小惑星イトカワの探査機「はやぶさ」の軌跡を語った幻冬舎新書『はやぶさ』を読む
2003年5月9日に打ち上げられた日本の惑星探査機はやぶさ。数々の苦難を乗り越えて、小惑星イトカワへの探査飛行を終え、2010年6 月13日、イトカワのサンプルを採取したかもしれないカプセルがオーストラリアの砂漠に戻ってきた。丸の内でも、このカプセルが展示され、多くの人が訪れたという。
日本から打ち上げられた探査機が、火星と木星の間の小惑星群の中の一つに狙いを定めて、そこに降り立ち、または地球まで戻ってきたということだけで気が遠くなるような話だが、その間には、一時地球にある管制室と通信が途絶え行方不明になったり、エンジンがほとんど使えなくなったりと、数々のトラブルが発生し、その都度、管制室のスタッフが知恵を絞って、はやぶさに備わる他の機能で代替する解決策を考え出し、地球までたどり着いたという。
「ネット上では、一部のファンの間で話題になってきて、みんな何とか地球まで戻って来いと応援しているだよ」と長女から話を聞いたのは、6月に入ったばかりの頃だったろうか。「へー、そうなんだ」と話半分で聞いていたが、ほどなく、オーストラリアにカプセルが帰還し、マスコミでも一斉に報じられるようになった。
いったいどれほどの偉業なのか、おそらくは、北京オリンピックで日本男子400mリレーが銅メダルを取ったとよりも凄いことなのだろうが、私のような文系の人間に今ひとつピンとこない。
なにか、いい解説書でもないかと思っていたときに、書店に並べられていたのが、この幻冬舎新書『はやぶさ』(吉田武著)である。サブタイトルに「不死身の探査機と宇宙研の物語」とある。今回の帰還のタイミングに合わせて、急所、出版されたのだろうと思っていたが、読み終わってから改めて奥書を見ると2006年11月第1刷、2010年7月第3刷となっており、今回の帰還を受け、急遽増刷されたようだ。
この本では、単に「はやぶさ」の軌跡をたどるだけでなく、戦後日本の宇宙開発・ロケット開発の小史が語られた上で、これまでの成功のみならず数々の失敗も含めたプロジェクトの地道な積み重ねの上に、「はやぶさ」プロジェクトの成功があることが語られている。
そして、戦後の日本のロケット開発の先駆者・推進者として語られるのが糸川英夫である。今回の「はやぶさ」が探査した小惑星が「イトカワ」と名付けられたのも糸川英夫へ敬意を表したものだし、探査機の「はやぶさ」という名前も、糸川英夫が戦時中、中島飛行機の技術者として開発した一式戦闘機が「隼」と呼ばれたことが由来の一つになっている。
この本を読んで、日本の宇宙開発について、いかに知らなかったが痛感した。
まず、体制として糸川英夫が率いた東京大学宇宙航空研究所(のちに文部省所管宇宙科学研究所)を中心とした旧文部省系の流れと、旧科学技術庁系「宇宙開発事業団」を中心とした流れがあったこと。文部省系と科学技術庁系に分かれていることは知っていたが、二つに分かれることになったのかは、知らなかった。
糸川英夫を中心とした東大宇宙研の研究者たちは、自主開発にこだわり、最初の実験ペンシルロケットの時代から、燃料は固形燃料であること。彼らが、ロケット発射の実験場としているのが、鹿児島の内之浦であること。宇宙研での研究・開発は、常に、地球や宇宙について研究する理学系の研究者と、ロケットや探査機を開発する技術者である工学系研究者が一体(ペア・システム)となって行われ、他国にも例のないこと。
一方、旧科学技術庁の流れは、米国から技術導入をした液体燃料ロケットでの実験・打ち上げを行い、その拠点が「種子島宇宙センター」であること(私は、内之浦が手狭になったので種子島に移ったのだろうなどと、確かめもせず思いこんでいた)。なお、宇宙飛行士の募集は、旧「宇宙開発事業団」は始めた仕事である。
(しかし、いまや、中央省庁の再編で、文部省と科学技術庁は文部科学省となり、両者の流れは、JAXA「宇宙降級研究開発機構」として統合された)
「はやぶさ」プロジェクトは、東大宇宙航空研究所の流れを引き継ぐ宇宙科学研究所で生まれた極めて独創的なプロジェクトである。
この話を読むと、学問の世界では、世界初にこそ意味があること、日本の限られた予算の中で、それを成し遂げるには、いかに創意工夫をし、他国が手掛けないけれど、研究開発として意味のある分野を狙うのかといった研究のための戦略も必要になってくる。
それらのすべてが詰まったプロジェクトが「はやぶさ」プロジェクトである。
現在、大臣となった某議員が事業仕分けであるプロジェクトに対して問いかけた「2番じゃだめなんですか?」という質問には、ほとんど意味がないことがわかる。
長くなったので、「はやぶさ」プロジェクトについての感想は、改めて書くことにする。
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