2015年9月 6日 (日)

マンガ『弱虫ペダル』大ヒットの理由を考える。主人公小野田坂道は指示待ち世代の典型?

NHKBS1で「ぼくらはマンガで強くなった ~SPORTS×MANGA」という番組があり、今年(2015年)の5月31日の放送で、自転車ロードレースとマンガ『弱虫ペダル』(渡辺航作)が取り上げられた。
原作者の渡辺航がどういうきっかけでこの作品を書くことになったのか、日本人で初めてツールド・ド・フランスに参加した新城幸也がこのマンガをどう読んでいるかなど、また『弱虫ペダル』のあらすじも紹介され、数年前から自転車競技に興味を持ち、『弱虫ペダル』の存在も気になっていた私は、すぐに、40冊に及ぶマンガ『弱虫ペダル』を読み始め、40冊を1週間ほどで読み終えた。

弱虫ペダル コミック 1-41巻セット (少年チャンピオンコミックス)

さらに、原作だけでは飽き足らず、アニメ『弱虫ペダル』(全38話) 『弱虫ペダルGRANDE ROAD』(全24話)も、ケーブルテレビのオンデマンドで全話見た。

『弱虫ペダル』の主人公小野田坂道は、アニメおたくの高校1年生。入学した千葉の総北高校で「アニメ研究部」への入部を楽しみにしていたが、人数不足で活動休止。活動再開を目指して部員集めをしている中、ふとしたことから自転車競技と巡りあい、坂登りのスペシャリスト(クライマー)としての素質を見いだされ、総北高校自転車競技部に入部。自転車を中心とした彼の新しい青春が始まる。
自転車でのキャリアは長い今泉、鳴子という2人の同級生。彼らを見守り、育て、ともに戦う3年生のキャプテンでエースの金城、スプリンター田所、クライマー巻島。インターメンバー6人の枠を1年生3人と争う2年生の手嶋、青八木などのチームメイトたち。
さらには、総北高校の前に立ちはだかる高校自転車界の常勝校「箱根学園」。箱根学園にもキャプテン福富、スプリンター荒北・新開、クライマー東堂の4人の3年生、2年生の泉田、1年生の真波など総北の面々に負けず劣らず個性的はメンバーが揃う。
総北、箱学の争いに割って入ろうとする京都伏見の御堂筋には何をやるかわからない狂気が漂う。

「少年チャンピオン」で2008年から連載が始まった『弱虫ペダル』はまだ連載が続いている。
アニメ化されたのでは、コミックでは27巻にあたる主人公坂道の高校1年生のインターハイ終了までだが、マンガの連載はその後も書き継がれ、41巻では坂道が2年生のインターハイでまで進んでいる。発行部数も1000万部を超えたと言われる。
アニメの総集編の映画「弱虫ペダルRe:RIDE」、さらに(2015年)8月下旬には新作の劇場映画も封切られた。

個性的なチームメイトが揃い、強者揃いのライバルたちと戦うというスポーツマンガの王道をいく。一方、これまで一般にはなじみのなかった自転車競技、ロードレースの迫力、スピード感、躍動感、臨場感を見事に表現し、手に汗握る展開に「次はどうなるのだろう?」とページをめくる時に感じるわくわく・ドキドキ感も満載で、大ヒットもさもありなん。読み終えると、自分も自転車に乗ってペダルをこぎたくなる。

不思議なのは主人公小野田坂道の存在だ。彼は、アニメおたくとしては主体的に行動するが、自転車競技では基本的に受け身だ。坂道の坂登りの才能を見いだした同級生の今泉や鳴子の(精神的な)後押しもあり、入部を決意するが、入部後は次々と与えられる課題をこなすだけである。結果的にインターハイでも華々しい活躍をするが、すべてはキャプテン金城から与えられるオーダーを全うしようと全力を尽くした結果に過ぎない。
ここに大ヒットのもう一つの理由がある気がしてならない。主人公小野田坂道に対して、役割も目標も周りが与えてくれる。同級生や先輩に恵まれたからこそ、坂道の存在が光るのだ。
『弱虫ペダル』は、おたくで、ネクラ、あるいは指示待ち世代といわれる現代の若者たち(の一部)の「自分には自分がまだ気づいていない才能や長所があるのではないか?」という思い、「誰かが自分の才能や長所に気がついて、ふさわしい仕事や役割を与えてくれれば、自分ももっと頑張れるのに...」という潜在的な願望を、マンガという形で実現させてみせたから、ヒットしたのではないか?

マンガ『弱虫ペダル』がアニメ化の区切りであった坂道1年生のインターハイ終了時で連載を終了し作品として完結していれば、スポーツマンガとしては完成度も高かったかも知れない。
作者はそこで筆を置かず、書き進めた。そうなると、上級生になった坂道を描かなければならない。2年生になれば、後輩が入部してきて、坂道は先輩として後輩たちの長所を見いだし、育てる役割を果たさなければならない。3年生になればなおさらだ。それを彼が果たせるのか?そのためには、坂道自身の人としての成長が不可欠だ。それとも、坂道は今後も受け身のままで、新キャプテン手嶋や、3年になれば同級生の今泉や鳴子から役割を与えられ続けて、それを果たすだけで生き続けていくのか?
今のままの人から与えられる役割をこなすだけでは、どこかで坂道は壁にぶちあたり、スランプや落ち込みを経験せざるを得なくなるのではないか?
そうなると、物語は単なるロードレースのマンガを超えて、小野田坂道の成長物語を描かなければならない。きちんと答えを出すには、坂道が3年生になるまで描ききらなければ、物語は完結しない気がする。作者渡辺航がどのような選択をするのか?楽しみである。

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2012年12月29日 (土)

期待以上のおいしいコーヒーを飲めた「ムーミン・コーヒーメーカー」

今年のクリスマスに家族でプレゼント交換をしようということになり、家族5人でそれぞれプレゼントを買うことになった。(とはいえ、家族の誰が手にするかはわからないでの、誰に渡っても家族で使えるものということになる)

何を選ぼうかと、最寄り駅のショッピングセンターにある雑貨店で探していると、お気に入りのムーミングッズ(*)のコーナーに、マグカップを二つ組み合わせたような「ムーミン・コーヒーメーカー」というのが目についた。
(*私は、ファンランドの作家、トーベ・ヤンソンの『楽しいムーミン一家』シリーズが日本で初めて翻訳された時に原作を読んで以来のムーミンファンである)

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下半分は普通のマグカップ、上の持ち手のない器がドリッパーで底に穴があいている。そして、銀色の金属カップのように見えるのがフィルターで底がメッシュになっていて、紙のフィルターを使わなくてもよい。フィルターの下にあるのが、ドリッパーのふたとフィルター置きを兼ねる。

おもしろグッズというつもりで、淹れたコーヒーの味には大して期待していなかったが、いざ、家にあったコーヒーの粉で実際にコーヒーに淹れてみると、いつも使う逆三角形のドリッパーで淹れるより、はるかにおいしい。スーパーで200g400円~500円ぐらいで売られいたごく普通の粉なのだが、全然味が違った。
箱に書いてある説明では。「ペーパーフィルターを使わないことでエコにコーヒー豆本来のコクと旨みも味わえる」と書かれている。
使ってみて思うのは、円柱型のドリッパーの形もプラスに作用しているのでは亡いかと思う。底が広いうえに抽出口が1つなので、通常の逆三角形のドリッパーに比べて、湯が長くドリッパーに滞留して、説明書き通り、より多くのコクと旨みを抽出できるのではないかと思う。

これまでと、コーヒーを淹れるのにかかる時間は大して変らないので、少し得した気分だ。

難点を言えば、一度に一杯分しか淹れられないことだなと思って、我が家でこれまでコーヒーを淹れるのに使ってきたティーポットに、上のドリッパーだけをのせてみると、ちょうどいい具合にはまった。これなら、フィルターに少し多めの粉を入れれば、2~3人分を入れることは可能だ。

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このコーヒー・メーカーの製造元は岐阜にある山加商店という陶磁器メーカーで、ムーミン以外にもピーター・ラビットやバーバー・パパなどのキャラクター商品を扱っているが、コーヒー・メーカーはムーミンブランドだけのようだ。また、同じヤマカのマグカップには同じサイズの物があり、我が家にあったスナフキンとムーミンママのマグカップでも使えた。

2012年末の、私にとってのちょっといい話である。

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2012年11月23日 (金)

漫画『坂道のアポロン』ボーナス・トラックとのファンブック、ログブックを読み、アニメ『坂道のアポロン』のブルーレイディスクで見た制作関係者の本気

今年(2012年)4月~6月にフジテレビの深夜のアニメ枠である「ノイタミナ」で放送されたアニメ『坂道のアポロン』(全12話)。原作は小学館の少女マンガ誌月刊「フラワーズ」に連載され、第1巻の発売が2008年4月。今年の1月には第57回小学館漫画賞(一般向け部門)を受賞している。

私がこの話を知ったのは、たまたま木曜日の深夜まで、うとうとしながらテレビを見ていた時。たまたま、第2回の放送を目にしたのだが、一気に引き込まれ、以来毎週録画予約をして欠かさず見た。

舞台は1960年代半ばの長崎県佐世保市の東高校。横須賀から高校1年生の西見薫が転校してくる。前の高校では首席だったという薫だが、父は外航船の船員、母は離婚して薫が幼い頃に家を出ており、船員の父は航海でほとんど家にはいない。今回の転校も佐世保の親戚の家に預けられためだ。父の仕事の関係で、たびたび転校を繰り返してきた薫は、どこにも自分の居場所はないと思う孤独な青年だ。

薫は同じクラスの迎律子に好意を抱くが、彼女はやはり同じクラスでいつも誰かとケンカばかりしているバンカラな幼なじみの川渕千太郎に思いを寄せている。
律子の家はレコード店で、千太郎の家と隣どうし。また律子の家の地下には、ジャズの練習のためのスタジオがあり、千太郎がドラムを叩き、律子の父がベースを弾く。クラシックピアノを習っている薫は、ひょんなことから、千太郎とジャズのセッションをすることになり、薫・律子・千太郎の青春ストーリーが始まる。
そこに、仙太郎の兄貴分である東京の大学に通う桂木淳一、薫たち三人の高校の1年先輩である深堀百合香が加わり、憧れ、恋、妬み、落胆といった様々な人間模様が繰り広げられる。

結局のところ、この青春ストーリーにすっかりはまってしまい、原作のコミック全9巻を買いそろえ、放送終了後の7月から順次発売されたブルーディスク4巻も買い揃えた。

11月にマンガのメインストーリーの番外編として10冊目の『坂道のアポロン BONUS TRACK』が発売されたため購入。また、小学館から「坂道のアポロン公式ファンブック」、学研から「坂道のアポロン オフィシャルログブック」が発売されているのを知り、ネットで3冊まとめて注文した。

坂道のアポロン BONUS TRACK サントラCD付 特別版 (小学館プラス・アンコミックスシリーズ)
坂道のアポロン BONUS TRACK サントラCD付 特別版 (小学館プラス・アンコミックスシリーズ)

坂道のアポロン オフィシャルログブック
坂道のアポロン オフィシャルログブック

坂道のアポロン Official Fan Book (フラワーコミックス〔スペシャル〕)
坂道のアポロン Official Fan Book (フラワーコミックス〔スペシャル〕)

ログブック、ファンブック、ブルーレイのメイキング映像には、原作者の小玉ユキ、アニメの監督渡辺信一郎、音楽を担当した菅野よう子、またアニメ化でのポイントとなる薫のピアノを実際に演奏した松永貴志、千太郎のドラムを叩いた石若駿、また薫、律子、千太郎の声優を務めた木村良平、南里侑香、細谷佳正など関係者のインタビューや対談がおさめられている。
これらのインタビューや対談を見て思うのは、特にアニメ制作に関わった関係者は、原作をこよなく愛し、いい作品を作ろうと本気で取り組んでいるということだ。
実際のピアノやドラムの演奏をビデオで様々な角度から撮影し、まず、映像を編集したうえで、アニメの原画を描くという手間のかかる作業をしている。

私が第2回の1話だけを見て、引き込まれたのは、制作に関わった人たちの本気が映像を伝わったからだろうと思った。

この作品に描かれているる1960年代の世相は、1960年生まれの自分にとっては、自分が育った時代と重なるものであり、描かれる高校生活はこんな思いをしたこともあったなと思わせるものだった。
原作は少女マンガ誌に掲載されたものだが、マンガもアニメも、男女や世代を超越した作品になっていると思う。

以前の記事:2012年6月10日(日):深夜アニメ『坂道のアポロン』が素晴らしい

坂道のアポロン 第1巻 Blu-ray 【初回限定生産版】
坂道のアポロン 第1巻 Blu-ray 【初回限定生産版】

坂道のアポロン 第2巻 Blu-ray 【初回限定生産版】
坂道のアポロン 第2巻 Blu-ray 【初回限定生産版】

坂道のアポロン 第3巻 Blu-ray 【初回限定生産版】
坂道のアポロン 第3巻 Blu-ray 【初回限定生産版】

坂道のアポロン 第4巻 Blu-ray 【初回限定生産版】
坂道のアポロン 第4巻 Blu-ray 【初回限定生産版】

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2012年6月10日 (日)

深夜アニメ『坂道のアポロン』が素晴らしい

フジテレビで木曜深夜(正確には金曜日の0時45分から)にアニメを放送してる「ノイタミナ」という枠がある。そこで今放送されているのが、『坂道のアポロン』だ。

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いま思えば、たまたま、第2回の放送日だった4月19日(木)の夜テレビの前でうつらうつらしていると始まったのが、高校生を青春をテーマにしたアニメ、なつかしい九州の言葉とJAZZを背景に、都会からの転校生のカオルが、クラスの女の子にほのかな恋心をいだきながら、周りに少しづつになじんでいく様子が、2回の転校を経験した自分には人ごとに思えず、その後、毎回欠かさず録画して見ている。

原作は小学館の月刊フラワーズに連載された小玉ユキの同名のコミック『坂道のアポロン』。(2011年の一般向け部門の小学館漫画賞を受賞している)
物語の舞台は1966年の佐世保(長崎県)。横須賀からの転校生は優等生の西見薫。クラシックピアノを奏でる。父は船乗りで、佐世保に親戚に一人預けら、転校してきた。
転校した高校で、素朴で心優しい律子、律子の幼なじみでバンカラで悪ガキの千太郎と知り合い、律子にほのかな恋心をいだくが、律子は千太郎に思いを寄せている。
そこに、律子・千太郎の近くに住み東京の大学に進学した淳兄(ニイ)こと淳一、偶然しりあった高校の1年先輩の美女百合香が登場する。淳一は千太郎にとって子どもの頃からのあこがれの存在。その千太郎は百合香に心奪われ、百合香と淳一はそれぞれに相手が気になる存在。
友情と恋心が複雑に絡みあう昭和の青春群像が描かれている。主人公たちから10歳ほど年下になる自分にとって、ここに登場する誰もが、あの頃見知ったちょっと年上の誰かに似ているような気がする。
ストーリーの展開につれ、登場人物それぞれの境遇や過去がすこしづつ明らかになっていき、物語の厚み・奥行きも出てきている。

見損なった初回放送を補うため原作コミックの全9巻を購入し、読み始めているが、アニメもほぼ原作に沿った展開になっているようだ。

「月刊フラワーズ」ホームページ『坂道のアポロン1』試し読み
http://flowers.shogakukan.co.jp/tameshi/apollon/index.html

全9巻の原作に対し、アニメの放送予定は12話。すでに9話まで放送が終わり、残りは3話となったが、全部揃えた原作は放送のペースにあわせて読んでいこうと思っている。

また、この作品の背景に流れる音楽はJAZZ。律子の実家のレコード店の地下にスタジオがあり、千太郎がドラム、淳一がトランペット、律子の父がベースでセッションを行っているが、そこに薫のピアノが加わる。紙媒体の雑誌やコミックでは音符記号でしか表現できない世界を、アニメでは実際のジャズ奏者が演奏した音源を使い、原作の世界をさらに豊かに表現している。

原作コミック購入にあわせ、作中で使われるJAZZ曲をまとめたサウンドトラックのCDも購入、すっかり『坂道のアポロン』にはまっている。

アニメ 坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック
アニメ 坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック

あとは7月27日発売されるというアニメの1~3話をまとめたブルーレイディスクを買おうかどうしようか悩んでいる。

坂道のアポロン 第1巻 Blu-ray 【初回限定生産版】
坂道のアポロン 第1巻 Blu-ray 【初回限定生産版】

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2011年7月 5日 (火)

有川浩の図書館戦争シリーズ第4作『図書館革命』読み、アニメ『図書館戦争』のDVDを見る、『阪急電車』も読了

私が最近、夢中になって読んでいるのは有川浩だが、6月下旬に彼女の代表作「図書館戦争シリーズ」の第4作『図書館革命』の文庫版(角川文庫)が発売された。

図書館革命 図書館戦争シリーズ4 (角川文庫)
図書館革命 図書館戦争シリーズ4 (角川文庫)

図書館を検閲から守るための図書隊に入隊した笠原郁と彼女の教官であり上司となった堂上篤の物語の4冊目。今回は、福井にある敦賀原発がテロ組織に襲撃されたというニュースが流れるというオープニングである。似たような小説を書いた作家当麻蔵人が危険人物として良化委員会からマークされ、拘束されれば執筆の自由を奪われることになるのは確実という状況の中、図書隊が表現の自由を守るため当麻の保護を任される。
どのようにすれば、検閲に対抗して作家当麻蔵人を守れるのか。図書隊の中で、議論がされるなか、郁が何気なく発した一言で、図書隊の方針が定まり、当麻の保護作戦が始まる。手に汗握る展開は、これまでの3作がいくつかのエピソードが集まった短編集的な仕立てであったのに対し、作家当麻を守るというテーマがエンディングまで一貫した長編小説仕立てになっている。
映像化するなら、3作までは週1回の連続ドラマ、第4作はドラマが好評だったので企画された2時間ほどのスペシャルドラマか、劇場版映画といったところだろうか。

原作を第4作まで読み終わったところで、実際に映像化され作品であるアニメの『図書館戦争』シリーズのDVDを家の近くのレンタルショップで借りて来て、全5巻・計12話(各30分)を見た。

基本的にはやはり原作の第3作までのエピソードを中心に作られていて、一部は割愛し、一部新たなエピソードが追加されているが、よく原作の雰囲気を表していると思う。
ひょっとすると、原作の文庫化で再び「図書館戦争」シリーズのブームが起きれば、第4作『図書館革命』の映像化もあるかもしれない。

3ヵ月ほど前、図書館戦争シリーズの『図書館戦争』『図書館内乱』と一緒に買いながら、まだ読んでいなかった『阪急電車』もようやく読み終わった。

阪急電車 (幻冬舎文庫)
阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急の今津線の各駅を乗り降りする人々の何人かに焦点を当て、丹念に人物を描いていく。そして、その人々がたまたまある電車に乗り合わせたということで、言葉を交わし、それが一人の人生を少し変えていく。その人の出会いの機微を抑えた筆致でうまくあらわいているように思う。
映画化され、中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子など出演したようだ。中谷美紀と宮本信子が誰を演じるかは、いくつかみた映画の番宣や役の年齢でわかるが、果たして戸田恵梨香は誰を演じるのだろうか?また、女性の相手役となる男性も何人か登場するが。どのような配役なのだろうか。ロングランだった映画館での上映もそろそろ終りそうなので、映画を見に行くか、DVDレンタルが始まるまで待つか、考えないといけない。

<追記>映画『阪急電車』については、この記事を書いた週末に、まだ池袋で上映していた映画館があったので、池袋まで出かけて見た。原作の雰囲気がうまく映像化されている。映画を見たら、阪急今津線に乗りに行きたくなった。

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2010年8月 9日 (月)

安彦良和著『虹色のトロツキー』愛蔵版全4冊を一気に読み上げる

先週、ようやくこの半年くらい絶え間なく続いていた仕事が一段落したのと、先週が土曜日まで飲み会が続き、とても昨日1日で回復できそうになく、今日は一日休暇をとった。

せっかくの休みなので、先月買ったままで、ほとんど手つかずのままおいていた安彦良和著『虹色のトロツキー』愛蔵版全4冊(双葉社)を、1日かけて読み上げた。

虹色のトロツキー愛蔵版1
虹色のトロツキー愛蔵版1

虹色のトロツキー愛蔵版2
虹色のトロツキー愛蔵版2

虹色のトロツキー愛蔵版3
虹色のトロツキー愛蔵版3

虹色のトロツキー愛蔵版4
虹色のトロツキー愛蔵版4

『虹色のトロツキー』は建国まもない満州国を舞台に、日本人の父とモンゴル人に母を持つ青年ウムボルトが時代に翻弄されながら生き、戦う姿を描いた作品だ。

作者の安彦良和はアニメーターとして「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインを担当したことでも知られるが、今回の『虹色のトロツキー』愛蔵版4の巻末に収録されているインタビューでは、

「昭和天皇が死んだ年にアニメを辞めました。(中略)今度は、多少売れなくても、自分の好きなことをやっていこうと踏ん切りもついていました」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻526ページ)

と語る通り、1990年代に入ってからは、漫画家として多くの作品を発表しており、この『虹色のトロツキー』も1990年11月から1996年11月まで6年に渡り『月刊コミックトム』に連載されたものである。

安彦作品には、歴史を題材に取り上げたものが多くあり、一時期、特に古代史に凝っていた頃、日本の古代史・古事記に取材しで古事記巻之一『ナムジ』(大国主命が主役)、古事記巻之二『神武』(神武天皇が主役)、古事記巻之三『蚤の王』(野見宿禰が主役)のシリーズを中公文庫コミック版で読んだ。

ナムジ―大国主 (1) (中公文庫―コミック版)
ナムジ―大国主 (1) (中公文庫―コミック版)

神武―古事記巻之二 (1) (中公文庫―コミック版)
神武 (1) (中公文庫―コミック版)

蚤の王―野見宿禰 (中公文庫―コミック版)
蚤の王―野見宿禰 (中公文庫―コミック版)

記紀神話と満州国については、本人の中で一つの共通軸で意識されていたことが、『虹色のトロツキー』愛蔵版4の巻末インタビューでは語られている。

「戦後民主主義にとっての二つのタブーとして、古代神話と満州があってどちらもナショナリズムと結びついているんです。そのタブーを全面否定でない形で扱おうとすると、民主的でないから触れるべきではないとされてしまう。(中略)『ナムジ』と『虹色のトロツキー』は、はじめて書きたいものを書いた作品だったんです。」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻526ページ)

古代記紀神話は、忌むべき皇国史観の裏付けであり、満州国はその実践であるということで、戦後民主主義にとっては思い出したくない過去の遺物といことになるのだろう。しかし、何も知らせない、教えないということが本当によいのかとつい考えてしまう。
古事記が語る古代史の中にもひとかけらの真実は隠されていると思うし、満州国のありようについても、本来、きちんと総括する必要があるはずである。

『虹色のトロツキー』は、主人公ウムボルトこそ作者の創作の産物であるが、主人公を巡る人びとの中には、石原完爾、辻正信、甘粕正彦、川島芳子、尾崎秀実など多くに実在の人物が登場する。
作者はインタビューの最後に次のように語る。

「明らかに問題ある人物を除いては、皆なにがしかずつ正しくなにがしかずつ間違っていたというわけです。その人が好むと好まざるとにかかわらず立たざるをえなかった立場や、自己形成の過程で引きずってきてしまっている観点というものがあって、そういう人たちの寄り集まりが、この世の中なんです。ある立場の人たちの陣営と、違う人生の人たちの集まりがあって、どちらが正しいか間違っているかといことを判断することは、所詮できないのです。」(『虹色のトロツキー』愛蔵版第4巻528ページ)

真珠湾攻撃で日本が日米開戦の泥沼に入りこむ前の歴史とて、すべてが必然ということではないだろう。

知の巨人・超人と言われる松岡正剛が現在、丸の内丸善本店4階に松丸本舗という松岡書店ともいうべきコーナーを設けていて、それをテーマに『松岡正剛の書棚』という解説本が出され、その中で松丸本舗に収められている古今東西のお勧め本が紹介されている。
本書『虹色のトロツキー』はその中(115ページ)でも「安彦良和の傑作中の傑作」として紹介され、さらに「半藤一利の『昭和史』を読んで面白いと思った読者はぜひ読んでもらたい」と書かれている。
『虹色のトロツキー』から『昭和史』へ遡ってみるのも面白いのではないかと考えている。

松岡正剛の書棚―松丸本舗の挑戦
松岡正剛の書棚―松丸本舗の挑戦

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)
昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)

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2009年8月20日 (木)

高校書道部を描く学園コミック『とめはねっ!』全5冊を読み終わる

先日、競技かるたを題材にした『ちはやふる』(末次由紀著)を読んだばかりだが、『とはやふる』の存在を知った松村由利子さんのブログ(そらいろ短歌通信)のその日の記事のコメントに『とめはねっ!』も紹介されていて、いずれ読んでみようと思っていたものだ。

とめはねっ! 1

とめはねっ! 2

とめはねっ! 3

とめはねっ! 4

とめはねっ! 5

舞台は、神奈川県鎌倉市にある私立鈴里(すずり)高校。書道部は日野ひろみ、加茂杏子、三輪詩織という2年生女子3人しか部員がおらず、部員が5人揃わないと廃部という存続の危機にある。そこに、ひょんなことから新入生で帰国子女の男子生徒大江縁(ゆかり)と柔道部で全国準優勝の望月結希が入部することになる。
海外生活が長く日本語も日本のことも知らず、性格的にも気弱な大江縁(ゆかり)と男子生徒でも投げ飛ばす勝ち気な望月由希、さらに個性的な2年生3人が加わって繰り広げられる書道部の日常を描いている。第1巻の裏表紙のキャッチコピーには「文化系青春コメディー」とあり、肩の力を抜いて気楽に読める。

しかし、その中で、語られる書道の基本や、中国の書、書家の歴史、筆や墨など書道の道具に関わるエピソードは知らないことも多く「へぇー」と思わせられることも多い。
また、作中で5人は多くの書を書くが、募集や依頼により書道の先生や高校書道部の在校生などが書いたもの集め、その作品をPC等で処理して使っているようだ。
読者参加型で作られる作品であることが、『とめはねっ!』の人気の秘密のひとつなのかもしれない。

私自身は小学校4年の一年間、書道教室に通った経験があるが、ちっとも昇級せず、何が楽しいかもわからなかった。当時、同級生が通っていた剣道の教室に誘われ、そちらの方が面白そうだと、書道教室は辞めてしまい、剣道に鞍替えした思い出がある。
中学に入っても字は下手だった。それでもペン字だけはある時思うところがあって、丁寧に書く努力を続けていたら、半年ほどで何とか見られる字になったが、毛筆で書く「書」は相変わらす下手である。
いつか、もう一度、きちんと書道を学んで、せめてはがきの宛名ぐらい毛筆で書けるようになりたいというのが、ささやかな夢のひとつである。

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2008年12月23日 (火)

渡辺明竜王の5連覇と「スラムダンク」の安西先生

竜王位防衛が決まった直後の渡辺明竜王のブログを読んでいたら、竜王の奥さんが「妻の小言」というタイトルで書いているブログへのリンクが張ってあった。竜王は、多くの人から「奥さんの絵がよかたんじゃないか」と言われたらしい。

リンクをたどると、そこには、将棋盤を挟んで、立っている安西先生と座っている渡辺明竜王が向かいあっているイラスト。安西先生が「あきらめたらそこで試合終了だよ」という、「スラムダンク」の中でも、一番の名台詞を語っている。

高校バスケットを題材にした井上雄彦の劇画『スラムダンク』は、90年代に大ヒットし、TVアニメにもなった。スラムダンクの舞台の湘北高校バスケット部には個性的なプレイヤーが集まるが、その中でも異彩を放つのが三井寿(みついひさし)である。

湘北高校バスケット部のキャプテン赤木、副キャプテン木暮の同級生。県の中学バスケットボール大会の優勝経験を持つが、湘北高校バスケット部入部後、膝を痛めバスケットができなくなり、その後は荒れて不良になり、バスケット部の後輩たちをいびるという鼻つまみものに成り下がってしまう。バスケット部の練習中に不良仲間とバスケット部の練習に殴り込みをかける。しかし、さんざん、暴れまわった三井が、あらわれた安西先生の姿を見ると、「安西委先生バスケがしたいです」突然泣き崩れる。殴り込みに来た不良が、実は最もバスケットを愛していたという劇的な展開となり『スラムダンク』の長いストーリーの中でも、最も印象に残るシーンである。安西先生の前で、不良の三井さえ泣き崩れてしまうエピソードがそこには隠されている。

三井がキャプテンとして優勝した県の中学バスケット大会決勝では、実は相手チームにリードを許し、ゲームセット寸前になっていた。その時、来賓席にいた安西先生の席に三井が追うボールが飛び込む。そのボールを三井に手渡すときに、安西先生が語ったのが、この「あきらめたらそこで試合終了だよ」の言葉である。それに奮起した三井は、そこから逆転のスリーポイントシュートを放ち、中学チャンピオンの座を手にする。安西先生の励ましに感動した三井は、湘北高校に進学し、バスケット部に入部したのだ。

この「あきらめたらそこで試合終了だよ」との精神は、『スラムダンク』全編に流れるメッセージでもある。弱小だった湘北高校が桜木花道という破天荒、型破りは素人と超高校級の流川楓という1年生二人を迎えたことでなんとかチームの体裁を整え、県のインターハイ出場常連校に挑む中で、常にあったのは「あきらめない」という姿勢であったように思う。

渡辺竜王の奇跡の逆転防衛の陰に、『スラムダンク』の安西先生の一言が隠されていたとは、『スラムダンク』ファンとしては、うれしい限りである。

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2006年6月 3日 (土)

ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?

前々回前回と『魔法ファンタジーの世界』から、長々と引用させてもらったが、私が最近、子供たちが見ているアニメを見ていて、感じていたこととすごく近い気がしたからだ。

魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)
魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)

最近、子供たちの間で流行っているアニメは、我々が住んでいる現実世界とは、違うルールで動いている別の世界での話が多くなっているような気がする。

それが、いわゆるこれまでファンタジーと呼ばれてきた範疇に入るものなのかどうかは何とも言えないが、別の世界は、霊界であったり、未来社会らしきところであったり、いずれにせよ、現実世界とは違うルールで動いており、しばしば魔法や超能力のようなものがまかり通り、闇の世界の支配者や絶対悪のような存在がいる。

一方、主人公には、常人にはない超人的な能力や霊力が潜在している。悪役に窮地に追い詰められた主人公は、最後は、潜在的に持つ超能力や霊力で、窮地を脱するし、それはしばしば、相手を殲滅し殺戮という形で終わる。見ていて、何の得るところも無いし、楽しくもない。

作者は、心を病んでいるのではないか?自分の中の、不安やいらだちを、そのような形で漫画として表現しているだけではないか?それを喜んで読むファンがいて、それがアニメとなり更に多くに見られるようになる。どこか、間違っていないか?
我が家では、TVゲームは買っていないので、ゲームの世界の話はわからないが、似たりよったりだろう。

著者は言う。

そもそも、なぜこれほど恐ろしいもの、グロテスクなもの、血みどろなものが求められるようになったのだろう。ここでは、その謎にまで踏み込んでいく余裕はないが、現在の魔法ファンタジーがそういう需要にも支えられたものだということは、気にかけておかねばならない。魔法ファンタジーによくある「善」と「悪」の戦い、「光」と「闇」の戦いとはいう構図には、たしかに人間の暴力への欲求、だれかを痛めつけることへの欲求を、野放図に解き放ってしまいかねない恐ろしさがあるのだ。(同書98ページ)

優れた良質のファンタジーは、そのようなものではないはずだ。ファンタジーという枠組みだけを借りた、単なる俗悪なファンタジーもどきがはびこっていないか?リアリズムの作品であれば、到底受け入れられないものが、蔓延していないか?自分の身の回りをもう一度、見直す必要があると思う。何を読み、何を見るべきか(あるいは見るべきでないか)、親として子供たちに対しても、語りかける必要があるだろう。

ちなみに、『魔法ファンタジーの世界』という本では、私がとりあげたような話題は、そのほんの一部であって、その大部分は、優れた良質なファンタジーについての評論であり、特にそのルーツである、ヨーロッパ各地の伝説や神話について語っている部分は一読の価値があると思うので、念のため。

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前回、リアリズムの世界が制約があって書けないことも、ファンタジーであれば書けてしまうというところまで書いたかが、これによって新天地が開かれたのが、冒険物語であると著者は語る。

19世紀の冒険物語は基本的にリアリズムで、ヴェルヌの空想科学小説が異色だが、20世紀に入ってこのジャンルが急速に衰退した理由ははっきりしている。その理由のひとつは、主人公の行く手をはばむ敵として、人食い人種、インディアン、敵国の人間などを気楽に使えなくなったことであり、もうひとつは、(中略)交通手段、通信手段が便利になりすぎて、「ジャングルの中で行方不明」といった状況がリアリティを感じさせにくくなったということだ。(『魔法ファンタジーの世界』68ページ)

(中略)新天地の可能性が明らかになるにつれて、以前ならリアリズムの冒険物語作家になったはずの人たちが、大挙してファンタジーの世界になだれこんでくることになった。(同書69ページ)

ここで、問題が生じて来る。

リアリズムの冒険物語における敵は、どんなに凶悪でも人間は人間だし、ライオンや大蛇の場合は危険なだけで悪とは言えないわけだが、ファンタジーにおける敵は、場合によってはもっとおそろしい「絶対悪」になることもある。「絶対悪」が相手なら、それを倒すためにどんな手段を使ってもいいじゃないか、ということになりかねない。(同書69ページ)

一方、著者の懸念は以下の通りだ。

最近、ひとつ気になっていることがある。それは、最近のファンタジー的な読み物、アニメ、ゲームの類に、「しかえし」や「こらしめ」の欲望を魔法で満たすというものが、目立って増えているように思えることだ。それらが歓迎されているのだとしたら、「しかえし」や「こらしめ」の欲望に共感をいだく読者が増えているということになる。たしかに、「しかえし」や「こらしめ」は、主人公や自分が善で相手が悪であることに何の疑問も持たなければ、すかっと気分のいいものではある。しかし、そんな気分の良さに身をゆだねているのは、とても危なっかしいことではないだろうか。(同書39-40ページ)

自分が正義の側にいると信じることの恐ろしさは、悪の側にいる物をどんなに厳しく処罰してもかまわないように思えてしまうことだ。(中略)最近の子供たちに人気のあるアニメ、ゲーム読み物などのなかには、殺すことも含んだ血なまぐさい「こらしめ」が、ふんだんに盛り込まれていいるようで、その恐ろしさは言語に絶する。(同書96、98ページ)

我々自身、日常の生活の中で、自分の方が正しい、正義であると思い、相手を「こらしめる」ことを正当化していないか。物事は、何事も二面性があり、絶対的な正義も、絶対悪も本当は、存在しないのではないだろうか?そんなことを考えさせられた。(長くなったので、更に次回へ)

魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)
魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)

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