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2009年4月28日 (火)

福岡伸一著『動的平衡』を読み始める

『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)でサントリー学芸賞を受賞し、一気にブレイクした分子生物学者の著者は、その後も『できそこないの男たち』(光文社新書)を世に出し、前作の劣らず話題になった。
分子生物学というミクロの生命の営みのありようについて、私のような文系人間にも、わかりやすく興味を引くように書かれていている。一方、各種の学問上の発見を巡る学者たちの戦陣争いでの「悲喜こもごも」という極めて人間くさくて、生々しいドラマも織り交ぜて語られ、、その視点の切り替えの巧みさで、読者を飽きさせることがない。
私のような読書好きには要チェックの作者の一人である。

作者が月刊誌『ソトコト』などに連載してきた記事を再編・加筆してまとめたにが、2009年2月の新刊『動的平衡』(木楽舎)である。しばらく前に買って、本棚に並んでいたのだが、ようやく読み始めた。いつも通りの軽妙洒脱な語り口で、読み始めるや、あっという間に「福岡ワールド」に引き込まれる。

著者の語るテーマは、常に我々の身近にあるものから始まり、知らず知らず分子生物学の世界に案内され、「なるほど、納得」というオチになるのだが、半分ほど読みかけた中での「なるほど」を一つ紹介しておきたい。

我々が常々実感することの一つに、年をとる連れ、1年の「あっと」いう間に過ぎるような気がするということがある。そのことの答えとして、世間で語られるのは、「3歳の頃の1年はそれまでの人生の3分の1だが、30歳の1年は30分の1だから短く感じるのだ」という議論である。なんとなく、そうかなとわかったような気になってしまうが、著者は「体内時計」をキーワードにちゃんと答えを用意してくれている。

著者は「完全に外界から隔離され、窓もなく日の出、日の入り、昼夜の区別がつかない、時計もない部屋での生活」という架空の実験を想定する。そのような環境で、過ごした場合、3歳の時の自分と、30歳の時の自分が、自分に時間感覚での1年に長さはどちらが長く感じるか?との問いに対し「30歳の時に感じる「1年」のほうが長いはずなのだ」と答える。

それは私たちの「体内時計」の仕組みに起因する。(中略)細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過は、すべてタンパク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされていることがわかっている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が、体内時計の秒針なのである。
もう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実に遅くなっているということである。つまり体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる。
しかし、私たちはずっと同じように生き続けている。そして私たちの内発的な感覚はきわめて主観的なものであるために、自己の体内時計の運針が徐々に遅くなっていることに気がつかない。
だから、完全に外界から遮断されて自己の体内時計だけに頼って「一年」を計ったとするれば、三歳の時計よりも、三○歳の時計のほうがゆっくりとしか回らず、その結果「もうそろそろ一年経ったかなあ」と思えるほどに時計が回転するのには、より長い物理的時間がかかることになる。つまり三○歳の体内時計がカウントする一年のほうが、長いことになる。
さて、ここから先がさらに重要なポイントである。タンパク質の代謝回転が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長くなっていく。にもかかわらず、実際の物理的時間はいつでも同じスピードで過ぎていく。
だから?だからこそ、自分ではまだ一年なんて経っているとは全然思えない、自分としては半年くらいが経過したかなーと思った、その時には、すでに実際の一年が過ぎてしまっているのだ。そして私たちは愕然とすることになる。
つまり、年をとると一年が早く過ぎるのは「分母が大きくなるから」ではない。実際の時間に経過に、自分の生命の回転速度がついていけていない。そういうことなのである。
(『動的平衡』44~45ページ)

「なるほど、納得」である。時間が早く過ぎる要に感じるのは、自分が老い、衰えた証拠なのだ。
だからといって、それを押しとどめるすべがあるわけではないので、そういうものかと理解して、これからの一日一日を有意義に過ごすよう心がけるしか、ないのだろう。
生命のルール、現実はなかなか厳しいものである。

『動的平衡』では、従来の著書のようにテーマが絞られていない分、様々な分野について書かれている。それだけ「なるほど、納得」の範囲も広がるということになる。
ゴールデンウィークの読書にオススメの一冊である。

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