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2010年10月 2日 (土)

『ぼく、牧水!』と『文・堺雅人』を続けて読んだ

この1週間で、『ぼく、牧水!』(伊藤一彦・堺雅人著、角川oneテーマ21)と『文・堺雅人』(堺雅人著、産経新聞出版)を続けて読んだ。

ぼく、牧水!  歌人に学ぶ「まろび」の美学 (角川oneテーマ21)
ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学 (角川oneテーマ21)

『ぼく、牧水!』は、宮崎出身の歌人若山牧水について、現在、若山牧水記念文学館の館長も務める歌人の伊藤一彦と俳優・堺雅人の3日に渡っての対談をまとめた本。
歌人と俳優という一見縁のなさそうな二人を繋ぐのは、宮崎県立宮崎南高校の教室だ。1989年に入学した堺雅人は、当時、同校の社会科教諭だった伊藤一彦から「現代社会」の授業を受ける。さらに、演劇部に在籍した堺は、スクールカウンセラーでもあった伊藤をたびたび訪ね、話したという。
対談とはいうものの、3日間、牧水の故郷の山あいの町坪谷、そこから海へ向かった日向市、宮崎市の3ヵ所での酒を酌み交わしながらの恩師と教え子の語りあいである。

文・堺雅人
文・堺雅人

『文・堺雅人』は、『月刊TVnavi』に50回にわたり連載された堺雅人のエッセイをまとめた本である。毎回のエッセイは400字詰原稿用紙4枚の1600字。2004年12月から2009年1月までの4年2ヵ月、彼が出演している映画、ドラマ、舞台などを題材に、その時々で彼が考えたことを、楽しみながら綴っている。2009年9月刊行で、1年で11刷。売れているようだ。よく考えてしなやかに語る文章で、最後は、恩師伊藤一彦と若山牧水の話で締めくくられている。
この本の中のエッセイのいくつかは、『ぼく、牧水!』の中で、恩師の伊藤一彦も取り上げている。(そもそも、『ぼく、牧水!』の企画も、『文・堺雅人』の最終エッセイを読んだ編集者が思いついた企画かもしれない)。

『ぼく、牧水!』の主題は当然、地元出身の歌人若山牧水であり、若山牧水の名前は知っているけど、短歌は「幾山河越えさりゆかば寂しさの終なむ国ぞ今日も旅ゆく」ぐらいしか聞いたことがないという私のような読者には、第一夜、第二夜で紹介される若山牧水に失恋、旅、酒という生き様や、その時々で詠まれた短歌鑑賞も非常にためになった。
しかし、さらに興味をひいたのは、伊藤一彦、堺雅人のそれぞれが、自らの姿を若山牧水に重ねていることで、おもに二人と牧水の関わりがテーマになった第三夜「牧水→伊藤一彦→堺雅人へのDNA」が、読んでいて一番面白かった。

堺雅人に言葉で、ぜひ紹介しておきたいのは、短歌についての彼の思いの部分だ。

「短歌って読むのにエネルギーが必要で、作者によっぽど愛着がないと読めないものですよね。(中略)なんだかとっつきにくい。歌集のページにずらっと歌がならんでいるとめまいがするんです。(中略)短歌を詠むって、その人の生きざまややむにやまれぬなにかを結晶化する作業だと思うんです。(中略)ひとりで文章を磨きあげる時って、僕なんかには想像もつかないくらい、きびしく神聖な作業をしているような気がするんですね。昇華というか、浄化というかそんな作業。(中略)こうやって伊藤先生に一首一首説明を受け(中略)丁寧に読んでいくと豊かな世界だな、と思います。これって、いわば、伊藤先生が僕のために、結晶を解凍してくれたんですよ。」(『ぼく、牧水!』205~207ページ)

この堺雅人の短歌についてのコメントは、素人にとっての短歌の敷居の高さのようなものをうまく表現していると思う。(堺雅人が書いた『ぼく、牧水!』のまえがきにも、ほど同じ趣旨のことが書かれている)

以前、このブログで『初めての課長の教科書』の中で著者の酒井穣が、「文章を書くということは情報を圧縮することで、その圧縮された情報を解凍し再生する能力が想像力」という一文を紹介したことがあるが、短歌はさらに57577の31文字の中に歌人が生きざまや語らずにはいられない思いをぎゅっと圧縮して閉じこめている。そこには、同音異義語を使う、本歌取りなど、様々な省略も行われているだろう。また、作者である歌人の人となりについての深く知れば知るほど、多様な読み方ができるにちがいない。

はじめての課長の教科書
はじめての課長の教科書

31文字の短歌一作でも、様々な思いが詰め込まれて作られているのに、それが何首も並んだ歌集となると「めまいがする」という堺雅人の感想は、シロウトの素朴な実感である。そこに、伊藤先生のような詳しい先達の導きがあれば、高い敷居を乗り越えてその豊かな世界に触れることができるのということあろう。

そんな中で作られた『ぼく、牧水!』は若山牧水の短歌を多くに人びとに伝えようとする短歌対談であり、短歌界での新たな試みといえるのではないだろうか。
以前紹介した『物語のはじまり』(松村由利子著、中央公論新社)も、歌人でもある著者が他の歌人の短歌を解凍して読み解いてみせた本といえるだろう。こんな試みが、もっと増えてくれば、素人ももっと短歌に親しめるのにと思う。

物語のはじまり―短歌でつづる日常
物語のはじまり―短歌でつづる日常

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