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2012年12月の記事

2012年12月29日 (土)

期待以上のおいしいコーヒーを飲めた「ムーミン・コーヒーメーカー」

今年のクリスマスに家族でプレゼント交換をしようということになり、家族5人でそれぞれプレゼントを買うことになった。(とはいえ、家族の誰が手にするかはわからないでの、誰に渡っても家族で使えるものということになる)

何を選ぼうかと、最寄り駅のショッピングセンターにある雑貨店で探していると、お気に入りのムーミングッズ(*)のコーナーに、マグカップを二つ組み合わせたような「ムーミン・コーヒーメーカー」というのが目についた。
(*私は、ファンランドの作家、トーベ・ヤンソンの『楽しいムーミン一家』シリーズが日本で初めて翻訳された時に原作を読んで以来のムーミンファンである)

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下半分は普通のマグカップ、上の持ち手のない器がドリッパーで底に穴があいている。そして、銀色の金属カップのように見えるのがフィルターで底がメッシュになっていて、紙のフィルターを使わなくてもよい。フィルターの下にあるのが、ドリッパーのふたとフィルター置きを兼ねる。

おもしろグッズというつもりで、淹れたコーヒーの味には大して期待していなかったが、いざ、家にあったコーヒーの粉で実際にコーヒーに淹れてみると、いつも使う逆三角形のドリッパーで淹れるより、はるかにおいしい。スーパーで200g400円~500円ぐらいで売られいたごく普通の粉なのだが、全然味が違った。
箱に書いてある説明では。「ペーパーフィルターを使わないことでエコにコーヒー豆本来のコクと旨みも味わえる」と書かれている。
使ってみて思うのは、円柱型のドリッパーの形もプラスに作用しているのでは亡いかと思う。底が広いうえに抽出口が1つなので、通常の逆三角形のドリッパーに比べて、湯が長くドリッパーに滞留して、説明書き通り、より多くのコクと旨みを抽出できるのではないかと思う。

これまでと、コーヒーを淹れるのにかかる時間は大して変らないので、少し得した気分だ。

難点を言えば、一度に一杯分しか淹れられないことだなと思って、我が家でこれまでコーヒーを淹れるのに使ってきたティーポットに、上のドリッパーだけをのせてみると、ちょうどいい具合にはまった。これなら、フィルターに少し多めの粉を入れれば、2~3人分を入れることは可能だ。

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このコーヒー・メーカーの製造元は岐阜にある山加商店という陶磁器メーカーで、ムーミン以外にもピーター・ラビットやバーバー・パパなどのキャラクター商品を扱っているが、コーヒー・メーカーはムーミンブランドだけのようだ。また、同じヤマカのマグカップには同じサイズの物があり、我が家にあったスナフキンとムーミンママのマグカップでも使えた。

2012年末の、私にとってのちょっといい話である。

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2012年12月24日 (月)

昭和を思い出させるなつかしい飴「サクマのチャオ」が復刻されていた

このブログには、家族のことはなるべく書かないようにしているが、今日のテーマはちょっと勘弁してもらって、少しだけ家族に登場してもらう。

妻がパート先で職員の休憩コーナーに置く「飴」の調達係になったと言い、時々、買い物に行った時に、家の食材などの買い物とは別に、袋に入った飴をどっさりと買い込んでいる。

「ご苦労様です」などと話していると、子どもの頃、食べていたけど、最近は見かけない飴として、「透明な氷砂糖の中にチョコレートが入っていた飴あったよね?なんて言ったけ?」との話になり、二人で「う~ん」と頭をひねる。
CMソングが思い浮かんだ「ライオネスコーヒーキャンディじゃあないの?」と私が問うと「違う」と。
そのうち、「そうだ、サクマのチャオ」と思い出す。昭和40年代の高度成長期に育った我々には、飴をなめているうちに口の中でチョコレートが溶け出す独特の食感と「サクマのチャオ、食べちゃお~」というCMソングのフレーズは、忘れがたいものがある。

果たして今でも売られているのだろうかと、ネットで検索してみると、「チャオ復刻版」として販売されていた。アマゾンで1袋90g入で10袋1680円。
「ライオネスコーヒーキャンディ」も売られていて、こちらは、1袋100gで6袋1113円。妻によると、こちらは、たまに見かけるそうで、珍しいのは、チャオの方ということになり、「チャオ復刻版」を注文した。

チャオの発売元、サクマ製菓のホームページには
「1964年に発売された、ちょっと贅沢なチョコレートキャンデー「チャオ」の復刻版! 満足感のある大粒のハードキャンデーのセンターには、本物のビターチョコレートがたっぷり。ちょっとなつかしい、スイート&ビターな味わいをお楽しみください。」
とある。

ついでにと思い、ライオネスコーヒーキャンディも調べてみると、こちらはライオン菓子という会社が発売元で
「1964年の発売以来、愛され続けている伝統の味わい。発売当時から変わらぬ技術で作られた香り高いコーヒー味は、ずっと変わらない美味しさです。 なつかしい赤いひねり包装も当時のままです。」
こちらは復刻ではないようなので、もうすぐ50周年を迎えるロングセラーということになる。

1964年と言えば、東京オリンピックの年。その年に昭和世代には忘れがたい「サクマのチャオ」と「ライオネスコーヒーキャンディ」がともに発売されていたとは・・・。どちらも、子ども心に普通のキャンディや飴と違う、何となくの高級感のようなものがあった。また、どちらもテレビで流れてCMソングが印象に残っている商品で、聴覚で記憶した音と味覚で感じた味が結びつくと、忘れがたいということなのだろうか。

次はライオネスコーヒーキャンディを頼んでみよう。

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2012年12月23日 (日)

思案して買った「軽さ」のAPS-Cサイズのミラーレス一眼「ソニーαNEX-C3」と思わず衝動買いの光学20倍ズーム「ペンタックス オプティオVS20」

私の趣味の一つは写真を撮ることで、職場近くの日比谷公園の四季折々の姿をスマートフォンの内蔵カメラで撮影してFacebookに載せて友達の何人かが「いいね!」をチェックしてくれるのをよろこんでいる。

撮影するカメラも、フィルムカメラから始まり、デジカメも画素数のアップ、高機能化を追うようにいりいろいろな機種を購入してきた。
2年ほど前、ようやくペンタックスの一眼レフK-xを買い、これでデジカメ購入遍歴も一段落どろうと思っていたが、いざ使ってみると、ピントの焦点マーク(スーパーインポーズ)ファインダーには表示されないということがわかり、ちょっと不満も。それでも、日常の撮影にさほど困るわけではないので、使っていたら、デザインを勉強している長女が、「学校で一眼レフの使い方の授業があるので借りる」と言って使い始めた。学業のためとなると文句も言えず、私の手元には800万画素のカメラを内蔵するauのスマートフォンと800万画素のCANONのコンデジ(Poweshot A590)が残った。

<これまでのカメラ購入に関する記事>
2008年10月22日 (水)
たくきよしみつ著『デジカメに1000万画素はいらない』を読んで、自分のカメラ・デジカメ遍歴を振り返る

http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2008/10/1000-226c.html
2009年1月 7日 (水)
年末年始の買い物、新しいサブカメラ(CANON PowerShot A590IS)

http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2009/01/canon-powershot.html
2010年10月31日 (日)
デジタル一眼レフカメラ「Pentax K- x ダブルズームキット」を買った

http://t-miz.cocolog-nifty.com/diary/2010/10/pentax-k--x-0a4.html

秋になって、デジカメも新製品が出る季節になりミラーレス一眼の型落ちや型落ち寸前のモデルのWレンズキットが3万円前後で売られるようになった。3万円でレンズ2本付は魅力的だなと思いつつ、オリンパスやパナソニックなどのマイクロフォーサーズのモデルを見ていたが、ミラーレス一眼の中で、ソニーのNEXシリーズはフィルムにあたるCMOSセンサーのサイズが現在のデジタル一眼レフの主流のAPS-Cサイズ(23.5×15.6mm)でマイクロフォーサーズ(約17.3×13mm)よりも大きい。
NEXシリーズのエントリーモデルの「NEX-C3」がレンズ2本付で3万円ほどだったので結局そちらをを買った。

「NEX-C3」は、本体の重さが225gと、デジタル一眼レフの中では軽い部類に入るk-x(515g)の半分以下。旅行、出張など他にも荷物を持たなければならない遠出の際には、その軽さが貴重だ。軽量化を徹底するためだろう、ボディはプラスティックで、ズームレンズをつけると、レンズとボディはバランスは決していいとは言えない。ファインダーはなく内蔵フラッシュない。しかし、小型フラッシュが同梱されており、ねじで本体に固定できる。必要な時につければよい。APS-Cサイズながら、200g台の軽さはやはり魅力だ。この極端さがかつて携帯音楽プレヤーのウォークマンを生み出したソニーの精神なのだろう。

一方で、K-xにせよ、NEX-C3にせよ高倍率ズームには限界がある。現在持っているカメラでは、パナソニックのDMC-FZ7が唯一の高倍率モデルだが、もう5年以上前の製品で倍率も光学12倍どまり。現在の高倍率を売りにするモデルのズームが30倍を超えていることを考えると、12倍はやはりやや物足りない。
最近、空や雲、夜空の月や星の撮影にも興味が出てきたこともあって、気軽に持ち歩ける20倍以上の光学ズームのコンデジも1台欲しくなった。(こんなに何でもほしがっていたら、お金が貯まるはずがないが・・・)

デジタルカメラによる空の写真の撮り方: 感動をドラマチックに残す 被写体別撮影テクニック
デジタルカメラによる空の写真の撮り方: 感動をドラマチックに残す 被写体別撮影テクニック
デジタルカメラによる星空の撮り方: きれいな星空を印象的に撮る
デジタルカメラによる星空の撮り方: きれいな星空を印象的に撮る
デジタルカメラによる月の撮り方
デジタルカメラによる月の撮り方

ここでも狙い目は、型落ち寸前モデル。調べてみると、「オリンパスSZ-14」が光学24倍レンズで1万円台前半で売られている。これにするかと思って、現物を確かめてみるかと家電量販店を回っていたら、ある店舗の高倍率ズーム機のコーナーで、ペンタックスの「Optio VS20」が9000円台の値札。
VS20はコンパクトデジカメの典型で四角い箱型のボディ。薄くて軽いが売りとなっているコンデジに見慣れているとやや厚さを感じるが、重さは200g台で手になじむ。何よりも1万円を切る価格で20倍ズームが魅力で、即決の衝動買いとなった。

これで、一眼レフ、ミラーレス一眼、高倍率コンデジと揃えたことになる。あと足りないのは連写に強いモデルぐらいか。まずは、NEX-C3とVS20を使っていろいろな写真を撮ることにしよう。

しかし、いくらデフレの時代とはいえ、NEX-C3が発売から1年半ほど、Optio VS20に至っては、2012年2月の発売で1年にもならない中で、は発売当初と比べると半値以下に値崩れしている。デジカメを作るメーカーも大変だと思う。

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2012年12月16日 (日)

将棋の第71期A級順位戦6回戦終了し、郷田真隆棋王が3勝3敗の五分に戻す

12月に入り、森内俊之名人への挑戦者を争うA級順位戦6回戦が順次行われた。月初の6日は5連勝で挑戦者レースのトップを走る羽生善治三冠(棋聖・王位・王座)が、敗勢と思われた高橋道雄九段戦を最終盤の逆転で辛勝し、連勝を6に伸ばした。高橋九段は1勝5敗と残留向け厳しい星勘定になってきた。

翌7日の屋敷伸之九段vs深浦康市九段戦は、先手の屋敷九段が勝ち、昨年度A級に昇級してから先手での負けなしの記録を更新し4勝2敗。4度目のA級昇級で初のA級残留を目指す深浦九段は、2回戦で強敵渡辺明竜王を破り、4回戦まで2勝2敗と今回は残留確実かと思われたが、その後2連敗で2勝4敗となり、昇級直後で今期の順位10位ということもあり、残り3戦はむしろ残留争いの意味合いが強くなった。

10日には、私が応援している郷田真隆棋王の登場。郷田棋王はここまで2勝3敗と負け越し。A級の残留争いが佳境を迎える2月、3月には初防衛がかかる棋王戦五番勝負が控える。なんとか3勝3敗として、棋王位の防衛戦に後顧の憂いなく臨みたいところ。相手は、今期初A級でここまで1勝4敗の橋本崇載八段。A級在位の長さ、タイトル獲得などの実績を考えれば、郷田有利といいたいところだが、若手棋士の成長株の一人である「橋本八段に対し、郷田棋王はここまで3勝4敗と負け越し。いくら今期不調の橋本八段とはいえ、油断は禁物。
先手:橋本、後手:郷田で始まった将棋は、相矢倉の陣形に。先手橋本八段が金矢倉をさらに穴熊に組み替えようとするところを、橋本玉の玉頭を狙い郷田棋王が桂損ながら端攻めを敢行し、橋本玉の玉頭の9筋を制圧し、いつでも攻められる体制を築いた。その後、自陣に向け進軍してきた橋本八段の銀を殺し、駒損を回復。銀を手にした郷田棋王は再び攻めに転じ、△5五角と飛び出して、▲9九に陣取る橋本玉をにらみ、さらに着々と橋本玉の守り駒をはぎ取り、優勢勝ちとなった。
郷田棋王は3勝3敗の五分。橋本八段は1勝5敗となった。橋本八段を自ら破ったことで、A級残留のためのマジックナンバーは1となった。A級の順位6位の郷田棋王にとって、自分より下位の高橋九段(8位)、橋本八段(9位)の二人が1勝5敗となったことで、自分があと1つ勝って4勝すれば、下位2人が自分の成績を上回ることはなくなるためである。

翌週13日には、羽生三冠を二番手を走る1敗の三浦弘行八段と2敗の渡辺明竜王の対戦。互いに羽生三冠との直接対決を残しており、何とかここで勝ち、羽生との直接対決まで挑戦者争いに残りたいところ。先手の渡辺竜王がこの戦いを制し、ともに4勝2敗と屋敷九段とならび羽生を星2つの差で追う二番手グループを形成することになった。

さらに14日は6回戦最後の谷川浩司九段と佐藤康光王将の対戦。ここまで1勝の谷川九段はA級での順位4位と好位置にあるが、負けると1勝5敗で残留争いの渦中に放り込まれる。おまけに、深浦九段、橋本八段という直接残留を争う相手との対戦が残っており、厳しい対戦が続くことになる。4位というポジションを生かすためにも勝っておきたい。
一方、3勝2敗の佐藤王将は勝って挑戦者レースに踏みとどまりたいところ。後手の佐藤王将のゴキゲン中飛車に、谷川九段が超速▲3七銀で応戦し、勝利を収めた。

6回戦を終えたA級の順位は次の通り。
6勝:羽生三冠(A級今期順位1位)
4勝2敗:渡辺竜王(同2位)、三浦八段(同3位)、屋敷九段(同5位)
3勝3敗:郷田棋王(同6位)、佐藤王将(同7位)
2勝4敗:谷川九段(同4位)、深浦九段(同10位)
1勝5敗:高橋九段(同8位)、橋本八段(同9位)

勝敗による成績と今期のA級での順位とがほぼ連動しているのが、おもしろい。
6勝の羽生三冠は当然だが、4勝している3名も既にA級残留は確定、むしろ挑戦権レースでなんとか羽生追撃のためこれ以上負けたくない。7回戦で羽生vs三浦戦、8回戦で羽生vs渡辺戦があり、この2局の結果次第ではプレーオフの可能性も残る。
3勝の郷田棋王・佐藤王将の二人は、まだプレーオフ進出とA級陥落の双方の可能性がそれぞれわずかながら残る。次の7回戦の郷田vs屋敷戦、佐藤vs渡辺戦で勝って残留を確実にしたいところだろう。
残る2勝2名、1勝2名はそれぞれ、次の7回戦で2勝どうしの谷川vs深浦戦、1勝どうしの高橋vs橋本戦という直接対決があり、この結果が残留・陥落を大きく左右することになりそうだ。特に、昇級直後で今期の順位10位の深浦九段は、次に負けると下位2名の陥落圏内に入る。

7回戦はそれぞれの対戦に大きな意味があり、それぞれに目が離せない。

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2012年12月15日 (土)

東日本大震災直後の東京電力福島第一原子力発電所の壮絶な現場を描き、フクシマフィフティの姿を描いた『死の淵を見た男』を読む

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

2011年3月11日(金)午後2時46分、東北地方を中心とした広い地域にマグニチュード9.0 の大地震が襲い、さらにその後三陸沿岸を中心に大津波が襲来し、多くの人命が失われ、ありとあらゆるものが流された。のちに、東日本大震災と名付けられた災害である。
さらに、不幸なことに、東京電力の福島第一原子力発電所が津波で非常電源を喪失。4基の原子炉のうち、1号機、3号機で水素爆発が起き、放射性物質が漏れ、原発近隣の住民の多くが避難を余儀なくされ、事故から1年半以上たった現在でも、ほとんどの人は自宅に戻れないままである。

東京都心のオフィスにいた私は、これまで経験したことない震度5強の揺れに驚きながら、テレビのニュースで流される東北各地を襲う津波に映像を食い入るように見つめていた。
さらにその後に数日は、津波で非常電源を喪失し、停止はしたものの冷却が進まない福島第一原発のニュースが連日報道された。
米国政府が福島原発から80km以内から避難するよう日本にいるアメリカ人に指示を出したとか、日本に住む外国人が各地の空港から国外に脱出しているなどという話がどこからともなく伝わり、不安を駆り立てるが、東京に住み東京で働く身でありながら、東京から逃げ出す訳にもいかず、ただただ、原発が少しでも落ち着く方向へ進むことを祈りながら毎日の原発のニュースを聞いていた。
遠くからのカメラで原発の建物が爆発する様を目にしても、原発についての詳しい知識があるわけでもなく、どの程度、危険な状態なのかよくわかっていなかった。
建物が水素爆発を起こした後は、原子炉の冷却に加え、原子炉建屋の中にあわせて保管されていた使用済燃料の冷却の問題も持ち上がり、自衛隊のヘリコプターが上空から水をまいたり、特殊な放水器を備えた消防車を使って自衛隊が地上から放水し、冷却を進める映像が流された。

後からわかったことでは、原子炉の冷却が遅れたことで、原子炉の中で燃料棒の溶融が起きるメルトダウンが発生しており、これまで史上最悪の原発事故であったソ連のチェルノブイリ発電所の事故と同じレベルの深刻な事故だったということだった。

原子炉を冷やすために海水を使うかどうかで、原発の再使用が不可能になるので東京電力は消極的だったが、当時の菅直人総理は東工大出身で原発にも詳しく、海水を使えと言っているのだという話も流れていたように思う。
菅総理が突然現地に視察に行ったり、東電本社に乗り込んで、東電幹部を怒鳴りつけたという話も流れたりした。事ここに及んでも、原発の再利用にこだわり自社の利害しか考えない頑迷な東電幹部、それにいらだちを隠せない「イラ菅」こと菅総理。そんな構図だけが、マスコミ報道の中で、形成されていたように思う。

いったい、事故当時、発電所の現場では何が起きていたのか?どんな対応が取られていた
のか?海外では原発の現場で処理にあたる関係者を「フクシマフィフティ」と呼んで称える人までいるのに、日本のマスコミで本格的に「フクシマフィフティ」を取り上げたところは、どこもなかった。
これだけの大事故に対して、犯人捜しをして全ての責任をその犯人に押しつけたいという、自分も含めた社会全体の大衆心理は、「今回の事故は東電の不作為による人災」として東京電力だけをスケープゴードにし、自分には責任はないと納得したかったのではないかと思う。だから、日本のマスコミの中では、あえて誰も東京電力の原発の現場の「フクシマフィフティ」にふれなかったのではないかと思う。

その中で、その「フクシマフィフティ」を正面から取り上げたのが、この門田隆将著『死の淵を見た男』(PHP研究所)である。「吉田昌郎と福島第一原発の500日」というサブタイトルが付されている。著者は、震災当時、福島第一原発で事故処理に当たったまさに「フクシマフィフティ」の人々、菅直人前総理、当時の原子力安全委員会の斑目委員長など多くの人にインタビューを行い、本書を書いている。

著者は本書の前文にあたる「はじめに」で、次のように語る。

私は、「あること」がどうしても知りたかった。それは、考えられうる最悪の事態の中で、現場がどう動き、何を感じ、どう闘ったのかという人としての「姿」である。全電源喪失、注水不可、放射線量増加、そして水素爆発・・・あの時、刻々と伝えられた情報は、あまりにも絶望的なものだった。冷却機能を失い、原子炉がまさに暴れ狂おうとする中、これに対処するため多くの人間が現場に踏みとどまった。(中略)自らの命が危うい中、なぜ彼らは踏みとどまり、そして、暗闇に向かって何度も突入しえたのか。
彼らは死の淵に立っていた。それは自らの「死の淵」であったと同時に、国家と郷里福島の「死の淵」でもあった。(中略)
本書は、吉田昌郎という男のもと、最後まであきらめることなく、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な戦いを展開した人たちの物語である」
(『死の淵を見た男』p8~p10)

名前の挙がった吉田昌郎とは、震災時の福島第一原発の所長である。これを読むと彼ら福島第一原発の現場の人々の命がけ努力のおかげで、私のように東京にすむ人間は、今までと変わらぬ日常生活をおくれていることがよくわかる。
原子炉への海水の注入は現場では議論の余地もなく当然の策として当初から準備が進められている。問題は真水か海水かということではなく、そもそも、どうやって原子炉までの水を注入するラインを確保し、どうやって水を注入する動力を確保するかということだった。

これらの課題に対する、現場の人々の機転に支えられた対応策が、原子炉格納容器の爆発による放射性物質の飛散という最悪の事態をさけられたのだろうと思う。

もうひとつ、本書を読むまで知らなかったのが、震災直後の津波で福島第一原発の職員2名が犠牲になったことである。

この本は、日本に住んで東日本大震災を体験した全ての人に読んでほしい本である。

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