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2010年12月12日 (日)

プロ棋士たちの二手目△8四歩を巡る「新手」について-A級順位戦渡辺竜王vs郷田九段戦を終えて

一昨日(2010/12/10)のA級順位戦6回戦第3局の渡辺明竜王vs郷田真隆九段戦で、渡辺竜王が、先後同型角換わり腰掛け銀で新手△8一飛を繰り出したのは、前回の記事(「将棋第69期A級順位戦6回戦第3局渡辺明竜王vs郷田真隆九段戦、郷田九段が勝って3勝3敗の五分に戻す」)で書いた通りだが、では、なぜ渡辺竜王は、A級順位戦という舞台で郷田九段を相手に新手を試したのだろうかということが気になり、少し考えてみた。

なぜ他の棋戦ではなくA級順位戦かという点は、年間を通じて総当たりで戦うリーグ戦であること、自らは既に4勝1敗としており、最低限の目標であろうA級残留にはほぼ目処がついているということがあるだろう。トーナメント形式で負ければ終わりの棋戦では、不発に終れば負けに繋がり兼ねない「新手」は出しにくいのではないかと思う。

相手が郷田九段という点は、同じ居飛車党であり、お互いに二手目△8四歩にこだわりを持ち、△8四歩で頻出する先後同型角換わり腰掛け銀の後手番対策を課題としていたことがあったのではないだろうか。
この戦型を指し慣れ、実力・実績ともトップクラスの郷田九段であれば、新手の効果を試す相手としては申し分ない。新手が郷田九段に通じれば、他のA級クラスの棋士にも通じるということだし、今回のようにうまくいかなくても、郷田九段が実戦の場で示した対抗手は、今後の△8一飛の研究で大いに参考になるはずだ。
(ちなみに郷田九段は、この渡辺新手に対し、持ち時間の6時間のうち半分近い2時間28分を費やして対応手▲4五桂を指している。郷田九段の頭の中で、多くの指し手が検討されたに違いない。局後の感想戦では、「後手では考えたことがあったが、先手でやられると景色が違った」と語っている。)
名人挑戦権レースのトップに並ぶ渡辺竜王とすれば勝った方が良いに違いないが、目先の1勝もさることながら、新手の効果を、郷田九段を相手に、持ち時間6時間のA級順位戦の舞台で、いわば対戦相手の頭脳も使って検証し、研究内容を深めることの方が、長い目でみれば目先の1勝以上の価値があるという判断があったのではないかと思う。

同じことは、11月17日のA級5回戦の郷田九段vs三浦八段戦でも起きている。この時は、郷田九段が後手で二手目△8四歩と指して、先後同型角換わり腰掛け銀へと進み、最終的に同型が完成する直前の36手目に後手から△6五歩と攻めに出る「新手」を試みた。三浦八段は研究家で知られており、名人戦棋譜速報のコメントでは、角換わりの先手を持って8連勝中という。新手を試すには格好の相手だ。結局、この対局では、郷田新手に対し、三浦八段が郷田の検討外の手で応じ、郷田新手を咎めた形となり勝利した。
朝日新聞に掲載されたこの対局の棋譜解説によれば、郷田九段は「本譜の仕掛けは前後同形がはやりだしたころからずっと考えている。25年くらいになる。」(相手の対応手は)「見落とした。準備不足」「やっぱり研究と実戦はちがう」と悔やみ、しかし、取材の最後には「また新しい対抗策を打ち出します」とキッパリとした口調と言ったと書かれている。

この二手目△8四歩問題は、何回かこのブログで紹介した梅田望夫著『どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?』(以下『どう羽生』)でも「第5章、現代将棋における後手の本質」で取り上げられている。

どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?―現代将棋と進化の物語
どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?―現代将棋と進化の物語

2010年6月に深浦康市王位(当時)が羽生善治棋聖に挑戦した第81期棋聖戦五番勝負第1局のリアルタイム観戦記を著者は書いているが、2回目の原稿「2手目△8四歩問題と将棋の進化の物語」の中で片上大輔六段が語った話が詳しく紹介されている。
乱暴すぎることを承知で結論だけ書くと、二手目△8四歩で頻出する「角換わり同型」の先手での勝率が高く、後手番の棋士が二手目△8四歩を避けるようになっているという。その中で、渡辺竜王は△8四歩を指し続けているが、その渡辺竜王さえ、2010年に入ってからは△8四歩で成果が出せず、しばらく△8四歩を封印していると語られている。

そのような状況の中、棋聖戦五番勝負第1局で後手番となった深浦は、タイトル戦の番勝負という大舞台で2手目△8四歩を選択し、新手△3三同桂を繰り出したが、羽生の応手の前に敗れた。深浦は、対局の帰りの電車で著者梅田に「(新手の)研究の精度・クオリティが低かった」と語る。

『どう羽生』で著者は、深浦にも羽生にもインタビューしているが、深浦は「△8四歩が指したくて、誰かが大舞台で指すのを待っていたが、我慢できなくなって自分で指した」と語り、羽生は「深浦が△8四歩を突いたということは、角換わりで何か用意があるということなので、新手が楽しみですごいスピードで角換わり同型の指し手を進めた」旨語っている。
タイトル戦という大舞台で、タイトルホルダーであった深浦が、最強の棋士羽生に対して新手を試し、ひとつの結果が出た事になる。

プロ棋士たちは、お互いに勝ち負けを競い合うライバルであるが、ある戦法のある局面で、より良い、より勝利につながる変化はないのかと常に研究している研究者の仲間でもあるのだ。
誰かが考えた仮説(新手)は、棋士どうしの研究会等で検討された上で、最後は実戦の場で試される。新手を突きつけられた相手棋士は、対応を誤れば負けに繋がりなねないので、自らの英知を結集して対応手を考える。新手という仮説の最終チェックは対戦相手に委ねられることになる。相手のチェックの精度が低ければ、新手(仮説)を試したことにはならない。新手も、トップクラスの棋士を相手に実戦で成果をあげて初めて、○○戦法、××システムなどと呼ばれることになるのであろう。

そう考えると、誰が新手を考えたかということに加え、新手(仮説)の考案者が、誰を相手に試したかも重要だ。考案者は、その新手のチェッカーとして最もふさわしい棋士と考えた相手に対して新手をぶつけているに違いなく、相手の力を認めているということでもあるからだ。
二手目△8四歩では、深浦王位(当時)がタイトル戦番勝負で羽生棋聖を相手に、郷田九段がA級順位戦で三浦八段を相手に、渡辺竜王が同じくA級順位戦で郷田九段を相手に、そせぞれが考案した新手を試し実らなかった。しかし、その結果はネット中継等を通じてその日のうちに他の多くの棋士の目に触れ、新たな研究が積み重ねられ、次の新手につながっていくのであろう。
トップ棋士でいつづけるには、常に新手を考え続けそれを実戦で試す勇気、新手をぶつけられた時、その場で考えて的確な反応が出来る実力の両方が求められるということだろう。

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コメント

今回のテーマは私のような初級者にとっても興味深く、さながら研究論文のようです。将棋を観る楽しみがひとつ増えました。ありがとうございます!

投稿: 郷田九段を応援しています | 2010年12月13日 (月) 08時46分

「郷田九段を応援しています」さん

「研究論文」とまで書いていただくと、少々照れくさいですが、楽しんでいただければ何よりです。

これからも、将棋の記事は定期的に書いていくと思いますので、よろしければまたお立ち寄りいただければと思います。

管理人:拓庵

投稿: 拓庵 | 2010年12月16日 (木) 03時19分

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