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2019年12月22日 (日)

2011年のラグビーの初夢と8年後

自分が書いた投稿でも忘れているものがある。義母の葬儀で帰省し、葬儀場の家族控え室で夜を明かした時、何年も見返していなかったブログを過去にさかのぼって読み返し「2011年の初夢はラグビーでトライする夢だった」というタイトルを見つけた。

記事のはじめと終わりは次のようなものだ。
「2011年を迎えて1月2日の夜から3日の明け方にかけて、初夢を見た。おぼろげに覚えているのはラグビーをしていたことだ。密集から抜け出して、相手ゴールにボールを持ち込み、倒れ込んでトライ。審判がすぐにはトライを認定してくれず、再度ダウンボールをしてアピールし、トライが認められた。そんな夢だった。トライが認められたところで、目が覚めた。(中略)
ラグビーで「トライ」をすること、それはまさにひとつの目標を達成することである。「トライ」が成功するためには、トライを決めた選手だけでなく、そこまでボールを繋いだ多くの選手の的確な状況判断とパスがあってのものである。
50歳で迎えた、2011年の新年に「トライ」をする初夢を見たというのは、40代の「中年クライシス」の中で、もがき苦しみながら続けてきたことに、多くの人のサポートもあって、ひとつの結果が出るということだろうか?「初夢」が「正夢」になるように、結果を出す1年にしたいものだ。」
中略の部分には、ラグビーが盛んだった高校に進学したため、体育の授業でラグビーがあり、クラスマッチも行われ、そのとき、陸上部だった私は左ウイング(WTB)として運良くトライする機会に恵まれた思い出を書いている。

初夢から2ヵ月後、私は職場を変わり、新しい仕事に就いた。それから8年余。当時、新しい職場の経営者から与えられたミッションを今年4月にようやく形にして世に出すことができた。その過程では、まず多くを学んだ。周りからの貴重な示唆や応援もあった。一方でそれと同じくらいの積極的・消極的反対や無関心にも遭遇した。諦めず、くじけず前を向いて一歩ずつ歩みを進める中で、時に背中を押してくれるサポートでようやく実現した。記事を読んで、8年前の初夢のようなトライが今年ようやく実現したのだと思った。

ラグビーW杯が日本で開催された2019年の暮れに8年前のその記事を再び読んだことにも因縁を感じた。9月から11月のW杯期間中は、毎週地方出張があり、疲れて帰宅すると週末には日本代表がドラマチックな勝利を収め、白星に元気をもらい、翌週の仕事に向かうという感じだった。
ブログでラグビーの思い出を書いたはずと葬儀場の控え室で思い出し、8年前の初夢の記事に再会した。「もがき苦しみながら続けてきたことに、多くの人のサポートもあって、ひとつの結果が出る」と8年後の自分を予告するような内容だった。

ちょうど2010年代と重なる8年間は新しい職場でそのアウトプットを出すための時間だったのかも知れない。年があければ2020年、新しい10年が始まる。昨年4月のアウトプットをさらに価値あるものにするためにもう一仕事しなくては。

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