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2009年7月の記事

2009年7月31日 (金)

将棋第50期王位戦七番勝負第3局、深浦康市王位、挑戦者木村一基八段にまさかの3連敗でカド番

挑戦者木村一基八段の2連勝で迎えた第50期王位戦七番勝負は、7月30・31日と神戸市の有馬温泉で行われた。

展開はこれまでの2局同様、深浦王位が先攻するも、「千駄ヶ谷の受け師」木村八段の反撃を交えた巧みな受けの前に攻めきれず、逆襲され深浦王位の投了となった。

第50期王位戦第3局 深浦康市王位vs木村一基八段戦の棋譜

両者の戦績は従来さほど一方的だったわけではなく、深浦王位の3連敗は意外という印象である。2001年度以降、この7番勝負の前までで、8戦で4勝4敗。あえて言えば、2001年から2003年まで深浦の4勝1敗のリードが、その後木村の3連勝で追いついている。特に今年(2009年)1月の第80期棋聖戦最終予選と2月のA級順位戦と直近で深浦王位が連敗しており、深浦王位にとってよいイメージがなかったのかもしれない。

第50期王位戦前の両者のコメントの中で、深浦王位は「16期連続出場の羽生善治名人が7番勝負に出られないことが決定したとき、心配したのは去年のモチベーションが保てるかどうかでした。しかし木村八段の挑戦でその思いは吹き飛びました。実力も勢いもある最強の挑戦者で、気を引き締めています。」と述べている。
おそらくは、予選を勝ち上がって挑戦者に名乗りをあげるのは過去2期の王位戦で死闘を繰り広げた羽生名人と予想し、羽生将棋研究は怠りなく行っていたに違いない。しかし、挑戦者が予想に反し木村一基八段となった時、十分な心の切り替えができなまま、七番勝負に臨むことになったのではないだろうか。

以前、私は今回の王位戦対決を「いぶし銀」対決と書いた。お互い実力はあるが、地味、玄人受けするような存在である。
深浦王位は、羽生名人と対した時は、現役棋士の中で羽生名人と互角に戦える数少ない棋士(かつては深浦王位のみだったが、現在は渡辺竜王もその列に加わってきている)で「羽生キラー」とも呼ばれた。
しかし、逆に対羽生戦以外では、他のタイトルホルダー級の棋士が「○○流」など棋風を表すニックネームをつけられているのに対し、タイトルホルダーのなっても「深浦○○流」といった呼び名は聞かない。これといった特徴をもてずにいた地味な存在だったといえるだろう。それゆえ、対羽生戦は他の棋士と対する時をはるかに上回るモチベーションを深浦王位に与えていたに違いない。
一方の木村八段も昨年までは、実力がありタイトル挑戦を果たしても、タイトル戦では勝ち星なし。しかし、その受けに強い棋風からいつからか「千駄ヶ谷の受け師」と呼ばれ、定着している。
おそらく、今回の挑戦者木村八段は、深浦王位にとって最も戦いたくない相手だったかのもしれない。

カド番に追い込まれた深浦王位は第4局を故郷長崎県の佐世保で戦う。タイトル戦での3連敗後の4連勝は、将棋界では昨年の第20期竜王戦七番勝負での羽生名人相手の渡辺竜王の離れ業しかまだ実績がない。
タイトルを九州に持ち帰ることを悲願とし、その2年前羽生王位から念願のタイトルを奪いそれを実現した深浦王位だが、皮肉にも故郷でそのタイトルを手放すことになるのか、最後の一歩は徳俵にとどめ、反転攻勢ができるのか、次の戦いは8月4日(火)・5日(水)とすぐ目の前である。

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2009年7月30日 (木)

1100タイトルに、半年かけれようやく100タイトル増加

昨日(2009年7月29日)に書いた「歌人の松村由利子さん、第45回「短歌研究賞」(平成21年度)受賞決定」の記事が、このブログの1100件めの記事だった。

記念すべき1000タイトルを記録したのが、2009年1月18日のこと。毎日1件書いていれば、4月の下旬にも1100タイトルに到達していたはずだが、実際は半年以上かかってしまった。

この間、昨年の暮れから一時的に体調不良だった自分の母親を療養のため一時的に田舎から我が家に引き取り、約4ヵ月半同居したが、まさにブログを書いている暇がなかった。

4ヵ月半の一時同居の結果、感じたことは、現在の我が家の5人家族と、私の母親とが同居するのは不可能だということだった。
私の母親は、同居している我が家5人の家族の気持ち、自分の行動が相手にどう思われるかといったことを、まったく考えないのだ。自分がやりたいことをやる。自分が正しいと思ったことは正しい。正しいことをして何が悪い?
そこには、これまで我々家族5人が築いてきた家族のルールに対して配慮する気持ちなどまったくない。自分がこれまで生きてきたルールを主張するだけである。

母親は50代の頃、脳の手術をしたことがあって、そのせいで何か脳の異常があって、そういう行動を示すのだろうか、あるいは最近話題のアスペルガー症候群だろうか、あるいはぼけや痴呆が始まっているのかなど考えて、脳神経外科の診察も受けてみたが、診断は「異常はない」とのことだった。

いくらこちらが、「あなたの行動で、我々が不愉快な気持ちになることをやめてほしい」と頼んでも、だめだった。自分が正しいと思っていることは正しく、周りの人間がどう受けとめるかは、関係なく、そんなことは母にとってはどうでもいいのだ。というよりは、相手の気持ちがわからない、他人の気持ちに共感するということができないようだった。

いくら親とはいえ、同居にはお互い譲り合いがなくては、生活は成り立たない。受け入れた側に、我々家族が一方的に譲歩し、母の言いなりになれば可能だろうが、それでは我が家の家族関係、私と妻と間の夫婦関係が崩壊してしまう。
そんな話をしても、母は無反応だった。自分の行動が、人を不愉快にさせることがあるといことが、どうしても理解できないようだった。母の言い訳は、「私は悪気があってやったわけではない」。それには「(だから許されて当然だ、だから謝る必要もない)」思いを含んでいる。

私の出した結論は、こんな人と同居は不可能ということであった。母は「自分のことしか考えていない」タイプの人間であった。
ちょうど、2009年5月に『結局、自分のことしか考えていない人たち』(草思社)という本を読んだのだが、そこ書かれる「自己愛人間」であった。周りに人間を振り回すだけ振り回す存在、結局、関わった人間は利用されるだけなのだ。自己愛人間は、それが当然だと思っている。周りの人間は、自分のために、召使いや奴隷のように奉仕する存在でしかないのだ。

結局、自分のことしか考えない人たち

私は49年近く、長男として良い息子になろとしてきたし、妻にもよい嫁になることを期待してきたが、結局、我々は、自己愛人間の母親に、うまく利用されてきただけだったのではないかというのが、4ヵ月半で思い至った結論である。

このブログを読んでいる細かい事情がわからない方にとっては、何が理由でこのブログの管理人は、自分の親を突然こんなにあしざまに書いているのだろう?書いてるおまえの方が少しおかしいのではないか、と思われると思う。
この結論に思い至るには、4ヵ月半の一時同居だけでなく、それこそ私が生まれてから49年近い母子の歴史があり、それを、読んでいる方に納得していただくためにひとつひとつ書き記すのは、さすがにはばかられる。

自己愛人間の母に、ていよく利用され続けてきた、もうすぐ49歳になろうとしている私の結論は、「もうこの母親とは関わりたくない」というものである。
母には、本人の希望もあって、もう一度、一人で暮らしてもらうことにした。以前は、何かあれば、長男である私の家で面倒を見なくてはいけないと思っていたが、もうそうは考えていない。最後まで一人で暮らしてもらうしかない。こういったケースも含め介護保険制度が作られたのだろう。

育ててもらた恩は、どうやって返すのだと叱られそうである。その答え、今度は自分が親として、3人の子どもを社会の役に立つような存在に育てることで、返しますとしかいようがない。

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2009年7月29日 (水)

歌人の松村由利子さん、第45回「短歌研究賞」(平成21年度)受賞決定

このブログでもたびたび取り上げてきた歌人の松村由利子さんが、第45回の短歌研究賞を受賞することが決まった。

賞を主催する短歌研究社のホームページによれば、賞の位置づけは、「実力ある作家を顕彰することを目的とするもの」とあり、選考の対象は「前年度(1月号~12月号)に総合誌に発表された20首以上の作品を中心とし、その作品の完成度が高いこととあわせて、その歌人のそれまでの作歌活動の実績が評価され、選ばれます」となっている。

松村さんの受賞対象となった作品は、短歌研究社が発行する月刊「短歌研究」平成20年6月号に掲載された「遠き鯨影」30首となっている。松村さんは、昨年の「短歌研究」3月号、6月号、9月号、今年の1月号と4回の30首連載を行い、その2回目の作品がこの「遠き鯨影」である。(2008年6月3日の記事「『短歌研究』2008年6月号、松村由利子さんの連載第2回「遠き鯨影」から」は→こちら

白ワイン合うか合わぬかさらしくじら冷酒と共に食う走り梅雨(第1首)

の1首から始まる30首は、

六月の鯨うつくし墨色の大きなる背を雨にけぶらせ(第5首)

など、鯨をテーマに紡がれ綴られる。

残り6首となったところで、

わが胸に雨降りやまぬ湿地あり地衣類暑く木々を覆えり(第24首)

と作者の内面をうかがわせる歌が登場し、、最後の3首になって、詠み手である作者自身(だと私は思う)の存在にフォーカスが絞り込まれる。

モーニングセット一人で食べている老後美し薄化粧して(第28首)
身ほとりにとどまる淡き柑橘の香のあるかぎりわれは装う(第29首)
人のかたち解かれるときにあおあおとわが魂は深呼吸せん(第30首)

1年前にこのブログで取り上げた時は、この3首の印象が強く、あえて最後の3首だけを紹介したが、改めて30首を読み返すと、遠く大海原で泳ぐ鯨の姿と、それを思い描き歌を詠んでいる老いを控える詠み手の姿のコントラストが、30首の構成として「完成度が高い」と評価されたのかもしれない。

あわせて「それまでの作歌活動の実績」が評価対象となると点は、平成6(1994)年に第37回短歌研究新人賞を「白木蓮(はくれん)の卵」で受賞、平成18(2006)年に第二歌集「鳥女(とりおんな)」で第7回現代短歌新人賞を受賞と申し分ないことに加え、直接の作歌活動ではないものの『物語のはじまり』(2007年1月)、『語りだすオブジェ』(2008年6月)という2冊の短歌エッセイを出版、自ら歌作りに加え、多くの歌人の短歌を幅広く紹介した点も、評価の対象になっに違いないと、勝手に考えている。

選評等を踏むめ、詳細は8月下旬に発行される月刊「短歌研究」9月号で発表されるようである。

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2009年7月28日 (火)

第21期竜王戦の挑戦者は羽生善治四冠、深浦康市王位、久保利明棋王の3人のタイトルホルダーと森内俊之九段の4人の争いに

先週以降、毎日のように何かしら将棋の話題があり、ほとんど毎日将棋の事ばかり書いている。

渡辺明竜王への挑戦者を決める第21期竜王戦の決勝トーナメントも対戦が進み、今日(2009年7月28日)は、ランキング戦1組4位の久保利明棋王が、1組5位の松尾学七段を迎え撃つ。松尾七段は、4組・5組・6組の優勝者トーナメントを勝ち抜いた豊島将之五段を先週7月23日に降して勝ち上がってきた。
今日の対戦の勝者が、ベスト4の最後の1人に名乗りを上げ、1組優勝で準決勝から登場の深浦王位と挑戦者決定三番勝負進出を争うことになる。

振り駒の結果、先手松尾七段、後手が久保棋王となった。振り飛車党の久保棋王は、「ゴキゲン中飛車」を選択。松尾七段は角交換を選択し、お互い角を手持ちにしながら駒組みを進める。お互い、隙あらば効果的な角打ちにより主導権を取り、あわよくば、「馬」作りを狙う。
8筋にお互いを玉が陣を構え、飛車は自陣に封じ込められる活躍できていないという似たような状況の中、戦いは主に5筋から8筋での攻防となった。先に松尾七段が角を犠牲にして攻めるが、詰みに至らない。その後、攻めに転じた久保棋王は、2枚の角を松尾陣に打ち込み、徐々に松尾玉の包囲網を狭める。松尾七段も一手違いの状況まで形を作るが、久保棋王は的確の攻めを続け、松尾七段を投了に追い込んだ。

第22期竜王戦決勝トーナメント久保利明棋王vs松尾歩七段の棋譜

これで、準決勝は、左の山が深浦王位(1組優勝)vs久保棋王(1組4位)、右の山が羽生四冠(1組2位)vs森内九段(2組優勝)という組み合わせになった。残った棋士の顔ぶれを見れば、渡辺竜王以外のタイトルホルダー3人と18世名人の有資格者森内俊之九段。決勝トーナメント進出の11人から考えれば、まずは順当な勝ち残りといえるだろう。

渡辺竜王から見ると、2001年度以降の対戦成績で見ると、右の山の羽生四冠・森内九段との対戦成績はほぼ互角、一方左の山の深浦王位、久保棋王に対しては分が悪く、大きく負け越している。
誰が挑戦者になっても、すでにタイトル戦の経験も十分にある棋士ばかりであり、見所のある七番勝負タイトル戦になりそうである。

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2009年7月27日 (月)

将棋第57期王座戦挑戦者決定戦は、山崎隆之七段が中川大輔七段を降し、羽生善治王座を相手に初めてのタイトル戦登場へ

予選通過者とシード棋士(タイトルホルダー、前期のベスト4)の計16名で争う挑戦者決定トーナメントを勝ち抜いた山崎隆之七段と中川大輔七段との挑戦者決定戦は、先ほど(2009年7月27日23時01分)、中川大輔七段が投了、山崎隆之七段の羽生善治王座への挑戦が決まった。

第57期王座戦挑戦者決定戦(中川大輔七段vs山崎隆之七段)の棋譜

山崎隆之七段は昭和56(1981)年2月生まれの28歳。関西期待の若手の棋士の一人で、羽生世代、最強世代に対抗する20代の棋士として渡辺明竜王とともに期待されてきた。これまで2004年度のNHK杯優勝などの実績は残しているものの、タイトル挑戦では、竜王位5連覇で一気に「永世竜王」資格まで獲得した渡辺竜王に大きく水をあけられてきた。
竜王戦では前期(第20期)にランキング戦2組で優勝し、今期最上位のランキング1組に上がったものの1期で2組陥落が確定、順位戦でも前々期(第66期-2007年度)にB級2組1位でB級2組昇級を決めたが、前期(第67期-2008年度)のB級1組では5勝7敗と負け越し、かろうじて降級を免れたという感じで、やや伸び悩みの感がないではなかった。
しかし、今期は今日の対戦前までで、21戦で16勝5敗、勝率0.7619と好調である。地元関西で、若手四天王と言われる20歳前後の更に若い棋士(村田顕弘四段22歳、糸谷哲郎五段20歳、稲葉陽四段20歳、豊島将之四段19歳)の活躍が、先輩格といえる山崎七段を刺激、今年は山崎七段が本気になったとのコメントもある(『将棋世界』2009年8月号、橋本崇載七段のコメント)。

今回の王座タイトルへの挑戦も、先日の棋聖戦挑戦者決定戦への稲葉陽四段の登場と無縁ではないどろう。ネット将棋最強者決定戦でも木村一基八段を決勝で戦う。
本気になった山崎七段が羽生善治四冠が1992年の第40期王座戦五番勝負で当時の福崎文吾王座からタイトルを奪って以来、一度も失冠することなく17期守り続けた王座タイトルを奪うことになれば、いよいよ将棋界にも世代交代かという声も聞こえてきそうだが、結果はどうなるのであろうか。
数年前の佐藤康光棋聖の5タイトル戦連続挑戦という記録もすごいが、やはりいろいろな棋士がタイトル戦に登場し、それぞれの人生を賭けた戦いを見られるのも悪くないと思う。

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2009年7月26日 (日)

知花くららの「課外授業ようこそ先輩」(NHK)を見る

2006年のミス・ユニバースの日本代表で同年の世界大会でも2位となり、現在はモデルやレポーターとして活躍する知花くららが、今日(2009年7月26日)放送のNHKの「課外授業ようこそ先輩」に出演していた。

課外授業を受けるのは、母校、沖縄の那覇市立真嘉比小学校。知花先生の課外授業を受けるのは、6年2組の生徒たち。
現在、WFP(国連世界食糧計画)のオフィシャルサポーターを務めるという知花先生は、「食」の大切さを教えようとする。自ら、飢えに苦しむザンビアを訪問した際の、ビデオを生徒たちに見せる。ザンビアの同世代の子供たちは、WFPの1日1回の食事の配給を楽しみに、本当においしそうに、幸せそうに食べる。

知花先生は、飽食日本の後輩たちに、「食」の大切さを教えるため、ひとつの宿題を出す。
3日間の授業の2日目の夕食と3日目の朝食をサツマイモ1本で我慢するというもの。
そして、沖縄でもザンビアと同じように食べるものがない時代があったと、子供たちと市場に行き、地元の老人たちに戦争中、食べるものがなく、「草でも葉っぱでも、何でも食べた」「サツマイモを食べたが、それも毎日は食べられなかった」などという話を聞く。

そして、生徒たちの夕食。家族は普通の夕食を食べている隣で、1人半分にしたサツマイモを食べる生徒。ある家では、いい機会なので家族も一緒にサツマイモだけの食事にしようと両親もサツマイモを食べていた。もちろん、知花先生の食事もサツマイモだけ。

夕食と朝食をサツマイモ1本で過ごした、生徒たちが登校してくるが、お腹がすいて元気がない。そのお腹をすかせた生徒たちに知花先生が出した最後の課題が自分たちで料理を作り食べること。料理は、沖縄の食材「ゴーヤ」を使った「ゴーヤチャンプル」。料理の前に聞くと、「ゴーヤ」が嫌いな生徒もたくさんいた。
生徒と先生は、家庭科室に移動。料理が始まると、お腹をすかせた生徒たちは、ゴーヤが嫌いだった生徒も含め、調理の途中からつまみ食いまでしている。そして、自分たちで盛りつけた「ゴーヤチャンプル」をむさぼるように食べた。

番組の中での紹介では、知花くららも子どもの頃は、「ゴーヤ」が食べられなかったらしい。
生徒たちにとって、たった1日のサツマイモ1本の空腹体験であったが、身をもって体験したことは強烈だったようだ。
最後に知花先生は、「みなさんが大人になって「ゴーヤチャンプル」を食べたら、きっとこの授業のことを思い出すと思う」と挨拶をした。

サツマイモ1本で夕食・朝食をすませお腹がすいたこと、その後に食べた「ゴーヤチャンプル」がとてもおいしかったことその思い出は忘れることはないだろう。
さらに、食べられない地域の子どもたちは、サツマイモさえ、十分に食べられないかもしれないことに思いをはせることができるようになれば、この授業を受けた生徒たちの単なる思い出にとどまらず、貴重な財産になるだろう。

NHKホームページ「課外授業ようこそ先輩」
7月26日知花くらら「沖縄はおいしい?」沖縄県那覇市立真嘉比小学校

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2009年7月25日 (土)

第50期王位戦七番勝負第2局も、挑戦者木村一基八段が深浦康市王位を破り2連勝、初タイトルに一歩前進

挑戦者木村一基八段の先勝で始まった第50期王位戦七番勝負、第2局は今週(2009年)7月22日・23日に北海道札幌に舞台を移しての戦われた。この時期の北海道は、東京よりは涼しくしのぎやすいに違いない。

深浦康市王位は6割7分以上、木村一基八段は6割8分以上と現役棋士の中でも高い勝率を残している。
今日は、2人のプロデビュー以降の順位戦での足取りを眺めた上で、第2局の将棋の内容を見ることにしたい。

深浦王位は昭和47年 (1972)年2月生まれの37歳。羽生名人、森内九段、郷田九段、丸山九段、藤井九段等の最強世代の一学年下となる。昭和59(1984)年12月に奨励会入りし、平成4(1992)年にプロ四段に昇段。第51期(2002年度)から順位戦C級2組に参加、3年目の第53期(1994年度))には同組の順位9位で9勝1敗の好成績をあげるも、さらに上位者3名がおり、昇級を逃した(昇級者は、久保利明四段(順位24位)10勝、三浦弘行四段(順位6位)9勝1敗、中川大輔六段(順位8位)9勝1敗の3名)。結局、C級2組の6年め第56期(1997年度)に8勝2敗、C級2組3位で昇級を決めた。(挑戦者の木村八段は、この第56期にプロ四段となり初めて順位戦に参加しているが、両者の対戦はない)
その後は、C級2組での足踏みのうっぷんをはらすように、昇級後の第57期(1998年度)のC級1組は9勝1敗の2位で一期で通過、B級2組を3年、B級1組を2年で通過し、第63期(2004年度)にトップ10のA級に昇級した。しかし、A級には定着できず、A級昇級と陥落を3回繰り返し、現在4回目のB級1組在籍で4回目のA級復帰を狙っている。

一方、挑戦者の木村一基八段は、昭和38(1973)年6月23日生まれで、現在36歳。深浦王位とは学年でみれば、2学年下ということなる。奨励会入りは、深浦に遅れること1年、昭和60(1985)年12月に入会。第56期(1997年度)からプロ四段として順位戦に参加。翌57期(1998年度)には9勝1敗で、C級1組昇級を決めている。C級1組を3年、B級2組を2年、B級1組を2年でそれぞれ通過し、第66期(2007年度)からA級に昇級、いきなり5連勝して勝ち越し・残留を決めたが、その後4連敗で5勝4敗に終わった。昨年度(2008年度)第67期も、第8局を終えて5勝3敗で、最終局の6勝2敗でトップの郷田九段戦に勝てばプレーオフという星勘定だったが、敗れ、2年連続5勝4敗。しかし、堂々の2年連続、A級勝ち越しで、A級5位の地位を維持して3年目を迎えている。
二人の順位戦での足跡を時系列で並べると以下の通りだ。

            深浦王位          木村八段
第51期:C級2組 7勝3敗(14位) :奨励会
第52期:C級2組 7勝3敗(10位) :奨励会
第53期:C級2組 9勝1敗(4位)   :奨励会
第54期:C級2組 7勝3敗(7位)   :奨励会
第55期:C級2組 7勝3敗(5位)   :奨励会
第56期:C級2組 8勝2敗(昇級) :C級2組 7勝3敗(12位)
第57期:C級1組 9勝1敗(昇級) :C級2組 9勝1敗(昇級)
第58期:B級2組 9勝1敗(3位)   :C級1組 7勝3敗(8位)
第59期:B級2組 6勝4敗(5位)   :C級1組 5勝5敗(13位)
第60期:B級2組 9勝1敗(昇級)  :C級1組10勝0敗(昇級)
第61期:B級1組 7勝4敗(4位)    :B級2組 6勝4敗(8位)
第62期:B級1組11勝1敗(昇級) :B級2組 7勝3敗(4位)
第63期:A級      4勝5敗(降級) :B級2組 9勝1敗(昇級)
第64期:B級1組10勝2敗(昇級) :B級1組 7勝5敗(4位)
第65期:A級      4勝 5敗(降級) :B級1組 9勝1敗(昇級)
第66期:B級1組 9勝3敗(昇級)  :A級      5勝4敗(5位)
第67期:A級      3勝6敗(降級)  :A級      5勝4敗(5位)
第68期:B級1組 2勝                 :A級      1敗

改めて、2人の順位戦での戦績を横比較してみると、世代が近いものの、A級昇級までは、深浦王位が常に一歩先を行っており、2人が順位戦で同じクラスに在籍したのは、前述の木村八段のプロ入り直後の第56期のC級2組、深浦王位の最初のA級陥落後の第64期のB級1組、深浦王位が3度目のA級昇級を果たし両雄がA級で激突し昨年度(第67期)のみである。
第56期のC級1組は対戦がなく、第64期のB級1組、第66期のA級ではともに木村八段が勝っている。特に、昨年度第66期のA級では8回戦で木村4勝3敗、深浦3勝4敗で対戦。深浦が勝ってともに4勝4敗となっていれば、深浦王位の残留も十分可能性のある。相矢倉模様の戦いだったが、最初に攻めた深浦王位が、「千駄ヶ谷の受け師」木村八段の前の攻めきれず、木村八段のカウンター攻撃に敗れた一戦だった。

順位戦では木村八段の二三歩先を進んでいた深浦王位を一定の間隔で追いかけていた木村八段が、ようやく追いつき、逆転したことになるが、それを象徴するのが前期のA級での戦いだったといえよう。

王位戦第2局では、相掛かりの戦型から後手の深浦王位が交換した角を木村陣に打ち込み、角を切って飛車側の金と交換、さらにその金を飛車取りに打って木村陣を乱しにかかったが、結局その打った金が攻めに十分活用されないまま終わり、一方、木村八段は深浦玉を巧みに1筋に追い込み、封じ込めた。
前期のA級での戦いや、王位戦での2局を見ていると、深浦王位の攻めが「千駄ヶ谷の受け師」木村八段の手堅い受けに翻弄され、決め手を欠いているうちに、木村八段の逆襲を受け、投了となるというパターンが続いている。
ただ、3局とも木村八段の先手、深浦王位の後手の戦いである(王位戦第1局は、深浦王位の先手だったが、千日手で指し直しとなったため先後が入れ替わった)。深浦王位の先手となる第3局で深浦王位が星を返せるかどうか、第3局は7月30日・31日の両日、神戸で行われる。第4局は深浦王位の出身県である長崎県の佐世保市で行われる。深浦王位としても、ふるさとに3連敗で帰りたくないだろう。第3局の深浦王位がどのような工夫をしてくるか、注目の一戦になる。

現在、深浦王位は木村八段がまだ手にしていないタイトルを手にしているし、木村八段は深浦王位が果たせなかったA級定着を実現した。これから先、さらに木村八段がタイトルまで深浦王位から奪うことになるのか、深浦王位がタイトル防衛、A級復帰を果たし、木村八段とA級の土俵で常に戦うことになるのか、「いぶし銀」の2人のドラマも見所が満載だろう。

今回の記事の執筆に際しては、Webサイト「将棋順位戦データベース」を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

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2009年7月24日 (金)

第68期A級順位戦1回戦第5局に郷田真隆九段登場、二転三転の展開の中、藤井猛九段を破り今期も白星スタート

まだ、第67期名人戦七番勝負での羽生善治名人との激闘の余韻をさめやらぬ中、次回の名人戦七番勝負での挑戦者を争うA級順位戦の1回戦最終局に郷田真隆九段が登場した。

まだ第67期名人戦が戦われているさなかに、第68期 A級順位戦も開幕。すでに、4局が終了している。(左側が先手、○が勝ち、●が負け)

2009年6月11日:井上慶太八段●vs三浦弘行八段○
2009年6月12日:木村一基八段●vs谷川浩司九段○
2009年6月18日:丸山忠久九段●vs森内俊之九段○
2009年7月2日:高橋道雄九段○vs佐藤康光九段●

昨日(2009年7月23日)の郷田真隆九段vs藤井猛九段戦が1回戦の第5局となり、これでA級棋士10人が全員登場となる。
郷田ファンの筆者としては、名人戦で3勝2敗と羽生名人をカド番まで追い込みながら、その後2連敗で、名人位に手が届かなかった郷田九段が、無念の余り、調子を崩していないかが気になるところ。
第68期A級順位戦の初戦の相手藤井猛九段には20勝10敗と相性はいいが、名人戦のさなか、連敗が続いていた際に、王座戦の挑戦者決定トーナメントの1回戦で敗れている。

順位戦は、年度当初に組み合わせが決まった時から、先手・後手まできまっており、本局は郷田九段が先手、藤井九段が後手である。
両者の棋風通り、郷田九段は居飛車、藤井九段が振り飛車(四間飛車)を選択。藤井九段から角交換を行い、両者持ち駒に角を手にしながら序盤の駒組みが続いた。どちらもきっちりと玉を囲う前に、攻め駒のつばぜり合いが始まり、藤井九段が美濃囲いを固めないうちに藤井玉の玉頭にキズをつけた郷田九段が優勢の展開と言われていたが、その後、藤井九段が、飛車と銀・桂交換と若干の駒損とはなったものの、自陣の左辺で働き切れていなかった飛車・金・銀をうまく捌いて、角・金各1枚・銀2枚を手持ちにした。一方、郷田九段は、大駒の飛車・角を手にしたものの、藤井玉を詰ませるには小回りが効かない。
郷田九段の飛車2枚の攻めをしのぎつつ、藤井九段が反撃に転じ112手で郷田九段を受けなしに追い込んだ。
一方、郷田九段は2枚の竜で藤井玉を横から狙うも、金銀3枚の美濃囲いで容易には崩れそうにない。持ち駒は、角銀桂香に歩3枚。勝つには、王手を続け藤井玉を詰ませるか、王手の過程で、自玉の受けがない状態を解消するしかない。すでに、両者持ち時間を使い切り、1手1分の秒読み将棋に入っている。
そこから郷田九段の猛ラッシュが始まったが、渡辺明竜王などが陣取る控え室の検討では藤井玉に詰みはないとの見解だった。もちろんそれは、控え室の想定通りの指し手を藤井九段が指せばという前提である。しかし、1手1分の時間の中で、最善手を指し続けるのは至難に技であろう。122手目、藤井九段が郷田九段が王手に放った銀を自陣の守りの銀で取れば、控え室の予想通りだったが、そこで打たれた銀を取らずに、玉が逃げたことで、藤井玉に詰みが生じる可能性が出てきた。
今度は、郷田九段の攻めの読みが問われる。郷田九段は、控え室が予想した通りのおそらくは最善手を続け、135手目の桂成の王手を見て、藤井九段が投了した。受けなしに追い込み藤井九段必勝の状況から、藤井九段投了までその間の20分ほどだったのではないだろうか。朝10時から、指し続けて昼食と夕食休憩は入るものの、14時間以上最後の勝利を目指して指し続け、ほぼそれを手中にしていながら、一手のミスで体がそれが手中から滑り落ちていく様を、スローモーションで見るようであった。

郷田九段にとっては、命拾いの勝利。藤井九段にとっては、悔やみきれないない敗戦であろう。
これで郷田九段は3度目のA級復帰となった第64期順位戦から5期連続で初戦白星のスタートである。過去4回のうち2回は、挑戦権を獲得している。今期も白星を重ね、2年連続、3回目の挑戦、さらに今回こそ名人位奪取を果たしてほしいものである。

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2009年7月23日 (木)

将棋第22期竜王戦決勝トーナメント森内俊之九段対高橋道雄九段戦は森内九段が勝って、準決勝は羽生善治四冠と森内俊之九段の99回目の対決に

昨日(2009年7月22日)、世間では皆既日食が騒がれる中、東京千駄ヶ谷の将棋会館では、第22期竜王戦決勝トーナメントの高橋道雄九段(ランキング戦1組3位)と森内俊之九段(ランキング戦2組優勝)の対戦が行われた。

森内俊之九段は、トップ棋士の証であるランキング戦1組の長く在籍し、2003年の第16期竜王戦ではランキング戦1組の初戦で敗れたものの敗者復活戦で、勝ち上がり1組3位で決勝トーナメントの出場、2組2位で決勝トーナメント出場を果たした中原誠永世十段を挑戦者決定3番勝負で2勝1敗で破り、挑戦権を獲得。
羽生善治竜王(当時)に挑戦し、七番勝負では4連勝でタイトルを奪取、その後、2004年1月~3月に行われた第53期王将戦七番勝負でも4勝2敗で羽生王将からタイトル奪取、2004年4月~6 月に行われた第61期名人戦七番勝負でも4勝2敗で羽生名人に名人位タイトルを奪還、名人・竜王のビッグタイトルを含む三冠を制している。
その後、名人位は防衛を続けたものの、竜王位については、翌第17期七番勝負で渡辺明六段の挑戦を受け、3勝4敗で失冠。 第18期 にはランキング戦1組2位で決勝トーナメントの駒を進めたものの、挑戦には至らなかった。
前期第21期ではランキング戦1組初戦で松尾学七段に敗れ、敗者復活戦となる1組5位決定戦で初戦の中原誠16世名人に敗れ、ランキング戦2組陥落という森内九段の実績からすれば信じがたい結果となっていた。
しかし、今期、陥落後のランキング戦2組で見事に優勝し、1期で1組復帰を決めるとともに、5期ぶりに決勝トーナメントに登場した。

相手は順位戦でA級復帰も決め、好調なベテラン高橋道雄九段。高橋九段の先手で始まった勝負は、後手森内九段が「一手損角換わり」を選択。高橋九段が棒銀模様で攻め、飛車を犠牲にして森内玉の玉頭での馬作りに成功。一気に森内玉に匕首(あいくち)を突きつけた形になったが、森内九段もしのぎ、さらに高橋九段から王手飛車取りの桂打ちが飛び出したものの、却って森内玉の懐を広くする格好となり、最後には自ら負けを早める手を選択してしまい、森内玉の詰みはなく、自玉も森内九段の飛車打ち(竜成り)で下段への逃げ道を封鎖され、風前の灯火の中、高橋九段の投了となった。

第22期竜王戦棋譜中継(森内俊之九段対高橋道雄九段)

勝った森内九段は、決勝トーナメント準決勝に進み、前日に片上大輔六段を破った羽生善治四冠と対戦する。
羽生名人の記録をまとめたWebサイト「玲瓏:羽生善治(棋士)データベース」によれば、2人の対戦は、昨年の66期名人戦七番勝負(4勝2敗で羽生が名人位奪取)、今年の年初のNHK杯決勝(羽生名人の優勝)以来の対戦で、今回が99局目となる。

これまでの98局で羽生55勝、森内43勝。99局目はどちらが勝つのか、また記念すべき100局目は、今期中に実現するのか、これも興味のあるところである。

(なお、「玲瓏」によれば、羽生名人との棋士別の対局数は、2009年7月21日現在、1位谷川浩司九段158局、2位佐藤康光九段138局で、3位が森内九段の98局となる。さらに4位郷田真隆九段60局、5位深浦康市王位55局とタイトル戦で激闘を繰り広げた相手が名を連ねている)

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2009年7月22日 (水)

将棋第22期竜王戦決勝トーナメントに羽生善治四冠登場、初戦は片上大輔六段を降し、2年連続挑戦に向けあと3勝

棋聖位の防衛を終えたばかりの羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)が、昨日(2009年7月21日)第22期竜王戦の決勝トーナメントに登場した。前期は予選であるランキング戦1組をギリギリの5位で通過し、決勝トーナメントでも1組4位の深浦王位、1組1位の丸山九段と劣勢の将棋を立て続けに逆転し、挑戦者決定三番勝負に進み挑戦者となったが、今期はランキング戦1組2位で通過し、前期とは反対の山に入り、ランキング戦2組2位の森下卓九段を破ったランキング戦3組優勝の若手の片上大輔六段との準々決勝からの登場である。

片上六段は羽生四冠との初対戦。羽生四冠の先手で、羽生四冠から角交換をする将棋に。双方の銀が5六と5四で向かいあう相腰掛銀の展開に。40手目までは、先後同型で進んだが、41手目に羽生四冠から開戦。その後、片上六段有利か、難解な終盤とのコメントも出たが、最後は羽生四冠が切れ味鋭い詰めろを見せ、即詰みに仕留めた。

棋譜中継(羽生名人対片上大輔六段)

片上六段戦を制した羽生四冠は準決勝に駒を進め、次の対戦相手は高橋道雄九段(1組3位)と森内俊之九段の勝者。森内九段との対戦になれば、昨年第66期名人戦の再現となる。
羽生四冠が勝ち進み、昨年の借りを返しに七番勝負に登場すれば、世間の注目もいっそう増すことだろう。森内九段が勝ち進み、七番勝負に登場すれば、無冠返上のためかつて自分から竜王位を奪い永世竜王なるまで防衛を続けた渡辺竜王から、竜王位を取り戻せるかということでこれもひとつのドラマだ。

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左の山では、将来の名人候補とも言われる21歳のホープ豊島将之五段が勝ち進み、1組5位の松尾歩七段と対戦する。
好調な若手棋士の登竜門とも言われる竜王戦。これまでも、羽生四冠(当時六段)が島竜王を破り初タイトル獲得(第2期)、藤井猛九段(当時七段)が谷川浩司竜王からタイトル奪取(第11期)、渡辺明竜王(当時六段)が森内俊之竜王からタイトル奪取(第17期)と若い棋士が実績を残している。
さて、豊島五段が挑戦者になるようなことがあれば、羽生世代・最強世代の次代を担う渡辺竜王にさらに若い豊島五段が挑戦するという構図になり、次世代の覇者争いということで、これはこれで話題になると思うが、どうであろうか。

(トーナメント表は、将棋連盟ホームページより)

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2009年7月20日 (月)

バレーボールに賭けた長男の中3の夏が終わる

我が家の長男は、中学に入ってバレーボールを始めた。たまたま、中学1年生で身長が170cmあり、同じクラスの中の良い友達がバレー好きで、誘ってくれたのがきっかけだった。当時、長男の中学の男子バレー部は人数も少なく、1年先輩は4名しかおらず、自分の身長なら、新チームになればすぐにレギュラーになれそうだったのも、目立ちたがり屋の長男にとっては、バレーを選ぶ理由の一つだったようだ。

しかし、新チーム2年生4名、1年生2名のギリギリのメンバーで、レギュラーにはなったものの、背が高いだけで、レシーブはできない、スパイクは当たらない、運よく当たっても行く先はボールに聞いてくれという状態だった。
なんとか、練習は続けたものの、チームの足を引っ張るお荷物的存在であった。それでも、先生や先輩たちは、懲りずに長男を使ってくれた。

長男が2年生の春、1年後輩が3名入部。バレー経験者ばかりで、余計に長男の下手さが目立つ。長男が後衛に回った時には、守備強化に1年生と交代させられることもあった。
結局、1年先輩のチームでは、ほとんど勝つことがないまま、2年目の夏のシーズンも終わり、1年先輩が引退、長男たち2人が最上級生となった。なんと、長男はいつも試合中声だけは出して、元気だけはよかったからか、新チームのキャプテンを務めることになった。
しかし、1年後輩が3人しかおらず、6人のチームが組めない。バレー部存続に危機である。このときは、体育の教師だったバレー部の顧問の先生が、長男と同級生の2年生で地域の野球と掛け持ちなら出てもよいという生徒と、1年生を一人勧誘してなんとか、人数をそろえ、危機を回避した。

その後も、危機は続く。バレー経験者の1年後輩から、威勢はいいものの実力が伴わない長男は、キャプテン・上級生としての信頼を得られなかったようだ。家では、後輩たちに対する不満をよく口にしていた。
その頃のチームは、個々人はそれなりに技術はあるのだが、チームプレーに必要なお互いの信頼関係に乏しく、やはり負け続けた。はた目から見れば、すでに身長が175cmを超えていた長男がエースとして相手を打ち負かすしか勝ちパターンはなく、とにかく長男にトスを上げ続けるしかないのだが、セッターを務める1年後輩は、長男をそこまで信頼はしておらず、チームが自分たちの勝ちパターンを作れず、ミスで自滅することが多かった。

チームが変わり出したのは、長男が3年生となり、1年後輩が2年生となり、新1年生を迎えた今年の4月からである。ギリギリの人数しかいなかったチームになんと新1年生が7人入部したのだ。長男に言わせると、後輩が入ったことで、自分たちも先輩となった2年生が、ようやく自分の言うことを聞くようになったという。自分たちも後輩を持つ身になって、初めて先輩の苦労がわかったということだろうか。

もう一つの転機がGWのさなかに出場した少し広めの地域の大会である。普段は自分の学校の近郊の地域の中学どうしの試合だが、このときは、いつもは対戦しなチームが集まった。もちろん、長男の所属チームはいいところなく負けたのだが、そこで、大会終了後、必死に声を出し、キャプテンとしてチームを引っ張る長男の姿を見て、ある学校の顧問の先生が、スパイクの打ち方を教えてやると声をかけてくれたらしい。そこで、ちょっとしたコツをつかんだようで、以来、長男のスパイクの決定率が一気に高くなった。

長男の中学最後の夏の大会は、6月の中旬から始まった。まず、地区のブロック予選。ここを1勝1敗で地区予選に進出。地区予選は6月末、8チーム中6チームまで都大会に出場できる。8チームを4チームずつに分けてリーグ戦を行い、それぞれ3位までが都大会に進める。
長男のチームは3位狙い。当初の予想通り、2敗を喫し、同じく2敗のチームと都大会をかけて戦うことになった。第1セット、シーソーゲームだったが後半長男のチームが突き放し、24対16でセットポイントを握った。しかし、ここから信じられないことが起きる。
あと1点が取れずに相手チームに迫られ、とうとう24対24のヂュースに。そこからは、取ったり取られたりを繰り返し、最後は32対34でほぼ手中にしていた1セットを落とした。
うーん、ここで心ならずも引退か。応援しているこちら側も、いやな思いがよぎる。第2セットもシーソーゲームだったが、中盤から突き放し、5点ほど差をつけて2セット目は取った。相手チームは1セット目を逆転したことで力尽きたのか、3セット目は2セット目以上に差をつけて、何とか都大会への最後のキップを手にした。

そして、今日が都大会の予選。都全域で64チームが都大会に出場。まず、8ブロックに分けて予選トーナメントが行われ、各ブロックの優勝チームが、都大会の決勝リーグに進出する。
長男たちの目標は都大会予選で1勝すること。今日の最初の試合が、ポイントである。出だし、相手に連続ポイントを許す。いつもの出足が悪いのは、長男のチームの悪いところである。目標の都大会出場で、緊張しているのだろうか。勝ち負けはどうでもいいが、自分たちの実力は100%発揮してほしい。
ようやくエンジンがかかったのか、徐々に差を詰めて逆転、第1セットをものにした。調子に乗ると、突っ走るのも、長男のチームの特徴で、第2セットはこちらの勢いに相手チームも萎縮したのか、ミスを連発。第2セットも取って、目標の都大会1勝を実現した。
その後の2回戦(都大会予選準決勝)では、格の違いもあり、敗退。長男のバレーボールに賭けた夏が終わった。

一時はチームの存続が危ぶまれ、信頼関係もなくバラバラだったチームが、都大会まで進み1勝をあげたことは、信じられない。長男を含む、中学生チームのメンバーそれぞれの成長を見せてもらった1年間だった。

長男の役目は、これからは受験生。こちらもバレーに劣らない成果を残してほしいものである。

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2009年7月18日 (土)

第80期棋聖戦五番勝負第5局は、羽生善治棋聖が挑戦者木村一基八段を退け、四冠を堅持

挑戦者木村一基八段が2勝1敗とリードして、羽生棋聖をカド番の追い込んだ第80期棋棋聖戦も、木村八段優勢の第4局を羽生棋聖が制し、2勝2敗のフルセットとなり最終局を迎えた。

昨日(2009年7月17日)の松山・道後温泉での第5局。立会人が棋聖位獲得3期の実績を有する屋敷伸之九段。副立会人が、教授の異名をとる勝又清和六段、ネット中継解説に三浦弘行八段という控え室の顔ぶれ。
第1局でリアルタイムのネット観戦記を執筆した、『ウェブ進化論』の著者梅田望夫氏が、今回、再びリアルタイムネット観戦記を書いている。梅田氏の観戦記によれば、勝又六段が副立会となって松山入りしたのは、梅田氏の依頼もあったようである。

第80期棋聖戦五番勝負第5局梅田望夫リアルタイム観戦記

振り駒の結果、木村八段の先手。将棋は、双方が角道を開け、飛車先の歩を伸ばす横歩取りの展開に。木村八段が羽生陣の角を打ち、自陣も馬をひいたものの、羽生棋聖の注文で、2筋が壁銀となり、木村玉は5八と中央にあり、玉を守る金銀が左右に分裂している。羽生棋聖は、相手の攻め駒の銀を封じ込めた2筋に低く玉を囲い、7、8筋から攻める木村八段に対し、中央突破を試みる。
金銀3枚に守られた羽生玉は堅く、お付きの兵士のいない木村玉は薄い。梅田観戦記のよれば、相手の壁銀を強いてよしとした羽生棋聖の構想力に、馬を作って戦えるとした木村八段の構想力を上回った勝負ということのようだ。
終局後、木村八段も作戦負けを認めたという。

第80期棋聖戦五番勝負第5局棋譜中継

念願のタイトル戦初勝利をあげ、第一人者である羽生四冠をカド番まで追い込み、初タイトルに手がかかったに見えた木村八段だったが、一歩及ばなかった。
先日終わった第67期名人戦に続き、追い込まれてからの羽生四冠の強さを見せつけた第80期棋聖戦五番勝負だった。カド番に追い込まれても、平常心で勝ち続けられなければ、74回もタイトルをとることはできないだろう。これで、3タイトル戦(王将、名人、棋聖)とカド番からの逆転防衛となった。
次は秋の第57期王座戦五番勝負。こちらは、ベテラン中川大輔七段と20代のホープ山崎隆之七段が挑戦権を争う。どちらが、挑戦者となってもタイトル初挑戦である。
そして、その先には、昨年3連勝後4連敗でタイトル奪取を逃した第22期竜王戦七番勝負が待っている。挑戦者を決める決勝トーナメントに駒を進めた羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)は、週明け(2009年)7月21日に片上大輔六段と準決勝進出をかけて戦う。今年も、渡辺竜王対羽生四冠の激闘が見られることになるのか、これも秋の将棋観戦の見所のひとつだろう。

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2009年7月17日 (金)

将棋第50期王位戦七番勝負第1局は挑戦者木村一基八段が千日手指し直しの上、深浦康市王位を破り、「いぶし銀」対決で先勝

これまでのタイトル挑戦で、1勝もできず、まずは1勝をと語っていた木村一基八段が、4回目のタイトル挑戦となった第80期棋聖戦五番勝負では、羽生善治棋聖(四冠)から2勝をあげ、今日(7月17日)が、松山市でタイトルのゆくえが決まる最終第5局である。

木村一基八段は棋聖位挑戦を決めた後も好調で、6月22日には第50期王位戦の挑戦者決定戦で橋本崇載七段を破って、棋聖戦に続き王位戦七番勝負にも登場することとなった。さらに6月28日に行われたネット将棋最強戦の準決勝でも森内俊之九段を破り、8月2日に行われる決勝戦で山崎隆之七段と対戦することが決まっている。

5回目のタイトル挑戦となった第50期王位戦七番勝負は、今週(2009年)7月13日に岐阜県下呂市で開幕した。過去2回、羽生対深浦のフルセットの激闘が続いた王位戦も、過去16期に渡り、タイトルホルダーか挑戦者として必ずこの王位戦の場に登場していた羽生善治四冠が挑戦者リーグ紅組2位に終わり、代わりに紅組を制した木村八段が挑戦者決定戦も制して挑戦者に名乗りをあげた。
深浦対木村のタイトル戦は初めて。両者の対戦成績は、七番勝負開始前までで、深浦王位6勝、木村八段5勝と拮抗しているが、直近は木村八段が3連勝している。
これまでは、羽生、佐藤、森内の最強世代3強が目立つ中、実力はありながら地味な「いぶし銀」のような存在だった2人だが、前々期の48期王位戦で深浦八段が羽生王位を破り念願の初タイトルを獲得、前期49期でも羽生の挑戦を退け、タイトル防衛。九段の資格も得て、最近はタイトルホルダーとしての風格も出てきた。

第1局の将棋は、初日終盤千日手になりかけたが、木村八段が回避して封じ手。しかし、2日目開始直後に千日手が成立し、先手・後手を入れ替えての指し直しとなった。指し直し局では先手となった挑戦者の木村八段。攻め合いとなった相矢倉の戦いで、要所要所で自陣の守りを補強し、「千駄ヶ谷の受け師」の存在感も十分見せつつ、攻め勝って七番勝負の初戦を白星で飾った。

木村八段は、棋聖戦と王位戦を連破して初タイトルはもちろん、一気に二冠となりたいところ。深浦王位にしてみれば、虎の子の「王位」タイトルを簡単に渡してなるものかということになる。
この「いぶし銀」対決 、最終的にどちらが制することになるのか、夏の楽しみが増えた。

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2009年7月 9日 (木)

将棋第80期棋聖戦五番勝負第4局は羽生善治棋聖が苦しい将棋をしのいで木村一基八段を破り2勝2敗に

挑戦者の木村一基八段が2勝1敗で、タイトルに王手をかけた第80期棋聖戦。木村八段は、棋聖戦を戦っている間に、王位戦の挑戦者決定戦でも橋本崇載七段を破り深浦康市王位への挑戦を決め、またネット将棋最強戦でも決勝進出を決めるなど好調。その勢いに乗って、一気に棋聖位奪取を果たしたいところだ。

第4局は、今日(2009年7月9日)、静岡県伊東市で行われた。戦型は後手木村八段が一手損角換わりを選択、途中は木村優位と伝えられる場面もあったが、苦しい将棋をしのいで羽生棋聖が逆転。戦績を2勝2敗とし、棋聖位のゆくえは、7月17日の松山市での最終第5局で決まることになった。

羽生四冠のタイトル防衛戦は、昨年(2008年)9月に同じ木村八段を挑戦者に迎えた第56期王座戦を3連勝で防衛した以降は、今年(2009年)1月~3月の第58期王将戦(挑戦者深浦王位)、4月~6月の第67期名人戦(挑戦者郷田真隆九段)と4勝3敗のフルセットでの防衛が続き、今回の棋聖戦もどちらが勝つせよフルセットということになった。
かつての圧倒的強さはなくなったと考えるべきなのか、やはり土壇場に追い込まれた時の強さはさすがで、タイトルの取り方、守り方にたけており、やはり別格と考えるべきなのか、難しいところだ。

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