安彦良和著『虹色のトロツキー』愛蔵版全4冊を一気に読み上げる
先週、ようやくこの半年くらい絶え間なく続いていた仕事が一段落したのと、先週が土曜日まで飲み会が続き、とても昨日1日で回復できそうになく、今日は一日休暇をとった。
せっかくの休みなので、先月買ったままで、ほとんど手つかずのままおいていた安彦良和著『虹色のトロツキー』愛蔵版全4冊(双葉社)を、1日かけて読み上げた。
『虹色のトロツキー』は建国まもない満州国を舞台に、日本人の父とモンゴル人に母を持つ青年ウムボルトが時代に翻弄されながら生き、戦う姿を描いた作品だ。
作者の安彦良和はアニメーターとして「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインを担当したことでも知られるが、今回の『虹色のトロツキー』愛蔵版4の巻末に収録されているインタビューでは、
「昭和天皇が死んだ年にアニメを辞めました。(中略)今度は、多少売れなくても、自分の好きなことをやっていこうと踏ん切りもついていました」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻526ページ)
と語る通り、1990年代に入ってからは、漫画家として多くの作品を発表しており、この『虹色のトロツキー』も1990年11月から1996年11月まで6年に渡り『月刊コミックトム』に連載されたものである。
安彦作品には、歴史を題材に取り上げたものが多くあり、一時期、特に古代史に凝っていた頃、日本の古代史・古事記に取材しで古事記巻之一『ナムジ』(大国主命が主役)、古事記巻之二『神武』(神武天皇が主役)、古事記巻之三『蚤の王』(野見宿禰が主役)のシリーズを中公文庫コミック版で読んだ。
記紀神話と満州国については、本人の中で一つの共通軸で意識されていたことが、『虹色のトロツキー』愛蔵版4の巻末インタビューでは語られている。
「戦後民主主義にとっての二つのタブーとして、古代神話と満州があってどちらもナショナリズムと結びついているんです。そのタブーを全面否定でない形で扱おうとすると、民主的でないから触れるべきではないとされてしまう。(中略)『ナムジ』と『虹色のトロツキー』は、はじめて書きたいものを書いた作品だったんです。」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻526ページ)
古代記紀神話は、忌むべき皇国史観の裏付けであり、満州国はその実践であるということで、戦後民主主義にとっては思い出したくない過去の遺物といことになるのだろう。しかし、何も知らせない、教えないということが本当によいのかとつい考えてしまう。
古事記が語る古代史の中にもひとかけらの真実は隠されていると思うし、満州国のありようについても、本来、きちんと総括する必要があるはずである。
『虹色のトロツキー』は、主人公ウムボルトこそ作者の創作の産物であるが、主人公を巡る人びとの中には、石原完爾、辻正信、甘粕正彦、川島芳子、尾崎秀実など多くに実在の人物が登場する。
作者はインタビューの最後に次のように語る。
「明らかに問題ある人物を除いては、皆なにがしかずつ正しくなにがしかずつ間違っていたというわけです。その人が好むと好まざるとにかかわらず立たざるをえなかった立場や、自己形成の過程で引きずってきてしまっている観点というものがあって、そういう人たちの寄り集まりが、この世の中なんです。ある立場の人たちの陣営と、違う人生の人たちの集まりがあって、どちらが正しいか間違っているかといことを判断することは、所詮できないのです。」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻528ページ)
真珠湾攻撃で日本が日米開戦の泥沼に入りこむ前の歴史とて、すべてが必然ということではないだろう。
知の巨人・超人と言われる松岡正剛が現在、丸の内丸善本店4階に松丸本舗という松岡書店ともいうべきコーナーを設けていて、それをテーマに『松岡正剛の書棚』という解説本が出され、その中で松丸本舗に収められている古今東西のお勧め本が紹介されている。
本書『虹色のトロツキー』はその中(115ページ)でも「安彦良和の傑作中の傑作」として紹介され、さらに「半藤一利の『昭和史』を読んで面白いと思った読者はぜひ読んでもらたい」と書かれている。
『虹色のトロツキー』から『昭和史』へ遡ってみるのも面白いのではないかと考えている。
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