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2010年3月の記事

2010年3月30日 (火)

ネットオークション詐欺?にあいそうになった

10日ほど前の2010年2月22日(月)、3連休に最終日の振替休日のお昼過ぎのこと、私は、ヤフーオークションの画面を眺めていた。自分が入札した「Windows XP Professional」のインストールディスクの入札が決まるか、残り時間が刻々と減っていく。残り時間がめでたく「0」となり、7枚出品されていたうちの1枚を、思っていたよりは割安で落札することができた。

落札が確定し、ヤフーオークションマスターから落札確定のメールが届いた。そのメールには、出品者の連絡先、落札代金の振込先等が記載されていたのだが、まず、落札者の住所を見て驚いた。なんと、我が家から歩いて5分ほどのところ、同じ町内の住所だった。これまで20件ほど、ヤフーオークションでパソコンのパーツなどを落札してきたが、同じ市内ということもなかった。お互い歩いて5分ほどのところの相手をオークションで物を売り買いするのは、何とも奇妙な感じだ。

次に気になったのが、落札者の名前。明らかに、日本人の名前ではないカタカナで、アジア系の名前だった。住所をヤフー地図で検索するとアパートと思われる表示。我が家の回りで、アジア系の人はあまり見たことはない。
落札したインストールディスクは、海外に在庫があり、入金確認後、配送手続を行い、届くまで1週間ほどかかるという。いかにも、売り方はPCパーツの仲介業者のような売り方なのだが、そうするとアパートの一室が住所というのも何となく不自然。

気になって、これまで出品者と取引した人が、出品者を評価したページを見ている。「大変良い出品者」という評価が10件余あるのに対し、「大変悪い出品者」との評価が4件。悪い評価のうち3件は、私と同じような「Windows」のインストールディスクを落札し、代金を振り込んだが、1ヵ月しても商品が届かないというクレームだった。中には「こいつは詐欺師なので、代金は振り込むな」と書かれているものもあった。
一方、良い評価の方には、「Windows」のインストールディスクに関するものは1件もなかった。まったく別の、本や写真集などの落札だった。
自分の身の回りで不要になったものをオークションに出品し、ある程度「良い出品者」との評価を得た上で、狙いの「Windows」のインストールディスクをネタにしたオークション詐欺を始めたと考えられなくもない。

相手が記載している住所が近いので、とりあえず、カタカナ名の表札がかかっているか確かめてみることにした。歩いて5分ほどの目当てのアパートは2階建てで10室ほど。表示の部屋番号の名前を見ると、ごく普通の日本人の名字だった。
この部屋の住人は、以前、ネットオークションで出品者の被害にあった人なのかもしれない。その際、連絡した住所を、出品者が勝手に自分の住所として落札連絡メールに載せていたのかもしれない。よく見ると、落札連絡メールには、出品者のメールアドレスは書かれているが、通常記載される電話番号が書かれていない。

これは、落札代金だけをかすめとろうとするネットオークション詐欺に違いないと判断し、ことらからは一切連絡しないことにした。もし、入金がないとクレームがあった時は、住所を尋ねたら別の人が住んでいたので、出品者のあなたを信用できないと返答することにして、反応を待った。

22日の深夜になって、再度確認したら、出品者のヤフーIDそのものが削除されていて、昼には、確認できた落札内容もいっさい表示されなくなっていた。おそらくは、「詐欺だ」と評価され、商売を継続できないと判断した出品者が、自ら、いったんヤフーオークションから撤退したのだろう。おそらく、しばらくしたら、別のヤフーIDを取得して、新たな詐欺を企てるかもしれない。

その日の昼、妻が部屋の掃除に精を出していた時に、私は手伝いもせず、パソコンの画面を見つめて落札できたとよろこんでいたので、「手伝ってて頼んでいるのに、オークションなんかにうつつを抜かしているから、バチが当たったのよ」と妻になじられても、返す言葉がなかった。うますぎる話には気をつけなくては。

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2010年3月29日 (月)

「拓庵の本棚」をブログパーツに

1ヵ月ほど前(2010年2月頃)に、このブログのレイアウトに少し手を入れた。いちばん大きな変更は、ブログの右サイドに「拓庵の本棚」を追加したことである。

私は、毎月硬軟織り交ぜて5冊~10冊程度本を買う。どんどん、たまっていくので、蔵書の整理など、不可能である。現在、シリーズで読み続けている文庫版「双調平家物語」など、最初の頃は2~3冊まとめ買いをしていたら、何巻まで買っていたかを忘れてしまっていたようで、家中に散乱している各巻を1ヵ所にまとめてみたら、第6巻が2冊あった。

せめて、新しく買った本だけでも記録しようと思って使い始めたのが「ブクログ(Booklog)」(http://booklog.jp/)というウェブサイトである。
現在、同サイトのトップページには、「ブクログは ウェブ上にあなたの本棚を作るサービスです」と書かれている。
最初に登録したのは、2006年2月でこのブログを書き始めた頃である。自分のブログの記事に、本の表紙の画像を表示できるリンクを貼り付けることができるサービスがあったので、それを利用するために使い始めたが、そのうち、買った本を都度登録し、蔵書目録を兼ねさせることにした。

「ブクログ(Booklog)」の「本棚」登録サービスは利用者が増えているようで、最近になって自分の本棚を「ブログパーツ」としてブログに載せることができるようになった。

本好きな方で、まだ利用していない方は、自分の本棚作り、ブログパーツとしての利用、試してみてはいかがだろうか?

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2010年3月28日 (日)

郷田真隆九段、2009年度の最終対局となる第81期棋聖戦決勝トーナメント2回戦で佐藤天彦五段を破りベスト4に

将棋界の年度末のビッグイベントである「将棋界の一番長い日」(A級順位戦最終局)も3月2日(2010年)に終わり、私が応援する郷田真隆九段は、この勝負に勝てば名人挑戦決定という三浦弘行八段と対戦した。勝負は終盤までもつれにもつれ、郷田九段優勢と伝えられた場面もあったが、いずれにしてもトップ棋士どうしの紙一重の戦い。終盤の一瞬の隙をついた三浦八段の渾身の勝負手に郷田九段が受け間違って、勝利を逃した。
勝った三浦九段は7勝2敗で単独トップ、A級在位10年目にして初の名人初挑戦を決めた。一方、郷田九段は敗れて4勝5敗と負け越し。5勝4敗が4人という混戦だったため、今期の順位は7位で終了し、来期の順位は7位。B級1組から昇級する渡辺明竜王、久保利明棋王(その後王将位も獲得)という2人の好調なタイトルホルダーを相手に戦うには気の抜けない順位となった。

棋士生活初の年間負け越しが決まってしまっている郷田九段の2009年度最後の対戦は、2010年3月25日の第81期棋聖戦決勝トーナメント2回戦での佐藤天彦五段戦。
佐藤五段は20代若手棋士のホープの一人で、今回は1次予選、2次予選を勝ち抜いての本戦トーナメント進出である。2次予選決勝では丸山忠久九段を、決勝トーナメント1回戦では谷川浩司九段という2人A級棋士、元名人を破っての堂々のベスト8進出である。
郷田九段は、棋聖獲得2期、前々期ベスト4、前期ベスト8、今期A級順位1位といった実績が評価されたのだろう8人のシード棋士の最終枠で選抜され、決勝トーナメントからの登場である。1回戦では、屋敷伸之九段を破ってのベスト8である。

25日深夜の主催紙「産経新聞社」のウエッブサイトに、「棋聖戦4強出そろう」との記事が掲載され、「準決勝の組み合わせは、深浦康市王位-郷田真隆九段、渡辺明竜王-稲葉四段」と書かれていたので、郷田九段が勝ったことがわかった。
この4人の中から、羽生棋聖(名人・王座)への挑戦者が決まる。棋聖戦は過去2回タイトルを獲得した、郷田九段にとっては相性の良い棋戦である。そのうち、1回は対羽生戦でもある。まずは、準決勝の深浦王位戦に勝ち、決勝(挑戦者決定戦)でも勝って、五番勝負に駒を進め、昨年の第67期名人戦の雪辱を果たしてほしいものである。

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2010年3月27日 (土)

公私ともに一段落、そろそろブログも復活しなくては…。

このブログを更新しないのが当たり前になって、ずいぶんと日がたってしまった。

更新が途切れがちになった理由はいくつかあるが、毎日続けていた更新が途切れ出した最初のきっかけは、一昨年(2008年)の暮れに田舎で私の母親が一時体調を崩し、東京の我が家に一時引き取ったことである。私が就職して以来、25年ぶりぐらいで母親と一緒に生活したが、自分の母親がいかに何事につけても自分中心で考え、他人からどう見られているかという発想、視点を持たない「人」だったのだと気がつき、理解するまで、長い時間がかかった。それは、その時点では日々ブログに書ける内容ではなく、母親とのバトルに追われ、ブログを書く時間も、気力もなかった。

半年ぐらい前からは、2人の受験生の親という立場に追われた。我が家では、高校3年生の次女の大学受験と、中学3年生の長男の高校受験が、この春一度に重なった。昨年の秋からは、本格的に受験モードに入った。
親が風邪、まして新型インフルエンザなどを家に持ち込むわけにはいかないという自らの健康管理にも神経質にならなくてはいけなくなった。
さらに、志望がなかなか定まらない次女。3年に夏まで部活動(バレーボール)に打ち込んでいたのはいいとして、なかなか、高校受験そのものに向き合う態勢にならない長男と親の気がかりの種は尽きなかった。

次女は、1月下旬のセンター試験を皮切りに、6つの大学の学部をいろいろな形で10回ぐらい受験したが、願書を出せば必ず受かると本人が行っていた滑り止めを除いて、悉く不合格。唯一、第2志望だった大学で「補欠」となったが、それも他の合格者が何人か辞退して初めて繰り上げ合格になるかというもの。次女は行く気はないと、滑り止めには入学金は払わず、「補欠」繰り上げに賭けた。
補欠の通知があってから、2月下旬の繰り上げのあるなしの確定まで約2週間の長かったこと。なんとか合格通知をもらい、家族一同ほっと胸をなでおろした。

次女の合格確定の翌日が、長男の公立高校の受験日。こちらも滑り止めの私立は受かっていたが、本命は公立。しかし、中学時代、部活しかしていないも同然の長男は、3年になって少し勉強するようになったものの、成績はさして良くない。そのくせ、内申書のレベルからすると格上の高校を目指すという。我が家の経済事情を考えれば、絶対「公立」だが、それを理由に、自分の限界を目指す長男の挑戦をやめろとは言えない。むしろ、その時点の自らの実力より少し難しいレベルに挑戦して初めて成長もあると私自身も考えていたので、「挑戦してみろ」と送り出した。
しかし、試験が終って、長男はうなだれて帰ってきた。出来が悪かったということらしい。確実にできているところを計算しただけでは、合格点には届かない。論述式や数学の証明、答えを写し忘れたものなど30~40点分ほどあって、そのうち最低でも半分とれないと合格ラインには達しないだろうとの自己分析だった。
そこまで話を聞いて、これだけ客観的、冷静に自己分析、自己評価ができていれば、ひょっとすると合格しているのではないかというのが私の第一印象だったが、本人にはそうは言えない。本人には、ダメだと思うなら、公立高校の2次募集の勉強をしておくように行ったが、やはり発表までは、手に付かないようだった。
こちらは受験から発表まで1週間。合格発表を見に行った長男から私の携帯電話のメールに、彼の受験番号が掲示された合格発表の掲示板の写真と「サクラサク」とのコメントが送られてきて、ようやく我が家の受験の季節が終った。

一方、2人の受験が佳境を迎えている2月になって、私の仕事も急に忙しくなった。現在の私の仕事は季節労働者的で、通常は年間のうち8月と2月、3月が比較的時間の余裕がある時期である。しかし、今年は2月上旬に緊急案件が発生し、まず2月上旬はその応急措置に追われた。そのため2月後半に、本来2月上旬に仕上げる予定だった仕事を仕上げ、これで一段落と思っていたら、2人の子どもの受験がかたづいた翌日、2月の突発案件に本格対応が必要ということになり、結局、先週末までその対応に追われていた。

ここにきて、公私ともに、本当に一段落という感じがしている。
受験モードが本格化した昨年の10月以降のこのブログを更新回数を見ると、10月4回、11月3回、12月6回、1月5回、2月2回、3月ここまで0回、半年で計20回という低調な状況である。それ以前の8月が21回、9月が13回更新していることを思えば、その後の更新の減り具合はあきらかだ。
そろそろ、ブログ復活モードに入ろうと考えている。

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