岩波少年文庫<ランサム・サーガ>2『ツバメの谷』上・下を読み終わり、作者アーサー・ランサムの巧妙な仕掛けにようやく気づく
昨年(2010年)7月に『ツバメ号とアマゾン号』の改訳版が神宮輝夫改訳により岩波少年文庫から出版されて以来、、なかなか第2作目の『ツバメの谷』が出版されないので、やきもきしていたランサム・ファンも多かったのではないだろうか?
「〈ランサム・サーガ〉全巻改訳,刊行開始です。」との昨年夏の岩波書店のキャッチコピーを読んだ時、すでに原稿は準備されていて、7月以降、毎月新訳は出版され、12作のシリーズは1年で刊行を終えるのだろうと、勝手に思いこんでいた私は、1ヵ月たっても2ヵ月たっても第2作の『ツバメの谷』が出版されなのいので、いったいどうなっているんだろうといぶかしく思ったものだ。最初の頃は、岩波書店のホームページの児童書の「今月の新刊」を定期的にチェックしていたが、半年過ぎても新刊情報にアップされないので、半ば諦めていた。3月に入り、東日本大震災の地震の直後、久しぶりに岩波書店のホームページをチェックすると、3月中旬に『ツバメの谷』が出版されるとの予告が載っていた。
あわせて掲載されていた「☆お知らせ☆」には、
「少年文庫版「ランサム・サーガ」は、「ランサム全集」として親しまれてきた全12作を改訳(新訳)してお届けしています。2011年度は、『長い冬休み』(次回)、『オオバンクラブ物語』、『ヤマネコ号の冒険』を刊行する予定です。お待たせして申し訳ありませんが、1作ずつ丁寧に改訳作業をしていますので、ご理解を賜りますようお願いいたします。」
と書かれていた。「いつになったら次が出版されるの?」という問い合わせが多かったのだろう。
岩波少年文庫版の『ツバメの谷』上下巻については、ネット書店の中で予約受付が始まっていたアマゾンですぐ注文を入れた。手元に届いてから、しばらくは計画停電の影響で、朝の通勤電車でのすし詰めが続き、ゆっくり本が読める環境ではなく、先週末にようやく読み終えた。
『ツバメの谷』は子どもの頃、揃えたランサム全集12巻の中では、最もページ数が多く、分厚い本だった。当時、第1巻の『ツバメ号とアマゾン号』を買って読んでおもしろかったので、すぐにでも第2巻『ツバメの谷』を読もうと書店を探し回ったが見つからず、先に第3巻『ヤマネコ号の冒険』を読み、その後手に入った『ツバメの谷』を後から読んだ。
今回、『ツバメの谷』を読んで、その読み方が必ずしも望ましい読み方でなかったことがわかった。
『ツバメの谷』は、『ツバメ号とアマゾン号』で、夏休みに湖でヨット「ツバメ号」での帆走や島でのキャンプを楽しんだジョン、スーザン、ティティ、ロジャのウォーカー兄弟が1年後の夏休みに再び湖を訪れるところから始まる。
1年前、友達になった「アマゾン号」を操りアマゾン海賊を名乗るナンシィ、ぺギィのブラケット姉妹やその叔父である キャップン・フリントの歓迎を期待していたが、誰一人現われない。ブラケット家には、口うるさい大おばさんが来ていて、姉妹は自由に外にでることができなかったのだ。
とはいえ、1年ぶりツバメ号に乗り、昨年のような冒険に心躍らせるウォーカー兄弟だったが、そのツバメ号を座礁させてしまい、ツバメ号は湖に沈んでしまう。ツバメ号を失ったウォーカー兄弟は、冒険の舞台を陸に求め、そこで起こる様々な冒険が語られることになる。
『ツバメの谷』の中で、ウォーカー兄弟の次女ティティによって創作された思われる、ピーター・ダックという架空の人物が語られる。その存在は、兄弟の中でも認知され、彼らの仲間の一人として扱われる。兄弟とピーター・ダックも交えた冒険譚も作られたということが、『ツバメの谷』の中で語られている。
第3作『ヤマネコ号の冒険』は、キャプテンフリントも交え、ウォーカー兄弟が大型ヨットで外洋に出る冒険を語った話だったと記憶しているが、物語は船縁に腰掛けるピーター・ダックの描写から始まっていた。
今思えば、第3作の『ヤマネコ号の冒険』という物語そのものが、作者アーサー・ランサムがティティに成り代わって考えたピーター・ダック物語、シリーズ12作の中でのスピンオフ作品だったということだろう。
40年ほど前に初めて読んだ時は、先に『ヤマネコ号の冒険』を読み、ピーター・ダックの存在を知っていたため、「ティティが空想していた人物が実在したということなのだろう」と考えていた。当時、私の父のランサム全集を一緒に読んでいて、同じように後から『ツバメの谷』を読んで「何でピーター・ダックを知っていたんだ?」と語っていた。
アーサー・ランサムの仕掛けはもっと巧妙だったのだと40年たって初めて気がついたことになる。
『ツバメの谷』の内容もすっかり忘れていて、新たな作品と向かい合うという気分で読めた。これから出る残る10作品も、新な作品として楽しむことができそうだ。
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