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2010年8月 4日 (水)

橋本治著・文庫版『双調平家物語』全16巻をとうとう読み終わる

昨日の朝の通勤電車の中で、中公文庫版『双調平家物語』の最終第16巻をとうとう読み終わった。

双調平家物語〈16〉落日の巻(承前)潅頂の巻 (中公文庫)
双調平家物語〈16〉落日の巻(承前)潅頂の巻 (中公文庫)

中央公論新社による単行本の最終巻第15巻が刊行されシリーズが完結したのが2007年10月。文庫版の刊行開始が2009年4月。毎月1巻が刊行されるペースで、先月(2010年7月)、文庫版の最終第16巻が出て、文庫版も完結した。

私自身は、2009年8月に、著者橋本治自身が『双調平家物語』のスピンオフと語る『日本の女帝の物語』(2009年8月刊)をまず読み、これが格好の入門書となった。同書の後書きで著者が語った以下のコメントは、そのまま『双調平家物語』のあらすじになっている。

「私にしてみれば、日本の古代というのは、「女帝の時代」があり、「摂関政治の后の時代」となり、「男の欲望全開の院政の時代」となって、そして「争乱の時代」が訪れるという、三段あるいは四段構えになっているのですが、「平家の壇の浦で滅亡するまでの平家の物語」ということになると、このすべてが一まとめになって、ひたすら「長い長い物語」にしかなりません。それで、こういう『日本の女帝の物語』を書いたのです。」(『日本の女帝の物語』214~215ページ)

その後、2009年10月に本編といえる文庫版『双調平家物語』を読み始めた。その時点では、6冊ほど既刊があったが、ほどなく既刊は読み終え、毎月下旬に刊行される中公文庫版の新刊が出ると買い求め、1週間ほどで読み終え、次の新刊を待つということを繰り返した。とうとうその長い道のりも終った。

橋本治の凄いところは、歴史上の出来事を書くにあたって、常にその時代に身をおいてその時代の視点で時代を眺め、考えて、書いている点である。後世の我々は日本の歴史を学び、平安時代の末期の朝廷で平家一門が隆盛し、壇ノ浦で滅びたことも、源頼朝が征夷大将軍に任じられ鎌倉幕府を開いたことも知っていて、あたかもそれらを歴史上の必然、避けがたい出来事のように思いがちだが、それは結果がわかっているからそう思うだけで、その時代を生きた人びとは、自分たちの行動の結果が、どのような結末に繋がるか知るよしもない。

常に、その時代を生きた人びとの視点で描いていくと、結果的にその時代の空気、雰囲気のようなものが、醸し出されることになる。読んでいて、目から鱗が落ちるような思いを何回もした。
例えば、最終16巻では、平家との戦いに勝利した源頼朝が鎌倉に在って、朝廷に対し征夷大将軍の地位を望むものの、時の最高権力者「後白河法皇」は、決してそれを認めない。頼朝が征夷大将軍に任ぜられるのは、後白河法皇の死後のことである。日本史の教科書で、「1185年に壇ノ浦戦いで平家が滅び、1192年の源頼朝が征夷大将軍に任じられ鎌倉幕府を開いた」ということを学んだだけでは、わからない部分である。
そこには、時としてその地位を脅かされながらも、結局は最高権力者として君臨し、配下の貴族や武家の誰かが突出した権力を握ることを良しとせず、常に「夷を以て夷を制す」を実戦してきた後白河法皇の姿が垣間見える。
摂関家藤原氏に専横には、平清盛を筆頭に平家を重用し牽制する。平家一門がその分を忘れ法皇を疎かに扱えば、源氏を牽制に使う。木曽義仲が都入りし、横暴と思えば、源頼朝を用いる。頼朝が強大になりすぎたと思えば、弟の義経に頼朝を討たせようとするという具合である。

平清盛の哀れは、藤原氏への当て馬として後白河法皇に登用されたに過ぎないのに、法皇の寵愛を疑うことなく、それに踊らされたことと作者橋本治は解釈している。平安時代末期の争乱の時代の影には、つねに後白河法皇の姿があり、貴族、武士の多くがその手の踊らされていたに過ぎないのだ。

しかし、その後白河法皇も永遠ではない。後白河法皇が66歳で薨去ののち、孫に当たる後鳥羽天皇が即位する。
平家滅亡の壇ノ浦では、幼少の安徳天皇を抱え清盛の妻二位の尼が海の身を投げる。三種の神器の一つ「草薙の剣」とともに。それは、二度と見つかることはない。
三種の神器のうち鏡は「知」、勾玉は「仁」、剣は「勇」とも言われるそうだ。剣が象徴する「勇」の裏付けは「力」。

『双調平家物語』は次のように締めくくられる。

「平家西走後、御位に即かれた後鳥羽院は、三種の神器のうち、宝剣を欠かれた帝だった。であればこそ、太刀作りにご執心でもあられた。「武は鎌倉に持ち去られた」と思し召された院は、そのお力を取り戻されたく思し召されて、「兵を挙げよ」と仰せ出だされたのである。
仰されるばかりで、院のおわしまされる都に、「力」と申し上げるべきものは、すでになかった。
二位の尼は、なにを思って、宝剣を腰に差したのか。お譲りのこともないまま、御位を失い給われた幼い帝を、なぜに抱き奉って、壇ノ浦の水へ飛んだのか。
清盛の妻はなにも語らない。清盛の妻が海に飛んだ時、王朝の一切は終っていたのである。」(中公文庫版『双調平家物語』339ページ)

16巻に渡る長い物語は、歴史に関心のなく、似たような多くの人名を読み分けるのが面倒と思う人には退屈な物語かもしれない。しかし、そこには、歴史のその時々と自らの夢という名の欲望を果たそうとして、生きた多くの人の生き様が詰まっている。読む価値のある物語だと思う。

ちなみに、『双調平家物語』は2008年11月に第62回毎日出版文化賞(文学・芸術部門)を受賞している。

<関連記事>
2010年2月12日:『双調平家物語』は橋本治が語る日本古代史論だと思う
2010年7月28日:中公文庫版『双調平家物語』(橋本治著)ついに完結

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