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2011年3月の記事

2011年3月22日 (火)

震災報道への疑問、なぜ海外からの支援に触れないのか?

子どもの頃から、日本の報道機関、マスコミについて疑問に思っていることがある。マスコミの人々は、「この世の中、世界には日本人しか存在しない」と思っているのではないかということである。

航空機の墜落事故が海外で起きることがある。その時に、必死になって伝えられるのは、日本人の死者が怪我人がいるかどうかであり、日本人以外にどんな国の被害者がいるかなど全く報道されない。
先日のニュージーランドの地震で、クライストチャーチの語学学校のビルが倒壊し大きな被害が出た時も、日本人の誰が助かり、何人と連絡が取れないかという事ばかりが報道され続けた。
もちろん、海外での事故や災害で、日本人の被害者・被災者がいるかいないかということは、家族や関係者にとって重要な情報であり、それは伝えてもらわなくてはならない。
しかし、それだけで終ってしまっていいのだろうか?クライストチャーチの倒壊した語学学校には日本人だけが通っていたのだろうか?他の英語を母国語としない国からの留学生もいたのではないだろうか?今回の日本の大震災で、ニュージーランドの地震報道が途絶えるまで、ついに他国の被害者の状況について聞くことはなかった。
なぜ、国際的な事件や災害で、日本のマスコミは日本人のことしか伝えないのだろうか?他国の被害者や被災者がいれば、その国の家族たちも、日本人の家族と同じように悲しみ、苦しんでいるはずなのに……。これも日本人の島国根性の表われなのだろうか?

今回の日本の東日本大震災(関東東北大震災)では、多くの国から救援隊が派遣され、各地の被災地で活動してくれているはずだが、米国隊が日本に到着した時にニュースになっただけで、その後、詳しい報道はほとんどない。いったい何カ国から何人の救援隊が来て、どこでどんな支援をしてくれているのか、助けられた日本人として知っておくべきではないだろうか。
義援金も海外から多く寄せられていると思われるが、伝えられるのは、主に海外の映画スターや歌手などの話だけである。名もない市民の募金によるものもあるに違いない。せめて、日本赤十字に取材して、国別にどれくらいの義援金が寄せられているかぐらい、報道されてもよいのではないかと思う。
何かの機会に、その国を訪問したり、その国の人と会う機会が合った時に、「東日本大震災の時は、貴国の救援隊に助けてもらい、また多額の義援金を送ってもらってありがとう」と言えないとしたら、日本人として恥ずかしいことだと思う。

インターネット時代になって、各国の新聞社や通信社の日本語のホームページも作られるようになっている。せめて、時々、各国の代表的な報道機関のページに書かれたニュースを読み、日本のマスコミの視点だけでない、複眼的な視点を持つよう心がけている。

日本のマスコミには、国際的な視点をもっと意識してほしい。

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2011年3月21日 (月)

計画停電の1週間を終えて思うこと、「精神のバランスをとってしたたかに生きる」

2011年3月11日(金)の「東北地方太平洋沖地震」から2度目の週末を迎えた。地震当日、そして最初の土日、東京電力により計画停電初日の14日(月)と最初の数日間は、目まぐるしく変化する状況に自分自身が対応するのがやっとだった。

その後、日を追って明らかになる岩手県、宮城県、福島県などの被災地での事態の深刻さ、日に日に悪化しているようにも見えた東京電力の福島第一原子力発電所の事故の状況、直接の被災地だけでなく東京においてもガソリンが払底し、食料品や日用品の一部が店頭から姿を消すを見るにつけ、今回の地震の被害が、尋常なものではなく想像を絶するものだったことが、実感として身に迫ってきた。

首都圏の計画停電は、徐々に安定稼働に向かっているように見える。最初は、とにかく、需給をバランスさせることが最優先されていた感じだったが、何日か続けるうちに、明らかになった問題を少しづつ修正しているというところだ。やはり、日本の首都として政府の機能、各企業の本社機能を維持していくためには、そこで働く人を確保しなくてはならない。官僚や社員の通勤の足を確保するため、鉄道への電力供給については、鉄道を所管する国土交通省から東京電力を所管する経済産業省の資源エネルギー庁への申し入れもあって、ある程度の優先安定供給が確保されたようだ。
私が利用する西武鉄道の新宿線や池袋線も停電当初は、毎日のように運行区間が変更された。停電2日めの15日(火)の運行や新宿線が西武新宿-鷺ノ宮、池袋線が池袋-練馬高野台と発表されたため、どうルートを考えても、まともな出勤はできそうになく、休暇を取った。
16日(水)以降は、平日は全列車各駅停車ではあるものの、新宿線が西武新宿-新所沢間、池袋線が池袋-小手指間の運行は確保し、可能な時間帯は、新宿線であれば終点の本川越、池袋線であれば飯能まで運行区間を伸ばすという運用に収斂しつつある。

なんとか、不十分ながらも、東京で働き生活する環境は整いつつある。(そんな中、東京を本拠地とするメガバンクのシステムトラブルが発生したのは想定外の事態だったが…。)

まだ、漠然とした不安もある。依然として、余震はおさまらず、東京も震度6、7クラスの揺れに襲われるのではないかという不安は払拭できない。
さらに、福島原発では、現在も自衛隊員や消防隊員、東京電力と協力企業の社員たちの命がけの作業が続いている。事態が少しづつ改善に方向に向かっていると信じたいが、予期せぬトラブルや惨事が起きてしまうのではないかというつい考えてしまう。

2年半ほど前に、経済の世界では、米国でのサブプライム・ローン問題の事態悪化に端を発した信用不安から米国の大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが破綻するという事件が起きた。世に言う「リーマン・ショック」だ。
欧米の金融機関の多くが経営危機に見舞われ、日本でも株価が急落した。そのリーマン・ショック直後の2008年10月に、将棋界では渡辺竜王に羽生名人が挑戦する第21期竜王戦七番勝負の第1局がパリで行われた。その第1局を観戦した『ウェブ進化論』の著者梅田望夫氏は次のように書いた。

個人の手に負えないほど大きなことが周囲で起きたときに、私たち一人ひとりにできることはそれほど多くないということである。もちろんサバイバルのためにベストを尽くすのは大切だ。でも、そんなことばかりを365日24時間考え続けながら生きることは、私たちには到底できないのである。
テロが起きても、戦争が始まっても、世界経済が音を立てて崩れようとも、私たちは、毎日の生活の潤いや楽しみを求めて、音楽を聴いたり、小説を読んだり、野球を観たりしながら、精神のバランスをとって、したたかに生きていかなければならないのだ。文化は、その時代が厳しくなればなるほど、人々の日常に潤いをもたらす貴重な役割を果たすものなのである。
第21期竜王戦第1局竜王戦【梅田望夫観戦記】(1)「正しいことが正しく行われている街で」より)

ここでは、テロ、戦争、世界経済の崩壊が例にあげられているが、天変地異・大災害などもそれに含まれると考えていいだろう。
「個人の手に負えないほど大きなことが起きた時は、サバイバルのためにベストは尽くしながらも、個人として精神のバランスをとって、したたかに生きていく」ことを改めて肝に銘じて、また明日から始まる毎日に向き合っていこう。

関連記事
2008年10月25日(土):底が見えない世界同時金融危機を生き抜いて行く方法、第21期竜王戦の【梅田望夫観戦記】から

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2011年3月20日 (日)

第24期竜王戦ランキング戦1組2回戦で郷田真隆九段が三浦弘行八段を破り、1組準決勝進出

将棋界では、順位戦の全日程が終了し、2010年度も残すところ、あと10日ほどとなってきた。

私が応援している郷田九段は、A級順位戦は5勝4敗の勝ち越しで終え、来期の順位は今期の7位から4位にランクアップした。来期はA級通算9期目、序盤からスタートダッシュして3度目の名人挑戦、名人位獲得を果たしてほしいところだ。

当面、タイトル戦挑戦の可能性が残るのが、名人戦後の第82期棋聖戦で決勝トーナメントの1回戦を勝ち抜いてベスト8に残っており、今週末(2011年)3月25日に行方八段と2回戦を戦う。勝てばベスト4。第79期ベスト4、第80期ベスト8、第81期ベスト4とこの3年ほど挑戦まであと一歩のところまで勝ち残っており、今年こそは、挑戦者に名乗りをあげてもらいたい。

その後の王位戦、王座戦ではすでに敗退。秋のビッグタイトル戦竜王戦(第24期)は、予選にあたるランキング戦1組が進行中だ。1組1回戦では木村一基八段を退け、3月18日の2回戦三浦弘行八段との対戦にも勝って、森内九段に勝った羽生名人とともに1組ベスト4に名乗りを上げた。三浦八段には、昨年末の王位戦挑戦者リーグ入りを賭けた一戦で敗れており、その借りを返した形になった。準決勝の相手は丸山九段vs深浦九段の勝者。どちらも難敵だが、勝てば1組決勝進出で1組2位以上が確定し、決勝トーナメント進出が決まる。
竜王戦での郷田九段の過去の成績は決勝トーナメント準決勝進出までである。こちらも、挑戦者となり、ファンに渡辺竜王との居飛車本格派どうしの戦いをみせてほしいものであある。

「棋譜でーたべーす」から
第24期竜王戦1組ランキング戦
2回戦 三浦弘行八段 vs 郷田真隆九段戦(2011/3/18)の棋譜
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=73476
1回戦  木村一基八段 vs 郷田真隆九段戦(2011/1/28)の棋譜
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=73403

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2011年3月14日 (月)

東日本大震災の爪痕、東京電力による計画停電初日

3月11日の大地震で、福島や女川の原子力発電所だけでなく、関東、東北の多くの発電所が被害を受けたようで、昨日13日(日)の午後、海江田経済産業大臣が東京電力による計画的な停電実施の話を会見で説明し、夜になって菅首相が東京電力の計画停電を了承した旨の夜の記者会見で説明した。

東京の中心部を除く首都圏を5グループに分け、朝6時過ぎから3時間程度輪番で計画的に電気の供給を止め、東電の供給エリア全体での突発的な大規模停電を回避しようというものだ。

電力会社は供給エリアの電力需要を想定し、それに見合った供給を行うべく、発電所を建設する。発電所は完成までに年数を要するので、将来の電力需要の伸びをにらみながら発電所投資の要否を判断する。
通常は、想定される最大の電力需要を上回る供給力を有する発電所を持ち、需要の増減を常時監視し、その動きに応じて発電コストなどをにらみながら、どの発電所でどの程度発電すれば、無駄なく発電できるかを考えている。
一方、電気は貯めることができないので、ピークの電力需要に対し、少しでも発電量が不足すると突発的に停電が生じる。
停電にならない範囲で、コストをギリギリまで抑えながら、各発電所を運転するのが、各電力会社の腕の見せ所でもある。水力発電や原子力発電はベースの部分であり、石炭や石油、天然ガス等による火力発電の運転の多寡で、供給サイドの調整を行っているという説明を聞いたことがある。
また、今回東電の説明に出てきた揚水発電所というのは、重要の少ない夜間の電力でポンプを動かして、水をダムに揚げ、昼間にその水を利用した水力発電を行うというものであり、夜の発電電力の一部を昼にシフトする手法である。
自前の発電所でどうしても供給が不足する場合は、他地域の電力会社から融通してもらうこともある。しかし、今回は同じ周波数である東北電力も多大な被害を受けている。

日本の中心である東京のさらに中心部の官邸や中央官庁、大企業の本社等の機能を麻痺させないため、それ以外の地域は我慢してもらいたいということである。昨日の夜の時点では、供給力3100万Kwhに対し需要は4100万Kwhで、受給ギャップが1000万Kwhあるとのことだった。
まあ、やむを得ない話だが、突然の決定で、多くの市民が振り回されることになった。

おそらく、東京電力は工場等を多く有する大口需要家とギリギリまで調整したに違いない。大口需要家の中には、鉄道各社も入っていただろう。
昨日の夜の時点では、多くの鉄道会社が路線を限定しての運行との計画で、私が日常利用する西武新宿線は西武新宿-鷺ノ宮間の運行との話で、これでは通勤には使えない。JR中央線が動くなら、中央線の駅まで歩くか、あるいは荻窪まで歩き東京メトロ丸の内線に乗るかなどと思案しながら布団に入った。
今朝になると、西武新宿線が西武新宿-本川越の全線を運行するという。いつもとほぼ同じ時刻7時半頃に家を出て駅に向かった。今朝は、特別ダイヤとのことで、特急、急行、準急などの運行はないようで、掲示板に示される電車は全て各駅停車だった。最初に来た電車が、一番早く着くとのことで、乗り込んだが、本川越からの車両だろう。すでに多くの人が乗っていた。私が乗って3つほど駅を進むと、車両はすし詰め状態になり、その先の駅では、ホームで待っていた人のほとんどが乗れずじまいだった。
また、余りの混雑と周りの人からの圧迫に気分が悪くなった人も出たようで、先発で我々の前を行く列車で急病人が出て遅れているとのアナウンスがあったが、そのうち、私の乗った列車でも急病人が出た。
結局、すし詰めの各駅停車に揺られること1時間余でようやく西武新宿に着いた。いつもの倍以上の時間がかかっている。

西武新宿から地下街を歩き、丸の内線の新宿三丁目駅に向かう。駅で、中央部の車両の入り口に並ぶ。既に7、8人並んでいる。ここで、最初に到着した電車はやはりすし詰めで、私の前の5、6人が乗り込むともう入り込む余地はなく、1本見送った。幸い、1分ぐらいですぐ次の列車が来た上に、見送った列車ほど混んでいなかった。
しかし、丸の内線もJRとの乗り換え駅である四谷で一気に混雑し、赤坂見附まですし詰め状態だった。

会社に着いたのは9時半過ぎ。かなりの社員が席についていたが、私のチームは2人休んでいた。会社としては、今回の大震災対応でいろいろ対応策を考えなければならないのだが、それは同じ部の別の2つのチームの仕事で、私のチームには直接関係ない。また、明日に予定していた首都圏内での出張も、この交通事情ではリスクが高すぎる。同僚が延期をお願いする電話をすると先方の担当者は自宅待機中とのことだった。

新しい会社では、まだ新参者の私としては、余計な口出しをして、忙しいそうにしている同僚たちに迷惑をかけるわけにもいかず、また、私の本来の仕事のパートナー2人が休みとあっては、これからの仕事の相談もできず、結局のところ、今日に関しては、出勤しても何の役にも立たなかった。

計画停電が供給サイドの積み上げと需要サイドの節電で、何とか第1グループから第4グループまで回避される(東電の午前中の説明では、揚水発電の活用で発電力は3300万Kwh、朝方の需要の実績は2900万Kwhとのことだった)中、気になるのは、帰りの足。頼みの西武線は午後4時頃まで西武新宿-田無間、午後4時半頃から9時までは西武新宿-鷺ノ宮間、その後、夜9時以降西武新宿-本川越間を運行するという。
こんなやることのない日に夜9時過ぎまで足止めされるのもたまらないので、同僚に断って、会社を3時半過ぎにでて、何とか午後4時の西武新宿に駆け込んだが、そこにいたのは、上石神井行きで、その後の列車は鷺ノ宮止まり。
選択肢は上石神井行きに乗るしかなく、発車間際になんとか滑り込み、上石神井から家まで1時間以上歩く羽目になった。

さて、明日の西武鉄道はどのような運行計画になるのだろうか。

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2011年3月13日 (日)

東日本大震災のその日

「東北地方太平洋沖地震」と名付けられた大地震発生から2日が過ぎた。

3月1日に新しい職場に移ったばかりで、なおかつ、前の会社での転出の人事発令が出て、新しい職場に移るまでほとんど間がなく、前の会社でお世話になった人で挨拶できていない人も多かった。
地震が起きた日(2011年3月11日)の午前中は、挨拶できなかった人のところを改めて回り、昼も、以前お世話になった先輩とランチをとって、これで、挨拶回りも一段落。

新しい職場では、さっそく、来週、出張ということになり、午後からは出張のための資料を読み出したところだった。

2時半を回り、資料の読み込みにも退屈し始めた頃、床が揺れたような気がした。9日、10日と2日続けて地震があったので、また余震かと思っていたが、この2日間の地震を上回る大きな揺れで、小さなキャビネの上の本がバラバラと床に落ちた。新しい職場での私のオフィスは3階、とりあえず、机の下にもぐり込み、揺れがおさまるのを待った。
少し揺れがおさまったところで、職場のTVをつけてもらう。NHKでは、地震速報のテロップが流れ、すぐ、臨時ニュースを伝えるアナウンサーの映像に切り替わった。震源は東北地方の沖、2日前の宮城県沖の地震より規模が大きいようで、マグニチュードは7.9、震度7のところもあり、震度6強、震度6弱の地域は多地域にわたり、東京も震度5弱と表示されたように思う。さらに、沖合地震に不可避の津波については、多くの地域で「大津波警報」の対象になっており、その高さは6m、あるいは10mと言われていた。
今までの地震で、津波警報は聞いたような気がするが、「大津波警報」という用語は初めて聞いた気がする。

通常の地震であれば、ある程度の情報を確認したところで、テレビを消し、仕事に戻るところだが、どうも尋常ならざる地震の規模に、誰も仕事が手につかない。
しばらくすると、TVで、ヘリコプターや高台にあるカメラからの各地の海岸や港での津波の様子が写され始めた。沖合に津波の波頭が見えたと思うや、みるみるうちに波が迫り、船や車を巻き込み、濁流となって家を押し流す様子が放送される。
仙台市の名取川近くでは、砂浜を乗り越えた津波が川を遡る一方、平野をもどんどんと飲み込み、家や車を押し流し濁流となって、道路を走る車に迫る。気がついたのか、慌てて方向を変え、濁流から逃げる車もあった。
名取川にほど近い仙台空港も濁流に覆われ、ビルと滑走路の一部しか見えない。航空機の姿は見えなかったので、たまたま、駐機している便がない時間帯だったのだろうか。空港のビルの屋上には、多くの人が避難していた。
ハリウッドのパニック映画よりも、生々しく厳しい現実がそこには写されていた。

TVのニュースを見ている間にも、数回、大きな余震があった。最初の地震のマグニチュードは、その後、8.4、8.8と修正され、明治以降の日本の観測史上、最大の地震ということになった。
さらに、今日になって9.0への3度目の修正が行われ、世界の観測史上4番目の大地震ということになった。

午後5時半を過ぎ、通常なら、順次、職場から皆が帰り始める時間だが、首都圏の鉄道各社は地震後の点検のため、全社が運転が止まっている。本震のあとも、大きめの余震が2回、震度2~3程度の揺れもたびたび起こり、なかなか点検が終らないというのが、鉄道各社の実情だったと思う。

職場の同僚の中には、同じ社宅のメンバーと連れだって、歩いても4時間歩けば帰れると5時半頃職場を出た猛者もいた。(結局、彼は11時過ぎに帰宅したと連絡があった)
私は、幸い家族全員の無事が確認できたのでとりあえず安心し、歩いて帰る覚悟を固めつつ、情報源として頼る携帯電話のバッテリーがなくなる寸前だったので、フル充電してから帰ることにして充電を始めた。
充電が70%ぐらいになったころ、枝野官房長官が、「職場のような安全な場所にとどまれる人は、帰宅途中での2次災害を避けるため無理に帰ろうとしないでほしい」とのコメントを出したとニュースで伝えられたため、とりあえず、職場にとどまることにした。

首都圏の鉄道のうち、JR東日本は、11日中の運転再開はないと発表。職場でも、JRを使えないと帰れない人たちは、職場での夜明かしを覚悟したようだった。
誰かが、どこかかから、緊急時用の食料である缶入りのクラッカーとお湯を加えると食べられる五目ごはん、それに毛布を持ってきてくれて、いよいよ泊まり込む用意は万全となった。

用意された食料を食べ、毛布をまとって自分のデスクで仮眠しようとするが、夜になっても、時々、小さな余震はあり、なかなか寝られるものでもなかった。

そうこうしているうちに、夜の10時ぐらいだったか、都営地下鉄や東京メトロの一部路線の運転を再開した。私が家まで帰るためには、西武鉄道の新宿線か池袋線、職場がある日比谷・霞ヶ関界隈から西武線の乗り換え駅である新宿・高田馬場・池袋などに繋がる地下鉄が運転再開をしてくれなければならない。
しかし、すでに夜11時を回っている。通常なら23時、0時台が終電。こんな日だから運転再開となれば終夜運転だろうとは思うが、その確認ができなければ、むやみやたらと外にでても帰宅難民になるだけである。

夜12時過ぎた頃に、「小田急線運転再開、終夜運転」とTVニュースでテロップが流れる。ほどなくして「西武新宿線・池袋線再開、終夜運転」との情報。新宿に繋がる東京メトロの丸の内線、高田馬場に繋がる東西線も運転再開した旨は、東京メトロのホームページで確認できたので、丸の内線の霞ヶ関駅まで行ってみることにして、職場を出た。

霞ヶ関駅に着くと、丸の内線も終夜運転との表示。とりあえず、これで家までは帰れる。
すでに時刻は午前1時前後。5分ほど待つと、電車が到着。赤坂見附で一気に混んだが、まあ、朝のラッシュ並み。新宿で下りて、西武新宿まで歩く。
西武新宿駅に着くと、駅に併設しているショッピングビル「PePe」の入り口の前で長蛇の列。入場制限されているらしい。「ここで、30分、1時間待たされるなら、職場で夜明かしした方がよかったかな」と思ったが、10分も待たないうちに列が動き出し、その後は、順調に列が流れた。駅の改札前には警察官が何人もいて、入場制限の指示を出していた。

ちょうど、到着した電車は私にとってもっとも都合のいい「準急」だった。次の高田馬場で混むことを予想したが、乗る人はまばらで、あとはすんなり、自宅の最寄り駅に着いた。すでに、午前2時を回っていた。駅から少し離れた自転車置き場から自転車に乗り、家に帰り着いた時には、2時半近かった。

いつもは子ども3人が2階に寝て、私と妻が1階の和室に寝ているのだが、帰ってみると、1階のリビングの床に、布団を敷いて家族4人が寝ていた。長い1日が終った。

私も着替えて、家族の雑魚寝の中に身を横たえたが、なかなか寝付かれず、1時間程度しか寝られなかった。

<2011年3月14日追記>「東日本大震災」については、「関東東北大震災」という呼称も使われている。

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2011年3月12日 (土)

2011年将棋界の一番長い日(A級順位戦最終戦)と順位戦B級1組最終戦が終り、来期(第70期)のA級棋士決まる

2011年3月2日に第69期A級順位戦の最終9回戦、昨日(3月11日)のB級1組の最終戦(13回戦)が終わり、来期の名人とA級棋士10名の計11名の顔ぶれが固まった。

1月14日のB級1組11回戦で、前期A級から陥落した佐藤康光九段が山崎隆之七段に勝って9勝2敗とし昇級が確定、2月4日の12回戦で敗れ9勝3敗となったものの、B級1組1位が確定、来期の9位でのA級復帰を決めている。

まず、A級の最終9回戦。8回戦を終えて、名人挑戦者も降級2名も決まっていない混戦となっていて、ここまでの暫定成績は次の通り。

1位:森内九段6勝2敗(3)
2位:渡辺竜王6勝2敗(9)
3位:高橋九段4勝4敗(2)
4位:谷川九段4勝4敗(6)
5位:郷田九段4勝4敗(7)
6位:久保棋王・王将4勝4敗(10)
7位:三浦八段3勝5敗(1)
8位:丸山九段3勝5敗(4)
9位:木村八段3勝5敗(5)
10位:藤井九段3勝5敗(8)

名人挑戦は、上位の2人に絞られている。一方、降級については、暫定5位の郷田九段までの残留が決まり、久保二冠以下の5人は降級の可能性がある。

対戦カードは
▲森内 俊之九段(6勝2敗)-△久保 利明二冠(4勝4敗)
△渡辺 明竜王(6勝2敗)-▲丸山 忠久九段(3勝5敗)
▲谷川 浩司九段(4勝4敗)-△郷田 真隆九段(4勝4敗)
▲高橋 道雄九段(4勝4敗)-△藤井 猛九段(3勝5敗)
△三浦 弘行八段(3勝5敗)-▲木村 一基八段(3勝5敗)

5局の対局のうち、4局が挑戦・降級に絡む戦いである。

名人挑戦については、6勝2敗の森内九段、渡辺竜王が両方勝つか、両方負けた場合は2人のプレーオフ。一方が勝ち、一方が負ければ勝った方が挑戦である。

降級については、複雑で、暫定順位が低い方から順に書くと、
藤井九段:負ければ降級。勝った場合、丸山九段ないし久保二冠が負けた場合のみ残留。
木村八段:勝てば残留。負ければ降級。
丸山九段:勝てば残留。負けた場合に、藤井九段・木村八段のどちらかが勝つと降級。
三浦八段:勝てば残留。負けた場合に、藤井九段・丸山九段がともに勝つと降級。
久保二冠:勝てば残留。負けた場合に、藤井九段・丸山九段のどちらかが勝つと降級。

最初に決着がついたのは、三浦vs木村戦。横歩取りとなった戦いは、角交換から盤の中央で飛車・角が飛び交う戦いとなったが、飛車を木村陣に成り込むことに成功した三浦八段が主導権を握り押し切った。木村八段としては、いいところなく攻められての投了となり、不本意な敗戦での降級だったろう。
A級1年め第66期には5連勝と華々しいデビューを飾った木村八段。一昨年(2009年)に棋聖戦、王位戦で相次いで挑戦者となり、羽生棋聖、深浦王位を相手にタイトル獲得寸前までいきながら、果たせなかった。それ以降、不調に陥っているように思われる。9回戦の直前に行われた第4回朝日杯オープンでは見事優勝したが、A級残留は果たせず、4期守ったA級の座を明け渡すこととなった。
一方の三浦八段は前期の名人挑戦者。第60期からA級に加わったが、かつては、最終戦まで降級争いの中で、最終戦で辛くも残留ということが何回かあった。第66期に7勝2敗と大きく勝ち越し、第68期(前期)にはこれも7勝2敗で名人挑戦。今期、この最終戦に勝って4勝5敗とし、名人挑戦の翌期に降級という不名誉を自らの勝利で払拭した。

次の決着したのは、谷川vs郷田戦。どちらも4勝4敗8回戦までの暫定順位は4位と5位で残留が決まっており。このカードだけが、挑戦にも降級にも関係ない。しかし、今期の順位が谷川6位、郷田7位と低位なため、自分が負けで自分より上位で3勝5敗の三浦八段、丸山九段、下位で4勝4敗の久保二冠が勝つと、来期の順位が今期より悪くなる可能性がある。なんとか勝って来期の4位以上を確保したいところだ。
先手の谷川九段はゴキゲン中飛車を採用。対する郷田九段は、中央に金銀を厚く構え谷川九段の飛車の動きを押さえ込みにかかる。結果的にこの押さえ込みが成功し、谷川陣の守りがどんどんと崩される一方で、郷田玉にはまだ余裕が。98手目、郷田九段の谷川玉の玉頭を守る香車を狙う桂打ちを見て、谷川九段が投了した。郷田九段優勢とは言われていたが、終盤戦の戦いにはまだ一波乱、二波乱あると思っていただけに、やや驚きの投了だった。郷田ファンの私としては、これから郷田九段の寄せが見られると思っていただけに、やや拍子抜けだった。郷田九段は5勝4敗と勝ち越し。高橋九段の成績次第だが、来期の4位以上3位以下が確定した。
谷川九段の早めの投了は、今年の一番長い日の主役は自分ではないという思いもあったのかも知れない。

3局めの決着は、高橋vs藤井戦。後手、藤井九段の四間飛車に対し、高橋九段は居飛車から自玉を金銀4枚でがっちり固める。1筋、2筋を突破し、藤井陣に攻め入った高橋九段。一方、藤井九段も角2枚で高橋陣の1筋、2筋に潜り込んだが、2八に打たれた1枚の歩に角と馬の動きを封じられた。その後、高橋九段の美濃囲い崩しで、自玉を挟撃された。金銀4枚の高橋九段の堅陣は手つかずのまま、藤井九段無念の投了となった。藤井九段は第60期にA級に昇級して以降10期連続で守っていたA級から降級。
高橋九段は5勝4敗とし、来期もA級3位と高順位を確保。前期、3度目のA級6勝3敗と好成績で終えたのに続き、50歳を迎えた今期も5勝4敗と勝ち越し、来期もA級3位と高順位を確保した。これで、郷田九段の来期4位も確定。
降級者も木村八段、藤井九段で決まったため、三浦八段の残留が決まり、勝負のついていない、丸山九段、久保二冠の残留も確定した。

残ったカードは名人挑戦のかかる2局。

4番めに終局となったのは、渡辺vs丸山戦。丸山九段は終局前に残留が決まっているが、知る由もない。過去の対戦成績は4勝4敗と互角。
先手丸山九段得意の角換わりの戦型へ。最終的な駒組みは先後同型に近いが、先手▲6六歩がついていない代わりに、飛車が▲2八でなく▲4八に回っている。丸山九段が駒得から攻めかける。渡辺竜王も反撃を試みるが及ばず、投了。
終局の時点で他の対局者の結果で、すでに残留は確定していた丸山九段だったが、自らの勝利で4勝5敗とし、残留を確実にした。
敗れた渡辺竜王の名人単独挑戦はなくなり、森内九段の結果待ちとなった。

最後まで残ったのは、森内vs久保戦。名人挑戦がかかる森内九段と勝って残留を確かなものにしたい久保棋王・王将。名人戦棋譜速報の解説では、対戦成績は森内12勝、久保15勝。直近久保二冠の6連勝とのこと。この2年ほど、棋王位・王将位の奪取、A級復帰という久保二冠の好調ぶりが、対森内戦の対戦成績にも表われている。
戦型は後手の久保二冠がゴキゲン中飛車を選択、居飛車の森内九段は▲3七銀から▲4六銀の早繰り銀で対抗する形となり、最近のプロ棋士の対戦でよく見かけるパターンの一つになった。早繰り銀が▲3四まで進出し、好調に攻める。飛車、角が何度も交換される中、森内九段が少しづつ優位を広げる。しかし、誰もが森内勝勢、久保投了もやむなしとの局面から久保二冠が驚異的な粘りをみせた。
久保二冠にとっては、藤井九段が勝っていれば、投了した時点A級降級が決まる。わずかでも望みがあれば、粘るしかない。
しかし、森内九段も、冷静に対応し、175手で久保二冠投了。終局の時刻は3日の午前1時40分と記録されている。
森内九段は7勝2敗とし、名人挑戦が決まった。名人戦棋譜速報の伝えるところによれば、久保二冠は自らの残留・降級がわからぬまま感想戦にはいり、感想戦後に残留を伝えられたらしい。

最終的な第69期A級順位戦の成績は次の通りとなった。
1位:森内俊之九段:7勝2敗→名人挑戦
2位:渡辺明竜王:6勝3敗
3位:高橋道雄九段:5勝4敗(2位)
4位:郷田真隆九段:5勝4敗(7位)
5位:三浦弘行八段:4勝5敗(1位)
6位:丸山忠久九段:4勝5敗(4位)
7位:谷川浩司九段:4勝5敗(6位)
8位:久保俊之棋王・王将:4勝5敗(10位)
9位:木村一基八段:3勝6敗(5位)→降級(来期B級1組1位)
10位:藤井猛九段:3勝6敗(8位)→降級(来期B級1組2位)
<注記>()内は今期当初順位

来期のA級の順位は2位から8位は上記の今期の成績が反映される。
1位は、これから行われる第69期名人戦七番勝負の敗者で、森内九段か羽生名人。
9位は今期のB級1組1位を決めている佐藤康光九段が木村八段に入れ替わる形で昇級。
残る10位にはB級1組最終13回戦で直接対決となった、松尾歩七段vs屋敷伸之九段の勝者が座ることになる。

今期のB級1組は、4回戦を終った時点では、山崎七段が4連勝、井上八段(現九段)が3連勝(抜け番含む)で飛び出し、佐藤九段、松尾七段が3勝1敗で追いかける展開だった。屋敷九段が3連敗(抜け番含む)で昇級レースよりどころか、残留に必死にならざるを得ない状況だった。
その後、山崎七段、井上八段は失速。佐藤九段は白星を積み重ねてA級早々にA級復帰を決めた。3連敗の屋敷はその後7連勝と白星を積み上げ、ラス前の12回戦で今期B級1組7位の屋敷が勝ち、6勝4敗で追う松尾(順位5位)、山崎(順位6位)がともに敗れれば、最終戦を前に屋敷の昇級が決まるところまできていた。しかし、昇級のかかった井上八段戦に敗れ、山崎も敗れたものの、松尾は勝って、松尾七段、屋敷九段が7勝4敗で並ぶことになった。他に、4敗はおらず、松尾vs屋敷戦の勝者が8勝4敗で2位となりA級の椅子を手にするというわかりやすい構図になった。

先手屋敷、後手松尾の戦いは横歩取りとなった。中盤の攻防の中で、松尾七段に読み抜けがあったようで、桂損が確定し、苦しい展開となった。途中、地震での中断というハプニングにも見舞われる。松尾七段は、桂損の打開策を見いだせないまま、屋敷九段が着々と差を広げ、屋敷九段が放った玉頭を守る金をにらむ飛車への援軍として放った金取りの桂打ちを見て松尾七段の投了となった。松尾七段は、自らの読み抜けで無駄死をさせた桂馬を打ちたれての詰めろを見て、投げ場と思ったのかもしれない。屋敷九段のA級昇級が決まった。

以前、B級2組からB級1組に屋敷九段が昇級した際、記事(2008年3月8日:将棋第66期順位戦B級2組終了、屋敷伸之九段敗れるもB級1組昇級)を書いたことがある。
S60年に奨励会入り、三段リーグを1期で抜け、羽生世代のうち、郷田(S57年奨励会入り)、丸山九段(S59奨励会入り)に先んじた屋敷九段のその後の苦闘の足取りは3年前の記事を読んでいただければと思うが、その早熟の苦労人がとうとうA級に這い上がってきた。18歳でのタイトル(棋聖位)獲得は依然として破られていない記録であるし、タイトル獲得通算3期での九段位昇段も堂々たるものであり、A級棋士として何の遜色もない。

来期(70期)のA級は、今期のA級で唯一タイトル獲得経験のなかった木村八段が降級し、佐藤九段、屋敷九段の2人が昇級したことで、10人全員がタイトルホルダーかタイトル獲得経験者ということになった。
重厚な布陣の中で、名人戦に敗れて1位になるのは、羽生現名人か森内九段か、またその10人の中で、次の挑戦者の名乗りをあげるのは誰になるのであろうか。

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2011年3月 5日 (土)

新しい職場での最初1週間が終る

3月1日から新しい職場での仕事を始めて4日がすぎ、最初の週末を迎えた。さすがに、初めてのところでもあり、知らず知らずのうちに緊張していたのだろう、帰ってきて夕食を終えるとすぐ寝てしまったという日が多かった。

初日の午前中は、社内の挨拶回り、関係先の挨拶回りをして、そのあとは、自分の部の業務の説明を順次受ける。あいまには、私の所属するチームが2月までにまとめた仕事と、4月以降の業務計画の経営陣への報告に同席。4月からは、私が加わったことで組織が拡充し、やるべき課題も山積している。その課題解決のため助っ人として招かれたという面も大きい。責任は重いが、期待されるということはありがたいことでもあり、すこしづつでも、自分が加入したことでチームの付加価値が高まるようにしていきたい。

小さい組織なので社員食堂はなく、お昼は、外に食べにいくか、社内でお弁当を食べるかのどちらか。大半の人はお弁当を食べているので、私も3日めからは、妻にお弁当を作ってもらい、チームのメンバーと一緒に食べた。

合併で在籍することになった前の会社は、社員の行動の隅々までチェックするような企業文化だったが、新たな職場はあまり細かいことにうるさくはなく、相互信頼に基づいたおおらかな社風だ。私が最初に働いた合併前の会社の企業文化に近く、のびのび働ける気がする。
また、仕事の内容も全国各地の事を知る必要があり、また組織には全国各地の出身者がいて、これまでの東京以外にも福岡、富山、札幌で勤務した経験も役に立つ。

来週からは、オリエンテーションも終え、私自身、何ができるのか問われる日々が始まる。

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2011年3月 1日 (火)

新しい職場での仕事始め

今日から新しい職場での仕事開始。昨日の夜まで前の職場での最後のかたづけに追われ、ようやく机を後任者に引き継げるようにきれいにしてでてきたところ。正直なところ、気分を変えるためにも1日か2日休みをもらいたいところだが、スケジュールの都合上、先に休暇を取得しているので、そうもいかず、雨の降る中の初出勤となった。

最初にトップから採用の辞令をもらい、社内の挨拶回りのあと、直属の上司に連れられて関係先の挨拶回り、午後は所属する部の部長とのミーティング。さらに、同僚から職場でのルールにつき説明を受けて、最後の庶務的な手続のための書類を提出。そんなこんなで1日が終った。

新しい職場は小さな所帯。私の立場は中間管理職で、前の職場よりは執務スペースは広く、仕事をする環境としては快適だ。しばらくは、新しい職場での仕事の内容をはやく理解して、自分のこれまでの経験とに身につけてきたノウハウで、どれだけ、付加価値を加えることができるかということになるだろう。

日比谷公園に近く、行き帰りに日比谷公園で四季の変化を感じながら通勤できるのもうれしいところだ。

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