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2010年2月の記事

2010年2月21日 (日)

将棋第81期棋聖戦決勝トーナメント1回戦第2局、郷田真隆九段が屋敷伸之九段を破りベスト8進出

2009年度の将棋界の幕開けのイベントとなる第67期名人戦七番勝負では羽生善治名人をカド番まで追い詰め、おおいに盛り上げた郷田真隆九段。
しかし、その名人戦七番勝負を3勝4敗と惜敗したあとは、不調をかこっている。2007年度は49戦33勝16敗勝率0.6735、2008年度は47戦28勝19敗勝率0.5957の成績を残してきたが、2009年度は黒星先行で勝率4割前後のラインでとどまっており、棋士になって初めて年間での負け越しが濃厚になってきている。
これは、名人戦七番勝負前後に名人戦も含め2008年度末からの5連敗のうちの2敗、5連敗と4連敗という連敗の「こぶ」があるのが響いている。ここをせめて5勝6敗で乗り切れていれば、最低勝率5割はキープできていたはずである。この連敗は主に、名人戦と同時並行で進行していた棋聖戦挑戦者決定トーナメント、竜王戦ランキング戦、王位戦挑戦者リーグなどでのものである。
ご本人に聞いたわけでも、棋譜も入手できないのでいい加減なことは言えないが、名人戦終了までの黒星の中には、勝敗を度外視して名人戦での戦法を実戦で試したものも含まれているのではないかと思っている。
しかし、名人戦では5局を終えて3勝2敗と羽生名人を追い込んだあと、あと1勝が及ばなかった。

名人戦での敗戦がショックだったのか、その後の敗戦は、日本シリーズ1回戦で行方尚史八段に、テレビ棋戦の銀河戦本戦1回戦で橋本崇載七段に、挑戦者リーグ入りのかかった王将戦二次予選決勝で渡辺明竜王に、朝日杯二次予選決勝で行方八段に、王位戦予選2回戦で広瀬章人五段に、王座戦二次予選で2回戦で阿久津主税七段に、NHK敗3回戦では山崎隆之七段に敗れた。
王将戦の渡辺竜王以外は、A級棋士でタイトル獲得3期の郷田九段から見れば格下。それぞれ、若手の実力者とはいえ、いずれも本戦トーナメントや昨年度は名を連ねた挑戦者リーグ入りを前にしての敗退は、ファンとしては歯がゆい限りである。
さらに2010年1月の竜王戦ランキング戦1回戦で森内俊之九段戦に遅刻不戦敗という不名誉な記録まで作ってしまった。
また今月(2010年2月)3日のA級順位戦8回戦でも粘ったものの丸山忠久九段に敗れ4勝4敗、勝てばプレーオフ進出の可能性も残っていた勝負だったが、これで2年連続の名人挑戦の可能性も消えた。

現在、当面のタイトル戦で挑戦の可能性を残しているのが郷田九段自らの2回タイトルホルダーとなったこともある棋聖戦である。これまで棋聖戦は1次予選、2次予選、2次予選抜き棋士と前期ベスト4、タイトルホルダー等シード棋士による16名による4組変則リーグによる最終予選の上、上位8名による挑戦者決定トーナメントという仕組みだった。
今期からは変則リーグの最終予選が廃止され、2次予選勝ち残り8名とシード棋士8名の16名による挑戦者決定トーナメントに変更された。
郷田九段は前期ベスト4(木村八段、稲場四段、久保棋王、谷川九段)、タイトルホルダー(深浦王位)、永世棋聖資格保持者(佐藤九段)に続く、8人目のシード棋士に選ばれた。現在A級の順位1位であること、過去2年連続棋聖戦挑戦者決定トーナメントに残ったこと、過去2期棋聖タイトルを獲得していることなどが評価されたのだろう。

挑戦者決定トーナメント1回戦(2010年2月17日)の相手は、2次予選4組を勝ち抜いたB級1組在籍の屋敷伸之九段。過去3期棋聖位を獲得したこともある実力者である。2人は1998年の第68期棋聖戦五番勝負で、屋敷棋聖に郷田六段(当時)が挑戦するという形で対戦し、郷田六段が3連勝でタイトルを奪取している。
今回、先手:屋敷九段、後手:郷田九段という手番だったが、郷田九段が勝ってベスト8に駒を進めた。
郷田九段にとって屋敷九段は相性のよい相手のようで2001年度以降で見ると、今回の対局も含め8回対戦があり、7勝1敗。特に、現在7連勝中である。
変幻自在の指し回しで「お化け屋敷」の異名も持つ屋敷九段だが、郷田一刀流の前には、妖術も通じないというところだろうか。

準々決勝の相手は、1回戦で谷川浩司九段を破った予選突破組の佐藤天彦五段。しっかり貫禄を見せて撃破して、準決勝、挑戦者決定戦と進み、再び羽生名人・棋聖と相まみえ、第72期棋聖戦五番勝負を再現し、羽生棋聖からタイトルを奪取してほしいものである。

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2010年2月12日 (金)

『双調平家物語』は橋本治が語る日本古代史論だと思う

半年くらい前に橋本治の『日本の女帝の物語』を読んだことを書いた(2009年8月25日:「著者橋本治が『双調平家物語』のダイジェストでスピンオフと語る『日本の女帝の物語』(集英社新書)を読み終わる」)。
そこで、私は『日本の女帝の物語』のあとがきに相当する「おわりに」から著者橋本治の書いた
「私にしてみれば、日本の古代というのは、「女帝の時代」があり、「摂関政治の后の時代」となり、「男の欲望全開の院政の時代」となって、そして「争乱の時代」が訪れるという、三段あるいは四段構えになっているのですが、「平家の壇の浦で滅亡するまでの平家の物語」ということになると、このすべてが一まとめになって、ひたすら「長い長い物語」にしかなりません。それで、こういう『日本の女帝の物語』を書いたのです。」(『日本の女帝の物語』214~215ページ)

日本の女帝の物語―あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 (集英社新書 506B)
日本の女帝の物語―あまりにも現代的な古代の六人の女帝達 (集英社新書 506B)

この『日本の女帝の物語』を読み終わった時から、いずれは本家である『双調平家物語』を読まなくてはいけないと思っていたが、なにせ単行本でも15冊に及ぶ大作。版元の中央公論新社が2009年春から文庫化を始めたところで、読み始めるタイミングを図っていたが、結局、昨年の10月下旬ぐらいから読み始めた(結局、文庫は全16冊になるようである)。

双調 平家物語〈1〉序の巻 飛鳥の巻 (中公文庫)
双調 平家物語〈1〉序の巻 飛鳥の巻 (中公文庫)

読み出すと、面白い。文庫は「序の巻」から始まり、「飛鳥の巻」「近江の巻」「奈良の巻」「女帝の巻」「院の巻」「保元の巻」「平治の巻」「平家の巻」まで10冊が現在文庫化されている。
「序の巻」は、日本が範とした中国の漢や唐の時代が語られる。漢を簒奪した新の王莽、唐の則天武后、安史の乱の安禄山、史思明なども登場する。
「飛鳥の巻」から、日本に舞台を移し、蘇我氏、大化の改新、斉明女帝、天智帝、壬申の乱、天武帝、持統女帝と続く。「奈良の巻」では、聖武帝に光明子が嫁ぎ、藤原氏の台頭が本格化する。そして、天武帝の血統を皇位に就けるため、つなぎの役目で元明、元正という女帝が登場し、最後には称徳帝と光明子の娘阿倍内親王が皇太子となり、孝謙女帝さらに重祚して称徳天皇となった。
「女帝の巻」は、この孝謙・称徳女帝の時代を詳しく語り、その後の平安京遷都後平安時代前期を足早に語る。「女帝の巻」の最後は、いきなり藤原道長の栄華へ飛び、道長が娘4人を天皇に嫁がせたことを語る。しかし、藤原氏の娘たちからは、何故か男子が生まれず、藤原氏が外戚として権力を振るう時代が終り、藤原氏を外戚としない後三条帝、白河帝と続き、白河帝が堀河帝の譲位して院政が始まる。院政が始まるまでの5冊が、いわば『双調平家物語』の第一部である。

院政以後の「院の巻」からが第二部。白河院、鳥羽院、後白河院と続く院政の時代に、摂関家が衰退し、武士が台頭する。
この三人の院政の時代が、「院の巻」「保元の巻」「平治の巻」と続く。歴史の教科書では、院政も、保元の乱、平治の乱も1ページほどで語られてしまうが、多くの人びとの思惑が絡み合い、時代が変わっていったことが語られる。

現在、文庫の第10巻まで刊行されていて、昨日、読み終わったところだ。第10巻で「平治の巻」が終わり、「平家の巻」が始まった。
「平家の巻」からが、平家の栄華と衰退の物語が始まる。「平家の巻」「治承の巻」「源氏の巻」「落日の巻」「灌頂の巻」が、これから刊行される第11巻から第16巻で語られる。

私は歴史が好きで古代史を中心に多くの新書や小説を読んできたが、これまでの『双調平家物語』文庫10冊を読んで、目から鱗が落ちる思いを何回もした。
著者橋本治の日本古代史の見方は、それだけ斬新だが、でも説得力がある。これから、毎月刊行される残る6冊を読み進めるとともに、『双調平家物語』執筆時に、文芸誌『群像』に連載されたものをまとめた『権力の日本人』『院政の日本人』も併せて読み進めていこうと思う。

権力の日本人(双調平家物語 ノートI)
権力の日本人 (双調平家物語 ノートI)

院政の日本人(双調平家物語ノートⅡ)
院政の日本人(双調平家物語ノートⅡ)

<関連記事>

2010年7月28日:中公文庫版『双調平家物語』(橋本治著)ついに完結

2010年8月 4日:橋本治著・文庫版『双調平家物語』全16巻をとうとう読み終わる

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