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2009年6月の記事

2009年6月30日 (火)

茂木健一郎著『セレンディピティの時代』を読み終わり、上橋菜穂子著『獣の奏者』を読み始める

数日前に紹介した『クラウドソーシング』を読み終わったあとは、ちょっと趣向を変え講談社文庫の2009年6月の新刊『セレンディピティの時代』(茂木健一郎著)を読んだ。「月刊KING」という雑誌の連載記事に手をいれて、新たな章も加え、文庫化したものだ。サブタイトルが「偶然の幸運に出会う方法」。『会社に人生を預けるな』に続いて読んだ勝間本の『起きていることはすべて正しい』にも「セレンディピティ」という言葉が使われていた。自分で行動し、何かに出会い、そのことに気づき、その結果を受け入れていくことが、幸運をつかむきっかけになるというもの。作者は、何かの出会ったことに気づく「心の余裕が必要」と語っている。

セレンディピティの時代―偶然の幸運に出会う方法 (講談社文庫)

このブログを書き始めた頃取り上げた、河合隼雄著『大人になることのむずかしさ』の中の一節「深い必然性をもったものほど、人間の目には一見偶然に見えるといってもよく、そのような偶然を生かしてゆく心の余裕をもつことが、(中略)必要であろう。」とも通じる部分があり、興味深かった。

獣の奏者〈1〉 (講談社青い鳥文庫)

『セレンディピティの時代』のあとは、久しぶりに上橋菜穂子ファンタジー『獣の奏者』を読み始めた。もともと2年ほど前ハードカバー上下2冊で出版され、NHKでアニメ化もされた人気作。通勤電車で読むには分厚く重たいので、文庫化されるのを待っていたら、講談社青い鳥文庫で上下2冊を4冊に分けて文庫化された。4冊が出揃ったところでまとめて買い、第1巻だけずっと鞄に入れていたが、いよいよ、今日から読み始めた。
さっそく、上橋ワールドに引きこまれ、第1巻の半分ほど読んだ。しばらくは、楽しめるだろう。

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2009年6月29日 (月)

1日インターネット難民になった

このところ、しばらく毎日ブログの更新を続けてきたが、昨日で途切れてしまった。本人は、更新する気は十分あったのだが、本人の努力外のところで更新ができなかった。

昨日、外出から戻ると、長女から報告。我が家のインターネット回線の接続元であるケーブルテレビ会社の職員が訪ねてきて、本ケーブルから我が家の屋内に回線を引き込む分配器にトラブルがあるらしい。インターネット、併せて契約している固定電話の両方ともが夕方から不通になっていた。
昨日は、東京は午後から雨になって作業には危ないこと、私も妻も家におらず、両親のいない家に上がり込むわけにもいかないということもあったようで、トラブルの連絡だけしてケーブルテレビ会社の職員は、帰ったということだった。

家の中のLAN回線のトラブルなら、まだ自分でもなんとかやりようがあるが、屋外の本線から屋内への引き込みのところの機器のトラブルとなるとさすがに素人では手に余る。

結局、今日、再度、修理に来てくれるまで、インターネットと固定電話のつながらない生活を強いられることになった。固定電話の方は、携帯電話という代替手段があるので困らないが、インターネット接続の部分でトラブルがあって繋がらないとどうしようもない。

電子メールも打てず、もちろんブログの更新もできない。今日、修理が無事終わり、また元通り繋がるようになったが、大したトラブルにはならなかったが、これが長く続けば、諸連絡や調べ物に事欠くようになるのは目に見えている。
1日の不通とはいえ、自分の生活がすでにインターネットに大きく依存しているのを痛感した1日だった。

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2009年6月27日 (土)

将棋第80期棋聖戦五段勝負第3局は挑戦者の木村一基八段が相矢倉戦で羽生善治棋聖を破り2勝1敗とし、初タイトルに王手

第67期名人戦七番勝負決着の余韻をさめやらぬ中、第80期棋聖戦五番勝負の第3局を迎える。対局場所は、名人戦第7局と同じ、愛知県豊田市、会場のホテルまで同じである。あるいは、名人戦が第7局までもつれ込んだ場合の、羽生名人・棋聖の移動の負担をなくすという配慮だったのかもしれない。羽生棋聖は、名人戦後東京の自宅には戻らず、そのまま豊田市に逗留し、今日の棋聖戦を迎えた。

第80期棋聖戦は、第1局が後手羽生棋聖の勝ち、第2局が後手木村八段の勝ちの1勝1敗で今日の第3局となった。勝った方が、棋聖位に王手をかけるという重要な1局である。第2局で、タイトル戦での連敗をようやく止めた木村八段としては一気にタイトル獲得に王手をかけたいところだ。
(第3局の棋譜中継は→http://live3.shogi.or.jp/kisei/kifu/80-03.html)

戦型は、相矢倉。羽生棋聖が最初に攻め、木村八段の矢倉囲いの端攻めを敢行するが、攻めごまが足りない。「千駄ヶ谷の受け師」木村八段は徹底して受けに回り、羽生棋聖の背攻めを途切れさせ、反転攻勢を狙う。
控え室の解説陣からは、90手目あたりで、先手木村八段優勢、100手目あたりでは羽生棋聖がいつ投了してもおかしくないとのコメントも出たが、そこから羽生棋聖が粘りを見せ、140手目あたりまで細い攻めをつなげる。
しかし、やはり劣勢はいかんともしがたく、反転攻勢に出た木村八段は羽生玉を守る矢倉城を横と上から攻撃。木村八段の155手目羽生玉の玉頭への銀打ちの王手を見て、羽生棋聖が投了した。
これで、木村八段の2勝1敗。念願の初タイトルまで、あと1勝と迫った。これまで、実力はありながら、、羽生世代の壁をなかなか突破できずタイトルに手が届いていなかった羽生世代の少し下の世代が、一昨年の深浦康市八段の王位獲得に続き、今年3月の久保利明八段の棋王獲得と頭角を現してきた。木村八段もタイトル挑戦すでに3回を数え、そろそろ挑戦者からタイトルホルダーに昇格したい時期であろう。残り2局で、羽生棋聖からあと1勝あげられるだろうか。

羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)は、昨年夏の第55期王座戦五番勝負こそ、今回の棋聖戦の挑戦者木村八段を3タテで一蹴したが、その後の防衛戦は、深浦王位の挑戦を受けた第58期王将戦七番勝負、終わったばかりの郷田真隆九段の挑戦を受けた第67期名人戦七番勝負とも、ともに挑戦者に先に3勝目をあげられ、カド番に追い込まれている。そして、今回の第80期棋聖戦五番勝負も、カド番に追い詰められた。今回も、前の2棋戦同様これから2連勝で逆転防衛となるのか、上り調子の木村八段の前に、屈することになるのか、興味のあるところだ。

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2009年6月26日 (金)

ようやくETC車載器を注文

高速道路の休日1000円化政策と購入助成金制度政策のため、あっという間に市場から消えてなくなったETC(=Electronic Toll Collection System)車載器。「いつでも買えるだろう」と高をくくっていたら、どこのカー用品店でも、インターネット通販でも、在庫が払底し、買い損なってしまった。

いずれ生産が進めば、市場に出回るだろうと思っていたが、購入助成金の打ち切りもあって、メーカー側も様子見なのか、さっぱり出てこない。一度、2ヵ月ほど前に、あるネット通販サイトで某月某日の夜9時から限定販売を受け付るという情報を得て、夜9時ちょと過ぎにアクセスした時にはもう完売だった。

その時、またいずれその通販ショップが販売を再開するかもしれないと、お気に入りにリンクを登録しておいた。
たまたま気になってアクセスしてみると、いつもは5~6種類あるETC車載器のすべてが「在庫なし」表示なのに、今日は1機種だけ「在庫なし」表示がない。表示の間違いかとおもつつ「注文ページ」へ進むと注文可能となっている。他のサイトで注文可能かどうか調べているうちに売り切れても困るので、その場で即「注文」ボタンを押して、権利を確保した。

後は、ショップ側から在庫確認の上、振込額の詳細がメールされてくれば最終確定である。15000円ほどの投資だが、妹が千葉の袖ヶ浦にいて、アクアラインを利用する機会もあるので、数回高速道路を利用すれば元が取れるだろう。クレジットカード会社から、ETCカードは入手済みなので、あとは車載器である。
はたして、本当に在庫はあるのだろうか。

ETC総合情報ポータルサイト

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2009年6月25日 (木)

お酒に弱くなった

このところ、飲み会が続いた。

先週金曜日(6月19日)が、昔出向していた官庁の当時の課長を囲む会。20年以上前の仲間が集まり、昔話に花が咲く。この時は、ビールに加えて、冷酒。日本酒の冷酒は効く。翌日の土曜日は一日、頭がボーッとしていた。

昨日(6月24日)は、高校時代の同級生数名で集まる。近々、東京地区の同窓会支部の総会があり、我々の代の出欠状況の確認。1年上が16名、1年下が30名以上という出席予定に対し、我が学年は10名に満たないとのことで、私も、勧誘の手伝いをすることに。親しいメンバーだったこと、ちょうど、朝の激しい雨が一転午後から晴れて蒸し暑くなり、ビールがおいしく感じられたこと、おまけに途中で将棋の名人戦で応援する郷田九段が早々に投了して羽生名人の防衛が決まったことがわかりやけ酒の混じり、ビール・酎ハイと杯が進む。
今日は、職場で朝からやはり朝から体調が今ひとつ。なんとか、一日の仕事を終える。

しかし、スケジュールのいたずらで、今日も飲み会。各界の諸先輩との勉強会で、昨日ほど深酒はせず、ビールだけに、勧められた焼酎のお湯割りはお断りし、途中からはウーロン茶と多少コントロールしたが、さてどうだろうか。

50代が目前になり、明らかにお酒には弱くなった。「楽しいお酒も、ほどほどにしておかないと」と自戒した1週間だった。

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2009年6月24日 (水)

将棋の第67期名人戦最終第7局は、羽生善治名人が挑戦者郷田真隆九段を降し、4勝3敗で名人位防衛を果たす

羽生善治名人、挑戦者郷田真隆九段とのそれぞれ3勝ずつをあげ、最終第7局となった第67期の将棋の名人戦。最終決戦の場所は、愛知県豊田市。

昨日(2009年6月23日)から始まった第7局は、改めて振り駒となり先手が羽生名人となった。相矢倉模様の出だしで始まったが、郷田九段が囲いに組まず、左美濃に構える趣向を見せる。
初日の昨日は、開始直後に郷田九段が1時間以上の長考ををみせ、左美濃を選択。しかし、その後の羽生名人の応手が、郷田九段の想定外の手だったようで、再び郷田九段が長考。消費時間に差がついた。
立会人の石田和雄九段、衛星放送の解説の渡辺明竜王、新聞観戦記の解説に副立会人の先崎学八段と杉本昌孝七段が控え室で形勢を検討するが、初日から総じて羽生名人がやや優位かとの見方だった。
ずっと、反撃の機会をうかがっていた郷田九段が2日目午後、飛車取りの角打ちを放ち、一時は挑戦者が盛り返したのではとの観測も出たが、そこから羽生名人の攻めが途切れず、郷田九段は羽生玉に王手をけけることさえなく、81手で投了となった。

これまでの6局の中に何局かあった、終盤ギリギリまで1手違いのハラハラさせられる勝負と比べると、終始羽生名人ペースで郷田九段の良さは出ないままで終わった感じである。郷田九段完勝に終わった第5局のお返しをされたような印象である。

郷田九段にとっては、本局は記念すべき1000局目の対局で、勝って名人位につけば、1000局目で名人というキャッチコピーが作れたが、幻に終わった。
7局を通してみれば、郷田九段にも十分に名人獲得の可能性はあった。第3局での劣勢の将棋を終盤逆転したにもかかわらず、自らの錯覚でほぼ手中にした勝利を取り逃したことが、一番大きな逸機といえるだろう。単純な星勘定で言えば、あそこで勝っていれば、4勝1敗で郷田名人の誕生であった。(もちろん、3局目で2勝1敗とリードしていたら、4局目、5局目の連勝があったかはわからないが。)
もう一つの逸機は、第6局の最終盤、お互いギリギリの剣が峰の勝負で、羽生名人の王手が続く中、郷田九段が△8三玉と逃げたところを、△8二玉と逃げていれば、郷田勝ちもあったかもしれないというところであろう。羽生陣もとても盤石とはいえず、受け切れれば、郷田九段の勝ちという局面だった。第7局終了後の羽生名人のインタビューでも、第6局の終盤がきわどく、7局の中で一番印象に残る1局と語っている。
「タラレバ」は意味がないと思うが、郷田ファンとしては、あの時、△8二玉としていたらと、どうしても考えてしまう。

郷田九段は、2度A級から1期で降級という辛酸をなめながら、3度目の昇級でA級に残留を果たし、その翌期の第65期に名人挑戦を実現した。そして今期第67期が2度目の挑戦。A級への挑戦同様、名人位も3度目の挑戦でものにしてほしい。

今期第68期の名人挑戦者を争う第68期のA級順位戦は、名人戦と同時並行ですでに始まり、6月11日井上慶太八段●×三浦弘行八段○、6月12日木村一基八段●×谷川浩司九段○、6月18日丸山忠久九段●×森内俊之九段○の3局がすでに終了している。
郷田九段の初戦の相手は藤井猛九段。来期第68期での羽生名人への再挑戦に向け、気持ちを切り替えて、エンジン全開で臨んでほしいものである。

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2009年6月23日 (火)

米国での新たな動きを紹介し、ネット社会の現在と未来を語るハヤカワ新書juiceの第1作『クラウドソーシング』

ミステリなど海外の文学作品の翻訳が特色の早川書房が2009年5月に新書の分野に参入した。「ハヤカワ新書juice」。その記念すべき1冊目No.1がこの『クラウドソーシング』である。

クラウドソーシング―みんなのパワーが世界を動かす (ハヤカワ新書juice)

巻末にある「ハヤカワ新書juice」の創刊の意義について語った紹介文には、「まずは時代の一歩先をゆく海外作品を」との小見出しのもと、次のように書かれている。

「いまでは、情報網・流通網の発展により、海外で生まれたコンセプトやアイデアはすぐに日本の誰かによって紹介される時代になりましたが、それが生まれた背景や文脈、そこから発する空気感や微妙なニュアンスはしばしば削ぎ落とされてしまいます。早川書房では、これまでの翻訳出版のリーディングカンパニーとしての経験を生かして、ハヤカワ新書juiceでもまずは先端的な翻訳出版からスタートします。とくにネットカルチャーやビジネス、サイエンス、エコなどの分野における海外の動向をいち早くお伝えしたいと思います」

本書の『クラウドソーシング』のサブタイトルは「みんなのパワーが世界を動かす」で、まさにネットカルチャー、ネットビジネスの世界で最先端ともいえる米国で今何が起こっていて、将来にどうつながっていくのかを見定めようとするものである。

現在では、技術革新による各種のソフトウエアや機器の低価格化・普及により従来、資本力のある企業や組織でしか行えなかったことが、個人やその集団であるコミニティが行えるようになった。さらにそこにインターネットの普及が加わり、クラウド(CROWD=群衆)の力が、インターネットを通じて集約さら個々人の力は小さくても、まとまれば大きな変化が起きているというのが本書の趣旨である。

研究開発企業が、自社の研究者だけでは解決できない課題をネットを通じ、個人に問題を投げかけ、日常は別の職業についている科学に愛好家だちが、自分の空いた時間に、実験や研究を行って解決策を提示する。
バードウオッチングを趣味とする人たちが、各自が自分たちが見た鳥の目撃情報を、ネットを通じて発表し、それが集約されることで、鳥の生息分布状況が明らかになり、鳥類学者は研究に専念できる時間が増えた。
膨大な特許申請の審査作業の一部をネットを通じ、個人に公開したところ、過去の類似特許の情報が寄せられ、特許の審査業務の負担軽減につながった。
地方新聞が、インターネットの自社サイトに地元の情報を扱う記事や掲示板を、地元の主婦に取材をさせ書かせることで、地元に密着し、読み手が知りたい情報が書かれるようになり、サイトのアクセスが急増し、そのサイトが広告媒体として価値を持つようになり、またそのサイトを運営している新聞社の新聞も売り上げが伸びた。
など、米国での多くの事例が紹介され、日本の現状と比べ、やはりネット先進国に米国はその名の通り、相当先を進んでいるという印象を持った。

それは、従来の経済学の基本的な考え方を否定するものでもある。本書の冒頭のはしがきには、次のように書かれている。

「人間はかならず自分の利益を考えて行動するものだと昔からいわれるが、クラウドソーシングはそうとは限らないことを証明している。クラウドソーシングを用いたプロジェクトに参加する人びとは、その報酬がたいていスズメの涙ほどか、まったくないかのいずれかだが、金額には関係なく、労を惜しまず貢献する。これまでの経済学のレンズを通せばこういう行動は筋が通らない用に思えるが、報酬はドルやユーロに換算できるとは限らない。(中略)その動機の中には、大規模なコミニティのために何かを作りたいという欲求や、自分の得意なことをする純粋な楽しさが含まれていた。(中略)人びとは、自分の才能を養うことや、自分の知識を誰かに教えることには大きな喜びを感じる。クラウドソーシングでは、共同作業そのものが報酬になるのである」(『クラウドソーシング』25ページ)

まだ全体の半分ほどを読み終えたところだが、米国の様々な事例に比して日本の動きは遅れていると痛感している。日本では、各種ソフトウェアやハードが低価格化し普及していること、インターネットが普及し何かをやりたいクラウド(CROWD=群衆)が存在することは、おそらく米国と同様だろう。しかし、そのクラウド(CROWD=群衆)のパワーを活用する仕組みはまだまだ少ないように思う。
本書でも書かれているが、あらたな動きは痛みを伴うものでもある。既得権益者にとっては、手放しで喜べる事ばかりでもないだろう。
しかし、やがては何らかの形で日本にも影響は及んでくるだろう。その時、自分がどう関わるのか。あるいは、一歩先取りして、日本で変化を起こすためには、どうしたらよいのか考える上で、格好の参考書になる本だと思う。

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2009年6月22日 (月)

いよいよ明日から第67期名人戦最終第7局、将棋の神様はどちらに微笑むのか

4月から始まった将棋の第67期名人戦七番勝負も羽生善治名人、挑戦者の郷田真隆九段がそれぞれ3勝ずつをあげ、第7局を迎えることになった。最終決戦は、愛知県豊田市。

郷田ファンのひいき目でみれば、今回の七番勝負の内容は郷田九段が第4局、第5局と快勝したのに対し、羽生名人の勝った第3局は郷田九段の錯覚によるもの、第6局も劣勢だった郷田九段が終盤相当追い込んで、羽生名人の王手の連続で決着したものの、途中の郷田九段の玉の逃げ方次第では、勝つ可能性があったようだ。
勝ち星の内容から見れば、郷田九段の内容の方が上回っているように見える。

こんな七番勝負の時、「将棋の神様」はどちらに微笑むのだろうか。
シリーズ前に、「名人になるもよし、ならぬもよし」と「将棋世界」のインタビューで語った郷田九段。羽生名人は、郷田九段の順位戦での戦いぶりに「余裕・ゆとり」を感じている。
シリーズ6局を通じ、郷田九段はその「余裕・ゆとり」を保つ続けているように思う。自分の力を信じ、最後まであきらめることなく、そして観戦しているファンに、わかりやすいが、プロらしい内容であるように心がけて指していれば、自然と結果はついて来るのではないだろうか。

郷田名人の誕生を心から願っているし、今回の戦いぶりなら十分それは実現可能だと思う。

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2009年6月21日 (日)

自然の営みの偉大さを改めて教えてくれる『ハチはなぜ大量死したのか』を読み終わる

先週から読み始めた『ハチはなぜ大量死したのか』を昨日読み終わった。米国で発生したミツバチの大量死を扱ったサイエンス・ノンフィクションである。作者のローワン・ジェイコブセンは、食物や環境に関して新聞や雑誌、ウェブサイトなどに記事を書いているライターということらしい。

ハチはなぜ大量死したのか

2006年の秋から翌年の春にかけて米国各地で起きミツバチの大量死。それまでのミツバチの総数の四分の一ほどが、巣箱に戻らず失踪したという。米国では、こにミツバチの大量失踪死は、「峰群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん)=Colony Collapse Disorder」、頭文字を連ねて「CCD」呼ばれている。

本書は、筆者が養蜂家やミツバチの研究家を取材し、その原因を解き明かそうとする過程をまとめたものである。
本書では、何が異常なのかを明確にするため、本来の健康、健全なミツバチの生態について、詳しく説明した上で、丹念に原因と思われる様々な事象に迫っていく。
米国のミツバチ(セイヨウミツバチ)の天敵であるミツバチヘギイタダニ、ミツバチの躰を蝕む各種の細菌やウィルス、乱開発による生存に適した地域の減少、工業化された農作物生産の中で使用される農薬、またその工業化された農作物生産の大量生産の一環をなす受粉のため酷使されるミツバチ、様々なものがミツバチの生活を脅かしている。
研究者も、養蜂家も「CCD=峰群崩壊症候群」の原因を特定できいるわけではない。むしろこれらの要因が複合的に重なりあったことで、ある限界を超え、精密機械のようなミツバチの生態に狂いが生じ、大量の働きバチが、帰巣途中に息絶えたというのが実態のようだ。

本書は、ミツバチの危機を語ることで、我々を取り巻く自然環境に大きな危機が忍び寄っていることに警鐘をならすものである。ミツバチが働くことができなくなれば、ミツバチに受粉を頼る多くの作物も実らなくなる。
自然は、自ら復元力を持っているが、人間が経済的合理性のみで、それに手を加えたことで、生態系の弱い部分の連環が途切れようとしているのではないか。このミツバチの大量死も、自然の復元力のなせる技なのか、すでに人為的な力があまりにも加わりすぎて、復元不可能なところまで来てしまったのか、結末がわかるのはこれからというところだろう。

本書の解説を『生物と無生物のあいだ』や『できそこないの男たち』などで話題の青山学院大学の福岡伸一教授が書いている。彼が専門とする「狂牛病」と比較しながら、CCDを語っている。
本書によれば、ヨーロッパでは、「CCD」を「狂蜂病」と呼んでいるという。牛も蜂も狂わせてしまった自然の摂理を無視した工業的な農業は、もうとっくの昔に行き詰まっていたということだろう。
それは、私には、米国の低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンを証券化した資産運用商品の組成、販売、購入に狂奔した現代の資本主義経済と重なって見える。

「デファクトスタンダード (de facto standard)=事実上の(世界)標準 」という名のもtに押しつけられてきた「アメリカンスタンダード」に日本がなびく時代は終わったのだと思う。

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2009年6月20日 (土)

データ分析の話(1)都道県別乗用車普及率

のブログ『栄枯盛衰・前途洋洋』も、ややネタ切れになってきて、私が読んだ本や読んでいる本の話や、将棋の話題ばかりで、特に将棋に関心のない人には、最近の記事の半分以上は、面白くないものになっていると思う。

自分の得意分野のネタで読んでいる方にも関心を持っていただける話題として、しばらくデータ分析の話題を書いてみることにする。

私は1990年代の後半、仕事で富山市に5年ほど住んだことがあって、その頃地元のバス会社の方と親しくなった。地域の足であるバスは、マイカーの普及でどこも、乗客は伸び悩んでいるが、都道府県別にどの程度の違いがあるのだろうと思って調べてみたのが、データ分析を手がけたきっかけである。
今日は、私がデータ分析を始めるきっかけとなった、都道県別の乗用車普及率についてグラフを作ってみたので、ご覧いただければと思う。

各都道府県別の普通乗用車と軽乗用車車の合計を、毎年集計される住民基本台帳の数字で割り、人口一人あたりの乗用車の普及率をはじいて多い順に並べたのが、下のグラフだ。
集計対象は2007年3月31日時点、全国の加重平均は45.2%。



上位には北関東3県(群馬、栃木、茨城)と北陸3県(富山、石川、福井)とその間を橋渡しするように長野、山梨、岐阜の3県も名を連ねている。
一方、下位は東京、大阪、神奈川など大都市圏の都府県が名を連ねる。

乗用車は安くなったとはいえ、依然として高価な買い物だろう。
乗用車の普及には、
①高価な買い物ができるだけ豊かである
②鉄道などの公共交通網が都市圏に比べ不便である
③一方、道路網の整備は進んでいる 
などの条件があるのではないかと考えているが、それを裏付ける分析はまだしたことがない。

ただ、茨城県を振り出しに、
茨城(4位)→栃木(1位)→群馬(2位)→長野(5位)→岐阜(6位)→富山(3位)→石川(10位)→福井(8位)という日本列島を横断する帯状の地域で乗用車の普及が高いという事実は、なんとも不思議だといつも思う。

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2009年6月19日 (金)

将棋第80期棋聖戦五番勝負第2局、挑戦者木村一基八段が羽生善治棋聖を破り、待望のタイトル戦初勝利をあげる

第67期名人戦七番勝負と同時進行となった第80期棋聖戦五番勝負、どとらもタイトルホルダーは羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)である。
昨年(2008年)は、当時の羽生二冠(王座・王将)が挑戦者として登場し、ここ数年タイトル防衛を続けていた森内俊之名人(当時)と佐藤康光棋聖(当時)から両タイトルを立て続けに奪い、四冠復帰。二度目の羽生七冠制覇かと騒がれていた。
今年はどちらも、防衛する立場。第67期名人戦では、挑戦者の郷田真隆九段に先に3勝目をあげられカド番に追い込まれたが、今週初め (2009年6月15・16日)の第6局で、郷田九段を破り、フルセットに持ち込み、名人位のゆくえは、来週の最終第7局(6月23・24日)で決まることになった。
6月に入り始まった第80期棋聖戦では、第1局(6月9日)で羽生棋聖が、まだタイトル戦で白星のない木村一基八段を破った。咳が出てマスクをして対局に臨んでいた木村八段の姿が、はた目にはなんとも痛々しかった。

羽生四冠は
5月20・21日 名人戦第3局(対郷田真隆九段)●
5月25日   竜王戦1組決勝(対深浦康市王位)●
5月29日      王位戦挑戦者決定リーグ紅組(渡辺明竜王)●
6月2・3日  名人戦第4局(郷田真隆九段)●
と4連敗の後、
6月9日    棋聖戦第1局(木村一基八段)○
6月15・16日 名人戦第6局(郷田真隆九段)○
と連勝しており、棋聖戦第1局での木村八段戦での勝利が羽生不調のムードを断ち切る材料となり、自らも気をよくしたに違いない。

一方の木村八段のタイトル戦での連敗記録は、
第18期竜王戦七番勝負(2005年、対渡辺明竜王)●●●●
第56期王座戦五番勝負(2008年、対羽生善治王座)●●●
第80期棋聖戦五番勝負(2009年、対羽生善治棋聖)●
と8連敗である。

今日の第80期棋聖戦第2局では、羽生棋聖が勝って棋聖位防衛に王手をかけ、連勝を3に伸ばして一時の不調ムードを払拭し、来週の名人戦最終決戦に臨めるのか、挑戦者の木村八段が待望のタイトル戦初白星をあげられるのか。
棋譜中継はこちら→http://live3.shogi.or.jp/kisei/kifu/80-02.html

戦型は、後手の木村八段が最近復活の兆しを見せる相懸かり系の将棋ではなく、一手損角換わりを選択。32手めまでは、今回の棋聖戦の挑戦者決定戦(先手:稲葉陽四段、後手:木村一基八段)と全く同じ展開。33手め、先手の羽生棋聖が手を変えた。
その後、木村八段が△5五銀と銀の上にさらに銀を重ねて打ち、羽生棋聖の角道を止めた手が、従来にない「新手」のようで、それ以降徐々に木村八段が良くなっているように見える。
木村八段は成銀と馬で羽生玉を挟撃、羽生玉も守りは金一枚で、木村八段の手には飛車と金の持ち駒がある。羽生玉は風前に灯火。あとは、木村玉を詰ますしかないと、飛車を打って王手をかけるが、「千駄ヶ谷に受け師」こと木村八段は受け間違えず、詰ますことはできず、羽生棋聖の投了となった。

木村八段は、タイトル戦9局めにして待望の初白星。通算成績で6割9分近い高い勝率を残している実力者だけに、この勝ち星は、今回の棋聖戦5番勝負のゆくえに大きな影響を与えることはもちろん、木村八段の今後の棋士人生にとっても転機の1勝となるのではないだろうか。

羽生棋聖には、今ひとつ「キレ」がなかったような気がする。1月以降、タイトル戦という緊張する舞台が王将戦・名人戦・棋聖戦と続き、 疲れがたまっているのだろうか。タイトルを多く持つものの宿命ではあるが、挑む側は、それぞれ別。
名人戦挑戦者郷田真隆九段のファンである私にとっては、この棋聖戦第2局での羽生棋聖の敗戦が、来週の名人戦最終第7局にどう影響するのかが、最大の関心事である。

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2009年6月16日 (火)

将棋の第67期名人戦第6局は羽生善治名人が終盤の読みあいを制し、挑戦者郷田真隆九段を降し、名人位のゆくえは第7局に持ち越し

昨日(2009年6月15日)から京都東本願寺で始まった、将棋の第67期名人戦七番勝負の第6局。挑戦者の郷田真隆九段が3勝2敗で名人位奪取に王手をかけており、勝てば名人位という一戦である。一方、羽生善治名人にとっては、名人位防衛のためにはどうしても勝たなくてはいけない一戦である。

先手の羽生名人は第1局、第2局で登場した矢倉囲いからの戦いを目指す。一方、挑戦者の郷田九段は、それに応じて過去2局と同様相矢倉にするかと見せ、飛車を振る陽動振り飛車に。おそらくは、郷田九段の作戦と思われるが、初日午後に羽生名人の指した手が、郷田九段の想定になかった手だったようで、2時間近い長考に。結局、一気に攻めを繰り出すのではと思われていた郷田九段も自重する手を指し、その次の手を羽生名人が封じて初日が終わった。

佐藤康光九段、谷川浩司九段、久保利明棋王、阿部隆八段、などが詰める控え室のコメントでは、2日午前は羽生名人優勢のコメントが続いた。午後の入り、後手の挑戦者郷田九段もずいぶん持ち直したのではないかとコメントにかわる。郷田ファンの私としては、期待したいところ。

夕食後の再開の場面前後で家に帰り着き、「名人戦棋譜速報」でのリアルタイムで観戦開始。羽生名人優位は崩れないようだが、郷田九段も徐々に羽生玉をがっちり守っていた矢倉囲いの金銀を玉から離し、つけいる隙を作ろうとする。102手目には、郷田九段は羽生陣に△6九角と角を打ち込み、羽生玉の横に控える金を狙う。さらに、106手目には△8六桂と6九に打った角が△7八角成と金を取って詰みですよという「詰めろ」を放った。打った桂馬を自玉を狙う銀で取らせ、その間に自分の銀と向き合っている羽生名人の飛車を取って挽回しようという勝負手である。
羽生名人がこれを回避するには、郷田玉に王手をかけるしかない。次の107手目から羽生名人の王手ラッシュが始まる。途中、郷田九段の必死の防戦に羽生名人が頭を抱える場面もあり、羽生名人が極度に緊張した場面でしか出ないと言われる、「手が震える」場面もあったという。それでも、羽生名人の王手は途切れることなく続き、最後は、131手目の羽生名人の王手を見て、郷田九段が投了した。
しかし、途中の郷田玉の逃げ方が1マス違えば、羽生名人の攻めが途切れ逆転のした可能性もあったのではないかと、控え室では検討が続いているほど、緊張感が途切れることのない一手一手の応酬だった。羽生名人が一手間違えれば、即逆転というギリギリの局面が続いた最終盤だった。
序盤の羽生名人優勢の駒組みから、本当の意味での一手違いまで迫ったのは、郷田九段の実力でもあるだろう。

これで両者3勝3敗。どちらが勝ってもおかしくないが、シリーズ6局を通じて、郷田九段らしさの出ているシリーズのような気がする。2年前の森内名人との七番勝負は、2連勝後3連敗し、カド番の1局を大逆転で勝ったものの、そこで精根使い果たした感があり、最終局は、あまり勝てそうな感じはしかなかった。
今回のシリーズは、第4局、第5局は郷田九段の完勝といえる内容である。第3局は、羽生名人が勝っているが、郷田九段の錯覚に乗じたもの。第6局も羽生名人が勝ったとはいえ、序盤の優勢の割には、最終盤の展開は、なんとか勝ちを拾ったという感じで、羽生名人の完勝とは言い難い。羽生ペースは、第1局のみであり、七番勝負をトータルすれば、やはり郷田九段の力、勢いが上回っているような気がする。

第7局は、郷田九段が持ち時間9時間の名人戦で、時間を十分に使いつつ、羽生名人という好敵手との間で、見る人を楽しませる気持ちを持ち続けていれば、将棋の神様は、郷田九段に微笑んでくれるだろう。

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2009年6月14日 (日)

『ハチはなぜ大量死したのか』を読み始める

今週半ばに、プライベートちょっと人前で話をしなくてはいけないことがあって、その資料作成が優先で、ブログの更新が滞ってしまった。ようやく資料も完成したので、ブログに向かっているところだ。

小説以外の読書といえば、歴史か心理学系の自分の趣味として興味のある分野、また仕事の直結する経済・金融系のどちらかが多いのだが、時々、自然科学系のノンフィクションが読みたくなる。
最近では、『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)を皮切りに、『プリオン説はほんとうか?』(講談社ブルーバックス)、『もう牛肉を食べても安心か』(文春新書)、『できそこないの男たち』(光文社親書)、『動的平衡』と福岡伸一教授の一連の著作を読み、分子生物学の不思議を感じさせてもらった。

ハチはなぜ大量死したのか

しばらく前からきになっていて、今日、再び家の近くの書店で見かけて、買ったのが、ローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋)だ。
2006年秋から2007年春にかけて、北半球でそれまでの四分の一に及ぶ大量のミツバチが死んだのだという。ミツバチは、蜂蜜(はちみつ)の生産のためにだけ利用されているとばかりおもっていたが、米国ではどうも事情が違うらしい。
商業養蜂家の仕事は、蜂蜜の生産よりも、ミツバチの巣箱を米国の東西南北に運び、農業生産に必要な作物の受粉の媒介者としてミツバチを働かせることの方が、いまや重要な仕事になっているようなのだ。

その農業生産に不可欠なミツバチの四分の一が一度に大量死したという事実。それは、単にハチミツの生産量が減って、ハチミツの値段が上がるといった単純な問題にとどまらず、米国の機械化・工業化された大規模農業のうち、受粉を必要とする多くの作物の生産に支障をきたすということでもある。本書の原題「Fruitless Fall(実りなき秋)」がそのことを暗示している。

そのミツバチ大量死の原因を解き明かしていくのが、本書のテーマである。果たして、何が結論なのか。下手な推理小説より、よほどスリリングな読み物である。

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2009年6月 9日 (火)

将棋の第80期棋聖戦五番勝負第1局は、羽生善治棋聖が挑戦者木村一基八段を破り、自らの連敗を4で止める

第67期名人戦七番勝負が挑戦者郷田真隆九段の3勝2敗と佳境を迎える中、名人戦で郷田九段の挑戦を受けている羽生善治名人が、今度は棋聖のタイトルホルダーとして挑戦者の木村一基八段の挑戦を受ける第80期棋聖戦五番勝負が新潟で開幕した。

昨年(2008年)の第21期竜王戦七番勝負のインターネットでの棋譜中継にアクセスが殺到したのに刺激されたのか、棋聖戦の主催社である産経新聞社は、今回の棋聖戦のネット中継を従来よりも充実させ、ネットの棋譜中継の画面にこれまで他棋戦では採用されていたものの、棋聖戦では採用していなかったコメント欄を設け、リアルタイムでの棋譜中継のほかに、控え室での他のプロ棋士の解説も載せるようになった。また、「中継ブログ」も今回から採用し、あわせて昨年の第1局でも好評だった『ウェブ進化論』著者梅田望夫氏によるネット上の「リアルタイム観戦記」がその中継ブログ上に掲載された。

第80期棋聖戦中継サイトhttp://live.shogi.or.jp/kisei/

解説陣も立会人の藤井猛九段、副立会人の飯塚祐紀六段、さらにネット棋譜中継や地元での大盤解説のため将棋連盟からタイトルホルダーの一人深浦康市王位が派遣されるという布陣で、将棋連盟の意気込みを感じられた。

棋聖戦は双方の持ち時間が名人戦(9時間)の半分以下の4時間で、1日での指し切り。
朝9時に始まった勝負は、私が家に帰り着いた夜8時にはすでに終局していた。戦型は昨年の第21期竜王戦七番勝負の第6局、第7局に登場した急戦矢倉。第7局の先手羽生名人対後手渡辺竜王と戦いと途中まで同型で、今回は先手を木村八段、後手側を羽生名人・棋聖が指すという展開だった。
途中までは、矢倉から穴熊へと囲いを組み替えより強固に低く構えた羽生棋聖と金銀を盤面中央まで進出させ駒の厚みと効率性の良さで勝る木村八段に対し、どちらを評価するか検討陣の評価も分かれ、いわば互角の戦いだったが、木村八段が攻めきれないうちに、羽生棋聖が木村玉の弱点であった端攻めを敢行し、手数はかかったものに、その後は木村八段に反撃の機会を与えずに攻めきった。
終わってから振り返ってみると羽生棋聖の強さばかりが目立った一局のように見えた。

これまで挑戦者として登場した2005年の第18期竜王戦七番勝負で渡辺竜王に4連敗、昨年の第56期王座戦でも3連敗と、タイトル戦でまだ勝ち星のない木村八段。タイトル戦でまず1勝がこの棋聖戦での最低限の目標だったが、この初戦でも果たされないまま終わった。
一方の羽生棋聖は、5月21日の名人戦第4局で挑戦者の郷田九段に敗れてから、竜王戦1組決勝(5月25日)で深浦王位に、王位戦挑戦者決定リーグ紅組最終戦(5月29日)で渡辺竜王に、さらに先週の名人戦第5局(6月3日)でも郷田九段に敗れ、4連敗と不調がささやかれていたが、ようやく連敗と止めた。

次はカド番に追い込まれている名人戦の第6局が来週6月15日~16日の両日行われる。郷田新名人が誕生するのか、羽生名人が勝って最終局までもつれ込むのか、ことらも目が離せない。

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2009年6月 8日 (月)

勝間和代著『会社に人生を預けるな』、不確実な時代のリスク・リテラシーを語る

今年に入りTV、マスコミへの登場が増えた経済評論家の勝間和代。著作の出版も、急増している。彼女が勧めたことで、再び書店に並ぶようになった本もあり、ストレングスファインダーの生みの親であるドナルド・O. クリフトンその孫トム・ラスの著作『こころの中の幸福のバケツ』(日本経済新聞社)などもその1冊である。私が、以前、『さあ、才能に目覚めよう』など、ストレングスファインダーに連なる一連の著作を読みあさった時、この『こころの中の幸福のバケツ』はネット通販などでも在庫切れで、絶版状態だった。勝間ブームで、一気に出回るようになったのだから、その影響力は推して知るべしである。

私は、昨年1月に前々から書店の店頭に積まれていて気になっていた著者の『効率が10倍アップする新・知的生産術』(ダイヤモンド社)を、将棋のプロ棋士上野裕和五段が自らのブログで推薦しているのを見て読んだ。
内容は、現代版『知的生活の方法』といったところだが、特に印象に残っているのは、コンサルティング会社に入った著者が、「勝間の話していることはわからない」と言われたことを紹介しつつ、物事を考える上で「フレームワーク」がいかに大切かということを強調していた点である。先輩コンサルタントたちは、分析の枠組みである「フレームワーク」のない話は雑談としか受け止めなかったという。

すでに発刊されてから3ヵ月ほどたつ『会社に人生を預けるな』を今になって読んでいるのは、最近私自身が、「これまでのような会社のいわれるままに働いていれば、未来が約束されていた時代はもう終わったのではないか」という痛感していたからだ。

会社に人生を預けるな リスク・リテラシーを磨く (光文社新書)

著者は、これまでの日本の雇用の前提だった「終身雇用制」こそが、現在の日本の不振の原因としている。終身雇用制は、定年まで雇用を保証する代わりに、働き盛りの若手社員を働きより安いコストで使い、中高年になると働きよりも高いコストを払うことになるが、それは、高度成長時代のような社会も企業も急速に成長・膨張しているような時代、働きよりも割安で働かせる若年層が多く、働きよりも割高な中高年が少ない時期には成りたっtが、現在のような中高年の方が多くなっている時代には成り立たない。そのような時代に企業が雇用の調整弁として使われたのがコストの安い「非正規雇用労働者」である。辞めさせられない「正規雇用者」を守るため「非正規雇用者」が解雇される。
そのような環境の中で、あえいでいるのが現在の日本の姿といえるだろう。著者は、その解決策の一つとして「終身雇用制」の見直しの必要性について、様々な観点から分析し、述べている。

その一方、そのような「終身雇用制」が崩れざるを得ないであろう社会で今後生きていくために必要なのが、著者がこの本の副題(「リスク・リテラシーを磨く」)に掲げたリスク・リテラシーである。自分の身の回りにあふれるリスクを、発生の可能性と変動幅という観点から正しくリスクとして認識し、それをコントロールするリスク・リテラシーである。
これだけ経済の先行きが不透明な中では、企業もいつ倒産してもおかしくない。終身雇用の枠組みの中で、「会社に人生を預けてしまう」と、会社が倒産したときには、自分には何も残らないということになりかねない。終身雇用制の下で、一つの会社に勤め続けることになっていることを、多くの人は認識していない。リスクと認識できれば、ではそのリスクを最小限の抑えるための対策(コントロール)を考えることになる。

人が勉強をするのは、将来を予測し、リスクを的確に認識し、どう対処するかを考え、実際にコントロールするためという著者の説明は、これから学ぶ子供たちに対する最もわかりやすい「勉強する意味」だろう。

私自身は、すでに自分の働きより企業側が払うコスト(給料)が割高な中高年の世代に入っている。せめてコストに見合った働きはしたいと思っているし、「人生を会社に預ける」という気持ちは持たないでいたい。
果たして、自分が現在持っているスキルが、外に打って出た時に、客観的にどれだけの評価を得られるものなのか、なかなか知りえないところが辛いところだが。

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2009年6月 4日 (木)

谷川浩司九段が『将棋世界』観戦記で語る第67期名人戦第3局での郷田真隆九段の姿

昨日(2009年6月3日)、日本将棋連盟の月刊誌『将棋世界』の2009年7月号が発売になった。

7月号の目玉は、引退した中原16世名人へのQ&A形式でのインタビュー、社会人からの特別奥別編入試験から3年半でフリークラスからC級2組への昇級を決めた瀬川晶司四段にインタビュー、昨年物議をかもした橋本崇載七段らの順位戦大予想など盛りだくさんだが、なかでも現在進行中の第67期名人戦のうち第3局の谷川浩司九段の観戦記が一番の売りだろう。

郷田九段にとっては、「谷川さんは私たちの世代が目標にしてきた棋士」(郷田真隆著『実戦の振り飛車破り』)であり、1992年には、棋聖戦と王位戦でタイトルに挑み、王位戦ではまだ棋士3年目駆け出しの四段ながら王位タイトルを獲得している。

まず、谷川九段は郷田九段の棋風や考え方について、

「横歩取り8五飛、藤井システム、ゴキゲン中飛車、一手損角換わり-。この10年で新戦法が次々と生まれる中、郷田は自分の姿を貫いてきた。
相手に誘導されることもあるので、もちろん研究はしているが、自分で指すことはほとんどない。
これらの新戦法は、いずれも従来の常識を覆す新しい発想であり、それだけに違和感もあった。
郷田はその感覚を大事にする。不自然な指し方は、必ずとがめられるはず、という信念である。
以前の郷田には、こうした新戦法にいら立ちが感じられた。だが、4年前にA級に復帰しからの成績は5勝、7勝(挑戦)、6勝、そして今期も7勝で挑戦。
A級で活躍することで、自分の考えは正しかったのだ、という確信も得られたのだろう。このところの郷田の戦い方には、自信と余裕が感じられる。」(『将棋世界』2009年7月号37ページ)

と紹介している。

福山での第3局は、劣勢といわれた将棋を郷田九段がしのいで、終盤に形勢を逆転、郷田勝勢とまで言われた中で、羽生玉の詰みを錯覚して、必勝の将棋を目前で再逆転された因縁の対戦である。

敗戦後の郷田九段の心中を察する谷川九段は、観戦記の最後を次のように締めくくった。

「終局直後のインタビューでは錯覚を語っていた郷田だが、これから感想戦。というときに一瞬、動きが止まってしまう。
ガックリ首をうなだれてタメ息をつき、駒を並べるのもつらそうだった。
3局続けての1分将棋。真摯に将棋と向き合う郷田の姿勢には胸を打つものがある。
つらい逆転負けではあるが、この気持ちを持ち続ける限り、いつかは将棋の神様が応えてくれるに違いない。そんなことを考えながら感想戦をみていた。」(『将棋世界』2009年7月号45ページ)

この観戦記を通じ、谷川九段の筆は、羽生名人よりも郷田九段について多く語っている。すでに、将棋界の代表として社会的にも広く知られる羽生名人よりは、実力がありながら、将棋ファンの中でも森内俊之九段(前名人)や佐藤康光九段(前棋聖)に比べてその棋風や人柄が十分知られていない郷田九段をこの機会に将棋ファンに知らしめようという先輩としての配慮もあったかもしれない。しかし、やはりこの第3局の将棋の内容そのものが、羽生名人が勝ったものの、郷田九段の側に見所の多い内容だったからではないだろうか。

タイトル戦、それも名人戦という棋士なら誰もが目標にする晴れの舞台での必勝の将棋を、自らの錯覚や見落としで敗れた時のつらさ、悔しさは、名人戦の大舞台に何度も登場し、おそらくは自身もそういう経験をした谷川九段だからこそ、わかるものだろう。

その谷川九段に「いつかは将棋の神様が応えてくれるに違いない」と語らしめた郷田九段の「真摯に将棋と向き合う姿勢」が、この名人戦で花開き実を結ぶことを祈ってやまない。

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2009年6月 3日 (水)

第67期名人戦七番勝負第5局、挑戦者郷田真隆九段が羽生善治名人に完勝し、名人位奪取まであと1勝

将棋の第67期名人戦七番勝負第5局は、昨日(2009年6月2日)、飛車と角が飛び交う激しい切り合いの中、34手目を羽生名人が封じて初日を終えた。
一夜あけて、今日2日めは、昨日の羽生名人の封じ手の開封から始まる。封じ手は△5二歩打と玉頭に歩を打ち、自陣を守る辛抱の一手。やはり、昨日の時点での郷田九段の優勢は揺るがないようだ。
以降、今日を通じて羽生名人は辛抱の手が続く。郷田九段は羽生名人が2七に打った飛車を標的に▲1八角を打ち、飛車が逃げたところで、▲6三角成と2枚目の「馬」を作り、以後2枚の馬を自在に動かして、羽生陣営を揺さぶる。
途中、羽生名人の辛抱の指し回しが奏功して五分五分まで戻したのではないかと控え室でコメントが出たり、千日手(同じ手順が4回繰り返す)で指し直しになるのではないかとのいう局面が現れたりと小さな波乱はあったが、郷田九段の優勢が覆ることはなかったように思う。
四段目にいて行き場のない羽生名人の飛車をいじめつつ、郷田九段はどんどん陣形を作っていく。羽生名人も守りを固めるが、やはり1枚の飛車が相手に狙われるだけの役目しか果たしていないのがつらい。郷田九段の二丁拳銃のような2枚の「馬」とは、働きの雲泥の差がある。四段目を右往左往する飛車は、最終盤の130手めに銀との交換で切られたが、詰みを読み切っての飛車切りならばいざ知らず、相手を詰ますめどさえ立たない中での飛車切りは、実質的な敗北宣言だろう。
そこから8手目、午後7時25分に羽生名人は投了した。羽生玉は金銀に挟まれ、詰みまではまだまだ時間がかかると思われる局面だったが、飛車銀交換の駒損も加わり、彼我の形勢の差はあまりにも大きかった。
先手の郷田九段にはいくらでも攻め手が浮かぶが、後手の羽生名人には有効な指し手は浮かばないという状況で、投了もやむなしだったろう。あまり早く投了すると、関係者の予定を狂わすことになるし、仕事を終え、棋譜中継を見ようと帰宅したファンにも申し訳ないとある程度の時間まで粘ったのだと思う。

これで、郷田九段の3勝2敗。郷田九段は、名人位に王手をかけた。このシリーズ、第1局こそ、羽生名人のペースだったと思われるが、第2局の熊本での自玉に不詰みを見切って勝利をものにしてから、郷田九段のペースが続いているように思う。第3局は、終盤で劣勢の将棋を逆転したにも関わらず自らの錯覚で再逆転を許したが、羽生有利の将棋を逆転まで持ち込んだのは、やはり郷田九段の底力を見せつけた面もあるだろう。
第4局、第5局は完全に郷田九段ペースでの勝利である。郷田ファンの私としては、次の第6局で一気に決めて、4勝2敗での名人位獲得を願っている。

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2009年6月 2日 (火)

第67期名人戦 第5局は、初日から激しい切り合いに

羽生善治名人に郷田真隆九段が挑戦する第67期名人戦も4局を終え、2勝2敗の好勝負。今日(2009年6月2日)から秋田市を舞台に第5局が始まった。
ここまで4戦、後手番がすべて勝っての2勝2敗と、将棋連盟が統計を取り始めてから初の年間で後手が勝ち越した2008年度を象徴するような展開になっている。

この第5局は、挑戦者の郷田九段が先手。▲2六歩と居飛車党の郷田九段らしい初手に羽生名人が△3四歩と角道を開けて、勝負が始まった。その後の展開はお互いに飛車先の歩を伸ばし、相手の角頭の歩を取り合う相掛かり模様から郷田九段が▲3四飛と角道を開けた歩を取る横歩取りの展開に。第3局と同じ戦型である。その後、郷田九段を飛車を引いて、さらに2筋に戻したところで、羽生名人が角交換に出て、交換した角を△4四角と飛車取りで、盤上に放つ。ぼんやりしていると、△8二角成と角が郷田陣に成り込み、、▲同金、△同飛成(王手)と、郷田陣の金銀2枚と角交換の上、必殺の狙いを秘めている。

しかし、郷田九段の読み筋だったようで、▲2四飛と上がり、△8二に角を成ったら、▲8四飛と羽生名人の飛車を「素抜き」にしますよという強手に出る。羽生名人の△3三桂という手にさらに▲5五角打と強手を放ち、羽生名人の答えを催促。羽生名人が△2三銀と飛車取りに出るとかまわず、▲4四角と羽生名人の打った角を取り、▲5三角成と羽生玉の面前に馬を作りますよとたたみかける。しかし、羽生名人も角を取らず、△2四銀と郷田九段の飛車を取る。それでは、郷田九段は▲5三角成と、羽生玉の面前に「馬」を作り、羽生名人の喉元に匕首(あいくち)を突きつけた形になった。それに対し羽生名人は、△2七飛と打って応戦。次に△2九飛成を狙う。お互い一歩も譲らない、激しい攻め合いになった。
しかし、そこでも郷田九段は自陣を守ることはせず、▲2三歩と羽生陣を攻め続ける。これも、うっかり△同金と取ろうものなら、▲4二角打で△4一玉、▲3一角成で即詰みという狙いを秘める。
その後、この手に羽生名人が2時間以上考えて、19時半頃に、次の手を封じ、1日目が終わった。

5_2

序盤からいきなり、終盤戦に突入する展開となった。郷田九段が放った▲5五角、▲2三歩は「名人戦棋譜速報」でのコメントによれば、控え室にいる立会人島九段、副立会人の行方八段、豊川七段などの予想にはなかった手という。
第1局の立会人谷川浩司九段は七番勝負の前の朝日新聞の取材に「羽生さんの将棋は駒が大きく動くことが多く、郷田さんも一直線の切り合いをおそれない。そういう意味では派手な展開に成りえるかなと思います」とコメントし、新聞社はそのインタビュー記事に「波長あえば派手な展開も」の見出しをつけたが、その通りの展開になっている。
郷田ファンとしては、このまま一気に羽生玉を詰ませるところまで、もっていってほしいが、羽生名人も何か考えるだろう。2日目の展開が気になるところである。

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2009年6月 1日 (月)

「中年クライシス」から「中年の覚悟」へ

このブログを書き始めたのが、2006年2月。3年ほど前のことである。まだ、私は40代半ば、ブログのテーマは「中年期の危機」(中年クライシス)だった。

これまで、とにかく一生懸命前を向いて走ってきたけれど、この先はどこへ続いて行くのだろう。これまで通りの生き方を続けていていいのだろうか?
若い頃自分が目指していた自分の姿と、40代半ばの自分の現実の姿。そこには、明らかにギャップがある。なぜ、こうなってしまったのか?そして、これからどうなっていくのか?
人生の折り返し点を迎え、自分の前半生の意味を考え込んでしまうのが、「中年クライシス」ではないかと思う。おそらく、そこで一度自分の生き方を見つめ直し、必要があれば修正をして、残る後半の人生の生き方の羅針盤を見つける必要があるのだろう。

私がこの3年ほどブログを書きながら、思ったのは、結局は自分の人生には、自分で責任を負うしかないということである。誰も、私の人生を私の代わりに生きてはくれない。
いいことも、悪いことも、結局は自分の巻いた種、自分の身から出た錆、それを引き受ける覚悟をすることしかないのだと思う。

その上で、これからの後半生に何をするのか、何がしたいのか、考えるしかないだろう。後半生の入り口となる「50代」は、もう目の前。50歳までの残りの1年余の間に、50代をどう生きたいか考え、準備をすることから始めなくてはいけないと思っている。

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