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2009年5月の記事

2009年5月31日 (日)

第50期王位戦挑戦者決定リーグ紅組最終戦での木村八段の全勝を阻止した郷田真隆九段の勝利は、名人戦につながる貴重な1勝

一昨日(2009年5月29日)に行われた王位戦挑戦者決定リーグ最終戦の結果で、私が個人的に最もうれしいのは、私が応援している郷田真隆九段が、紅組で4連勝とトップを走っていた木村八段を破り、存在感を示したことである。

郷田九段は、3月3日のA級順位戦9回戦で同じ木村八段を破り、7勝2敗で名人挑戦を決め、現在名人戦七番勝負で羽生名人と死闘を繰り広げているが、順位戦で木村八段に勝って名人挑戦を決めた後は、不調に陥り、年度をまたいで12戦で2勝10敗。勝ったのは名人戦での羽生名人に対する2勝だけだった。郷田九段がこれほど勝てないのは、棋士になって初めてのことではないだろうか。
棋聖戦、王座戦、竜王戦と挑戦者の可能性を残していたタイトル戦の予選でことごとく敗退。王位戦挑戦者決定リーグでも挑戦権獲得の目はなくなっていた。
王位戦挑戦者決定リーグ戦紅組の最終戦も、相手の木村一基八段にとっては勝てば紅組全勝優勝で挑戦者決定戦進出が決まるが、負ければ羽生名人の結果待ち(羽生勝ちで紅組プレーオフ)という大事な一戦。一方、郷田九段にとっては、王位戦リーグ残留の紅白各組の上位2名の可能性もなく完全な消化試合。
しかし、将棋連盟の米長会長が現役時代、「相手にとって大事な勝負ほど、全力をあげて勝ちにいくべき、そうすれば、自分にツキが巡ってくる」という趣旨のことを書き、後輩棋士に大きな影響を与えた。当然、郷田九段も手を緩めることはない。

思えば、昨年(2008年)12月の王将戦挑戦者リーグの最終戦でも同じようなことがあった。2勝3敗ですでにリーグ陥落が決まっていた郷田九段は、3勝2敗で最終戦に勝てばプレーオフ進出となる佐藤康光棋王と対戦。見事に勝って、佐藤棋王をプレーオフから引きずり下ろし、丸山忠久九段のと3勝2敗対決に勝った深浦康市王位が挑戦者となった。
その後郷田九段は10戦して9勝1敗と絶好調で、その間A級順位戦では森内九段、三浦八段、木村八段と難敵を3人を撃破して名人挑戦を決めた。
一方、佐藤康光棋王は、20戦して11勝9敗とやや黒星も多く、久保利明八段の挑戦を受けた第34期棋王戦五番勝負では、2連敗後2連勝と持ち直したものの、最終戦に敗れ「棋王」タイトルを久保八段に明け渡すことになった。

王位戦挑戦者リーグは、結果から見れば、紅組で2番手につけていた羽生名人が渡辺竜王に敗れたため、郷田九段に敗れた木村八段が紅組優勝を決めたが、全勝者に黒星をつけ、一矢報いたことは、名人戦第4局での鮮やかな勝利に続き、郷田九段の復調を示すものだろう。
郷田九段が、木村連勝特急からつかんだツキを生かす場は、羽生名人との名人戦である。当面、他のタイトル戦の予選もなくなり、名人戦に全力投球できる環境となった。一方、羽生名人は、6月9日から木村八段の挑戦を受ける第80期棋聖戦五番勝負も始まり、二正面作戦を迫られる。
2勝2敗と拮抗する第67期名人戦七番勝負も残すところ、あと3局。郷田九段には、今回の勢いを生かし、第5局、第6局と羽生名人に2連勝して4勝2敗で名人位奪取を決めてもらいたい。

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2009年5月30日 (土)

将棋第50期王位戦挑戦者決定戦は、木村一基八段対橋本崇載七段の組み合わせに

昨日(2009年5月29日)、東京千駄ヶ谷の将棋会館では、第50期王位戦七番勝負での深浦康市王位への挑戦者を決める挑戦者決定リーグ戦の最終5回戦がいっせいに行われた。
紅白に分かれたリーグ戦のこれまでの戦績と最終戦での相手は以下の通りだ。それぞれの組のトップが挑戦権をかけ、挑戦者決定戦を戦うことになる。

<紅組>
木村一基八段:4勝0敗(郷田九段)、羽生善治名人:3勝1敗(渡辺竜王)
渡辺明竜王:2勝2敗(羽生名人)、先崎学八段:2勝2敗(丸山九段)
郷田真隆九段:1勝3敗(木村八段)、丸山忠久九段:0勝4敗(先崎八段)
<白組>
橋本崇載七段:3勝1敗(井上八段)、佐藤康光九段:3勝1敗(三浦八段)
阿久津主税七段:2勝2敗(久保棋王)、久保利明棋王:2勝2敗(阿久津七段)
三浦弘行八段:2勝2敗(佐藤九段)、井上慶太八段:0勝4敗(橋本七段)

紅組はトップを走る木村八段を羽生名人が追う展開。残りの4人に挑戦の可能性はない。羽生名人は第34期王位戦で当時の郷田真隆王位に挑戦してタイトル奪取にして以降、毎年、王位のタイトルホルダーか、挑戦者として必ず王位戦七番勝負に登場している。最終戦で渡辺竜王に敗れると、その記録が途切れることになる。
白組は、昨年挑戦者決定戦で羽生名人の前に涙を飲んだ橋本七段と久しぶりの無冠となりタイトル復帰を狙う佐藤康光九段が3勝1敗で並び、さらに久保棋王など3人が2勝2敗で追う混戦。最終戦の結果次第では3勝2敗で4人が並ぶ可能性もある。

将棋連盟のホームページの「最近1週間の結果」で結果を見ると、以下の表示だった(左側が先手)。

<紅組>
●木村一基八段(4勝1敗)×○郷田真隆九段(2勝3敗)
○渡辺明竜王(3勝2敗)×●羽生善治名人(3勝2敗)
●丸山忠久九段(0勝5敗)×○先崎学八段(3勝2敗)
<白組>
○橋本崇載七段(4勝1敗)×●井上慶太八段(0勝5敗)
●佐藤康光九段(3勝2敗)×○三浦弘行八段(3勝2敗)
●阿久津主税七段(2勝3敗)×○久保利明棋王(3勝2敗)

紅組は木村八段、白組は橋本七段がそれぞれ4勝1敗で単独トップとなり、すんなり挑戦者決定戦への進出を決めた。木村八段が勝てば6月から始まる第80期棋聖戦に続き、2タイトル戦連続挑戦となる。橋本七段が勝てば、タイトル初挑戦となる。
「千駄ヶ谷の受け師」こと木村八段と現在NHKの将棋講座で「受けのテクニック教えます」のタイトルで講師を務める橋本七段。
千駄ヶ谷の受け師とNHKの受けの講義講師のどちらに軍配があがるのか、楽しみである。
どちらが勝っても王位戦への登場は初めてで、深浦王位とのタイトル戦も初めてである。

これで、羽生名人が続けてきた王位戦七番勝負への連続登場記録は16年でストップすることになた。

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2009年5月29日 (金)

社会保険労務士試験の申し込み、滑り込む

昨年の秋、次の資格試験として社会保険労務士を目指してみようとの記事を書いたことがある。通信教育の教材を申し込み、そろそろ本格的に勉強をしようと思い、毎日どれだけ勉強したかを記録しようと昨年の11月頃から出回り始めた2009年の手帳を買った。
2008年11月後半からの日付があるものを選び、試験が行われる2009年の8月まで通勤電車の中と職場の昼休みなど、細切れの時間にテキストを読んだり、問題を解いたしたことを毎日記録して、合格を目指そうというのが、その時の腹づもりだった。

最初のテキストが届き、読み始めて2週間も経たないうちに、実家の母が腰を痛めて動けないとの電話がかかってきたことで、すべての予定が狂ってしまった。5ヵ月の東京生活の後、母も実家に戻り、ようやくほっと一息。
しかし、気がつくと、2009年の社会保険労務士試験の申し込みの締め切りが5月末に迫っている。受験の申請書だけは、入手していたものの、全然手つかずのまま。

こんな状況であれば、普通は今年の受験は見送り、来年以降捲土重来を目指すところだが、サラリーマンの悲しさ。半期ごとの個人の目標管理制度の中で、次は社会労務士試験を受験すると書いている。合否はともかく、受験だけはしないと格好がつかない。とにかく、受験の申し込みだけはしなくてはと、今週になってようやく申請書類を読み出した。

大学卒の資格で受験するので、卒業を証明する書類が必要なのだが、卒業証書の縮小コピーで可ということで安心していた。いよいよ、締め切りが迫ってきたと、昨日になってコンビニへコピーに行こうと卒業証書を取り出すと、思っていたより大きい。コンビニなどのコピー機は普通A3サイズまで対応しているが、卒業証書はA2より一回り小さい程度で、A2とB2の中間といったところである。
応募の説明書には、ご丁寧に、「証書の全面のコピーが必要(縮小コピー可)。コピーできないからといって、元の証書を2枚に分けてコピーしたものを貼り付けて再コピーするのは不可」と注書きがある。
大学の事務局に頼んで、卒業証明書を送ってもらっておけばよかったのだが、いまさら間に合わない。
A2のコピーサービスをやっているところがないかとネット検索をしたら、キンコーズの上野店には、セルフサービスのA2コピー機があるとのこと。職場のある日本橋界隈からは、地下鉄で4~5駅の距離。帰りにそこでコピーをとることにして、鞄に大学の卒業証書の入った筒を入れて出勤することになった。

朝、出勤途中に地下鉄の駅で、申請書に貼る証明写真の撮影。昼休みには、郵便振替しか認められていない受験料の9000円は支払いのために郵便局へ。
そして仕事を終えて、上野に向かい、キンコーズで卒業証書をA4に縮小コピーし、写真を貼った受験の申請書と、郵便振替の証明書、創業証書のコピーを所定の封筒に詰め、そのまま上野郵便局まで歩き、簡易書留の手続きをした。
5月31日付消印があるものまで、受け付けるということなっているので、5月29日付での郵便局持ち込みで、ぎりぎり滑り込みセーフというところである。

しかし、勉強の方はほとんどできていないので、現時点では自信をもって合格確率0%である。「参加することに意義がある」というだけでは、あまりに情けないので、残り3ヵ月弱、少しは勉強して試験に臨もうと思っている。

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2009年5月24日 (日)

母の介護に振り回された5ヵ月間

昨年(2008年)暮れまで、約2年間毎日更新を続けていたこのブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も、今年に入ってからは更新も途切れがちだった。以前は、読んだ本の感想、受験してきた様々な資格試験、心理学をメインにしたメンタル面について様々な雑感、気候や気象の話、そして将棋の話題、などなんとか1日1テーマを見つけて書き続けていたのだが、最近は将棋の話題だけに偏っていた。

これは、ブログを書いている私自身に、毎日ブログを書くだけの、時間的余裕と精神的余裕がなくなったことによる。

昨年の12月半ば、実家で一人暮らしをしていた私の母親が、腰が痛くて動けないと、私の妻に電話をしてきた。たまたま、介護福祉士試験を目前に控え、試験勉強の追い込みのため仕事を休む予定にしていた妻は、九州の私の実家に向かった。母の様子を見た妻は、このまま一人暮らしを続けるのは無理と判断して、私を呼び、2人で母を東京まで連れてきた。それが、昨年(2008年)の12月23日。母の寝起きのための部屋を確保するため、年末年始は大掃除と家の全体の模様替え。年賀状を書けたのは、年始に入り1月3日だった。

腰痛の原因は脊柱管狭窄症にともなう椎間板ヘルニア。整形外科の医者の診断は、安静にして痛みが引くのをまつしかないとのこと。2週間ほど安静していたところ、痛みはほぼ引いた。
しかし、たまたま我が家のあった血圧計で血圧を測ってみたところ、上が200を超えることも。今度は、同じ病院の循環器科のかかることになった。血液検査では、コレステロールも高い。どうも、実家では3食きちんと食事を摂っていたとは思われず、おなかがすくと袋菓子などを食べていたようだ。コレステロールも血圧も高いとは、危険は兆候。下手をすると血管が詰まって脳梗塞や心筋梗塞を起こすかもしれない。
母には、ネット検索で見つけた、塩分1食2g、熱量も300カロリー台という冷凍のカロリーコントロール食を食べさせ、食後のデザートやおやつのお菓子は極力控えさせ、少しでも体を動かすよう我が家の周りを5分でも10分でもいいので参加するように勧めた。降圧剤と合わせ、食事のコントロールと運動を1ヵ月ほど続けると、上も150~160くらいまで下がるようになり、4月頃には上が140を切り、正常値の範囲に収まるようになった。

そのカロリーコントロールの最中には、たまたま外食したときに食べたムール貝に当たったのか、激しい下痢と脱水症状を起こし、点滴のため、仕事から帰ったあと救急外来に連れて行ったこともあった。

我々から見ると、まだ体調が万全とは言い難かったが、本人は早く自分の家に帰りたいと言う。確かに我が家に居る時は、体調がある程度戻った後も、昼間でもベッドに横になり寝ていることが多く、たまに新聞を読んだり、テレビを見たり、雑誌を読んだりしているが、それほど集中している訳でもない。我が家の周りに、知り合いがいるわけでもない。これでは、「ボケ」てしまうと思い、私は5月の半ばに会社を3日ほど休み、妻と2人で九州の実家に母を連れて帰った。

しかし、現在の状況のままで、一人暮らしにもどれば、いずれ昨年暮れと同じように、体調を崩すのは明らかである。介護保険制度を利用して、週2回ホームヘルパーに来てもらうことにして、とりあえず実家での母の一人暮らしが再開されることになった。

以上が、この5ヵ月間の母の介護を巡る顛末の要約である。

就職して家を出るまで、22年間一緒に暮らしたはずなのだが、今回久しぶりに一緒に暮らしてみて、自分自身、自分の母親のことを理解していなかったことを痛感した。
そして、自分の家族を抱えながら、年老いた親と同居することが、想像以上に困難を極めるものであることも、思わずにはいられなかった。
また、介護保険制度は、介護されるお年寄りのための制度であるとともに、介護する側の家族のための制度であることも、実感した数ヵ月だった。

次回以降の記事で、気が向けば、もう少し立ち入ったことについて書くことになるかもしれない。もし続きが書かれない時には、この話題について書くだけのゆとりがまだ持てていないと思っていただければと思う。

関連記事
2009年2月15日:自分の時間の優先順位、母子同居の現実

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2009年5月21日 (木)

将棋第67期名人戦七番勝負第4局、双方居玉の戦いを後手番郷田真隆九段が制し、2勝2敗のタイに

昨日(2009年5月20日)・今日(5月21日)2日間の和歌山県の高野山・金剛峯寺で行われた将棋の第67期名人戦第4局は、後手番の挑戦者郷田真隆九段が羽生善治名人を破り、2勝2敗のタイとして、勝負をふりだしに戻した。改めて第5局からの3番勝負で、早く2勝をあげた方が、第67期の名人となる。

第4局の将棋は、第3局に続き、双方、飛車先の歩を伸ばす相掛かりの戦型に。後手の郷田九段がいったん飛車先の歩を取ったあと、飛車を8五に戻し、第3局と逆の展開となった。第3局では、お互いに角道を開け、先手の郷田九段が横歩取りと展開したのに対し、第4局では、角道を開けないまま飛車先の歩を突き合った点に違いがある。

1日目、郷田九段の26手目△7五歩に2時間32分の長考を見せると、対する羽生名人も応手に2時間2分をかけ、27手目を封じて1日目が終わった。郷田九段の△7五歩は、羽生名人の角道を開けさせず、大駒の角の動きを封じる一手。
その後、郷田九段は飛車に銀や桂馬を絡めた攻めを敢行、主導権を握った。お互いの玉は、▲5九玉、△5一玉の定位置から動かぬ居玉のまま戦いが始まった。
郷田九段の銀や桂馬が前線に進み、羽生玉を守る金銀を玉から引き離す。閉じていた郷田陣の角道も開き、羽生陣への成り込みを狙う。羽生名人も2筋に閉塞していた飛車を▲3四飛と3筋に回し郷田陣の守りの要の「金」取り。素人目には、対応が難しく見えたが、郷田九段は慌てることなく「金」の下に底歩を打ってしのいだ。羽生名人に桂馬は取られたものの、郷田九段の角が△9九角成と香車を取って「馬」となり羽生陣に大きな「くさび」を打ち込んだ。
さらに、その取った香車を△4七香と打ち込み、「金」取り。金を逃げさせて、手番を握ったまま、3四に展開した羽生名人の「飛車」を狙う△3三銀。郷田一刀流の攻めが続く。羽生名人は自陣に打たれた小骨の香車を▲4七金と取ったが、△3四銀と飛車を取られ、大きな駒損に。
郷田九段の波状攻撃に、2枚の「金」が3段目に上ずり、羽生陣の2段目にいっさい駒がなくなったところで、郷田九段は△2八飛と飛車を打って羽生玉の逃げ道を遮断。▲4八金と上ずった金を一段下げ、飛車の横効きを遮断したものの、今度は△7七馬と、先ほどの馬を引かれ「王手」。その後、羽生名人が形作りと、まさかのトン死狙いで▲5二銀打と王手をかけたが、郷田九段は冷静に対応し、郷田玉に詰みはなし。その後の郷田九段の86手目△8六銀の王手を見て、羽生名人が投了した。
居玉のままだった双方の玉は、郷田玉が84手目に王手を避けるため△6一玉と最後の最後にようやく1マス動いたのに対し、羽生名人の玉は投了まで▲5九を動かぬまま投了となった。

改めて振り返ると、郷田九段の攻め駒の角、銀、桂はきれいにさばけ、さらに攻撃の途上で相手から取った駒を次々と攻めに投入していくという効率のよい展開で、羽生名人にこれといった反撃の機会を与えずに攻めきった。郷田九段にとっては、前回第3局の最終盤での逆転後の錯覚による敗戦の痛手を払拭する会心の勝利であろう。

中盤からの流れるような攻めのながりを見ると、羽生名人の61手目の反撃手「▲3四飛」に対してまともに斬り合わず、いなし・かわして、羽生名人の攻めを途切れさ、その後の郷田九段の連続攻撃につなげた底歩「△3一歩」が、勝利につながる一手だったように思う。

毎回、序盤で郷田九段が長考をし、終盤に形勢不明のねじりあいに持ち込むという今シリーズの展開は、全体と通して見れば郷田九段のペースのように見える。
郷田ファンとしては、この第4局の流れを引き継いで、第5局・第6局と郷田九段が連勝し、4勝2敗で郷田新名人が誕生することを祈りたい。

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2009年5月11日 (月)

第67期名人戦七番勝負第3局、郷田真隆九段が終盤の錯覚で勝利を逃し、羽生善治名人が2勝めをあげる

先週(2009年5月8日・9日)、広島県福山市で行われた将棋の第67期名人戦七番勝負第3局は、挑戦者郷田真隆九段のファンである私にとっては、残念な結果だった。
先手郷田九段の横歩取りに後手羽生名人がかつて流行した8五飛車戦法をぶつけ、途中までは現地に「将棋世界」の観戦記の取材のため訪れていた谷川浩司九段が2001年に丸山忠久名人に挑戦した第59期名人戦第7局と同じ展開。羽生名人が50手目に手を変え、未知の世界に突入したが、双方譲らぬ熱戦。
最終盤、お互いに相手玉を追い詰めに入った中、やや劣勢かと思われていた郷田九段に妙手が出て、棋譜中継の解説のコメントも「郷田九段勝勢」となり、喜んだのもつかの間、まだ積まない羽生玉に詰みありと錯覚した郷田九段が、羽生名人の王手に対する受けを誤った。双方、持ち時間が少ない中だったが、羽生名人は一瞬の隙を見逃がさず、一気に郷田玉を即詰みに仕留めた。
最後の最後でのドンデン返しに、しばし唖然。一度、これで郷田九段の勝ちかと喜んだだけに、落胆も大きかった。
これで3戦して、羽生名人の2勝1敗。名人位奪取のために、星勘定ではリードしながらシリーズを進めたい郷田九段にとって、次の第4局はなんとしても負けられない一戦となる。

今日発売の「週刊将棋」2009年5月13日号に、現地でNHKの衛生放送の解説に来ていた森内俊之九段(前名人)の次のようなコメントが載っていた。

星の上では羽生さんがリードしましたが、内容では郷田さんも負けていません。次局以降も熱戦が期待できる内容で、気持ちを切り替えて指せるかが、今後のポイントでしょう。
(「週刊将棋」2009年5月13日号4 ページ)

2年前の郷田九段との第65期名人戦七番勝負、森内名人3勝2敗で迎えた第6局で、郷田玉を受けなしまで追い込みながら、そこからの郷田九段の逆襲の王手の連続に、受け間違ってトン死となった当時の森内名人。
勝てばタイトル防衛のみならず、永世(18世)名人確定の一番だった。しかし、その二週間後、森内名人は気持ちを切り替えて第7局に臨み、第6局の逆転負けを引きずることなく、郷田九段を降し、4勝3敗で名人位防衛、18世名人の資格を手にした。

羽生名人、郷田九段との同学年・奨励会同期で、両者と名人戦で戦った森内九段のコメントでもあり、まだまだ勝負はこれからと思いたい。
王位戦の挑戦者リーグでの羽生名人との対戦で8連勝がストップした3月19日以降、1勝8敗と、前回の名人戦第2局以外勝ち星がない、郷田九段の不調も気になるところだが、それだけこの名人戦七番勝負に集中していると思いたい。
郷田九段には気持ちを切り替えて、今後の対局に臨んでほしいものだ。

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2009年5月 7日 (木)

第80期棋聖戦挑戦者決定戦、稲葉陽四段の進撃を木村一基八段が阻止、羽生善治棋聖への挑戦者に

第67期名人戦第3局が広島県福山市で始まった今日(2009年5月7日)、東京の将棋会館では、名人戦の次のタイトル戦となる第80期棋聖戦五番勝負で羽生善治棋聖への挑戦者を決める挑戦者決定戦が行われた。
頂上決戦に勝ち残ったのは、1次予選から勝ち上がってきた新進気鋭の稲葉陽四段(20歳)と「千駄ヶ谷の受け師」ことA級棋士の木村一基八段(35歳)。
昨年、プロ棋士四段になったばかりの稲葉四段は、ここまでに郷田真隆九段、谷川浩司九段(2回)、藤井猛九段とA級棋士3人を破ってきた。最後に立ちはだかったのが、4人めのA級棋士木村八段である。
稲葉四段が勝てばもちろんタイトル初挑戦、木村八段が勝てば、2005年の第18期竜王戦(渡辺竜王に挑戦)、昨年(2008年)の第56期王座戦(羽生王座に挑戦)に次ぐ、3回めのタイトル挑戦となる。

決定戦の将棋は、稲葉四段が研究の成果をみせ、序盤は稲葉ペースにも見えたが、要所要所で「千駄ヶ谷の受け師」木村八段の受けが冴え、稲葉四段の角を捕獲。2枚の馬で稲葉玉に迫った木村八段がA級棋士の貫禄を見せ、勝利。羽生棋聖への挑戦者となった。

タイトル戦での木村vs羽生の初顔合わせとなった昨年の王座戦五番勝負は、3連勝で羽生王座が防衛を果たした。現時点での2人の対戦成績は22戦で羽生17勝、木村5勝と星が偏っている。羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)から見ての勝率は0.7727。
羽生四冠と20局以上対局実績のある棋士は17名だが、その17名の中で、羽生四冠の勝率が最も高いのが対木村八段戦である。
挑戦者となった木村八段がこの不利なデータを覆す戦いができるのか、名人戦が接戦となり第6戦、第7戦ともつれてくれば、棋聖戦の前半と日程が重なってくる。羽生四冠にとっては、「郷田一刀流」と称される鋭い切れ味の攻めが持ち味の名人戦挑戦者郷田九段と棋聖戦挑戦者となった「千駄ヶ谷の受け師」木村八段とでは、タイプが違う。
2正面作戦と余儀なくされる中、羽生四冠が、木村八段相手に、どのような戦い方をみせるかが、注目材料だろう。

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