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2011年4月の記事

2011年4月29日 (金)

将棋第82期棋聖戦挑戦者決定戦深浦康市九段vs佐藤天彦六段戦は、深浦九段が勝って2年連続の挑戦者に決まる

将棋の棋聖戦の決勝トーナメントもいよいよ残るは深浦康市九段と佐藤天彦六段の2人となり、2011年4月28日に挑戦者決定戦が行われた。

昨年の挑戦者でもある実力者・深浦九段の登場に意外感はないが、もう一方の佐藤天彦六段はとうとうここまで勝ち上がってきたかという感じである。今期、2次予選から登場した佐藤五段(予選開始時)は、森内俊之九段、木村一基八段を破り決勝トーナメント16名に残り、決勝トーナメントでも北浜健介七段、渡辺明竜王、郷田真隆九段と前期のA級棋士4名をなぎ倒して決定戦まで勝ち残った。(郷田九段ファンの私としては、準決勝で郷田九段に佐藤六段の快進撃を止めてほしかったというところが本音である)
佐藤六段は、将来を嘱望される若手の一人だったが、四段一昨年の稲葉四段の棋聖戦挑戦者決定戦進出、糸谷五段の2年連続でのNHK杯準優勝、広瀬王位の誕生、豊島六段の王将位挑戦と相次ぐ20代棋士の活躍に触発されたのか、昨年度、17連勝を記録して年度の「連勝賞」を獲得するとともに、35勝9敗で勝率0.795を記録、「勝率1位」も獲得。更に、順位戦でもC級2組10連勝でC級1組昇級を決めるなど絶好調で、この挑戦者決定戦の前も、6連勝(新人王戦での奨励会三段相手の勝利も含む)と好調だ。また、直前の第24期竜王戦ランキング戦3組準決勝では、富岡英作八段に勝って3組決勝進出を決め、来期の2組昇級が確実となったことから、「五段昇段後竜王戦ランキング戦連続昇級」と「竜王戦2組昇級」という2つの基準をクリアし六段に昇段、この挑戦者決定戦は六段として迎える初めての戦いとなった。

将棋の内容は、後手となった深浦九段が、4手目△3三角戦法を採用。序盤から局面を主導する展開となり、攻め駒となった△3一の銀が20手目△4二銀→28手目△5三銀→30手目△6四銀→36手目△5五銀→38手目△6六銀とあっという間に佐藤陣の目前まで迫り、50手目に△6七銀成と相手の銀と差し違えるまで進んだ。この銀の捌きを見ても、深浦ペースといえる展開だった。その後、攻め合いとなったが、深浦九段が金を捨てながら馬を巧みに操って、王手銀取りをかけ、深浦陣への攻めの拠点だった▲7五の銀を90手目に素抜いたことで勝負の帰趨は明らかになった。佐藤六段も粘りを見せたが、最後は力つき投了。広瀬王位、豊島六段に続く、「(渡辺竜王より)もっと若い世代」からのタイトル挑戦はならなかった。

<第82期棋聖戦挑戦者決定戦深浦康市九段vs佐藤天彦六段戦の棋譜>
http://live.shogi.or.jp/kisei/kifu/20110428.html

勝った深浦九段は8回目のタイトル戦登場となる。棋聖戦では昨年第81期に続き2回目。1年前は、王位タイトルホルダーとして二冠めを目指す戦いだったが羽生善治棋聖の前に3連敗で敗退。その後、王位戦の防衛戦でも2勝4敗と新鋭広瀬六段の敗れ3期守ったタイトルを失い無冠となった。順位戦B級1組でも両タイトル戦と重なった9月までは1勝4敗と負けがこみ、よもやのB級1組陥落かと思わせるほど不調で、昨年度上半期は10勝17敗と大きく負け越した。 10月以降は復調し、B級1組の後半は6勝1敗でA級復帰こそ逃したものの7勝5敗で第3位を確保、また昨年度下半期トータルでもは14勝9敗とした。しかし、上半期の負け越しを取り返えせず、年度通算でも24勝26敗と負け越した。将棋連盟のホームページの過去の記録を遡る限り2000年度以降初めての年間負け越しである。

いわば、深浦九段の昨年度の不調のきっかけとなったのが、棋聖戦五番勝負での3連敗と言えるかもかもしれない。それまでは、深浦九段と言えば、「羽生善治と互角の成績を残している唯一の棋士」であり、前期の棋聖戦前の時点では、55戦で羽生28勝-深浦27勝と好勝負を繰り返してきた。しかし、その後は棋聖戦で3連敗に加え王位戦リーグでも敗れ、59戦で羽生32勝-深浦27勝と5勝の差がついた。
今回の棋聖戦五番勝負で昨年度のリベンジを果たし、無冠返上を果たすことができるか。深浦九段の将棋に注目である。

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2011年4月24日 (日)

吉村昭著『三陸海岸大津波』を読んで思う記録することの大切さ、天災は忘れた頃にやって来る

知人がTwitterで読んだと書いていた吉村昭の『三陸海岸大津波』という本が、ずっと気になってきたが、先週、職場の近くの書店で見つけたので、さっそく購入した。

三陸海岸大津波 (文春文庫)
三陸海岸大津波 (文春文庫

吉村昭の作品はペリー来航時の主席通詞を勤め、その後、日本で初の本格的な英和辞典の編纂にあたった掘達之助という人物を主人公に描いた『黒船』という小説と、エッセイを読んだ程度なので、わずかな作品を読んだだけの感想だが、『黒船』を読む限り、事実を丹念に調べ、淡々と書き綴っていくその姿勢には共感するものがあった。尊敬する作家のひとりだ。

『三陸海岸大津波』は、その吉村昭が三陸海岸沿岸を丹念に取材して歩き、今から40年以上前の1970年に『海の壁-三陸沿岸大津波-』とのタイトルで中公新書としてから刊行され、その後1984年に中公文庫となり、さらに20年後の2004年に文春文庫にも入った。そして、今回の東日本大震災で再び書店の店頭に平積みされるようになった。
私は最初、この本を探す時、中公文庫の棚ばかり見ていて、文春文庫で再刊されていることにまったく気がつかなかった。

この本では、明治29年(1896年)と昭和8年(1933年)に三陸地方を襲った地震と津波の被害、さらに昭和35年(1960年)に発生した南米チリの地震に伴う津波の被害について語るととも、それ以前も含め、この地域がたびたび津波に襲われた歴史にも簡単に触れており、今回の大震災でも話題になった平安時代の貞観津波にも言及している。

読んでみると、明治29年、昭和8年の津波の被害の描写が、今回の大震災の被害とそっくりなことに驚く。
また、明治・昭和の津波も地震によるものであり、地震の前兆として、どちらもしばらく前から漁業が豊漁となったことと、井戸水が濁ったとの共通点があったことが指摘されている。
今回の震災前はどうだったのだろうかと気になってしまう。

また、津波のことを、当時は、地元の人たちが「ヨダ」と呼んでおそれていたことも、津波が意志をもった怪物のように思えて、興味深かった。

「天災は忘れた頃にやって来る」という言葉があるが、今回の震災は我々にその言葉を思い起こさせることになった。災害についてこのような記録が残されることは、将来に向け備えるためには、大切なことだと思った。

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2011年4月23日 (土)

ズボンプレッサーを買う

会社勤めのサラリーマンにとって、背広のズボンの折り目がキチンとしているかどうかは、けっこう気になるものだ。

若い頃は自分でアイロンをかけていたが、ある時、旅先で止まったホテルにズボンプレッサーが置いてあった。毎朝、アイロンをかける手間を考えれば、投資をする価値はあるかも知れないと考えるようになった。

しかし、だからと言って、家電販売店まで探しに行くわけでもなかった。当時、東京の大塚に住んでいて、何かの用事で、普段は使っていなかった地下鉄の新大塚駅から出かけたことがあった。新大塚の駅のそばに古道具屋があり、中古のズボンプレッサーがなんと1000円で売られていた。ホテルで見かけたのは、縦型で自立するものだったが、店先に並んでいたのは、横置きのもの。本当は縦型がいいけどな~と思いつつも、3人の子育て中のサラリーマンには「1000円」は魅力だった。

帰りがけにまだ、売れずに残っていたら買おうと思い、出先から戻ってみるとまだ売れていなかったので、1000円札一枚を払って購入。結構、使い込まれていて古びてはいたが、壊れたところもなく、日常の使用には何の不都合もなかった。1年使えれば十分見合うと思っていたが、その後単身赴任した札幌でもよく働いてくれた。結局、買ってから10年ぐらいは働いてくれ、期待以上の働きだった。しかし、1年ほど前だったか、プレスのために上下の板を固定する留め具が壊れて、キチンと折り目がつかなくなり、とうとう役に立たなくなってしまった。

すぐ後継機を買おうと思ったが、家電店やネット通販で探しても、これといったものが見つからず、結局買わずじまいで、気になる時はアイロンをかけるという生活をしばらく続けていた。

先週、ちょっとしたきっかけで、ひさしぶりに調べてみると、東芝の製品で横置き型がアマゾンで6000円台で売られているのを見つけた。購入者の評判も悪くないので、すぐさま注文。この週末に届いた。
この3月から勤務を始めた新しい職場も、背広は必需品。また、しばらくズボンプレッサーの世話になる日々が続くことになる。

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2011年4月21日 (木)

第69期名人戦七番勝負第2局も挑戦者森内俊之九段が羽生善治名人を破り2連勝

挑戦者森内俊之九段の先勝で迎えた第69期名人戦の第2局は、2011年4月 20日、21日と浜松市で行われた。
第1局は振り駒で先手となった森内九段が勝ち、第2局では羽生名人が先手。戦型は相矢倉模様の展開となり、初日午後に指された28手目△5三銀までは、2009年度の第68期A級順位戦6回戦の森内九段vs郷田九段と同じ手順で進んだ。その時は、先手:森内、後手:郷田で郷田九段が勝利しているが、今回は先手側を羽生名人、後手側を森内九段と森内九段は立場が入れ替わっている。
羽生名人が29手目▲5八飛と指し、▲5四歩とした森内vs郷田戦と離れたが、羽生名人の▲5八飛は森内vs郷田戦の感想戦の中で、有力な変化手順として検討されたことが、当時の「棋譜速報」の解説に追記されている。
羽生名人が選択した▲5八飛は、その後、お互いの飛車・角を取り合う激しい展開となり、初日の封じ手を挟んで、一気に終盤戦に突入した。その後、羽生名人に有力手の見落とし、森内九段に受けの妙手が出て、形勢は一気に森内優位に傾き、森内九段の68手目△2二玉を見て羽生名人が投了。2日制の対局にしては早い16時28分の終局となった。

2度目の名人復位を目指す森内九段は、羽生名人の先手番を破っての2連勝。前回2人が戦った第66期名人戦の帰趨が、後手番での勝利にあったことを思えば、相手の先手番を破っての2連勝で更に次は自分の先手番という有利な状況で、森内九段は第3局を迎えることになった。また、森内九段はこの勝利で通算800勝を達成、白星に花を添えた。

これまで、森内九段は挑戦者として名人戦に4回登場しているが、初挑戦だった第54期こそ羽生名人の前に1勝4敗で敗れたものの、第60期(対丸山忠久名人)、第62期(対羽生善治名人)では、いずれも2連勝のスタートで、それぞれ4連勝、4勝2敗で名人位を奪取している。

ここまでの2戦の内容を見ると、完全に森内九段ペースの七番勝負の展開になっているように見える。とはいえ長丁場の名人戦七番勝負。ちょっとしたことで勝負の流れが代わるのもままあることでもある。
森内九段がこの流れに乗って、一気に名人復位を果たすのか、羽生名人が底力を見せつけるのか、やはり宿命のライバル対決は、目が離せない。

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2011年4月12日 (火)

岩波少年文庫<ランサム・サーガ>2『ツバメの谷』上・下を読み終わり、作者アーサー・ランサムの巧妙な仕掛けにようやく気づく

昨年(2010年)7月に『ツバメ号とアマゾン号』の改訳版が神宮輝夫改訳により岩波少年文庫から出版されて以来、、なかなか第2作目の『ツバメの谷』が出版されないので、やきもきしていたランサム・ファンも多かったのではないだろうか?

「〈ランサム・サーガ〉全巻改訳,刊行開始です。」との昨年夏の岩波書店のキャッチコピーを読んだ時、すでに原稿は準備されていて、7月以降、毎月新訳は出版され、12作のシリーズは1年で刊行を終えるのだろうと、勝手に思いこんでいた私は、1ヵ月たっても2ヵ月たっても第2作の『ツバメの谷』が出版されなのいので、いったいどうなっているんだろうといぶかしく思ったものだ。最初の頃は、岩波書店のホームページの児童書の「今月の新刊」を定期的にチェックしていたが、半年過ぎても新刊情報にアップされないので、半ば諦めていた。3月に入り、東日本大震災の地震の直後、久しぶりに岩波書店のホームページをチェックすると、3月中旬に『ツバメの谷』が出版されるとの予告が載っていた。
あわせて掲載されていた「☆お知らせ☆」には、
「少年文庫版「ランサム・サーガ」は、「ランサム全集」として親しまれてきた全12作を改訳(新訳)してお届けしています。2011年度は、『長い冬休み』(次回)、『オオバンクラブ物語』、『ヤマネコ号の冒険』を刊行する予定です。お待たせして申し訳ありませんが、1作ずつ丁寧に改訳作業をしていますので、ご理解を賜りますようお願いいたします。」

と書かれていた。「いつになったら次が出版されるの?」という問い合わせが多かったのだろう。

岩波少年文庫版の『ツバメの谷』上下巻については、ネット書店の中で予約受付が始まっていたアマゾンですぐ注文を入れた。手元に届いてから、しばらくは計画停電の影響で、朝の通勤電車でのすし詰めが続き、ゆっくり本が読める環境ではなく、先週末にようやく読み終えた。

ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)
ツバメの谷(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)
ツバメの谷(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

『ツバメの谷』は子どもの頃、揃えたランサム全集12巻の中では、最もページ数が多く、分厚い本だった。当時、第1巻の『ツバメ号とアマゾン号』を買って読んでおもしろかったので、すぐにでも第2巻『ツバメの谷』を読もうと書店を探し回ったが見つからず、先に第3巻『ヤマネコ号の冒険』を読み、その後手に入った『ツバメの谷』を後から読んだ。
今回、『ツバメの谷』を読んで、その読み方が必ずしも望ましい読み方でなかったことがわかった。

『ツバメの谷』は、『ツバメ号とアマゾン号』で、夏休みに湖でヨット「ツバメ号」での帆走や島でのキャンプを楽しんだジョン、スーザン、ティティ、ロジャのウォーカー兄弟が1年後の夏休みに再び湖を訪れるところから始まる。
1年前、友達になった「アマゾン号」を操りアマゾン海賊を名乗るナンシィ、ぺギィのブラケット姉妹やその叔父である キャップン・フリントの歓迎を期待していたが、誰一人現われない。ブラケット家には、口うるさい大おばさんが来ていて、姉妹は自由に外にでることができなかったのだ。
とはいえ、1年ぶりツバメ号に乗り、昨年のような冒険に心躍らせるウォーカー兄弟だったが、そのツバメ号を座礁させてしまい、ツバメ号は湖に沈んでしまう。ツバメ号を失ったウォーカー兄弟は、冒険の舞台を陸に求め、そこで起こる様々な冒険が語られることになる。

『ツバメの谷』の中で、ウォーカー兄弟の次女ティティによって創作された思われる、ピーター・ダックという架空の人物が語られる。その存在は、兄弟の中でも認知され、彼らの仲間の一人として扱われる。兄弟とピーター・ダックも交えた冒険譚も作られたということが、『ツバメの谷』の中で語られている。
第3作『ヤマネコ号の冒険』は、キャプテンフリントも交え、ウォーカー兄弟が大型ヨットで外洋に出る冒険を語った話だったと記憶しているが、物語は船縁に腰掛けるピーター・ダックの描写から始まっていた。
今思えば、第3作の『ヤマネコ号の冒険』という物語そのものが、作者アーサー・ランサムがティティに成り代わって考えたピーター・ダック物語、シリーズ12作の中でのスピンオフ作品だったということだろう。
40年ほど前に初めて読んだ時は、先に『ヤマネコ号の冒険』を読み、ピーター・ダックの存在を知っていたため、「ティティが空想していた人物が実在したということなのだろう」と考えていた。当時、私の父のランサム全集を一緒に読んでいて、同じように後から『ツバメの谷』を読んで「何でピーター・ダックを知っていたんだ?」と語っていた。

アーサー・ランサムの仕掛けはもっと巧妙だったのだと40年たって初めて気がついたことになる。

『ツバメの谷』の内容もすっかり忘れていて、新たな作品と向かい合うという気分で読めた。これから出る残る10作品も、新な作品として楽しむことができそうだ。

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2011年4月10日 (日)

東日本大震災の被災地「陸前高田」に災害対策支援医療チームで赴いた看護師のブログ:JKTS

すでに、多くの人のブログやTwitterで紹介されている「JKST」というブログがある。2011年3月11日の東日本大震災の直後の2011年3月16日から23日までの1週間、甚大な被害を受けた被災地の一つ陸前高田市に災害対策支援医療チームの一員として医療支援に赴いた看護師の日々の活動を記したブログだ。

私は、知人のTwitterを経由して行き着いた。その知人も別の人のTwitterをリツイーとしたものだった。そこに書かれている、テレビや新聞では伝えられることのない被災地の真実に、読んだ誰もが驚き、看護師や医師達の献身的な働きをまだ知らない人にも読んでもらいたいと、どんどんと紹介され、広まったのだろう。

記事は「1、被災地へ。」から「14、From TOKYO」がベースで、ここには現地での日々の活動やそれに対する思いなどが、飾ることなく書かれいて、帰京直後と思われる3月23日に時間を遡る形で一気に14回分が書かれている。
その後、3月28日の読者へのお礼の言葉が「こちらこそありがとうございます」とのタイトルでアップされ、さらに4月6日に「何度でも。」とのタイトルで、読者からのコメントを読み終わったあとの思いが綴られている。

私が最初に読んだのは、3月末頃だったと思うが、その時すでに、「14、From TOKYO」には1300を超えるコメントが寄せられていたが、今朝(4月10日朝)には1999まで増えている。

今更、私の紹介して、多くの紹介のブログやTwitterに加わることにどれだけの効果があるのかともの思うが、4月6日に新しい記事がアップされててもいるので、もし未読の方がいらっしゃれば、一度、読んでいただければと思う。

リンク
JKTS:被災地へ医療スタッフとして行ってきました。短い間でしたが貴重な体験となりました。

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2011年4月 9日 (土)

6回めの羽生-森内対決となった第69期名人戦七番勝負始まる、第1局は挑戦者の森内俊之九段が羽生善治名人を破り先勝

将棋界の新年度2012年度の幕開けを告げる名人戦七番勝負が始まった。昨年(2011年)6月から始まったA級順位戦を7勝2敗で制した森内俊之九段が羽生善治名人の挑戦者に名乗りをあげ、名人戦の舞台で3年ぶり6回めとなるライバル対決が実現した。

名人戦での過去の2人の対決は、
第54期(1996年):羽生名人4-1森内八段(羽生防衛)
第61期(2003年):森内名人0-4羽生竜王(羽生奪取)
第62期(2004年):羽生名人2-4森内竜王(森内奪取)
第63期(2005年):森内名人4-3羽生王将(森内防衛)
第66期(2008年):森内名人2-4羽生王将(羽生奪取)
羽生が奪取2回防衛1回、森内奪取1回防衛1回の3対2の戦績となっている。

69回の名人戦での 対戦で多い組み合わせを順に見ると
9回:大山康晴ー升田幸三(大山7勝、升田2勝)
6回:中原誠-米長邦雄(中原5勝、米長1勝)
6回:羽生善治-森内俊之(羽生3勝、森内2勝)
3回:大山康晴-二上達也(大山3勝)
3回:中原誠-大山康晴(中原3勝)
3回:中原誠-谷川浩司(中原2勝、谷川1勝)
(2回以下は省略)

となる。羽生-森内戦は、中原-米長戦と並ぶ堂々の第2位であり、時代を代表する宿命のライバル対決となったことがわかる。
(意外なことに、他の棋戦では何度も対決している谷川浩司-羽生善治の対決は名人戦では、谷川浩司が17世名人資格を獲得した第55期(1997年)の1回だけである。)

今期の第1局は、4期連続で、東京文京区の椿山荘が舞台。高木文部大臣の振り駒で、森内九段が先手となった。戦法は横歩取りとなり、後手の羽生名人は△8五飛戦法を採用した。
森内九段は、これまで実戦例の少ない展開に持ち込み、控え室に集まるトップ棋士達にも、一目では最善手がわからないという難解な局面が続いたが、中盤に入り、森内九段の側が思い切りよくに踏み込んで、右側からは龍、左からはと金と着実に羽生玉を挟撃する包囲網を築いたのに対し、羽生名人側は攻めでも守りでも効果的な対抗手が繰り出せず、終盤には一気に差がついた感じになった。95手の▲6一龍の王手を見て、羽生名人が投了。森内九段が名人復帰への1勝めを上げた。

終局後の渡辺竜王のコメントの中にもあったが、前回2人が対戦した第66期名人戦では、先手番がほとんど勝っているが、第3局だけが先手番の森内名人(当時)が優勢だった将棋を、終盤の攻め合い中での見落としにより、大逆転で敗れた、。この第3局の黒星が響き、残りの先手番を制した羽生挑戦者が4勝2敗で名人位奪取に成功、5期めの名人位獲得により19世名人の資格と得た。
今期も先手番が初戦を制する展開。どちらが、後手番の際に、相手を崩せるががポイントとなりそうである。

2人の対戦は昨年10月の王将戦の挑戦者リーグで記念すべき100局目を迎え『羽生vs森内百番指し』という本も出版された。

羽生VS森内百番指し
羽生VS森内百番指し

100局の時点では、羽生名人の56勝44敗。その後、羽生が2勝し58勝44敗で迎えた103局目がこの第1局だったが、森内が勝利し、羽生58勝-森内45敗となった。この七番勝負でこの2人の戦いの歴史にどのようなページが書き加えられるのかも、興味があるところだ。

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2011年4月 6日 (水)

auスマートフォンIS03、4月14日からアンドロイド2.2へアップデート開始、ようやく将棋の棋譜中継が見られるか?

昨年(2011年)11月に、iPhone追撃のためauが鳴り物入りで市場に投入したスマートフォンIS03。私も、予約をしてまで手に入れた1人だったが、いざ使い始めて見ると、年明けに音楽プレイヤーソフトLISMOへの対応が実現したものの、セールスポイントのひとつ「おサイフケータイ」は、いまだWAONとEdyへの対応だけでSuicaには未対応。Flash対応は不十分で、個人的に楽しみにしていたプロ棋士の将棋の棋譜中継は見られず、期待はずれの部分も多かった。

昨年秋の製品発表の時点では、来春にはOSをアンドロイド2.1から2.2にアップデートすると予告していたが、3月中には何のアナウンスもなく、はて約束は守られるのだろうかといぶかっていた利用者も多かったに違いない。その後、市場に投入される新製品の中には、アンドロイド2.2、さらには2.3を搭載したものも続々と投入され、いまや2.1は何の新鮮味もないOSに成り下がってしまった。

今日(2011年4月6日)になってようやく、来週4月14日からIS03のOSのアンドロイド2.2へのアップデート実施する旨、auからプレスリリースされた。

〈お知らせ〉 「IS03」における「Android™ 2.2」へのアップデート実施について
http://www.kddi.com/corporate/news_release/2011/0406/index.html?did=au_topc5142

OSがアンドロイド2.2となることで、AdbeのFlash Player 10.1がインストール可能となり、Flash Player 10.1が使えるようになれば、パソコンで視聴可能な将棋の棋譜中継もまともに見ることができるようになるはずである。

それが実現すれば、残るは、携帯電話とiPhoneには対応済みの将棋連盟の「モバイル棋譜中継」のアンドロイドへの対応だ。こちらは、将棋連盟のホームページには「尚、Android搭載機種対応のアプリについても今後制作を予定しております。」とは書かれているものの、時期については何のコメントもない。果たしていつになるのか、できれば、早くしてほしいものである。

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