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2012年12月15日 (土)

東日本大震災直後の東京電力福島第一原子力発電所の壮絶な現場を描き、フクシマフィフティの姿を描いた『死の淵を見た男』を読む

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日

2011年3月11日(金)午後2時46分、東北地方を中心とした広い地域にマグニチュード9.0 の大地震が襲い、さらにその後三陸沿岸を中心に大津波が襲来し、多くの人命が失われ、ありとあらゆるものが流された。のちに、東日本大震災と名付けられた災害である。
さらに、不幸なことに、東京電力の福島第一原子力発電所が津波で非常電源を喪失。4基の原子炉のうち、1号機、3号機で水素爆発が起き、放射性物質が漏れ、原発近隣の住民の多くが避難を余儀なくされ、事故から1年半以上たった現在でも、ほとんどの人は自宅に戻れないままである。

東京都心のオフィスにいた私は、これまで経験したことない震度5強の揺れに驚きながら、テレビのニュースで流される東北各地を襲う津波に映像を食い入るように見つめていた。
さらにその後に数日は、津波で非常電源を喪失し、停止はしたものの冷却が進まない福島第一原発のニュースが連日報道された。
米国政府が福島原発から80km以内から避難するよう日本にいるアメリカ人に指示を出したとか、日本に住む外国人が各地の空港から国外に脱出しているなどという話がどこからともなく伝わり、不安を駆り立てるが、東京に住み東京で働く身でありながら、東京から逃げ出す訳にもいかず、ただただ、原発が少しでも落ち着く方向へ進むことを祈りながら毎日の原発のニュースを聞いていた。
遠くからのカメラで原発の建物が爆発する様を目にしても、原発についての詳しい知識があるわけでもなく、どの程度、危険な状態なのかよくわかっていなかった。
建物が水素爆発を起こした後は、原子炉の冷却に加え、原子炉建屋の中にあわせて保管されていた使用済燃料の冷却の問題も持ち上がり、自衛隊のヘリコプターが上空から水をまいたり、特殊な放水器を備えた消防車を使って自衛隊が地上から放水し、冷却を進める映像が流された。

後からわかったことでは、原子炉の冷却が遅れたことで、原子炉の中で燃料棒の溶融が起きるメルトダウンが発生しており、これまで史上最悪の原発事故であったソ連のチェルノブイリ発電所の事故と同じレベルの深刻な事故だったということだった。

原子炉を冷やすために海水を使うかどうかで、原発の再使用が不可能になるので東京電力は消極的だったが、当時の菅直人総理は東工大出身で原発にも詳しく、海水を使えと言っているのだという話も流れていたように思う。
菅総理が突然現地に視察に行ったり、東電本社に乗り込んで、東電幹部を怒鳴りつけたという話も流れたりした。事ここに及んでも、原発の再利用にこだわり自社の利害しか考えない頑迷な東電幹部、それにいらだちを隠せない「イラ菅」こと菅総理。そんな構図だけが、マスコミ報道の中で、形成されていたように思う。

いったい、事故当時、発電所の現場では何が起きていたのか?どんな対応が取られていた
のか?海外では原発の現場で処理にあたる関係者を「フクシマフィフティ」と呼んで称える人までいるのに、日本のマスコミで本格的に「フクシマフィフティ」を取り上げたところは、どこもなかった。
これだけの大事故に対して、犯人捜しをして全ての責任をその犯人に押しつけたいという、自分も含めた社会全体の大衆心理は、「今回の事故は東電の不作為による人災」として東京電力だけをスケープゴードにし、自分には責任はないと納得したかったのではないかと思う。だから、日本のマスコミの中では、あえて誰も東京電力の原発の現場の「フクシマフィフティ」にふれなかったのではないかと思う。

その中で、その「フクシマフィフティ」を正面から取り上げたのが、この門田隆将著『死の淵を見た男』(PHP研究所)である。「吉田昌郎と福島第一原発の500日」というサブタイトルが付されている。著者は、震災当時、福島第一原発で事故処理に当たったまさに「フクシマフィフティ」の人々、菅直人前総理、当時の原子力安全委員会の斑目委員長など多くの人にインタビューを行い、本書を書いている。

著者は本書の前文にあたる「はじめに」で、次のように語る。

私は、「あること」がどうしても知りたかった。それは、考えられうる最悪の事態の中で、現場がどう動き、何を感じ、どう闘ったのかという人としての「姿」である。全電源喪失、注水不可、放射線量増加、そして水素爆発・・・あの時、刻々と伝えられた情報は、あまりにも絶望的なものだった。冷却機能を失い、原子炉がまさに暴れ狂おうとする中、これに対処するため多くの人間が現場に踏みとどまった。(中略)自らの命が危うい中、なぜ彼らは踏みとどまり、そして、暗闇に向かって何度も突入しえたのか。
彼らは死の淵に立っていた。それは自らの「死の淵」であったと同時に、国家と郷里福島の「死の淵」でもあった。(中略)
本書は、吉田昌郎という男のもと、最後まであきらめることなく、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な戦いを展開した人たちの物語である」
(『死の淵を見た男』p8~p10)

名前の挙がった吉田昌郎とは、震災時の福島第一原発の所長である。これを読むと彼ら福島第一原発の現場の人々の命がけ努力のおかげで、私のように東京にすむ人間は、今までと変わらぬ日常生活をおくれていることがよくわかる。
原子炉への海水の注入は現場では議論の余地もなく当然の策として当初から準備が進められている。問題は真水か海水かということではなく、そもそも、どうやって原子炉までの水を注入するラインを確保し、どうやって水を注入する動力を確保するかということだった。

これらの課題に対する、現場の人々の機転に支えられた対応策が、原子炉格納容器の爆発による放射性物質の飛散という最悪の事態をさけられたのだろうと思う。

もうひとつ、本書を読むまで知らなかったのが、震災直後の津波で福島第一原発の職員2名が犠牲になったことである。

この本は、日本に住んで東日本大震災を体験した全ての人に読んでほしい本である。

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