2ヵ月ほど前に、子ども向けの講談社青い鳥文庫で文庫化された『獣の奏者』の既刊(Ⅰ闘蛇編、Ⅱ王獣編)を4冊に分冊化したものを読み始めたことを書いたが、期待に違わないおもしろさで、あっという間に読み終わってしまった。
途中、主人公の少女エリンが蜂飼いの男ジョウンに救われ、しばらく世話になるのだが、彼は養蜂で生活しており、エリンが興味深くミツバチの生態を観察する場面が出てくる。ちょうど『ハチはなぜ大量死したのか』を読んだばかりで、ミツバチの生態を詳しく知った直後でもあったので、その場面もよく調べられ、書き込まれているのがわかった。
既刊の2冊は、各巻の名前にも成っている「闘蛇(とうだ)」と「王獣(おうじゅう)」という2つの架空の獣を中心に展開し、そこに主人公エリンの母とエリンが絡んでいく。さらにエリンの住む国は、大公領と真王領とに別れ、そこでの政治のあり方と「闘蛇」と「王獣」は関わっており、エリンもまた国の政治に関わらざるを得なくなってくる。
国のあり方を丹念に描き、国の政治のあり方に個人の生き方が翻弄される様にリアリティを持たせる作者の力量は、「守り人&旅人シリーズ」でもすでに証明済みだが、既刊の『獣の奏者』でも裏切られることはなかった。
土曜日、都心まで外出する機会があり、帰り道書店に寄ったところ、新刊コーナーになんとその『獣の奏者』の続編となる『Ⅲ探求編』『Ⅳ完結編』が並べられていた。さらに既刊の『Ⅰ闘蛇編』『Ⅱ王獣編』が講談社文庫から文庫化され並んでいた。青い鳥文庫の4冊はいずれ手放せばいいと思い、新刊のハードカバー2冊 (『Ⅲ探求編』『Ⅳ完結編』)と文庫2冊(『Ⅰ闘蛇編』『Ⅱ王獣編』)を購入した。

獣の奏者 (3)探求編

獣の奏者 (4)完結編

獣の奏者 1闘蛇編 (講談社文庫)

獣の奏者 2王獣編 (講談社文庫)
2冊で完結したはずの『獣の奏者』の続きを、なぜ書くことになったかについては、ハードカバーの『Ⅳ完結編』の巻末にさらっと、文庫版『Ⅱ王獣編』の巻末に詳しく書かれている。文庫版を参照すると
(1)2009年が100周年である講談社の編集者から新作執筆を依頼されたこと
(2)(同い年で)敬愛する作家佐藤多佳子が2冊の読者として「もっと、読みたい・・・…。この完璧な物語の完璧さが損なわれてもいいから」と書いているのを読んで、エリンをはじめ作中の人物たちが生きているのだと思い、と少し気持ちが動いたこと
そして決定打として、『獣の奏者』がこれも2009年の50周年を迎えるNHK教育テレビでアニメ化が決まったことをあげている。
アニメ化のため監督や脚本家とともに、自ら執筆した物語『獣の奏者』を解体し、組み立て直す作業に着手し、その過程で『獣の奏者』の世界がより深くまで見えてきて、作者としても続きを書きたいという思いが噴出し、1年半で沸きだし『Ⅲ探求編』『Ⅳ完結編』の2冊を一気に書き上げたと書かれている。
一度完結したはずの物語が、再び書き継がれるという点は再執筆までの期間の長さは異なるものの、ファンタジーの名作『ゲド戦記』シリーズを思い起こさせる。ゲド戦記は、主人公の魔法使いゲドの少年期、青年期、壮年期を描く『影との戦い』『こわれた指輪』『さいはての島へ』が1968年~1971年に書かれる。壮年のゲドが力を使い尽くしたところで、『さいはての島』は終わるのだが、その後1990年にゲドが故郷へ帰る『帰還』、さらに2001年に『さいはての島』でゲドと旅をした王子アレンを中心にした『アースシーの風』で、ゲドたちが生きるアースシーの世界が深く語られる。
『獣の奏者』の世界も、作者上橋菜穂子の作り出した世界であるが、すでに作者の手を離れ一つの世界として多くの人びとの脳裏の中で現実世界としてとらえられているということなのだろう。
作者は、
「物語としては完結しているのに、この先を知りたいという読者の声が絶え間なく届くのは、エリンたちが物語の中で「生きてしまった」からなのかもしれない。エリンが、(中略)その後どう生きたのか、それを知りたいのかもしれない、そして、それを世に送り出せるのは私だけなのだと思ったとき、「エリンのその後」を書いてみようか、という思いが、頭をもたげてきたのでした。」(講談社文庫『獣の奏者 Ⅱ王獣編』462ページ)
と書いている。
すぐれたファンタジーといものは、作者さえ世界の観察者、語り手に換えてしまうのかもしれない。
再び『獣の奏者』の世界に浸れることを楽しんで読みたいと思う。