申請があったものから、順次、審査の上、給付の決定通知書が送られてきて、口座に振り込まれるようだ。早ければ、4月下旬から振り込みが始まるようである。

とりあえず、我が家は給付を返上するほど、余裕はないので、ありがたく給付を受けることにして申請書を送った。

昨年の後半の政治のテーマの一つだった定額給付金の是非。当時の予想を上回る消費の落ち込みが鮮明になっている中、消費の押し上げ策として効果を現してくれればよいが、結果はどうだろうか。
せっかく、大金を投じるのだから、相応の効果が出てほしいものである。

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2009年4月13日 (月)

『なぜあの人はあやまちを認めないのか』を読み始める

2009年3月新刊の『なぜあの人はあやまちを認めないのか』(河出書房新社)という本を読み始めた。

著者はキャロル・ダヴリスとエリオット・アロンソンという米国の2人の社会心理学者。サブタイトルには「言い訳と自己正当化の心理学」とあり、原題は「Mistakes Were Made」となっている。
本の帯には、「日常的な出来事から、夫婦間に言い争い、政治家の言動、嘘の記憶や冤罪まで-----誰もが陥りがちな自己正当化の心理メカニズムを、豊富な実例を交えながら平易に解説。」とある。
最初に、吉祥寺に出かけた時に、書店で見つけた時には2200円という本体価格に気になりながらもパスしたのだが、やはり気になっていて、その後職場に帰りに寄った書店の心理学のコーナーで探すも見つからず、先週末家の近くの書店で見つけた時には、即購入した。

日常生活の中で、本当はこんなことしたくないのだがと自分の主義主張に合わないことをせざるを得ない時、自分の中で、なにがしかの言い訳をして正当化してしまうことは、ままあることではないだろうか。

現在、母と一時同居していると、この母が自分は気がついていないうちに、自己正当化をしていることに気がつく。たとえば、周りからは、「健康のために少し歩いた方が良い」と言われていたのだが、本人はあまり歩くことが好きではない。結局、自ら積極的に歩くことはなかった。その際の彼女の言い訳は「私は扁平足だから・・・、(歩きたくてもすぐ疲れて歩けない)」である。確かに扁平足(へんぺいそく、足の裏にほとんど「土踏まず」がない)なので、長距離を歩き続けると「土踏まず」がある人に比べて疲れるのだろうが、一歩も歩けないと言うわけではない。

母の話は、本人だけの問題であるが、人に迷惑をかける自己正当化もある。昨年、勉強して資格を取得した公認不正検査士(CFE)の必修の知識として、「不正のトライアングル」という考え方がある。不正が行われる時には、そこに「動機」「機会」「正当化」の3つが揃っているというものである。例えば、職場で「現金の横領」という不正が起きたケースを調べてみると、横領を行った犯人は、「子供の教育費のため生活資金が不足していた」(動機)、「職場で現金を取り扱える立場にいた」(機会)、「横領するのではなく一時的に借りるだけ」(正当化)という3つが揃っているというものである。

まだ読み始めたばかりだが、身の回りの些細なことから、犯罪にいたるまでどこでも自己正当化は行われていることがわかる。やっかいなのは、自己正当化という形で、自分自身を欺いていることに自分も気がついていないということである。
本の帯に載っていたウォール・ストリート・ジャーナルのコメント「おもしろくて、ためになって、これは自分のことじゃないかと気づいて、ぞっとする」が本書にふさわしい評価のような気がする。

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2009年4月12日 (日)

名人戦に複数回挑戦している棋士のほとんどが名人になっているという話

第67期名人戦七番勝負の第1局は、羽生善治名人が挑戦者の郷田真隆九段を破り、白星スタートとなったが、過去の名人戦の記録を眺めていて、面白いことに気がついた。名人に2回以上挑戦した棋士は1人を除き、1度は名人位に就いているのだ。

名人挑戦者になるには、トップ棋士の総当たりリーグ戦であるA級順位戦を勝ち抜かなければならないので、A級棋士になっても名人挑戦者になれなかった棋士がほとんどだし、挑戦者となった経験のある棋士でも、1回だけで終わっているいるケースも多い。(その1回のチャンスを生かし、初挑戦で名人位を獲得した棋士もいる)

これまで67回の名人戦の中で、挑戦者が登場したのは64回(第1期は名人決定大棋戦で決定、4期・5期は戦争中のためか、挑戦者なし)。棋士の数では28名である。

そのうち、複数回、名人挑戦者となった棋士は、今回の郷田九段も含めわずかに10名である。(下線は名人奪取した期、ただし67期は未定、*印は現役棋士)

7回:大山康晴(7期、9期、11期、17期、18期、33期、44期)
7回:升田幸三(10期、12期、13期、16期、22期、25期、27期、30期)
7回:米長邦雄(35期、37期、38期、45期、47期、49期、51期
6回:谷川浩司(41期46期55期、57期、59期、64期)*
4回:羽生善治(52期61期、63期、66期)*
3回:加藤一二三(19期、32期、40期)*
3回:二上達也(21期、23期、26期)
3回:中原誠(31期43期48期
3回:森内俊之(54期、60期62期)*
2回:郷田真隆(65期、67期)*

いずれも、タイトルを複数回獲得し、当時の将棋界をリードし、現在の将棋界をリードしているトップ棋士ばかりである。うち、名人位獲得に至らなかったのは、将棋連盟会長も務めた二上達也九段だけ。A級で2回優勝するためには、勢いだけなく、実力も伴っていなければならず、それだけの実力があれば、いずれは名人を獲る可能性が高いということなのだろう。

一方、名人初挑戦で名人位を奪取、その後失冠して2回目の挑戦には至っていないのが、現在もA級棋士である佐藤康光九段(56期)と丸山忠久九段(58期)の現役A級の2人と戦後に活躍した塚田正夫名誉十段(6期)である。
初代の実力制名人となった木村義雄14世名人は、名人決定大棋戦で1位となり初代名人となって第6期に塚田正夫八段に敗れるも2年後の第8期に挑戦者として登場し、塚田名人を破って名人復位を果たしている。

以下の14名の棋士は、1度だけ名人戦の舞台に登場し、名人位の奪取はならず敗退。2度目の挑戦には至らないまま今日に至っている。(*印は現役棋士)

2期:土居市太郎
3期:神田辰之助
14期:高島一岐代
15期:花村元司
20期:丸田祐三
24期:山田道美
28期:有吉道夫*
29期:灘蓮照
34期:大内延介*
36期:森雞二*
39期:桐山清澄*
42期:森安秀光
50期:高橋道雄*
53期:森下卓*

郷田九段の2回目の名人挑戦を何げなく眺めていた郷田ファンの私にとって、過去の複数回挑戦者の9人中8人がどこかで名人になっているという事実は、意外な発見であるとともに、うれしい発見でもあった。郷田九段にも、名人を獲得する側になってほしいものである。

(今回の記事の作成に際しては、将棋のタイトル戦についてまとめたホームページ「将棋タイトル戦」を参考にさせていただきました)

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2009年4月11日 (土)

将棋第67期名人戦七番勝負第1局、毎日ホールの大盤解説で羽生善治名人の初戦勝利を知る

1日目に挑戦者の郷田真隆九段が3時間26分の長考をみせ、話題となった第67期の名人戦第1局。相矢倉でがっぷり四つに組んだ戦いは、2日めに入り、後手の羽生名人が攻めの主導権を握り、受けに回った郷田九段が、反撃の機会をうかがうという展開になった。双方、馬を作る展開となり、相手に決め手を与えないようにしながら指し回すという展開。若干羽生名人優勢かという展開の中、反撃ののろしを上げた郷田九段が羽生玉に迫り見せ場を作ったが、あと一歩及ばず、158手で郷田九段が投了。羽生名人が名人位防衛に向け、第一歩となる白星で初戦を飾った。

今回、初めて大盤解説会というものに参加してみた。昨日、第1局2日め(2009年4月10日)はあいにく職場の飲み会。早めに始め、8時半ぐらいにお開きになり、そこから、家路に向かう。ちょうど帰り道に毎日新聞ホールがあるので、東西線の竹橋駅で降りて、のぞいてみた。定員は200人ほどだろうか、席はほぼ埋まっていて、前方の方の空いた席に潜りこむ。解説は広瀬章人五段、聞き手が斎田田晴子女流四段。
終盤にさしかかり、お互い相手玉の詰みを虎視眈々と狙っている。会場では、ある局面からのいくつかの変化を解説してくれ、それはそれで面白いのだが、終盤の一手一手が斬り合いの場面で、解説の間に肝心の本譜が数手進んでいるということも多く、自宅で一人ネットの棋譜中継に向かい、リアルタイムでの指し手の意味を考え、控え室のどちらが有利などのコメントに一喜一憂する緊張感はなかった。
次回からは、自宅でネット観戦するつもりだ。

郷田ファンとしては、初戦に黒星は残念ではあるが、初めて後手番が通算で勝ち越した2008年度(通算2340局中、先手1164勝・勝率0.497、後手1176勝・勝率0.503)の締めくくりの名人戦でもあり、次回第2局は後手番となる郷田九段の奮起に期待したい。

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2009年4月 9日 (木)

第67期将棋名人戦七番勝負始まる、復活した郷田「一刀流」は羽生名人から名人位を奪えるのか?

将棋界の1年の締めくくりであり、幕開けでもある名人戦七番勝負がいよいよ始まった。

朝日新聞と毎日新聞が共催という形になって2年目の第67期(2009年)。第1局は昨年と同じ、東京文京区の椿山荘で本日(2009年4月9日)9時から始まった。
羽生善治名人に同学年で奨励会も同年入会の郷田真隆九段が挑む。他のタイトル戦では過去5回の対戦があるが、名人戦の舞台での顔合わせは初めてである。

もっとも直近のタイトル戦での顔合わせが、2001年の第72期棋聖戦五番勝負。このときは、フルセットの末、郷田九段が3勝2敗で、対羽生のタイトル戦で初めて勝利。その勢いで、順位戦でもB級1組で2位となり、翌2002年度は2度目のA級昇級を果たした。しかし、A級棋士として迎えた棋聖位の防衛戦となった2002年の第73期棋聖戦五番勝負では、挑戦者の佐藤康光王将(当時)相手に2連勝後の3連敗で、タイトル失冠。A級順位戦でも、4勝5敗の成績を残すも順位差で陥落の憂き目にあっている。
その後、3度目のA級復帰となった2004年度第64期A級順位戦を5勝4敗と勝ち越して残留を決め、翌第65期でA級順位戦を7勝2敗で制し、森内俊之名人との2005年の第65期名人戦七番勝負に挑戦者として登場するまでの約3年間、タイトル戦の舞台への登場もなく、渡辺竜王など若手棋士の台頭もあり、郷田九段はピークを過ぎたと見られていたようにも思う。
しかし、森内名人(当時)との第65期名人戦では、フルセットにもつれ込む大熱戦の上、惜しくも3勝4敗で敗れたが、2勝3敗で迎えた第6局、99%負けの将棋を大逆転でものにするなど執念を見せ、「郷田一刀流復活」を印象づけた。名人戦直後の第1回のネット将棋最強戦では優勝、翌年の第66期A級順位戦でも挑戦者となった羽生現名人に唯一の黒星をつけるなど、第7局まではまで挑戦者争いに絡み、前期の名人挑戦が決してフロックではないことを証明してみせた。
そして、羽生名人に代わってにA級に戻ってきた森内俊之九段を加えた第67期のA級順位戦を7勝2敗で制し、再び名人戦の舞台に登場である。

郷田九段は、先輩でも後輩でもなく小学生時代から戦ってきた同期・同学年の羽生名人との名人戦の舞台での対戦に、「思い切って戦える」と語っており、一方、名人については「なるもよし、ならぬもよし」との独特に言い回しで、思いを語っている。また、名人戦というもっとも持ち時間(9時間)が長い舞台について問われ、「時間は長い方がありがたい。結構いろいろなことが考えられる。順位戦の好調は、持ち時間が6時間あり、途中2時間を超える長考もできるから・・・」という趣旨の答えをしている(「将棋世界」2009年5月号インタビュー)。
一方、羽生名人は今期のA級での郷田九段の戦いぶりに「ゆとり、余裕を感じた」と評し「予想もしない手を指されることもあるが、指されてみると、いろいろ考えていることがわかり、1局指す中でいろいろ発見にある相手。郷田九段に長考されると「どこまで考えているのだろう」とこちらも長く考えることもあった」とも答えている(朝日新聞、週間将棋インタビュー)。

郷田九段は、初日の今日、さっそく序盤の27手目を指すのに3時間26分と名人戦史上2番目の長さの長考をみせた。今後の展開を様々に予想し、読みふけっていたのであろう。一時、持ち時間の消費に2時間半近い差があったが、羽生名人も郷田九段の長考の内容を考えたのか、持ち時間を使い、午後6時37分に翌日最初の手を封じた際には、持ち時間9時間のうちの消費時間は、郷田九段4時間35分、羽生名人3時間34分とほぼ1時間の差となっている。

羽生名人をもってして「余裕、ゆとり」の戦いぶりと言わしめる、円熟味を増して復活を遂げた郷田「一刀流」が、懐深い羽生将棋にどこまで通じるのか、楽しみな七番勝負が始まった。

郷田ファンとしては、郷田「一刀流」がA級順位戦だけでなく羽生将棋をも制することを信じている。

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2009年4月 7日 (火)

第67期順位戦終了後の名人・A級棋士のA級順位戦での通算成績

将棋の名人挑戦者を決める第67期(2008年度)のA級順位戦も、2009年3月3日の最終9回戦で、6勝2敗で単独トップに立っていた郷田真隆九段が、木村一基八段に勝って7勝2敗とし、羽生善治名人への挑戦者として名乗りをあげた。

羽生名人と挑戦者郷田九段による第67期名人戦七番勝負も明後日(2009年4月9日)に開幕するが、この2年ほど継続してまとめている名人とA級棋士のA級順位戦での通算成績を整理しておきたい。

順位 棋士 A級 名人 勝率
名人 羽生善治名人 11期 5期 68 30 0.694
挑戦 郷田真隆九段 6期 - 32 22 0.593
2位 佐藤康光九段 11期 2期 59 40 0.596
3位 森内俊之九段 9期 5期 58 22 0.725
4位 丸山忠久九段 9期 2期 47 34 0.580
5位 木村一基八段 2期 - 10 8 0.556
6位 藤井 猛九段 8期 - 35 37 0.486
7位 谷川浩司九段 22期 5期 127 71 0.641
8位 三浦弘行八段 8期 - 33 39 0.458
9位 鈴木大介八段 4期 - 15 21 0.417
10位 深浦康市王位 3期 - 11 16 0.407
B1/1位 高橋道雄九段 9期 - 35 46 0.432
B1/2位 井上慶太八段 2期 - 7 10 0.412

上記表で、順位は今期の順位戦での最終順位。9位鈴木八段、10位深浦王位は、B級1組の1位高橋九段と同2位井上八段と入れ替わる。

今期、挑戦者となった郷田九段は、通算の勝率が6割近くまで上がり、2位の佐藤康光九段とほぼ並ぶレベルになり、A級上位の常連となったことを、数字の上でも裏付けている。今期も5勝4敗と勝ち越した3位の森内俊之九段が依然7割を超える勝率を維持しており、同じく5勝4敗で勝ち越した4位丸山忠久九段、5位木村一基八段が通算でも5割を超える数字を維持している。

6位の藤井猛九段は、今期勝ち越せば通算5割を回復できたが、最終戦に敗れ及ばなかった。7位の谷川浩司九段は、過去22期のA級在籍でうち6回A級を制して挑戦者となっており(うち3回名人獲得)、通算成績では依然6割を超え、森内九段、羽生名人に次ぐが、ここ2年連続して3勝6敗、4勝5敗と負け越したことで、通算成績に見合わない順位に甘んじる結果となっている。
前期、7勝2敗と挑戦者に次ぐ好成績をあげ、今期の順位も2位まで上がった三浦弘行八段は、今期3勝6敗と降級者と同じ星に終わり、順位の差で辛くも降級を免れた。通算成績でも4勝5敗ペースの0.444をわずかに上回る結果に終わり、8位である。

今期、A級への復帰を果たすも1期で降級となった鈴木大介八段、深浦康市王位は、ともに3勝6敗で、これまでの通算勝率である 4勝5敗ペースの0.444 を下回ることになり、残留を果たせなかった。
B級1組からの昇級者が残留を確実に決めるには、勝ち越すしかないのであろう。ほぼ、現在のA級の顔ぶれとなった第63期以降の5年間、のべ10名の昇級者の中で、残留を果たしたのは第64期の郷田九段と第67期の木村八段で、ともに5勝4敗で勝ち越している。残るのべ8名は4勝5敗以下で、昇級即降級となっている。のべ10名の中に、他の棋戦での実績を見れば、残留してもおかしくない深浦康市王位(八段)が3回登場するのは、なんとも信じられない気がするが、これも巡りあわせか。

今期のB級1組で1位、2位を占め、A級復帰を決めた、高橋道雄九段、井上慶太八段の40代のベテラン2人は、A級在籍経験もあり、通算成績では4割を超える勝率を残しているが、いずれも活躍したのは10年以上前の30代の時期で、A級棋士の顔ぶれも現在とは異なる。いわゆる羽生世代とそれに続く30代のトップ棋士たちに復帰の40代2人がどれだけ、戦えるだろうか。

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