« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月の記事

2009年11月28日 (土)

将棋第68期A級順位戦5回戦終了、全勝の谷川浩司九段が森内俊之九段に敗れ、高橋道雄九段と合わせ3人が4勝1敗で並ぶ

羽生善治名人への挑戦権を争う第68期A級順位戦も11月に入り折り返しの5回戦。挑戦者候補、陥落候補がほぼ絞られてくる。
4回戦終了時点では、
4戦全勝 谷川浩司九段(7)
3勝1敗 森内俊之九段(3)、高橋道雄九段(9)、井上慶太八段(10)
2勝2敗 郷田真隆九段(1)、木村一基八段(5)、三浦弘行八段(8)
1勝3敗 丸山忠久九段(4)
4戦全敗 佐藤康光九段(2)、藤井猛九段(6)
となっている。

今期目立つのは40代棋士の活躍。昨年まで10人のA級棋士として頑張ってきた谷川九段だが、今期はB級1 組からかつてタイトル戦でも戦った同世代のライバル高橋九段と同門の後輩井上慶太八段という2人の40代棋士が久しぶりにA級に復帰。一気に40代が3人となった。その3人が揃って好調なスタートを切った。

A級はトップ棋士10人がしのぎを削り、常に下位2人は一つ下のクラスのB級1組と入れ替わる。A級棋士の地位を維持していくためには、まずは下から昇級していた下位2名を叩くことが鉄則である。まして、今回の昇級者2人は、現在のA級上位8人の前に力及ばず陥落していったベテラン棋士。将棋ファンの多くは、2人の苦戦を予想していたはずである。
しかし、この昇級者2人が好調なので、これまで8人はたまらない。4戦全敗の佐藤九段は、この40代棋士3名にことごとく敗れ、苦しい星勘定となった。

2009年11月の5局は以下のような結果になった。

11月5日:高橋道雄九段○(4勝1敗)×●郷田真隆九段(2勝3敗)
前期名人挑戦者の郷田九段は、名人戦のさなかに5連敗と調子を崩し、その後一進一退の成績でその負け分を取り返すには至っていない。高橋九段とのA級での初顔合わせは双方得意の相矢倉の戦いとなったが、手厚く守り、手堅く攻める高橋九段の前に一歩及ばず、3敗め。2年連続3回め名人挑戦は難しくなってきた。郷田九段も40代棋士にすべて敗れたことになる。
高橋九段は4勝1敗で、5回戦の大一番、森内vs谷川戦の結果を待つ。

11 月13日:佐藤康光九段●(5敗)×○三浦弘行八段(3勝2敗)
2年前の第66期順位戦で開幕6連敗と追い込まれた佐藤九段はその後3連勝で辛くも残留。前期は6勝3敗で、2位と復調したと思われたが、今期も再び4連敗のスタート。横歩取りの空中戦となった三浦八段との戦いは、途中まで佐藤九段優位の控え室解説だったが、終盤見落としがあったようで、まさかの5連敗となった。
三浦八段は3勝2敗でひとつ勝ち越し。初の名人挑戦にのぞみを繋いだ。

11月18日:森内俊之九段○(4勝1敗)×●谷川浩司九段(4勝1敗)
4勝の谷川九段と3勝1敗の森内九段が激突する名人挑戦権を左右する中盤の大一番。 森内九段は竜王戦で挑戦者に名乗りを上げ、渡辺明竜王と七番勝負の最中である。
後手の谷川九段のゴキゲン中飛車に森内九段は居飛車で対応。森内九段が攻めの主導権を握り、そのまま押し切ったような将棋にみえた。
これで、全勝がいなくなり、高橋九段を合わせた3人が4勝1敗で並び、一気の混戦模様となってきた。

11月20日:●木村一基八段(2勝3敗)×丸山忠久九段○(2勝3敗)
3連敗と出だしで躓いた丸山九段は4回戦の藤井九段との3敗決戦で勝利して1勝3敗、一方木村八段は2勝2敗。本局の結果で上(挑戦)を見るか、下(降級)を気にするかの分かれ目になる。
この将棋も横歩取りの空中戦の展開となった。途中劣勢かと言われていた丸山九段だったが、うまく角を捌いて馬を作ることに成功、さらにと金2枚で木村玉を挟撃。木村八段は大した反撃もできないまま投了となった。
双方とも2勝3敗となり、一つ順位が上の丸山九段が、木村八段の上位につけることになった。

11月26日:井上慶太八段●(3勝2敗)×○藤井猛九段(1勝4敗)
ここまで3勝1敗と好調の井上八段だが、なにせ順位が10人中10位であり、勝ち越しとなる5勝めをあげるまでは安心できない。自分がA級に残るためにも、不調の藤井九段を叩いておきたい。一方、藤井九段は佐藤九段がすでに5敗めを喫しているいるとはいえ、相手の方が順位が上であり、また1勝3敗の丸山九段が2勝めをあげ、陥落候補から抜け出したので、ここで負けると藤井九段が最も不利な立場になる。早く1勝をあげたいところだ。
振り飛車党の藤井九段は四間飛車に構える。途中、先手の井上八段がやれるのではとのコメントもあったが、藤井九段は井上八段の角を取り、2枚の角を共に「馬」にすることを成功。馬が攻守に活躍して、井上八段の攻めを封じ、藤井九段が待望の初勝利をあげた。

5回戦終了後の成績は以下の通り。
4勝1敗:森内九段、谷川九段、高橋九段
3勝2敗:三浦八段、井上八段
2勝3敗:郷田九段、丸山九段、木村八段
1勝4敗:藤井九段
0勝5敗:佐藤九段

高橋九段が講演の時、今年の目標として順位戦の最終戦の谷川九段戦を最高の状態で戦うこと、と話していた。最高に状態というのは、最終戦が名人挑戦権を争う一戦となるということ。それに向け確実に歩みを勧める高橋九段が今期のA級の台風の目になってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月11日 (水)

49歳という年齢とブログのテーマ

先月49歳になった。このブログを書き始めた2006年2月には、まだ45歳だった。それから3年半が過ぎた。ブログを書き始めた時のテーマは「中年クライシス(中年期の危機)」だった。ブログを書き出す1年前、札幌に単身赴任をしていた私は、朝通勤途上に凍結した雪道で転び、右肩の骨を骨折し、手術と術後のリハビリのため3週間入院した。札幌では、職場の上司と折り合いが悪く、右肩の骨折は、自分自身の「挫折」を象徴するものでもあった。

骨折から約半年で札幌から東京に戻り、さらに半年。自分の中で形になりきれないものを文章という形にしてみたかったというのが、今から振り返って見れば、このブログを始めた動機なのだと思う。
自分自身が抱え込んだ「中年クライシス」を、何かを書くことで克服していきたいということだったのだと思う。
一時期は、毎日1タイトルを自分に課し、実践してきた。3年以上経過して、記事も1000件を超えた。アクセス総数も50万件を超えた。

最近は、書きたいと思うことが減ってきてしまった。何故だろう?と自問してみると、答えは二つ思い浮かぶ。
一つめは、ネタ切れである。書くとは、自分の考えていることをまとめて、文章としてアウトプットすることである。そのためには、まとめるための、材料が必要だ。これまでの自分の中の蓄積に、何らかの刺激が加えられ、新たな「ものの見方」や「考え方」を思いつく。畑となる自らの蓄積を常に豊かにしておく必要があるし、またその畑に新しい種をまき続けることも必要だろう。しかし、この1年ほど、本当の意味で、自分の蓄積となるものも少なかったし、それを活性化させるための種まきの、不十分だったように思う。
結局、これかまでの蓄積だけで書いているだけになってしまい、まず自分自身にとって書くことがつまらなくなってしまった。

ふたつめは、いい意味でも悪い意味でも、私にとっての「中年クライシス(中年期の危機)」が終ったということなのでないか、ということである。振り返って見ると、それは何かが解決されたわけではなく、ただ時間の経過とともに、その時期が過ぎてしまったということのような気がする。50歳をあと1年後に控えた身には、すでに「中年クライシス(中年期の危機)」で直面した問題とは別の問題が降りかかってきている。自分には確実に老いの問題が押し寄せる中で、それと絡み合うような形での、子どもの巣立ち(自立)と親の介護という問題である。「中年クライシス(中年期の危機)」には、自分自身の再構築(リストラクチャリング)というテーマがあると思うが、50代のテーマは、自分自身から一歩踏み出し、「家族」という社会を構成する最小の集団を足場、出発点にして、自分の周りにある社会にどうかかわっていくかということなのではないかという気がしている。

昨年8月のリーマンショック以降、そのかかわるべき社会の姿そのものが、世界中で大きく変貌を遂げていて、日本にも政権交代という大変革が起きている。私が50代を過ごすことになる2010年代は、冷戦終結後の世界を支配してきた、儲かることのみが善、利益がすべてという新資本主義の時代の破綻を受け、新しい世界、社会の枠組みを模索する10年間になるだろう。
そのなかで、自分がどのようなスタンスで社会とかかわっていくのか、それを考えないことには、なかなか生き抜いていくのも難しいのではないだろうか。

最近、おぼろげながら思うのは、我々の後に続く世代のために何ができるのか考え、実行していくことしかないのではないかということである。まず、自分の周りの後輩たちが少しでも、働きやすく、生きやすくするために行動することが大切なのではないか?我々の世代ひとりひとりがそういう思いで行動すれば、この世知辛い世の中も少しは暮らしやすくなり、ひいてはそれが、自分たちの子どもの世代にも影響していくのではないだろうか。

孔子は論語の中で、40歳は不惑の年といい、50歳で天命を知ると教えている。「自分の周りの後輩たちが少しでも、働きやすく、生きやすくするために行動する」ということが、果たして天命といえるほどのものかどうかは、わからないが、やはり40歳と50歳には大きな違いがあるように思う。この1年をかけて「中年クライシス(中年期の危機)」に代わるブログのテーマを考えることにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 8日 (日)

『カップヌードルをぶっつぶせ!』を読んだ

『カップヌードルをぶっつぶせ!』という過激な題名の本を読んでみないかと、広告代理店に勤める友人からメールが送られてきた。私は、てっきり、カップヌードルに相手にするような新商品を開発したベンチャービジネスの若手経営者を題材にしたビジネス書かなと、などと思い、「本を送ってくれれば、読むよ」と返事を送り、昨日、本が届いた。

本の内容は私の予想とは全く違い、カップヌードルを製造・販売する日清食品の親会社日清食品ホールディングスの安藤宏基CEOの著書だった。
日清食品グループは、2008年に持株会社制に移行、日清食品の安藤宏基社長は、日清食品やグループ化した明星食品などを傘下に抱える日清食品ホールディングスの代表取締役CEO(最高経営責任者)となった。

本書『カップヌードルをぶっつぶせ!』は、その安藤宏基CEOが1985年に日清食品の社長に就任してからこれまでの20年余の経営の記録である。
日清食品は安藤CEOの父、安藤百福(ももふく)氏が1948年に創業。1958年8月に世界で最初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売、同年12月に「日清食品」に社名変更、さらに1971年には世界最初のカップ麺である「カップヌードル」を発売した。日本を代表する食品メーカーといえるだろう。
安藤宏基CEOは、安藤百福氏の次男。1981年日清食品の社長に就任した長男の宏寿が2年で社長を退任、会長となっていた父の百福氏がいったん社長に復帰。その後、1985年に宏基氏が日清食品の3人目の社長となった。社長とはいえ、創業者の父は会長として健在である。

カップヌードルをぶっつぶせ! - 創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀
カップヌードルをぶっつぶせ! - 創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀

本書の前半(第1章と第2章)は、二代目の息子宏基社長と創業者の父百福会長のせめぎあいの記録である。「創業者は普通の人間ではない」とのタイトルの第1章は「創業者は異能の人、二代目は凡能の人。創業者と二代目の確執は、異能と凡能とのせめぎあいである」との見出しで始まる。第3章からの後半部分は、その宏基社長が1985年に社長に就任してからの経営への思いと行動の記録である。
本書によれば、宏基社長就任当時の日清食品は創業者百福氏の創り出した「カップヌードル」というトップブランドで売上の半分、利益のほとんどを稼ぎ出していた。創業者の開発商品である「カップヌードル」は触れてはならない聖域であり、社内でも「カップヌードル」のブランドイメージを傷つけたり、シェアを奪うような商品を発売するわけにはいかないと、誰もが信じており、セクショナリズムや官僚主義がはびこり始め、商品開発も停滞していたという。
そんな中、宏基氏の社長としての第一声が、本書のタイトルとなった「カップヌードルをぶっつぶせ!」である。そのスローガンの下、新しいものを作り続けるために、組織をどう変え、人をどう育てていくのか。
自社が作る商品に深いこだわりを持つとともに、それを作り出す人と組織にもこだわり続けるのが、著者である安藤宏基CEOだと思う。

読み終えたあと、おおいなるこだわりから生み出された、「チキンラーメン」や「カップヌードル」が無性に食べたくなり、今日の昼はカップヌードル」を食べた。

なお、本書には付録として、これまでの数々の日清食品のCMの中で、1992年から96年まで流された「hangry?」シリーズと2004年から2005年にかけて放映された「NO BORDER」シリーズの映像がDVDに収録され添付されている。(「hangry?」シリーズは、カンヌ国際広告映画際でグランプリを受賞したとのこと)
私に本を送ってくれた友人は、彼らにとって大口クライアントの社長の本を買うことも、大事な仕事うちだったのだと、最後のCM映像を見ながら遅ればせながら気がついた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »