マンガ『弱虫ペダル』大ヒットの理由を考える。主人公小野田坂道は指示待ち世代の典型?
NHKBS1で「ぼくらはマンガで強くなった ~SPORTS×MANGA」という番組があり、今年(2015年)の5月31日の放送で、自転車ロードレースとマンガ『弱虫ペダル』(渡辺航作)が取り上げられた。
原作者の渡辺航がどういうきっかけでこの作品を書くことになったのか、日本人で初めてツールド・ド・フランスに参加した新城幸也がこのマンガをどう読んでいるかなど、また『弱虫ペダル』のあらすじも紹介され、数年前から自転車競技に興味を持ち、『弱虫ペダル』の存在も気になっていた私は、すぐに、40冊に及ぶマンガ『弱虫ペダル』を読み始め、40冊を1週間ほどで読み終えた。
さらに、原作だけでは飽き足らず、アニメ『弱虫ペダル』(全38話) 『弱虫ペダルGRANDE ROAD』(全24話)も、ケーブルテレビのオンデマンドで全話見た。
『弱虫ペダル』の主人公小野田坂道は、アニメおたくの高校1年生。入学した千葉の総北高校で「アニメ研究部」への入部を楽しみにしていたが、人数不足で活動休止。活動再開を目指して部員集めをしている中、ふとしたことから自転車競技と巡りあい、坂登りのスペシャリスト(クライマー)としての素質を見いだされ、総北高校自転車競技部に入部。自転車を中心とした彼の新しい青春が始まる。
自転車でのキャリアは長い今泉、鳴子という2人の同級生。彼らを見守り、育て、ともに戦う3年生のキャプテンでエースの金城、スプリンター田所、クライマー巻島。インターメンバー6人の枠を1年生3人と争う2年生の手嶋、青八木などのチームメイトたち。
さらには、総北高校の前に立ちはだかる高校自転車界の常勝校「箱根学園」。箱根学園にもキャプテン福富、スプリンター荒北・新開、クライマー東堂の4人の3年生、2年生の泉田、1年生の真波など総北の面々に負けず劣らず個性的はメンバーが揃う。
総北、箱学の争いに割って入ろうとする京都伏見の御堂筋には何をやるかわからない狂気が漂う。
「少年チャンピオン」で2008年から連載が始まった『弱虫ペダル』はまだ連載が続いている。
アニメ化されたのでは、コミックでは27巻にあたる主人公坂道の高校1年生のインターハイ終了までだが、マンガの連載はその後も書き継がれ、41巻では坂道が2年生のインターハイでまで進んでいる。発行部数も1000万部を超えたと言われる。
アニメの総集編の映画「弱虫ペダルRe:RIDE」、さらに(2015年)8月下旬には新作の劇場映画も封切られた。
個性的なチームメイトが揃い、強者揃いのライバルたちと戦うというスポーツマンガの王道をいく。一方、これまで一般にはなじみのなかった自転車競技、ロードレースの迫力、スピード感、躍動感、臨場感を見事に表現し、手に汗握る展開に「次はどうなるのだろう?」とページをめくる時に感じるわくわく・ドキドキ感も満載で、大ヒットもさもありなん。読み終えると、自分も自転車に乗ってペダルをこぎたくなる。
不思議なのは主人公小野田坂道の存在だ。彼は、アニメおたくとしては主体的に行動するが、自転車競技では基本的に受け身だ。坂道の坂登りの才能を見いだした同級生の今泉や鳴子の(精神的な)後押しもあり、入部を決意するが、入部後は次々と与えられる課題をこなすだけである。結果的にインターハイでも華々しい活躍をするが、すべてはキャプテン金城から与えられるオーダーを全うしようと全力を尽くした結果に過ぎない。
ここに大ヒットのもう一つの理由がある気がしてならない。主人公小野田坂道に対して、役割も目標も周りが与えてくれる。同級生や先輩に恵まれたからこそ、坂道の存在が光るのだ。
『弱虫ペダル』は、おたくで、ネクラ、あるいは指示待ち世代といわれる現代の若者たち(の一部)の「自分には自分がまだ気づいていない才能や長所があるのではないか?」という思い、「誰かが自分の才能や長所に気がついて、ふさわしい仕事や役割を与えてくれれば、自分ももっと頑張れるのに...」という潜在的な願望を、マンガという形で実現させてみせたから、ヒットしたのではないか?
マンガ『弱虫ペダル』がアニメ化の区切りであった坂道1年生のインターハイ終了時で連載を終了し作品として完結していれば、スポーツマンガとしては完成度も高かったかも知れない。
作者はそこで筆を置かず、書き進めた。そうなると、上級生になった坂道を描かなければならない。2年生になれば、後輩が入部してきて、坂道は先輩として後輩たちの長所を見いだし、育てる役割を果たさなければならない。3年生になればなおさらだ。それを彼が果たせるのか?そのためには、坂道自身の人としての成長が不可欠だ。それとも、坂道は今後も受け身のままで、新キャプテン手嶋や、3年になれば同級生の今泉や鳴子から役割を与えられ続けて、それを果たすだけで生き続けていくのか?
今のままの人から与えられる役割をこなすだけでは、どこかで坂道は壁にぶちあたり、スランプや落ち込みを経験せざるを得なくなるのではないか?
そうなると、物語は単なるロードレースのマンガを超えて、小野田坂道の成長物語を描かなければならない。きちんと答えを出すには、坂道が3年生になるまで描ききらなければ、物語は完結しない気がする。作者渡辺航がどのような選択をするのか?楽しみである。
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