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2011年10月の記事

2011年10月31日 (月)

赤﨑正和監督の映画「ちづる」の劇場公開を見て、母久美さんの本『ちづる』を読んで考えたこと

一昨日(2011年10月29日)から、ドキュメンタリー映画「ちづる」の劇場公開、東京の東中野と横浜で始まった。

Photo

リンク:映画「ちづる」公式サイト

赤﨑監督のブログ:あにきにっき

我が家は東中野まで30分ほどなので、監督の舞台挨拶もあるという初日の初回上映(11時開始)を目指して出かけた。前売券は、前日、仕事の帰りに購入。上映開始の30分前には劇場に着いたが、すでに列が出来ている。前売券の有無にかかわらず、並んで受け付けしなければならないらしい。地下2階の受付にたどりつき、私と妻の券に押された番号は77番と78番。そのまま、劇場に入ると、100名程度の席はほとんど埋まっていて、横並びの席はほとんどなく3列目、4列目の中央付近に縦並びに空席があったので、そこに分かれて座った。

映画「ちづる」は、立教大学の学生だった赤﨑正和さんが卒業制作として、自分の妹で自閉症のちづるさんの日常を撮影したドキュメンタリー映画だ。79分の映画には、ちづるさんとお母さんの久美さん、そして正和さんの3名しか登場しない。赤﨑家の日常を映した家族の映画だ。

今年(2011年)1月に立教大学の新座キャンパスで上映会を実施したところ、取材に来ていたマスコミに取り上げられ、さらに3月には同じ立教大学の池袋キャンパスでも上映会が行われた。私は、この3月の上映会に行ったが、その時点で既に東中野と横浜での劇場公開も決まっていた。
この映画の制作を指導した立教大学の池谷先生の勧めもあり、劇場公開にあわせ、母久美さんも、ちづるさんが生まれてからの子育てを語った本『ちづる-娘と私の「幸せ」な人生』を上梓した。

ちづる- 娘と私の「幸せ」な人生
ちづる- 娘と私の「幸せ」な人生

私はお母さんの久美さんと高校3年の時、同じクラスだった。
その縁もあって、3月の上映会で一足先に映画を見てはいたが、その時は、同級生の長男が撮った映画を通じて、自閉症の子を育てることの大変さ、それに立ち向かう久美さんの強さを垣間見させてもらったという認識だった。

今回の劇場公開版を改めて見て、長男である赤﨑監督と池谷先生の挨拶を聞き、母久美さんの本を読んで、初めてこの映画の持つ深い意味を理解できたように思う。

この映画は、自閉症の妹ちづるさんを持つ兄正和さんが、卒業制作を手掛ける大学3年になるまで、自分の中で言葉に出来ず、悶々としていた思いをなんとか表現しようとした結果生まれたものだと思う。

彼は、障害者を「シンショー」と差別する風潮に憤りながらも、自分の妹が自閉症であることを人に語ることができない。また、そうできない自分を責めている。しかし、その思いを誰に相談することもできない。
他人に対し、自分の妹のことを隠すということは、人に対して常にどこかで嘘をついているということであり、人と接すること自体がおっくうになっていたに違いない。
3月の上映会で自作について語る正和監督は、口下手で、頼りなげだったが、彼にとって、人と接したり人と語ることそのものが辛いことであり、それを続けていくうちに、無口になっていったのだと思う。

どこの家庭でも、第一子は、弟や妹生まれると、それまで自分一人に注がれていた親の愛が半分、あるいはそれ以下になる。それに寂しい思いを感じながらも、兄だから姉だからと我慢をすることを求められる。まして、正和監督の妹ちづるさんは自閉症。両親の関心は妹に向かわざるを得ない。
妹の姿をみれば、それもやむを得ないと考える一方で、もう少し自分にも関心を持ってほしいという思いもあっただろう。

そこに交通事故での父の不慮の死が加わる。高校を卒業し、浪人中だった正和さんは、父親と口げんかをしたまま関係を改善できずにいた。父親と本当の意味で向き合うことがないまま、父親という最も身近な彼の理解者を失なったのだ。なくなった父の正幸さんも、息子の正和さんに語りかけたいことが山ほどあっただろう。
母久美さんの本によれば、父が亡くなったあとも、正和さんは「昼まで寝て、だらだらした生活は相変わらず、・・・」と書かれているし、大学の進学したあとの正和さんは「実家に帰ってきても、部屋で寝ているか、携帯やipodをいじるだけ」だったと書かれている。無気力な大学生の典型のようなその姿は、決して彼の本当の姿ではなかったと思う。

3月の上映会から今回の劇場公開まで7ヵ月余。その間、正和さんは社会福祉法人に就職した。舞台挨拶で、自らの気持ちを言葉を選びながらもはっきりと語る彼の姿は、3月の上映会とは別人のようだった。

この変化には、3つの要素があるように思う。
一つは、映画の制作指導をした大学の池谷先生の存在。舞台挨拶で、制作過程での正和さんとの葛藤を語る池谷監督は、亡き父正幸さんに代り、正和さんの思いを正面から受けとめ、彼の撮影した映像の中に普遍的な家族の姿を見いだし、劇場公開に導いた。

二つめは、母久美さんとの関係の変化。この映画の撮る過程で、母子は妹のちづるさんについて改めて語りあう。また、母の久美さんは、この映画の制作・公開の過程で、正和さんが子どもの頃に負った心の傷を知ったと書いている。妹の存在を素直に語れなかった自分の姿を母に伝えることができたことは彼の負担を少し軽くしたのではないかと思う。

三つめは、映画「ちづる」が世に出て、知られるようになって、彼の撮った映像に対して、多くの人が語った感想や批評。その中には、彼と同じように、兄弟姉妹に障害者を抱える「兄弟児」も多くいた。1月に朝日新聞の「ひと」欄で彼を紹介する記事を書いた記者もお兄さんが自閉症だったという(母久美さんは、この記事は「息子の心にぴったりと寄り添っている」と書いている)。

この映画について多くの人が語る言葉の中に、正和さんは自分が今まで言葉に出来ずにいた思いに、ふさわしい言葉をひとつひとつ見つけていったのではないかと思う。語る言葉を見つけたことで、自分の思いが整理でき、自信を持って語れるようになったのではないだろうか。

自分の子どもが抱える思いを親がどこまで理解できているか?これは、どこの家庭・家族も抱えている普遍的な問題だ。親は「親の心子知らず」と嘆き、子どもは「親は自分のことなんかちっとも分かってくれていない」と不満を漏らす。
正和さんはそれを映像という形で、見える形に表し、母に伝え、父の代役ともいえる指導教官に伝えた。

映画の映像の中での主役は妹のちづるさんとそれに向き合う母久美さんであり、二人の存在感なくしてこの映画は成り立たないが、それでも私はこの映像は、監督である正和さんの心の叫びだと思う。
私自身が第一子の長男という立場もあってか、正和さん寄りの見方になっているかも知れない。

おそらく、この映画は、それぞれの立場で、いろいろな見方、受けとめ方がある映画だと思う。なるべく多くの人に見てもらい、自分の家族について、考える切っかけになればと思う。

(2014年7月追記)DVD化されまた。

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2011年10月25日 (火)

第37期棋王戦挑戦者決定トーナメントで郷田真隆九段が松尾歩七段を破りベスト4進出

昨日(2011年10月24日)は、第37期の棋王戦挑戦者決定トーナメントの郷田真隆九段と松尾歩七段の対局の日。
今日になって、将棋連盟のホームページの「最近1週間の結果」を確認したところ、先手郷田九段の勝ち。

これで、郷田九段はベスト4に進出。準決勝で既に山崎隆之七段を破りベスト4を決めた中川大輔八段との準決勝を戦う。
ベスト4の残り2枠を争うのは、三浦弘行八段と広瀬章人七段、木村一基八段と糸谷哲郎五段。それぞれの勝者がベスト4に進み、準決勝を戦う。

棋王戦のベスト4以降は2敗失格制となる。準決勝の敗者2人が敗者復活戦に回り、その勝者が決勝戦の敗者と戦う。その勝者が敗者復活戦の勝ち抜き者として、決勝戦の勝者と挑戦者決定二番勝負に進出する。

決勝戦の勝者は無敗なのに対し、敗者復活戦の勝ち抜き者は既に1敗しているため、挑戦者決定戦では、決勝の勝者は1敗できる余地がある。一方、敗者復活戦の勝ち抜き者は、1敗した時点で敗退が決まる。
そのため、挑戦者決定二番勝負の1回戦で決勝勝者が勝てば挑戦決定。1回戦で決勝勝者が敗れた場合にだけ、2回戦が開催され、2回戦の勝者が挑戦者となる。敗者復活戦の勝ち抜き者は2連勝するしかない。

郷田九段(当時六段)は第22期(1997年度、1998年)で敗者復活戦を勝ち上がり、羽生善治棋王に挑んだが1勝3敗でタイトル獲得はならなかった。
その後は、 第26期 、第27期、第28期と3期連続、さらに第31期で挑戦者決定二番勝負に進出しているが、第26期では久保利明六段(当時)、第27期では佐藤康光九段、第28期では丸山忠久九段、第31期では森内俊之名人に敗れた。

今期は第31期以来6年ぶりのベスト4進出である。今後、準決勝、決勝、挑戦者決定二番勝負でのそれぞれ1勝の計3勝すれば挑戦が決まる。今回は第22期以来15年ぶりに挑戦者となって久保棋王に挑み、2002年に棋聖戦七番勝負で棋聖位を失って以来の無冠返上を果たしてほしいものである。

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2011年10月23日 (日)

ブログの記事が1300タイトル到達

先週の日曜日に書いたSONYのウォークマンの話(SONYのウォークマン(WALKMAM)の自動選曲システム「おまかせチャンネル」がおもしろい)が1299本目、岩波少年文庫のランサム・サーガの『オオバンクラブ物語』の話(岩波少年文庫のランサム・サーガ4作目の『オオバンクラブ物語』(上)・(下)巻セットが10月の新刊で登場していた)が1300本目の記事だった。

1200タイトルに到達した時に書いた記事(2010年9月2日:「記事の総数もようやく1200本へ、過去1年半を振り返りこれから迎える50代を考える」)によれば、

1000本目:2009年1月18日。
1100本目:2009年7月30日。
1200本目:2010年8月30日。
と間隔がだんだんと広がり、今回の1300本目が2011年10月16日。
1000本から1100本までの100本は約半年。
1100本から1200本までの100本は1年1ヵ月。
1200本から1300本までの100本も1年1ヵ月を少し超えた。

1200本目を書き終えた時点では、50際の大台を目前に控え、次のようなことを書いていた。

「このブログのテーマの一つは、中年クライシスの克服にあると思って書いているのだが、40代半ばで、そのことを意識し3年間はブログを書くことも含めて「中年クライシス」というハードルを必死で越えようとし、ある程度、目処がたった頃になって、親の介護と子どもの受験という自分以外の問題に対応する事に迫られたという事なのかもしれない。

気がつけば、50歳という次のステージは目前に迫っている。戦国の世であれば、そろそろ人生の終幕というところだが、平成の世では、まだまだ、やるべきこと山積している。この1年半で追われた問題は、何も解決していいない。
田舎に戻り、再び一人暮らしを始めた私の母のフォロー。私の母だけなく、同年代の妻の母の問題もある。自分の親たちを離れた東京にいながらどう介護していくのか。
一方、子育てはいよいよ最終コーナーか。ようやく、義務教育は終えたが、3人の子どもたちがそれぞれに独立していくまでには、もう少し時間がかかる。それを、終えて初めて親としての役目を果たすことになる。
親と子どもという前の世代と次の世代をにらみながら、さて自分自身はどう生きていくのか、難問だらけの50代を迎えることになりそうだ。」

この1年余を振り返ると、私と妻のそれぞれの親の問題は、この1年間で、何回か帰省し、両方の親がなんとかもう少し元気でいられるよう介護関係の手続をしたりして、なんとか一段落したかなという感じで、小康状態を保っている。しばらく、このままの状態を維持してくれと願っているというところだ。
子どもの問題は、まだまだ現在進行形で、子育ての仕上げは50代前半の大きなテーマだろう。

50歳を迎え、自分にとっての大きな変化は自分の職場が変ったことである。元の勤務先から紹介された第二の職場。幸いにして、自分の適性を発揮できそうな場所であり、職場を移って7ヵ月余。
いまのところ、同僚にも恵まれ、充実した職場生活が送ることができているのはありがたいことだ。
これまでの社会人生活を振り返ると、最初の職場に17年ほど。合併話が決まり、合併準備と新たな職場での生活が11年ほど。新しい職場に60歳まで勤務するとすれば、ここでも10年近くを過ごすことになる。ここに、足場を置きながら、50代の10年間をどう過ごすのか、子育ての仕上げとあわせ、その後の自分のあり方を改めて、考えて確認する時期に来ているのだと思う。
40代の半ばから後半にかけての「中年クライシス」はなんとか卒業できたと思っているが、では50代に何も問題なし」ろいう訳でもない。

これからも、少なくとも週に1本は記事を書くことで、自分の考えを整理し、50代の問題・課題に取り組んで行きたいと思う。

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2011年10月16日 (日)

岩波少年文庫のランサム・サーガ4作目の『オオバンクラブ物語』(上)・(下)巻セットが10月の新刊で登場していた

ネット通販のアマゾンにログインするとお勧め図書として『オオバンクラブ物語』が掲示されてた。岩波少年文庫のランサム・サーガ3作目の『長い冬休み』の下巻をまだ読み終わらないうちに、4作目として『オオバンクラブ物語』(上)・(下)が、2011年の10月の新刊として登場していたのだ。

オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)
オオバンクラブ物語(上) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)
オオバンクラブ物語(下) (岩波少年文庫 ランサム・サーガ)

ランサム・サーガ(アーサー・ランサム全集)12作品の主人公は、ジョン、スーザン、ティティ、ロジャのウォーカー兄妹。そこに、ナンシィ、ペギィのブラケット姉妹が絡む。『長い冬休み』では、そのウォーカー兄妹、ブラケット姉妹の仲間として、ドロシアとディックのカラム姉弟が加わる。

『オオバンクラブ物語』は、、ウォーカー兄妹やブラケット姉妹は登場せず、ドロシアとディックの2人が春休みにノーフォークの湖沼地方を訪ねた際の物語だ。
以前のアーサー・ランサム全集の際には、『オオバンクラブの無法者』というタイトルだったが、今回、改訳・少年文庫化される際に、この話だけが、内容にそってタイトルが変更された。

『長い冬休み』でもそうだったが、細かいストーリーはまったく忘れていて愕然とする。小学生の時、読んだ記憶をたどると『オオバンクラブの無法者』(『オオバンクラブ物語』)はそれまで慣れ親しんだウォーカー兄妹が登場しない上、舞台もこれまでと違うノーフォークということで、読み始めではなかなか進まなかったが、途中から話に引きこまれ、一気に読み上げたという記憶がある。ノーフォークの湖沼地方は第9作となる『六人の探偵たち』でも舞台になった。
ランサム・サーガの中で、ドロシアとディックを主人公にしたスピンオフ作品とも言える。しかし、このノーフォーク・シリーズが加わったことで、全集を通した物語としての幅と広がりが出たと言えるだろう。

さっそく、アマゾンで注文した。『オオバンクラブ物語』の上下巻が届く前に、『長い冬休み』を読み上げなくては。

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SONYのウォークマン(WALKMAM)の自動選曲システム「おまかせチャンネル」がおもしろい

先週末、職場からの帰り、いつも乗る地下鉄の路線が事故対応でしばらく止まりそうということで、別ルートで家路につく。乗換駅もいつもと違う。駅前に最近オープンした「ドンキ・ホーテ」の店。何か買うあてがあるわけでもないが、ふらりと入る。

そう言えばと思い、家電のコーナーに向かう。SONYのウォークマンの新型が発表されたので、旧型が在庫処分で値下がりしている。「ドンキ・ホーテ」でいくらか見てみようと思うと格安で売られていて、その場で、16Gモデルで充電器になるスピーカーがセットになったNW-S755Kの「黒」を買った。

同じシリーズの8GモデルのNW-S754Kの「白」を、今年の5月の妻の誕生日にプレゼントした。

実際に使って見ると、コンパクトで音質もいい。私の携帯電話(au)の音楽ソフト「LISMO」がSONY製で、「LISMO」でパソコンに録音した曲が携帯だけでなく、ウォークマンにも転送できるので、既存のPCでの曲のストックが利用できるのも、プレゼントに選んだ理由のひとつだった。
ウォークマンのSシリーズでの新型と旧型の違いは、新型のBluetooth対応が目玉なので、今までの使い方なら特に支障はない。

しばらく使ってみておもしろい機能だと思ったのは、自動選曲システム「おまかせチャンネル」だ。「おまかせチャンネル」を選んだ時間帯によって、「朝のおすすめ」「昼のおすすめ」「夕方のおすすめ」「夜のおすすめ」「深夜のおすすめ」が自動的に表示され再生がはじまる。
さらに、「アクティブ」「リラックス」「メロウ」「アップビート」「エモーショナル」「ソファラウンジ」「ダンスフロア」「エクストリーム」などが選択できる。
いつもはアルバム別に再生しているので、どうしても好みの歌手、アルバムに偏ってしまい、プレイヤーの中に入っていても、聴かないままになってしまうのも多い。
試しに、「朝のおすすめ」を聴いてみると、朝、これから学校や会社に行くぞという時に聴くと、いいかもしれないという曲が次々と再生される。家でスピーカーに繋いで再生していると、喫茶店などで流れる有線放送を、家で聴いているような気分になる。中には、自分が録音した曲なのだが、この曲は誰の曲?というような新たな発見もあって、おもしろい。

朝用の曲は、歌詞の中に「朝」「光」「走る」などの特定のキーワードが入っているものを選んでいるのだろうかと考えた。
SONYの製品説明の中では、「ソニー独自の12音解析技術により、“ウォークマン”のミュージックライブラリにためた楽曲を10チャンネルに自動分類。チャンネルを選ぶだけで、そのときの気分やシーンにあった楽曲を楽しめます。」と書いてある。

この自動選曲機能はウォークマンには昨年(2010年)発売された機種から搭載されたようだ。アップルのiPodなどの「Genius」という機能とも似ているが、最初から端末の側で選曲してくれているのが、少し違うように思う。

新型はこちら。

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2011年10月 9日 (日)

PHP新書『日本企業にいま大切なこと』(野中郁次郎・遠藤功著)で語られた「知の創造のために必要な相互主観性」に納得

先週の後半は、北海道への1泊2日の出張。帰りの便は、19時30分。仕事が予定より早く終ったので、早い便への予約変更ができるかもしれないと、すぐ千歳空港に向かったが、3連休前の金曜日の夜ということで、東京便を含め、道外へ向かう便はほとんどが満席。結局、予約便の時間まで千歳空港で時間をつぶすことになった。
では、本でも読むかと書店の棚を見て回っている時に目についたのがPHP新書の『日本企業にいま大切なこと』。東日本大震災後、日本の将来を憂いながらも、日本再生を唱えるビジネス本も多く出されているが、ほとんど読んでいない。今回、これを読んでみようと思ったのは、著者が野中郁次郎だったから。
太平洋戦争期の日本軍の組織決定の不合理を鋭く描いた共著『失敗の本質』を始め、端に理論だけなく、現場での実証を重視するアプローチにはビジネスマンのファンも多いと思う。特に、日本企業の暗黙知を重視する姿勢は、米国流の資本効率のみを重視する考え方とは一線を画す。

戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎
中央公論社
発売日:1991-08

この本のベースは、2011年3月10日に発売されたPHP研究所の雑誌『Voice』2011年4月号での「日本企業の「総合力」が輝く時代」というタイトルでの 著者2人の対談のようだ。発売直後、東日本大震災が起きたことから、その後の政治・経済の動きも踏まえて、構成の見直し、加筆・修正が施され、2011年8月にPHP新書のラインアップに加わっている。
バブル経済崩壊後の「失われた20年」で日本企業が精彩を欠く中、その間、デフェクトスタンダードとしてもてはやされたきた米国流の資本効率重視の市場主義的アプローチも、リーマンショックで行き詰まった。日本企業、日本の組織が持っていたいつの時代にも通じる良さを思い起こし、見直そうという思いが、この本全体の底流をなしている。その思いに共感するサラリーマンが多かったのか、発売から1ヵ月余の2011年10月の月初の時点で、既に第4刷となっている。

野中郁次郎,遠藤功
PHP研究所
発売日:2011-08-12

私がこの本の中で、一番、参考になったのは、「知的創造には他者と共鳴しあう「場」が必要」との小見出しで野中郁次郎氏が語る「相互主観性」という言葉である。少し長くなるが、私が重要と思った部分を抜き出して紹介しておく。

「イノベーションには、よい「場」が必要です。(中略)
「知」とは、人が関係性のなかでつくる資源にほかなりません。同じ組織内の人間だけでなく、顧客や供給業者、競争業者、大学、政府といったプレーヤーたちとのやりとりのなかで、お互い異なる主観を共有し、それを客観化することで「綜合」していく社会的なプロセスによって創られます。ここでいう「綜合」とは、複数の事柄を一つにまとめるだけでなく、より高い次元で対立や矛盾を解決し、新天地に進むという意味合いです。
「場」はそうした社会的プロセスの基礎といえるでしょう。場に参加することによって、人は他者との関係性のなかで、個人の主観の限界を超越し、自分と異なる他者の視点や価値を理解し、共有する。そこで構築されるのが、「相互主観性」です。
共通の目的と異なる視点をもつ他者との対話によって相互主観性が生じなければ、知の創造は起きません。そして、そのような関係を築くには、相手の身体感覚を自分のものとして感じることで他者に共鳴できるような「心身一如(しんしんいちじょ)」の場が必要なのです。
(中略)全人的に向き合い、受け入れ合い、共感し合う。ほんとうに豊かな暗黙知、共振、共感、共鳴---そのようなところから、相互主観性は生み出される。それが行動の原動力になるのです。」
(『日本企業にいま大切なこと』141~142ページ)

今回、私がいたくこの2ページほどの文章に心を動かされたのは、私自身が現在の職場で新たな知的創造を求められており、漠然とではあるが同じようなことを考えていたからである。
ちょうど、私の今の職場自体が公(官)と民間のはざまに位置するようなポジションにあり、構成メンバーも様々である。さらにその職場の中で、官民の異なる経歴・経験をもつメンバーが揃うチームの中で、今までにない新たな評価の仕組みを創ることを求められている。
すでに、官には官の、民には民のそれぞれに、長い時間をかけて作り上げた評価の仕組みがある。官の立場に立つ人は官の仕組みで思考し、民の立場の人は民の仕組みで思考する。そこには深い溝がある。どちらかの立場にたって、自分たちの仕組みの正統性を主張する限り、互いに相容れることはない。
双方が納得する新たな仕組みを考え出すには、双方が相手の立場、相手の肌感覚を理解しすることが大前提となる(それこそが、相互主観性であろう)。その上で、双方の世界に通じる評価の仕組みを築けるか?「3年で形にしてくれ」というのが経営トップからのミッションである。
民間側にいる私としては、まず官の仕組みを理解しようとし、彼らの仕組みの根底にある制度の哲学をずっと考えながら、議論し調査してきた。常に、念頭にあったのは、彼らのやり方にもそれなりの必然性と合理性があってここまで来ているはずなので、彼らのやり方を尊重すべきは尊重し、決して頭ごなしに否定したりしないということだった。

ここでキーワードが「相互客観性」ではなく「相互主観性」となっている点に、私としては勇気づけられた思いである。ミッションで与えられた3年とい時間は、すでに半年が過ぎている。なんとか、残り2年半、相互主観性を念頭において、なんとかミッションを全うしたいと考えている。

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2011年10月 3日 (月)

待望の「日本将棋連盟ライブ中継」Android版、ようやく登場

日本将棋連盟では、1年ほど前から携帯電話向けの棋譜中継等のサービス(「日本将棋連盟モバイル」)を始めた。最初は、NTTドコモ端末(2010年7月)、そしてソフトバンク端末(2010年9月)、iPhone(2010年10月)、au端末(2010年12月)と対象球種を順次拡大してきたが、最近、携帯の中でもスマートフォンが増える中、AndroidOSのスマートフォンへの対応は遅れ蚊帳の外状態だった。

ちょうど、昨年11月に、以前のauの携帯電話からauが一大キャンペーンを行って市場に投入したスマートフォンIS03に切り替えた私は、携帯棋譜中継の恩恵を受けることができず、またPCサイト経由での棋譜中継も、当初はスマートフォン用のFlashPlayerでは見ることが出来ず、棋譜中継ではまったくあてがはずれ、その怨み節をブログに書いたりもした。
(2010年12月18日の記事:『日本将棋連盟モバイル』がau携帯に対応したのはいいけれど、スマートフォンISシリーズは蚊帳の外、Andoroid用モバイルも作ってほしい

先週になって、「日本将棋連盟ライブ中継」Android用無料版が登場。これは、いわば9月中の1週間ほどのお試し版で、正式版は10月からリリースとのことだった。
最初のバージョンでは、IS03は液晶画面のサイズの関係か正式には対応されておらず、棋譜中継に駒を進めるボタンがその上の解説コメント欄と重なる、棋譜の盤面が画面全体に表示されない等の不具合があった。
「auが鳴り物入りで市場に投入したIS03なのに、こんな中途半端な扱いしかされないのか」と自分の不運を恨んだが、その後、何度かバグ修正が加えられ、ボタン表示も、盤面表示も正しく表示されるようになったので、10月からの有料サービス版(とりあえず、12月末までの期限で650円)をインストールした。

Img_android_live

使ってみて面白かったのは、棋譜中継はもちろんだが、棋士によるコラムである。女流棋士が3ヵ月毎、男性の棋士も1ヵ月交代で数名づつで書いている。各棋士のプライベートな面や、将棋界の裏話的な内容もあって、ちょうど通勤電車の中で読むのにお手頃な長さだ。
棋譜中継の方は、来週は佐藤天彦六段と豊島将之六段の新人王戦決勝戦、木村一基八段の王位戦予選や、羽生二冠との棋王戦挑戦者決定トーナメントが取り上げられるようだ。

私の周りの将棋好きの人たちの中には、名人戦棋譜速報などの有料中継には抵抗感を持つj人もいるが、内容を考えれば、名人戦棋譜速報の月額500円も、このモバイル中継の月額350円も安いものだと思う。

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2011年10月 2日 (日)

第37期棋王戦挑戦者決定トーナメントで、郷田真隆九段が深浦康市九段を破りベスト8進出

上半期の最終日9月30日(金)の対局予定に棋王戦の郷田九段vs深浦康市九段戦が掲示されたのは直前になってからのような気がする。
今期の棋王戦では、郷田九段はA級棋士によるシードで2回戦から登場。7月29日の初戦で1次予選から勝ち上がった横山泰明五段を破り、3回戦に駒を進めた。この時の棋譜はずいぶんあとのなって「棋譜でーたべーす」に投稿された。後手の横山五段の中飛車に対し、郷田九段が超速▲4六銀戦法でで対抗し、攻め勝った内容だった。

第37期棋王戦 郷田九段vs横山五段戦の棋譜

3回戦の相手は、1回戦行方尚史八段、2回戦で森内俊之名人と強敵を倒して勝ち上がってきた深浦康市九段。2001年度以降の2人の対戦成績は14戦で8勝6敗と郷田九段がリードしているが、黒星の中には2007年9月には王将戦リーグ入を賭けた2次予選の決勝、今年2011年4月には棋聖戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝での敗戦などがあり、難敵である。
翌日の将棋連盟のHPの「最近1週間の結果」を見ると、後手となった「先手深浦九段●:後手郷田九段○」との記載。なんとか、難敵を破ってベスト8に勝ち残った。

棋王戦は、第23期で挑戦者になったこともあり、その後も第26期から第28期の3年間と第31期のあわせて4回は挑戦者決定戦まで勝ち残っているなど、郷田九段にとって比較的相性のよい棋戦だったが、第32期にベスト8進出を最後に、第33期以降の4年間は1次予選の勝ち抜き者に初戦で敗退するケースが3度ありベスト8にさえ残れなかった。

ベスト4入りを争う準々決勝の相手は松尾歩七段。1回戦で豊川孝弘七段、2回戦で牧野光則四段、3回戦では前期挑戦者の渡辺明竜王を破ってベスト8進出。この勢いに乗る後輩に勝てば、久しぶりのベスト4。ベスト4に残れば、敗者復活戦への出場の権利も得られる。

すでに、王将戦の予選では2次予選で丸山忠久九段に敗れているので、郷田九段にとって、今年度にタイトル挑戦の可能性が残るのはこの棋王戦だけとなっている。何とか勝ち進み、久保利明棋王への挑戦者に名乗りをあげ、自身4回目のタイトル獲得を実現させてほしいものだ。

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