上橋菜穂子著『獣の奏者』の続編『Ⅲ探求編』・『Ⅳ完結編』は大人のための現実の物語だ
『獣の奏者』の続編『Ⅲ探求編』、『Ⅳ完結編』を読み終わった。前作『Ⅰ闘蛇編』、『Ⅱ王獣編』を上回るスケールで読者に迫り、読者ひとりひとりの生き方を問う物語だ。
作者上橋菜穂子と新刊に差し込まれたPRのリーフレットには同い年の作家佐藤多佳子の次のようなコメントがある。
「凄い物語だ。痛みと希望の物語だ。異種の生物が共存するこの地球の過去と現在に未来について、思わずにいられない」(佐藤多佳子)
前作では、異形の生物として戦闘に出て他国軍を蹂躙する力を持つ巨大な「闘蛇」を育てる闘蛇衆の村から話は始まる。その「闘蛇」さえ屠ってしまう力をもつ獣の王ともいえる「王獣」。闘蛇衆の村で育った娘エリンは、王獣の美しい姿に魅せられ、王獣の世話をし生態を学ぶうちに、その王獣を操る技を身につける。
エリンの国では、闘蛇軍で国を他国の侵略から守る大公と国の支配者である真王との間に不信感があり、国政は不安定で、それぞれの領民たちも反目している。真王を暗殺しようとするグループもいる。そんな中、闘蛇の天敵ともいえる王獣を自由に操るエリンは否応なく国の政治の波に翻弄される。しかし、前作ではエリンの決意と行動で、物語は一つの結末を迎える。
続編にあたる『Ⅲ探求編』、『Ⅳ完結編』では、前作から10年以上が過ぎ、エリンは一児の母となっている。ある闘蛇衆の村で起きた闘蛇の集団での変死の原因追及にエリンが派遣されるところから、続きの物語は始まる。
危険な兵器ともなる闘蛇や王獣には、育てる際に数々の掟や禁忌(タブー)がある。なぜ、そのような掟や禁忌があるのかを、解き明かそうエリンが東奔西走する『Ⅲ探求編』。掟や禁忌の秘密が明らかになりかけるが、しかし、現実の動きがエリンに謎解きの時間を与えない。隣国がエリンの国リョザ神王国を攻めてきたのだ。掟や禁忌(タブー)の背景にある過去の出来事を解き明かせないまま、国を守るためエリンも立ち上がる。そして物語の結末へ向けて、『Ⅳ完結編』は流れていく。
『Ⅲ探求編』、『Ⅳ完結編』を通じて、人が生きることの意味、学ぶことの意味、、親子のあり方、夫婦のあり方、国のあり方、政治のあり方、戦争とは何かといった多くのテーマが語られる。その内容は、児童文学、ファンタジーといった枠組み・ジャンルを超えている。現在の混乱する日本という国のあり方、そこで生きる我々ひとりひとりへの問いかけであり、作者の考える答えでもある。
私が読んで、深く印象に残ったフレーズを紹介しておきたい。いずれも、エリンが母親として息子のジェシに語る言葉だ。
「人の一生は短いけれど、その代わり、たくさんの人がいて、たとえ小さな欠片(かけら)でも、残していくものあって、それがのちの世の誰かの、大切な発見につながる。……きっと、そういうものなのよ。顔も知らない多くの人たちが生きた果てにわたしたちがいて、わたしたちの生きた果てに、また多くの人々が生きていく……。」(『獣の奏者 Ⅳ完結編』51ページ)
「人は、知れば、考える。多くの人がいて、それぞれが、それぞれの思いで考え続ける。一人が死んでも、別の人が、新たな道を探していく。------人という生き物の群れは、そうやって長い年月を、なんとか生き続けてきた。
知らねば、道は探せない。自分たちが、なぜこんな災いを引き起こしたのか、人という生き物は、どういうふうに愚かなのか、どんなことを考え、どうしてこう動いてしまうのか、そういうことを考えて、考えて、考え抜いた果てにしか、ほんとうに意味ある道は、見えてこない……」(『獣の奏者 Ⅳ完結編』294ページ)
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