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2010年10月の記事

2010年10月31日 (日)

デジタル一眼レフカメラ「Pentax K- x ダブルズームキット」を買った

私のデジカメ購入遍歴(*)については、以前このブログでも書いたことがあるが、まだ手にしていないのが、一眼レフデジカメだった。

(*)これまでの記事

2008年10月22日:たくきよしみつ著『デジカメに1000万画素はいらない』を読んで、自分のカメラ・デジカメ遍歴を振り返る
http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2008/10/1000-226c.htm

2009年1月7日:年末年始の買い物、新しいサブカメラ(CANON PowerShot A590IS)
http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2009/01/canon-powershot.html

きっかけは、F2.0 という明るいレンズを搭載したCANONのデジカメIXY30Sである。いままで買ったデジカメに共通する弱点は、暗いところに弱いというところ。F2.0 というレンズは魅力だ。発売後1年たたないが、ネット通販では既に2万円を切っている。買ってもいいかなと思う。ただ、ネットでの評価を、暗いところでの撮影には強いようだが、明るいところでの撮影結果は酷評されているものもある。また、スポーツカーをイメージしたような独特のデザインと配色は、好みの分かれるところで、決めきれずにいた。
もう少し調べてると、同じ明るいレンズなら、ワンランク上のCANONのPwerShot95SやPanasonicのLX-5の方が、カメラの基本を押さえていて長く使える気がしてきた。この2機種はネット通販では35000円~38000円ぐらいの値付けだった。
そこまで出費するなら、撮像素子の面積が大きく、レンズ交換もできるPanasonicのマイクロフォーサーズ機GF1のパンケーキレンズキットが4万円程度で価格面で大差がない。
さらに、一眼レフデジカメはどうかと調べてみると、ニコンのD3000など発売後1年ほど経って後継機が出たいわゆる型落ちのエントリー機であればズームレンズキットで4万円ほど。やはり一眼レフには心を動かされる。さらに、望遠レンズもついたWレンズキットでも5万円前後。また、ニコンのD5000などのワンランク上のクラスのレンズキットも5万円程度。5万円がギリギリの線と考えて改めて探してみた。
最初に明るいレンズのIXY30Sから始まったデジカメ双六は、いつの間にか当初の値段の3倍近い一眼レフにたどり着いた。

最終的に購入候補と考えたのは、Pentaxの「K-xダブルズームキット」。K-xは、20色のボディーカラーに5色のグリップの組み合わせで合計100種類のカラーバリエーションが選べるというセールストークで、2009年10月に発売された。

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しかし、私が購入を考え出した時には、カラーバリエーションは発売されたばかりの後継上級機と位置づけられる「K-r」に引き継がれ、K-xの販売はブラック、ホワイト、レッドのレギュラーカラー3色だけになっていた。買うとしたら、どの色を選ぶか?目先を変えてホワイトも悪くないかと思ったが、先週末、家族で出かけた際に、ヨドバシカメラでブラック、ホワイト、レッドの実機を見て、ブラックに決めた。写真ではおしゃれに見えたホワイトは、汚れが目立ちそうだし、何かにぶつかったり、こすったりした時に塗装が剝げそうに見えた。
最終的に、「K-xダブルズームキット」のブラックをネット通販で注文。クレジットカードが使えるサイトを探し、49800円だった。

購入候補に考えたポイントの一つは、電源に充電式の単3ニッケル水素電池が利用可能な点である。デジタルカメラの機能がいくら立派でも、電池がなければただのガラクタ。電源が専用充電電池式だと、いつ電池が製造中止になるかも知れない。よく売れたカメラであれば、いわゆるサードパーティが互換品を作るが、過去の経験からすると純正品に比べると粗悪品が多い。その点、広く普及している単3電池であれば、将来も製造が続くだろうし、電池の技術革新によりより高性能になるかもしれない。カメラ本体が、機械的故障を起こさない限り使い続けられる。

さらに実際に、届いたカメラで何枚か写真を撮って思ったのは、感度の面での進歩である。今、メインで使っているPanasonicのDMC-FZ7でオート設定のISO感度の上限はISO400、サブカメラのCANONのPowerShot A590ISがISO1600が上限だが、このK-x はISO6400まで対応する。暗がりでも、ストロボを使わずに、街路灯の明かりなどでもかなり写せる。

他にも、まだまだ使える機能はあると思うが、これから一つずつ使いなれていくようにしたい。

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2010年10月29日 (金)

将棋第52期王位戦予選2組、郷田真隆九段は神谷広志七段を破り、挑戦者リーグ入りまであと2勝

一昨日(2010/10/27)、王位戦の予選2組に郷田真隆九段が登場し、神谷広志七段と対戦。勝って、予選2組のベスト4に駒を進めた。2組準決勝の相手は鈴木大介八段を破ってベスト4入りした横山泰明五段。挑戦者リーグ入りまで、あと2勝である。

前々期の第50期王位戦では久々に挑戦者リーグ入りし、リーグ紅組で羽生名人、渡辺竜王、丸山九段、先崎八段、木村八段と戦った郷田九段。挑戦者となった木村八段に勝ったものの、2勝3敗でリーグ残留はならず、前期第51期は再び予選からのスタートとなった。予選4組の2回戦で田中悠一四段を退けたものの、3回戦で当時の広瀬章人五段に敗れた。広瀬五段は挑戦者リーグ入りを果たし挑戦者となった。郷田九段が勝っていれば、広瀬新王位の誕生はなかったわけで、かつて四段で王位となった郷田九段として複雑な心境だったろう。

郷田九段はこれで、今期の成績が20戦で11勝9敗。勝率0.550。なかなか勝ち越しが3つを超えない。
今期は、棋聖戦(ベスト4)、竜王戦(決勝T進出)、日本シリーズ(ベスト4)とそこそこ活躍したものの、年度後半のタイトル戦である棋王戦、王将戦の予選の初戦で敗退したため対局数も伸びない。残る棋戦は、NHK杯、朝日杯将棋オープンとこの王位戦であり、勝ち続けて、NHK杯、朝日杯では優勝、王位戦では2年ぶりの挑戦者リーグ入り、そして挑戦者となって、広瀬王位に昨年の借りを返してもらいたいものである。

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2010年10月27日 (水)

ブログ(ココログ)にツイッターとのクロスポスト機能を設定してみた

今朝、ブログのタイトルを書きかけた段階で誤って送信してしまい、本文のないエントリーが投稿されてしまっていた。ローマ字変換がきちんと出来ていなくて、「burogu」というタイトルだけの間の抜けた記事だった。

『アウトプット・リーディング』(小林亮介著)を読んでから、ツイッター関連サービス、中でもブログとツイッターを連携させるサービスをいろいろ調べている。ひとつは、前々回の記事で書いた「Twilog」。1日分のツイッターの書き込みをまとめて記事にする専用のブログサービスである。
『アウトプット・リーディング』では、著者が利用するFC2ブログでも、Twilogと同じようにツイッターの1日分の書き込みをまとめてブログに投稿するサービスがあるとのこと。私が利用しているココログでも探してみたが、どうもツイッターの書き込みを自動でブログに投稿するサービスには対応していないようだった。

ココログで見つかったツイッター関連のサービスとしては、クロスポスト機能。ココログでブログの書き込みをすると、ツイッターに自動投稿するという逆のサービスである。
ココログでツイッターとの連携を登録すると、ココログの投稿画面の下部にツイッターのチェックボックスが表示されるようになり、そこにチェックマークを入れておくと、ブログへの記事の投稿の都度、ツイッターにも反映されるとのこと。ツイッターには140字の字数制限があるので、全文の反映は無理なので、タイトルとURLだけのようだが。

ツイッターが短期間にこれだけ普及したのは、手軽で簡単で、どんな用途にも利用可能で、おまけにツイッター社の関連サービスのみならず、いわゆるサードパーティによる関連サービスがどんどん充実しているからだろう。

とりあえず、ココログのクロスポストがうまくいくか試してみよう。

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2010年10月26日 (火)

歩数計TW-700の効果か、体重がようやく70kgを下回る

次女・長男の2人が大学・高校のW受験だった上に、今年の年始に田舎で一人暮らしをする母親が一時入院したなどが重なったストレスか、昨年の秋口頃までは68kgぐらいでなんとかとどまっていた体重が、一気に増え始め、今年の夏にはとうとう過去のピーク73kgに近くなってしまった。
さすがにまずいなと思っていたところ、以前りようしていた歩数計を洗濯機に水没させてしまったこともあり、新しくパソコンと連動して使えるシチズンの歩数計TW-700を購入に、一念発起、何度目かのダイエットを始めた。

2010年9月12日(日)歩数計をシチズンのTW-700に買い換えた
http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2010/09/-700-12df.html

今回は、特に変わったことをやっているわけではないが、①間食をやめる、②朝食を食べ過ぎない、③会社での昼食は麺類を中心になるべくカロリーの少ないメニューを選ぶ、④職場の帰りは可能な限り地下鉄2駅分(日本橋~竹橋)歩く、などを続けて、1ヵ月半でようやく、最低限の目標だった60kg台に戻った。
過去の何回かのダイエットの経験からすると最初の▲3kg減のところに壁があって、そこを超えると安定したペースで体重が減り出す。現在は、その3kgの壁目前といったところだ。まずは、69kg台をキープし、再び70kg台に戻らないように気をつけたい。

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2010年10月24日 (日)

『アウトプット・リーディング』(小林亮介著)を参考にTwilogを始めた

Twitterで買った本と読み終わった本の記録をつけだして1ヵ月ほどになる。展覧会などに行った際も、ブログに細かく書くほどでもない時には、備忘録として書いている。

昨日、吉祥寺のコピスのジュンク堂で、『アウトプット・リーディング』(小林亮介著、マガジンハウス)という本を買って、いま読んでいる。読書の効用を説く本だだが、特に自分が読んだ本の内容や感想をTwitterに書くことを勧めている。Twitterに書く(アウトプット)という目的を持つことで、より効果的に読書が出来ると語る。

アウトプット・リーディング
アウトプット・リーディング

その中で、Twitter書いたツィートのバックアップ方法のひとつとして、ツィートを日ごとにブログ形式にまとめるTwilogというサービスが紹介されていた。

面白そうなので、試しにユーザー登録をして使ってみると、簡単にツィートが日ごとにまとめられて、見やすい。Twitterのタイムラインは自分がフォローしている書き手のツィートもまとめて表示されるので、自分が書いていない日は自分のツィートが全く表示されないこともある。
とりあえずの私の目的は、本を買った記録と読み終えたことの記録なので、Twilogはニーズにあっている。

まだ、まだ様々なTwitter関連サービスがありそうなので、少しずつ調べて、自分にあったものを利用していきたいと思う。

リンク:拓庵のTwilog

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2010年10月23日 (土)

吉祥寺の新しいテナントビル「コピス」に行く

今日は、久しぶりに吉祥寺に出かけた。吉祥寺は、雑誌「東京ウォーカー」のアンケート調査で「住みたい街」の第1位に選ばれた街。2010年2月に発表された結果だが、今回で5年連続で1位(2位は自由が丘、3位は下北沢)ということらしい。
ちなみに、同じアンケートでは「住んでよかった街」のアンケートも行われていて、こちらも1位は吉祥寺で、以下2位中野、3位池袋と続く。
吉祥寺は、住みたいと思って住んでみて期待を裏切らない住みやすさだったということだろう。

しかし、そんな吉祥寺にも、しばらく前にはちょっと危機的な事態が起きていた。吉祥寺駅の北側の繁華街の中央部で営業していたデパート伊勢丹吉祥寺店の閉店である。1971年11月に開店した同店は、駅北の繁華街の中で西側の東急百貨店、東側の近鉄百貨店(1974年開店2001年閉店)と並ぶ吉祥寺の顔をして、街を彩ってきた。しかし、昨年(2009年)10月に、2010年3月の閉店を発表。発表通り、2010年3月14日に閉店した。

同店の跡地ビルは、武蔵野市から三菱商事グループが請け負ったとのことで、半年の改装期間を経て、「コピス吉祥寺」が、今月(2010年10月)15日、リニューアルオープンした。

まだ、オープンから2週間の土曜日ということで、ビルの前のステージでは今風の衣装のチンドン屋が音楽を奏で、踊り子が踊っていた。

1階のステージの端には、「ムーミンスタンド」という名前のドリンクスタンド。タピオカをニョロニョロの種に見立てて、タピオカ入りのドリンクを販売している。永年のムーミンファンとしては、何となくうれしくなる。

私にとっての一番の関心は、A館・B館に分かれるビルのB館の6階・7階に出店した書店「ジュンク堂吉祥寺店」である。
同書店は神戸が発祥の書店であるが、1997年に池袋に出店に東京進出。2001年に池袋店を2倍に増床し売り場面積2000坪、さらに2004年には新宿三越に新宿店をオープンし、2007年の増床で新宿も1650坪となっている。(同書店ホームページより)。
渋谷やプレスセンターにも出店し、東京での販売拠点を着々と増やしつつある。吉祥寺店は6階が文庫・新書・コミック等が置かれ、7階が各分野毎の単行本、専門書という構成で、新宿店よりは狭いなとは思ったが、それでも1100坪あるとのこと。日常、必要な本は、これで十分かなという感じであった。
私個人の感想としては、床から頭の高さくらいの書棚にずらりと本を並べるジュンク堂方式の陳列は、本を探しやすいような気がしている。

吉祥寺には、総合書店としては、パルコの地下2階にリブロ、改装前のユザワヤビルの地下に京王電鉄グループの啓分堂書店(現在はビルの立て替えのため、ユザワヤとともに丸井吉祥寺店内に移転)があるが、そこにジュンク堂が割って入ったことで、吉祥寺書店勢力図はどのように変わるのであろうか?

今日は、妻と次女と一緒に行ったのだが、2人によれば「コピス吉祥寺」に入居している他のテナントはあまり印象には残らなかったようで、いつも辛口発言をする大学生の次女は「1回来ればもういいかな」とコメントしていた。
伊勢丹時代もここ数年はさほど客は入っていなかったことを考えれば、ビルが空き家でなければいいとも言えるが、できれば、いいテナントが集まって、栄えてほしいものである。

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2010年10月20日 (水)

第23期竜王戦七番勝負第1局は、渡辺明竜王が挑戦者羽生善治名人に勝って白星スタート

もう先週の話になってしまったが、渡辺明竜王に羽生善治名人が挑戦する第23期竜王戦七番勝負が開幕した。

この2人が竜王戦七番勝負で顔を合わせるのは、2年前2008年の第21期竜王戦以来2年ぶり2回目。リーマン・ショックの激震で世界経済の先行きが全く不透明な中、フランスのパリでの第1局で開幕した。

2年前は、渡辺竜王が勝てば連続5期竜王位獲得で、羽生名人が勝てば通算7期竜王位獲得で、どちらも永世竜王位の資格を得ることになる、初代永世竜王を賭けた七番勝負だった。さらに、既に将棋界の7つのタイトルの内、竜王以外の6つの永世称号を持つ羽生名人にとっては永世竜王位の獲得は永世七冠を達成することでもあった。
パリでの初戦で誰もが渡辺竜王にとって有利と思われた局面が、実は羽生名人の計算通りの展開で、渡辺竜王が痛恨の敗戦。その勢いに乗って羽生名人は3連勝と一気に永世竜王、永世七冠に王手をかけたが、渡辺竜王もそこから粘りなんと第4局から4連勝。「あきらたらそこで試合終了だよ」という『スラムダンク』の安西先生の名言そのままの逆転劇を演じた。それまで、将棋界では七番勝負で3連勝後4連敗という記録は無かったので、永世竜王の誕生とあわせ、記録にも記憶にも残る印象的な七番勝負となった。

昨年の第22期では、竜王位を渡辺竜王に明け渡し、図らずも永世竜王誕生の道を開いた森内俊之九段がタイトル奪還を目指し、6年ぶりに竜王戦七番勝負に登場した。しかし、渡辺竜王は4連勝で森内九段の挑戦を退けた。

そして、今年、再び羽生名人が竜王戦の挑戦者として渡辺竜王に挑む。羽生名人にとって、あと1期竜王位を取って永世七冠を達成することは、将棋界にこれまでにも増して大きな足跡を残すことになる。

2010年10月14日(木)・15日(金)で行われた 第23期七番勝負第1局では、先手番となった渡辺竜王が横歩取り、羽生名人が△8五飛戦法で応戦。その後は、渡辺竜王が角を大胆に切り、細い攻めを繋ぎ1筋2筋の攻略に成功し、羽生玉を盤面中央まで追い立てた。羽生名人としては、十分力を出し切れないうちに、追い詰められてしまった感じで、不本意な内容だったのではないだろうか。

第23期竜王戦七番勝負第1局 渡辺明竜王vs羽生善治名人戦の棋譜

2年前とは逆に渡辺竜王の白星スタートとなったが、まだ七番勝負は始まったばかり。竜王戦は前半第4局までは2週間サイクルでの対局だが、第4局と第5局、第6局と第7局の間隔はほぼ1週間であり、2人のどちらが、どのタイミングでシリーズの波に乗るかも、微妙なアヤになりそうである。

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2010年10月11日 (月)

2010年の東京の猛暑を振り返る

今日は、体育の日。東京はスポーツにはもってこいの秋晴れで、気温は23度を超え、汗ばむ陽気だった。まだ、夏が続いているような錯覚に陥る。

2010年の東京の夏は暑かった。とにかく暑かった。土日、家にいる時は、だいたいTシャツと短パン。まず、朝起きて着替え、午前中で1枚、午後1枚、汗ぐっしょりになり、1日に3枚も4枚もTシャツを着替えていたように思う。

いったい気温はどうなっていたのかと、5月1日から昨日までの毎日の最高気温と最低気温、それぞれの7日平均の移動平線の折れ線グラフを作ってみた。



移動平均線を見ると、7月の半ばから、最低気温・最高気温とも一気に上昇し、9月上旬まで最高気温平均は30℃を超え、最低気温平均は25℃を超えている。

最低気温が25℃を超えると熱帯夜だが、7月12日に26.2℃を記録、13、14日は下がったものの、7月15日に再び26.4℃を記録すると9月7日の27.8℃までほぼ連日熱帯夜が続き、この間、最低気温が25℃を下回ったのは、7月29日の24.4℃と8月9日の23.6℃の2日間だけである。その後、9月12日のも25.1℃を記録した。今年2010年の東京では、2ヵ月近く熱帯夜に悩まされたことになる。

再び、グラフに目を転じると、9月上旬以降、移動平均線は、右下がりで9月末には、過去7日間の平均値は最高気温22℃、最低気温16℃のあたりまで落ちており、9月一ヶ月で10℃余り気温が下がったことになる。
ただ、1日1日で見ると、前日の最高気温を翌日の最低気温が上回ったりなど激しく乱高下しており、「体がついていけない」と一人で悲鳴を上げていたことを思い出す。

9月一気に下がった気温は、10月に入り若干反転。下げ渋り気味で、今日も、暑いと感じる一日だった。なんとか、体調を崩さないように気をつけないといけない。

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2010年10月10日 (日)

切手で学んだ日本の美術、東京の美術館を巡って

最近、休日に美術館に絵画を見に行くことが多くなった。都内には、国立博物館や東京国立近代美術館など国が運営するものから、企業グループや個人の蒐集品を中心に作られた大小さまざまに美術館があり、いつもどこかで展覧会が行われている。休日、家にいてばかりでは運動不足にもなるので、趣味と実益を兼ねて足を運んでいる。

最近、見たもので、一番見応えがあったのが、竹橋にある東京国立近代美術館の「上村松園展」だ。明治・大正・昭和を生き抜いた日本画の女流画家上村松園の作品を初期のものから絶筆となった作品まで集めてており、圧倒される内容だった。

企業グループや個人の蒐集品を中心とした美術館でこれまでの見た中で、比較的レベルが高いと思ったのは、日本画では山種美術館、洋画ではブリジストン美術館である。

山種美術館は、旧山種証券(現SMBCフレンド証券の前身の1社)や米の卸や倉庫業を営む(株)ヤマタネ(旧山種産業)創業者山崎種二が蒐集した作品を展示している。山崎種二は、日本画の大家横山大観に戦後の一時期自分の別荘をアトリエとして提供するなど親交があり、単なる美術品の蒐集家というよりは、日本画家たちのパトロン的存在だったようだ。2009年10月に、新しい美術館がJR恵比寿駅から坂を上がった広尾の丘の上にオープンしている。

ブリジストン美術館は、東京駅八重洲口から八重洲通りを5分ほど歩いたブリヂストンビルの中にある。こちらはブリジストンの創業者石橋正二郎の西洋美術のコレクションが元になって作られたもので、青木繁作品や藤島武二などの明治以降の日本の洋画家の作品蒐集から始まり、フランスの印象派の作品を多く集めている。

いくつかの美術館を巡ってありがたかったのは、子どもの頃に夢中になった切手集めのおかげで、日本画であれ洋画であれ、日本の著名な画家と代表作品は切手を通じて見たことあったことである。

私たちが小学生だった昭和40年代は、テレビゲームなどないので、大半の男子は将棋を指していたし、切手集めも流行っていた。少年マガジンやサンデーなどの漫画誌には切手商による主要な記念切手の売買価格表が必ず掲載されていた。今思えば、新聞の株価欄そっくりであり、子ども心にも切手は長くもっていれば値上がりするという思いが自然と刷り込まれていた。記念切手の発売日には、小学生もなけなしの小遣いを手に、郵便局の前に並んでいたものだ。お互い集めた切手を見せ合って、交換するのも遊びのうちであり、新しい記念切手の発売は切手を額面で仕入れられる貴重な機会だった。

私自身が、初めて郵便局に並んで買った切手は1969年5月26日の「東名高速道路開通記念」。

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翌6月には11日に「東京国立近代美術館開館記念」、12日に「原子力船進水記念」、25日に「日本海ケーブル開通記念」と続けて記念切手が発売された。高度成長時代ど真ん中という頃である。(記念切手まで発売され、その完成が祝われた原子力船むつがその後流浪の旅を強いられることになるのは、なんとも皮肉なことだが)

切手発売の元締めである当時の郵政省は、東名高速開通のような国として記念すべきイベントを対象に記念切手を発売するとともに、毎年定例で4月に切手集めを奨励する意味で過、切手趣味週間と題して日本の美人画を題材にした大型の記念切手を発売し、10月に国際文通週間と題して国際郵便用の額面で、東海道五十三次や富嶽三十六景など浮世絵をテーマに切手を発売していた。趣味週間と文通週間は、デザインも美しく、過去発売されているものの多くが値上がりしているということで人気があった。
他にも、毎年開催される国民体育大会の記念切手、不定期であるが、国立公園シリーズ、国定公園シリーズなど全国の景勝地を紹介するもの、国宝シリーズなどがあった。
切手収集にはカタログが不可欠だが、カラー版の一般向けのカタログとは別に、白黒だが、各切手に関するデータが詳しく開設されている日本切手専門カタログを読んで、日本の文化・歴史・地理などに触れることになった。

何かに新しく接する時、それが全く未知のものであるか、小さなことでも何かしら接点がるのとでは、より詳しく知ろうとする時のアプローチが全然違う。例えば絵画では、切手を通じてであれ、作者の名と作品になじみがあれば、それば一つの足場になる。
先に触れた上村松園であれば、1965年の切手趣味週間で「序の舞」が、1979年から83年までシリーズで出された近代美術シリーズの第6集で「母子」(1980年発行)が取り上げられている。

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なるほど、切手のなるほどの作品は、その画家の作品の中でも代表作といえるものであることが、わかる。

切手という小さな窓から、多少なりとも日本の社会・文化を学べたことに、感謝しなくてはと思う。

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2010年10月 9日 (土)

郷田真隆九段、第52期王位戦予選3組で室岡克彦七段を破り3組ベスト8へ駒を進める

今週水曜日(2010年10月7日)、郷田真隆九段が第52期王位戦予選3組に登場、室岡克彦七段を破り、3組ベスト8に進んだ。次の3組準々決勝は神谷広志七段と戦う。神谷戦も含めあと3勝で挑戦者リーグ入りである。
携帯の棋譜中継はあったのだが、現在携帯での棋譜中継に対応しているのは、ドコモとソフトバンクだけで、あいにく私のもっているauの携帯での棋譜中継はまだ実現しておらず、将棋の内容はわからない。

郷田九段はこれで、2010年度ここまで17戦で9勝8敗で勝率0.5294。年度通算で初の負け越し(16勝23敗:勝率0.4103)となった前期の不調からまだ抜けきれない感じだ。
勝ち負けの並びは○●●●○○○●○●○●●○○●○で、なかなか2つ以上の勝ち越しが実現しない。10月2日には、名古屋での日本シリーズの準決勝で山崎隆之七段に敗れ、8勝8敗。王位戦で室岡七段に勝ったことで、再びひとつ勝ち越しを確保した。

今年度(2010年度)は、棋聖戦予選がベスト4、竜王戦で決勝トーナメントに出場し戸辺六段には勝ったものの久保二冠に敗退。今後、年度内に予定されているタイトル戦である王将戦、棋王戦とも初戦で敗退しており、今期のタイトル戦出場の可能性はなくなった。

ファンとして楽しみにしていた日本シリーズが決勝を目前にして敗退。残る棋戦は、年間を通じてのリーグ戦で名人挑戦者を決めるA級順位戦と朝日杯将棋オープンだけである。朝日杯はようやく2次予選の組み合わせが決まり、2次予選から登場の郷田九段はD組1回戦で小林宏七段と対戦し、それに勝つと、高橋道雄九段vs飯塚祐紀七段戦の勝者と本戦トーナメント入りを争う。本戦トーナメントはシード棋士8名と2次予選通過者8名計16名によるトーナメントである。持ち時間40分の早指しで、ネット中継があり、優勝賞金は1000万円。他棋戦であまり勝っていないので、来年度、賞金ランキングで出場者を決めるネット将棋最強戦や日本シリーズの出場も微妙になってくる可能性があるので、高額賞金の朝日杯では頑張ってほしいものだ。

あとは、本命である順位戦。いまのところ3戦して2勝1敗で、すでに4戦して4勝の谷川浩司九段、3勝1敗の森内俊之九段、渡辺明竜王を追いかける4番手につけている。またこの上位3名との対戦を残しており、自力でプレーオフ進出の目がある。順位戦に次の対戦は、10月14日の高橋道雄九段戦である。前期、苦杯をなめているだけに今回は雪辱してほしいものである。

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2010年10月 6日 (水)

auが日本仕様のスマートフォンIS03の発売を発表した

一昨日(2010/10/04)の話、長女が何やら騒いでいる。「これすごいよ」と教えてくれたのはauが新しく発売すると発表したスマートフォンIS03の話だった。

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アップルのiPhoneが2008年7月にソフトバンクから発売されて以来、日本のスマートフォン市場はiPhoneの独占状態だった。今や、就活の学生には必須と言われているし、私の回りの中高年のおじさん世代でもiPhoneを持つ人を見かけることが増えてきた。

iPhoneの一人勝ちを黙って見ている訳にもいかない、日本の携帯電話会社のうちドコモは、ソニー・エリクソンと組んで Xperiaという新機種と投入したり、米国のオバマ大統領も愛用しているというBlackBerryを並べたりとそれなりに対抗策を打ち出していたが、もう1社KDDIのauの出遅れは目を覆いたくなるほどだった。IS01、IS02という2機種を発売したものの、店頭で見る限り、それぞれドコモのLYNX SH-10B(シャープ製)、dynapocket T-01B(東芝製)の焼き直しで、独自色は全く出されておらず、使い勝手も悪そうで、まだしも使えそうなIS02でもauのセールスポイントである携帯音楽プレイヤーソフトのLISMOが使えないなど、全くお話にならず、iPhoneを掲げるソフトバンクに本気で対抗しようと思っているとはとても思えなかった。

auのスマートフォンにこだわるのは、我が家の携帯電話が家族全員auだからである。1995年~2000年まで北陸・富山で勤務したが、当時、仕事の関係でauの前身の1社である北陸セルラー電話と仕事上の関わりがあり、契約することになった。当時は、まだアナログ携帯の時代だった。以来、10年以上、電話機の進化に伴い2年~3年サイクルで機種変更はしているものの、ずっとauを使っている。私がauなので、その後使い始めた妻や子どもたちにもauを持たせていた。
パソコン自作を趣味の一つにする私としてはスマートフォンはぜひ使ってみたい。今、使っているau携帯のフルサポートの契約が10月で満了するのを控え、iPhone4を持つべきか考えあぐねていたところだった。

今回、auが2010年11月下旬以降、発売すると発表した「IS03」は、赤外線通信、おサイフケータイ、ワンセグ、携帯Eメール(auの場合、~@ ezweb.ne.jp)とiPhone等他社製品も含め従来のスマートフォンではほとんど装備されず、日本のユーザーからみれば不満だった部分をすべてカバーした内容となっている。

すでに使っている携帯のフルサポート期間が満了し、買い換えを考えていた長女は、すっかりその気になっていて、昨日も携帯ショップに行って話を聞いてきたらしい。ショップの店員によれば、さっそく凄い人気だそうで、予約しないと発売日には手に入らないかもしれないので、気に入らなかったらキャンセルしてもよいので、予約した方がいいと言われたという。長女に私の分も予約しておいてもらうことにした。

auホームページの「IS03」の説明

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2010年10月 4日 (月)

石塚英彦がNHK「課外授業ようこそ先輩」で語る「ほめることの大切さ」

昨日(2010/10/3)の朝、ぼんやりテレビを見ていたら、デブキャラで知られる「石ちゃん」こと石塚英彦が登場していた。見慣れたグルメリポートではなく、NHKの「課外授業ようこそ先輩」で母校横浜市の富士見台小学校を訪ねたところだった。

授業開始早々、給食のカレーライスを食べる。1日目の授業は、この給食のカレーを食べてグルメリポートをすること。何人かの生徒が、勢いよく手をあげてリポートに挑戦する。しかし、中には、何をリポートすればいいのかなと首をかしげる生徒も。石塚先生は、「どんな料理もどこかいいところがあるはず。それを探してリポートしよう」と教える。

その後、生徒を連れて、近くの農家へ行き、ジャガイモ掘りをする。農家の人からジャガイモを育てる時の苦労や、掘る時に気をつけることを教わる。生徒たちは、体操服でいも掘りに夢中だ。

その後、本当の給食。子どもたちの目を自然と野菜に向く。沢山の人たちのお陰でおいしい給食が食べられるんだということを強調する石塚先生の姿があった。

授業のあいまのインタビューの場面では、どんな料理にも、いいところもよくないところもあるが、よくないところを探すのは誰かがやるだろう。自分は、とにかくその料理のいいところ見つけたい。過去のグルメリポートで、自分が取材したことで、「もう店をやめようとと思っていたけど、もう少し続けてみることにした」とお礼を言われ、自分の役目を改めて認識したという趣旨のことを語っていた。

授業2日めもグルメリポートかとおもいきや、食べ物はいっさい登場しない。石塚先生は生徒一人一人に紙を配り、自分が今までほめられてうれしかったことを書かせる。書き終わったところで、教室を回り、それぞれ語りを交えながら読み上げる。生徒たちは照れくさそうだ。

ほめられたことの読み上げが一巡すると、椅子だけ丸く並べて車座になり、円の真ん中に座った友達のいいところをほめようという課題になった。生徒たちは、自分がほめられた時の照れくさそうな態度から一変し、元気に友達のいいところをほめる。

授業が終る頃には、なんだか生徒全員がうれしそうな笑顔だった。

いきなり友達をほめてみようと課題を投げかけても、たぶん、普段、人をほめたことのない子どもたちにとってはぎこちないものにしかならなかっただろう。
しかし、「グルメレポート」という自らのセールスポイントでぎゅうと生徒たちの心をつかみ、そこから「ほめられてくれしかったこと」と進め、一転、「人をほめること」と続けることで、生徒たちは「人をほめること」を自然と受け入れていったように思う。

石ちゃんこと、石塚英彦が、競争が激しい芸能界で生き残っている理由の一端を見たような気がした。

NHKホームページ「課外授業ようこそ先輩」
2010/10/3放送分:「石ちゃんの まいうー哲学」

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2010年10月 2日 (土)

『ぼく、牧水!』と『文・堺雅人』を続けて読んだ

この1週間で、『ぼく、牧水!』(伊藤一彦・堺雅人著、角川oneテーマ21)と『文・堺雅人』(堺雅人著、産経新聞出版)を続けて読んだ。

ぼく、牧水!  歌人に学ぶ「まろび」の美学 (角川oneテーマ21)
ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学 (角川oneテーマ21)

『ぼく、牧水!』は、宮崎出身の歌人若山牧水について、現在、若山牧水記念文学館の館長も務める歌人の伊藤一彦と俳優・堺雅人の3日に渡っての対談をまとめた本。
歌人と俳優という一見縁のなさそうな二人を繋ぐのは、宮崎県立宮崎南高校の教室だ。1989年に入学した堺雅人は、当時、同校の社会科教諭だった伊藤一彦から「現代社会」の授業を受ける。さらに、演劇部に在籍した堺は、スクールカウンセラーでもあった伊藤をたびたび訪ね、話したという。
対談とはいうものの、3日間、牧水の故郷の山あいの町坪谷、そこから海へ向かった日向市、宮崎市の3ヵ所での酒を酌み交わしながらの恩師と教え子の語りあいである。

文・堺雅人
文・堺雅人

『文・堺雅人』は、『月刊TVnavi』に50回にわたり連載された堺雅人のエッセイをまとめた本である。毎回のエッセイは400字詰原稿用紙4枚の1600字。2004年12月から2009年1月までの4年2ヵ月、彼が出演している映画、ドラマ、舞台などを題材に、その時々で彼が考えたことを、楽しみながら綴っている。2009年9月刊行で、1年で11刷。売れているようだ。よく考えてしなやかに語る文章で、最後は、恩師伊藤一彦と若山牧水の話で締めくくられている。
この本の中のエッセイのいくつかは、『ぼく、牧水!』の中で、恩師の伊藤一彦も取り上げている。(そもそも、『ぼく、牧水!』の企画も、『文・堺雅人』の最終エッセイを読んだ編集者が思いついた企画かもしれない)。

『ぼく、牧水!』の主題は当然、地元出身の歌人若山牧水であり、若山牧水の名前は知っているけど、短歌は「幾山河越えさりゆかば寂しさの終なむ国ぞ今日も旅ゆく」ぐらいしか聞いたことがないという私のような読者には、第一夜、第二夜で紹介される若山牧水に失恋、旅、酒という生き様や、その時々で詠まれた短歌鑑賞も非常にためになった。
しかし、さらに興味をひいたのは、伊藤一彦、堺雅人のそれぞれが、自らの姿を若山牧水に重ねていることで、おもに二人と牧水の関わりがテーマになった第三夜「牧水→伊藤一彦→堺雅人へのDNA」が、読んでいて一番面白かった。

堺雅人に言葉で、ぜひ紹介しておきたいのは、短歌についての彼の思いの部分だ。

「短歌って読むのにエネルギーが必要で、作者によっぽど愛着がないと読めないものですよね。(中略)なんだかとっつきにくい。歌集のページにずらっと歌がならんでいるとめまいがするんです。(中略)短歌を詠むって、その人の生きざまややむにやまれぬなにかを結晶化する作業だと思うんです。(中略)ひとりで文章を磨きあげる時って、僕なんかには想像もつかないくらい、きびしく神聖な作業をしているような気がするんですね。昇華というか、浄化というかそんな作業。(中略)こうやって伊藤先生に一首一首説明を受け(中略)丁寧に読んでいくと豊かな世界だな、と思います。これって、いわば、伊藤先生が僕のために、結晶を解凍してくれたんですよ。」(『ぼく、牧水!』205~207ページ)

この堺雅人の短歌についてのコメントは、素人にとっての短歌の敷居の高さのようなものをうまく表現していると思う。(堺雅人が書いた『ぼく、牧水!』のまえがきにも、ほど同じ趣旨のことが書かれている)

以前、このブログで『初めての課長の教科書』の中で著者の酒井穣が、「文章を書くということは情報を圧縮することで、その圧縮された情報を解凍し再生する能力が想像力」という一文を紹介したことがあるが、短歌はさらに57577の31文字の中に歌人が生きざまや語らずにはいられない思いをぎゅっと圧縮して閉じこめている。そこには、同音異義語を使う、本歌取りなど、様々な省略も行われているだろう。また、作者である歌人の人となりについての深く知れば知るほど、多様な読み方ができるにちがいない。

はじめての課長の教科書
はじめての課長の教科書

31文字の短歌一作でも、様々な思いが詰め込まれて作られているのに、それが何首も並んだ歌集となると「めまいがする」という堺雅人の感想は、シロウトの素朴な実感である。そこに、伊藤先生のような詳しい先達の導きがあれば、高い敷居を乗り越えてその豊かな世界に触れることができるのということあろう。

そんな中で作られた『ぼく、牧水!』は若山牧水の短歌を多くに人びとに伝えようとする短歌対談であり、短歌界での新たな試みといえるのではないだろうか。
以前紹介した『物語のはじまり』(松村由利子著、中央公論新社)も、歌人でもある著者が他の歌人の短歌を解凍して読み解いてみせた本といえるだろう。こんな試みが、もっと増えてくれば、素人ももっと短歌に親しめるのにと思う。

物語のはじまり―短歌でつづる日常
物語のはじまり―短歌でつづる日常

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