2008年6月20日 (金)

本日25万アクセス突破と昨日からblogranKing.netの「日記(40代~)」で2位復帰

今日(2008年6月20日)、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が25万アクセスに到達した。15万アクセスが昨年の12月14日、20万アクセスが3月15日なので、この半年間は、3ヵ月で5万アクセスというペースである。
訪問していただいた方、ありがとうございます。

登録している「blogranKing.net」の日記カテゴリのサブカテゴリ「40代~」でしばらく4位に戻っていた順位が昨日から2位に復帰した。
将棋の羽生新名人誕生で過去の記事も含め、将棋関連の記事が読まれた。今日は、総合ランキングも687位まで上昇。今日現在の登録ブログ数が4万600件なので、目標としてはいつかは、上位1%の400位以内に入れればと思う。

総合 カテゴリ:日記 サブカテゴリ:40代~
6月19日 724位 29位 2位
6月20日 687位 27位 2位

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2008年6月 5日 (木)

BlogranKing.net(ブログランキング ドット ネット)のサブカテゴリ「日記:40代~」で再び2位に

先月(2008年5月)の17日に、登録しているBlogranKing.net(ブログランキング ドット ネット)の「日記:40代~」で久しぶり2位になったことを書いたが、やはり瞬間最大風速で、翌日には3位に戻り、その後、しばらくして定位置ともいえる4位に戻った。

最近、新年度入りで、将棋の話題を書くことが、多く、将棋の記事は比較的読んでもらえる1日1000アクセスを超える日はないものの、コンスタントの500~700台のアクセスが続き、昨日、数日前の3位に復帰、今朝の表示では、なんといきなり2位になっていた。

今回は、私のブログのアクセス数が伸びたというよりは、上位のブログのランキングが低下気味で、総合順位からすると、前回2位になった時よりは、かなり低いレベルだ。

「日記:40代~」で2位になったからといって、特典などがあるわけではなし、単なる自己満足でしかないのだが、こういうことがあると、無理しても毎日書き続けようという励みになる。
いつかは、1位を取ってみたいおのだと野望を胸に秘めているが、「日記:40代~」の1位のブログは、総合順位でも200位前後、「日記」カテゴリでも3位というレベルでまだまだ及びもつかない。

コンスタントに1日1000アクセスくらい記録されるようになれば、届くのだろうか。気長に、一歩ずつステップアップしていければと思っている。

前回と今回の記録は以下の通り。
○前回(2008年5月17日)

総合 カテゴリ別(日記) サブカテゴリ別(40代~)
本日 644位 25位 2位
前日 648位 26位 3位

○今回(2008年6月5日)

総合 カテゴリ別(日記) サブカテゴリ別(40代~)
本日 803位 33位 2位
前日 821位 34位 3位

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2008年5月17日 (土)

羽生二冠の記事へのアクセス増でBlogranKing.net(ブログランキング ドット ネット)のサブカテゴリ「日記:40代~」で久々に2位に

総合 カテゴリ別(日記) サブカテゴリ別(40代~)
本日 644位 25位 2位
前日 648位 26位 3位

私が自分のブログを唯一登録しているのが、BlogranKing.net (ブログランキング ドット ネット)。「日記」というカテゴリの「40代~」に登録している。通常は総合ランキングで1000位前後、「日記」カテゴリで35位前後、そのサブカテゴリ「40代~」で4位というのがここしばらくの定位置だった。
今日(2008年5月17日)のランキング集計で、サブカテゴリ「40代~」で久方ぶりの2位(銀の王冠)を記録した。昨年の4月頃と6月頃に記録したことがあるが、それ以来だろう。

このランキングは、総アクセス数ではなく、ユニークアクセス数(1人アクセス者のその日の最初のアクセスのみカウント=1日のアクセス者総数)がベースで、その1週間の累計に、ブログの更新頻度が加味される。私のこのブログにどれだけ多くの人が関心をもってアクセスしてくれるかにかかっている。

昨年、2位を記録した要因は、将棋の名人戦の記事へのアクセスが増えたからで、名人戦の各局の後は、アクセスが増加。名人戦の対局の翌日のアクセスが突出し、1週間経過するとその突部分が剥落し、ランキング順位ももとに戻るというパターンだった。

昨年4月2万6000台だったBlogranKing.net の登録ブログ数は、その後増加の一方で、いまでは4万件突破目前。1年余で1.5倍に増加している。それだけ、競争も厳しくなっていると言えるだろう。

今年も将棋の名人戦が始まって、少しアクセス数がふえる傾向にあり、「40代~」で3位にはなることはあったが、2位は遠かった。
今回はのアクセス増は、名人戦に加え、羽生善治二冠に関する将棋関連の他の記事がアクセス増を押し上げた。
ちょうど1週間前の5月10日(土)名人戦第3局の羽生二冠逆転の記事のアクセスが多く、アクセス数・ユニークアクセス数も急増した。
週明け5月12日(月)には前夜に起きたネット将棋最強戦で羽生二冠がクリックミスで敗れた記事にアクセスが急増した。それほど読まれると思わずに書いたものだったので、関心の高さにこちらの方が驚いた。
そして5月14日には、特別な記事を書いた訳でもないのに、昼前からアクセスが急増。調べてみると、2006年9月に『将棋世界』をネタに書いた「森内名人から見た羽生善治3冠」という記事に2チャンネルでリンクが貼られ、そのリンクを経由してアクセスが急増していた。

今日は、通常レベルアクセス数にもどっているので、サブカテゴリ2位も1日限りのことだと思うので、備忘録として書き残しておく。

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2008年5月 2日 (金)

ブログにおける睡眠の効用

ここのところ、ブログの更新をその日のうちにできないことが多い。仕事から帰ってきて、夕食をとった後、パソコンに向かいメールのチェックなどし、今日のブログの題材は何にしようかなどと考えているうちに、猛烈な睡魔が襲って来る。
ちょっとだけ横になろうと思って、横になるとそのまま寝入ってしまい、気づいたら3時間ぐらい眠っていて、もう日付が変わってしまっているということが多い。

そこから、やおら起き出して、前日分のブログの記事を書き出すのだが、不思議なことに、そのような時の方が、筆が進むことが多い。

眠りに落ちる前は、何を書こうかなかなかまとまらないのだが、数時間寝入った後に起き出して書くと、テーマについて「これしかないな」と言う気になっていて、それさえ踏ん切りがついてしまえば、あとは比較的まとめやすい。

よく、「脳は眠っている間にも働いている」というようなことが言われるが、きっと、私が寝入っている間に、脳の中では、情報の取捨選択が行われ、テーマの選定が進められているのだろう。

古来、人びとは、そういった脳の働きを実感していて、「下手な考え休むに如かず」などという言葉を考え出したに違いない。

以前、やはりこの言葉をネタに書い記事があったと調べてみたら、1年ほど前にも同じようなことをやっていて、少し情けなくなった。(2007年7月10日:「下手な考え休むに似たり」は誤用?)

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2008年4月12日 (土)

再び書きかけの記事が消える

今日は、歌手の徳永英明『VOCALIST』シリーズが3作で300万枚を突破し、この4月9日には3作をまとめた『VOCALIST BOX』というセットアルバムが発売されたことに関し、いろいろデータなども調べ、半日かけてほぼ記事を書き終えていた。

ちょうど、夕食の時間になり、パソコンもやや反応が重たくなっていたので、ブログを書くのに使っている「ホームページ・ビルダー」の「未投稿記事として保存」というボタンを押し、書きかけの記事として保存したはずだった。

しかし、食事を終えて、再び書きかけ記事を仕上げようと思って呼び出すと、書きかけの記事のタイトルが並んでいるはずのスペースは、何の文字もない白紙。

「えっ!」「うそー!」である。時々、「ホームページ・ビルダー」にはこうして裏切られる。もうすでに、夜11時を回り、今から一から思い出して、再生する元気はない。
やはり、そういう時は、いったん、「ワード」にでも原稿をバックアップしておかなくてはいけない。過去の失敗で、学んだはずなのに、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということわざの通りになっている自分がなんとも情けない。

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2008年4月 8日 (火)

3月31日に700タイトルを記録、目指せ年内1000タイトル

改めて、チェックしてみるとちょうど3月31日に書いた「辞書の季節、金田一晴彦さんの理想の辞書の新版」の記事が700件めだった。

600タイトルが昨年の年末12月25日、その後も1日1タイトルのペースは守っているので、順当なところだろう。

当面の区切りである1000タイトルまでは、4月に入って書いた8件があるので、292。1日1件のペースに多少書き足せば、2008年の年末までになんとか達するかもしれない。

年内に1000タイトルを目標に、1日1件を継続することにしよう。

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2008年3月30日 (日)

森内俊之名人の竜王戦1組陥落の記事を書きかけのまま眠ってしまった3月30日

3月30日(日)の本来の記事は、将棋の竜王戦をテーマにしていたものを書いていた。

竜王戦1組で、森内俊之名人がランキング戦と呼ばれる1組の優勝者を決める本戦の1回戦で、今期1組の昇級してきたばかりの新鋭松尾歩七段に敗退、さらに1回戦敗退組の敗者復活戦である5位決定戦でも中原誠16世名人に敗れ、次年度2組に降級となる4人の一人に入ってしまったということをテーマに書いていた。

夜11時過ぎに書き始め、七割方書いたあたりで、不覚にもパソコンの前で寝入ってしまい、2時間ほどたって目覚めた時には、パソコンの方もスリープ状態。
今使っているノートパソコンは、スリープ状態の解除がうまくいかず、困っていたところだった。

スリープの黒い画面の後ろの隠れているはずの書きかけの記事はとうとう復活できずに終わる。

竜王戦の記事については、敗者が降級となる5位決定戦1回戦があと2局残っており、その1うちの1局がなんと羽生善治二冠(ランキング戦1回戦深浦康市王位に敗退)対谷川浩司九段(同、鈴木大介八段に敗退)というゴールデンカード。その結果を確認してから改めて書くことにしたい。
(2008年3月31日記)

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2008年3月15日 (土)

本日、20万アクセス達成!!

今日の午後2時58分にこのブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が20万件に達した。ブログ開設(2006年2月26日)から2年と半月ほどかかったことになる。

5万アクセスが2007年3月29日
10万アクセスが2007年7月19日
15万アクセスが2007年12月14日
20万アクセスが2008年3月15日

ということで、
最初の5万件までに1年1ヵ月余
5万から10万までが3ヵ月足らず
10万から15万までが約5ヵ月、
15万から20万までが約3ヵ月だった。

できれば、平均で1日1000アクセス、1ヵ月で3万アクセスしてもらえるようなブログに早くしたいものである。

アクセスしていただき、読んでいただいている方、ありがとうございます。

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2008年2月17日 (日)

子ブログ、『晩成-栄枯盛衰・前途洋洋「将棋編」』を立ち上げた

このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も、今月の26日には開設2周年を迎える。おかげさまで、開設の頃と比べると訪問して下さる方も増え、累計20万アクセスも3月中には達成できそうな勢いだ。書いた記事の数も玉石混交ながら650を超えた。

最初、何気なくネタの一つというつもりで書き出した将棋の記事が、名人戦の主催社移管騒動が起きたり、たまたま私が応援を始めた郷田真隆九段が名人戦の挑戦者になり、森内俊之名人から名人位奪取にあと一歩のところまで迫るなど、話題が増え始め、気がついて見ると将棋の記事だけ100件を超えていた。
最近は、アクセスの中心も将棋の記事になっている。

そのような背景もあって、2周年を一つの区切りと考えて、このブログから将棋関連の記事だけを抜き出した、子ブログを作ってみることにした。
ブログのタイトルは、『晩成-栄枯盛衰・前途洋洋「将棋編」』としてみた。「晩成」は、郷田真隆九段が、扇子に揮毫している言葉。「大器晩成」の「晩成」である。郷田九段の了解は得ず、勝手に使っているので、いずれ、手紙でもお送りして、了解を取るようにしなくてはと思っている。(ネット最強戦の優勝祝賀パーティで名刺交換はしたけれど、たくさんのファンがいたので、多分、覚えていないだろう)

しかし、あくまでメインはこの「栄枯盛衰・前途洋洋」で、ここにはこれまで通り、あらゆるテーマを扱い、将棋のことも書いていく。ただ、将棋の記事の場合は、同時に新しいブログにも、同内容の記事を書き、結果的に新しいブログは、将棋の記事だけが転載される形にしたい。
とりあえず、立ち上げに際し、2008年1月と2008年2月の記事は新しいブログにもコピーした。今後、おいおい、それ以前の分もコピーしてみるつもりだ。ご関心あるかたは、のぞいていただければと思う。

うまくいくようなら、『栄枯盛衰・前途洋洋「読書編」』など、それ以外のテーマの子ブログ化も考えてみい。

晩成-前途洋洋・栄枯盛衰「将棋編」はこちら

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2008年2月 2日 (土)

A級順位戦の注目度の高さを反映し、久しぶりに1000アクセスを超える

今日(2008年2月2日)、このブログへの1日のアクセス総数が1000アクセスを超えた。
このブログも今月の26日で開設2周年を迎えるが、これまで1日のアクセス総数が1000件を超えたのは、3回。

一番アクセス数が多かったのが、河合隼雄さんが亡くなった昨年(2007年)7月20日の1762アクセス。この日は、2006年8月24日に書いた「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」という記事だけで764件のアクセスがあった。
その次が、将棋の佐藤康光棋聖が5連続タイトル挑戦、しかし最初の4回はいずれも敗退し、最後に森内名人・棋王から棋王のタイトルを獲得した翌日の昨年3月29日。この日は前日(2007年3月28日)に書いた「5度目の正直、佐藤康光棋聖、棋王位獲得」という記事が1日で816アクセスを記録した。
そして3番目は、その佐藤棋聖がまさに棋王位獲得を決めた前日の2007年3月28日で1030件。

今日は、午後11時半過ぎには1030件を超えた。今日のアクセスの中心は昨日書いた「将棋第66期A級順位戦8回戦悲喜こもごもの結果」が450件以上読まれている。
それだけ、将棋のA級順位戦の結果については、主に将棋ファンの関心が強いということだろう。

1月から3月までの時期は、順位戦の各クラスの昇級・降級が徐々に絞られていくこともあり、将棋ファンの中でもプロの将棋の結果について、関心が高まるのだろう。
当面の次の目標として1日2000アクセスを意識して記事を書いていきたい。

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2008年1月18日 (金)

ブログランキング ドット ネット(BlogranKing.net)のサブカテゴリ日記:40代~で久々に3位に

対象総合日記40代~
本日 825位 27位 3位
前日 854位 30位 4位

上の数字は、私が自分にブログを唯一登録しているブログランキング ドット ネット(BlogranKing.net)での、今朝(2008年1月18日)のランキング。
登録しているカテゴリ「日記」のサブカテゴリ「40代~」で、本当に久しぶりに3位を記録した。
あまり順位の上下に一喜一憂しても意味がないとは思っているが、やはり上位ベスト3にランクされればうれしい。
このランキングに登録したのが、ちょうど1年ほど前の去年(2007年)の1月29日。当時は登録ブログの総数が2万8千件台だったが、現在は3万5千件台にまで増えている。
ランキングの基準となる数値は、このブログへ1日のユニークアクセス数の過去1週間の累計。一番ピークの時期には、「日記:40代~」で2位を記録したこともあったが、それは突発的に一日1700アクセスを超えた時で、最近は5位ないし4位が定位置だった。
最近、将棋の関係の記事を多く書いたこともあり、将棋に興味のある方に多く読んでいただだいている。昨年の秋から暮れにかけて1日300件台で推移していたアクセス総数が、このところ500台~700台で推移していて、おかげさまで久々の「銅の王冠(3位)」となった。

今日のアクセス数は1週間前を下回りそうなので、この順位が維持できるかどうかは微妙なところ。
普段、この「栄枯盛衰・前途洋洋」を読んでいただいている方に感謝の意味も込め、記念の意味で記録させていただいた。

引き続き、ご愛顧のほどよろしくお願いします。

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2008年1月13日 (日)

Googleの「PageRank」の不思議

世界に冠たる検索サイトのGoogleは、「PageRank」という仕組みで「世界中のWebサイトを重要度に応じて10段階にランク付しているという。数字が大きくなればなるほど、重要度は高いというものだ。

その重要度は何で判断されているかといえば、多のWebサイトからどれだけリンクが張られているか、重要度の高いサイトから多くリンクされているほど、リンク先のそのサイトも重要と見なされるというものである。

そして、Googleは検索結果の表示の際、その「PageRank」の高いものから順に表示していくので、Google検索で上位に表示されたければ、「PageRank」をより高くすることが重要になってくる。
その検索順位がより上位に表示されるようにする対策が「SEO(Search Engine Optimization)=検索エンジン最適化」である。

GoogleはPageRankを3ヵ月1回の頻度で見直しているという。
私のこのブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」は、開設して間もない頃、「PageRank4」と評価されたことがあった。個人のサイトでの「Rank4」はかなり高い評価なのでうれしくなり、さらにランクアップしようSEO対策もできる範囲ではやってみた。
しかし、ランクは上がるどころか、いつの間にか「Rank3」に下がり、さらに昨年の後半はさらに「Rank2」まで下がっていた。

ブログに関しての最優先事項は毎日更新だったので、「PageRankは、なるようにしかならない」とSEOの方は手抜き気味だった。そして、もうSEOの事など考えなくなっていた。
2008年の年があけ、ひさしぶりに自分のブログの「PageRank」を表示するブログパーツを見てみたら、今度はいつの間にか「Rank3」に戻っていた。

おそらくは、このブログを読んでくれたで、また読みに来てもよいか、と思われた方が「お気に入り」などに登録していただいた結果、総リンクが増え、再び「Rank3」に戻ったのだろう。

リンクを張ったり、ブックマーク、お気に入り登録をしてくれた皆さんありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

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2007年12月29日 (土)

記事の合計が600タイトルを超える

2007年ももうすぐ終わり。とにかく、1年365日、毎日ブログを書き続けることを、今年の元旦に目標としてて、ここまでなんとか続けてきた。ゴールまであと3日である。

ゴールの前に記念すべきことが一つ。4日前の25日の「認定コンプライアンスオフィサー試験合格」の記事が書き始めてちょうど600番目の記事だった。

昨年(2006年)は書かない日もあったので、経過日数とイコールではなかったが、今年はまれではあるが1日2件書いた日もあるので、これまでに363件+αを書いていることになる。これから700、800、900と経過し、できれば1000件までは頑張りたい。
来年1年毎日書いてもまだ届かないが、毎日休まず書き続ければ、いつかは到達する地点でもある。

1000件も書けば、そのうち100件くらいは人に読んでもらってもなんとか耐えられる内容になっていないかなと淡い期待をしている。自分で、読み直して、これならと思えるものだけを集めた特集サイトのようなものも作れればいいななどと考えている。

来年も毎日一件を掲げて頑張るか、件数より内容に重きを置くか、なかなか結論が出ず、悩むところである。年末年始に、改めて考えることにしたい。

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2007年12月14日 (金)

15万アクセス達成

本日(2007年12月14日)、このブログのアクセス総数が15万アクセスに達した。10万アクセスまでは、1万アクセスごとにコメントしてきたが、ほぼ1ヵ月で1万アクセスのペースになっていたので、10万の大台達成後は、5万刻みに変更することにした。

2006年2月26日に書き始めてから、約1年と10ヵ月。10万アクセス達成が2007年7月19日だから、この間の5万アクセスにほぼ5ヵ月を要した。

しばらく前に書いたように、最近ややマンネリ化しているような気がしてしかたがないので、来年からは少しやり方を変えていきたいと思っている。

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2007年12月 5日 (水)

ブログを書き続けることの難しさ

2007年の元旦に、今年の1年の計のひとつに1年間ブログを毎日書くということを目標に掲げ、ここまで11ヵ月余、なんとか毎日書き続けている。中には、午前0時を過ぎてしまって、前日の日付でアップしたり、うっかり寝てしまい、翌日の早朝4時頃目が覚めてあわてて前日分を書くということもあったが、それでも1日に1つ以上の記事を書いてきた。目標貫徹まであと、4週間足らず、なんとか実現したいと思っている。

しかし、一方、一時1日の平均アクセス数が300~400件だったものが、この2ヵ月ほど、200~300件というレンジに落ちてきている。

特別な理由があるかと考えてみて、いくつか思い当たるものはある。
1つは、河合隼雄さんが亡くなったことである。今年の7月に河合さんが亡くなられるまでは、グーグルで検索するとこのブログの河合さんの記事が比較的上位に表示されることもあって、毎日少ない日でも20~30件はに河合隼雄さんに関する記事にアクセスがあった。(最も多く読まれた記事は2006年8月24日:「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」
しかし「人の噂も75日」という言葉もあるように、9月初めの追悼式も終わり、10月頃にはめっきりアクセスが減るようになった。

しかし、本質的な問題は、記事の内容に新鮮味がなくなってきたことではないかと思っている。
最近の話題は、自分の減量の話と、資格の話、そして将棋の話題、その合間に読んだ本の紹介・感想を時たま織り込めるくらいで、明らかにマンネリ化している。ブログのテーマであった「中年クライシス」を乗り越えるからも、離れてしまっている。

毎日書くことが目的化してしまい、書きたいこと、書くべきことの見極めが鈍っているのではという反省しきりである。

今年の5月にも「アウトプットをするためにインプットを続けることの難しさ」という記事を書いて、「個人のウェブページの旬は2年」という今林大輔さんの説を引いて記事を書いたが、その時感じていた息切れ感を、最近、再び感じている。

1年間毎日を達成したら、そこで、何か考えなければならないだろうと思っている。記事の数も600に近くなりつつあり、いつまでも、「栄枯盛衰・前途洋洋」という1つの箱の中ですべての関心事を扱おうとすると、総花的になってしまい、書いていることの切り口が鈍くなるのかもしれない。

冬休みにでも、今後のあり方についてじっくり考えることにしたいと思っている。

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2007年11月10日 (土)

ブログの文章をもっと推敲しなくては

毎日、このブログにも200件から300件ほどのアクセスがある。ありがたいことだ。年初に、今年の目標として「毎日ブログの記事を書く」ということを掲げて、なんとか今日までは欠かさず続けてきた。
毎日、書き続けるということは、けっこう負担感があり、毎日ささやかなプレッシャーを感じている。そんなこともあって書き終わるとつい気が緩んで、十分な見直しをしないうちに、記事を投稿してしまうことも多い。

よそのブログの記事で、自分が書いた記事に関係する内容のものがあった時は、トラックバックをすることもある。そうすると、先方のブログにこちらからトラックバックした記事のタイトルと最初の100字くらいが記事の内容紹介として一緒に掲載されることも多い。
先日、あるブログにトラックバックした自分に記事の最初の数行をふと見ると、なんと「本を読んだ」が「本を呼んだ」になっている。う~ん、恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だ。
もちろん、そんな恥ずかしい間違いは気がついたところで、すぐに訂正した。しかし、私のブログの方は訂正されても、トラックバックした先に表示されている100字の内容紹介の方は、最初のトラックバックした時の内容で掲載されるので、今回のようにトラックバックした後に気がついても、あとの祭りである。トラックバックされた記事の削除や訂正は、トラックバックされた側では出来るが、送った側ではできない。

まさかほかにも、字の間違いはないだろうなと、最近自分が書いた記事を読み直してみると、いくつもある。多いのは「てにをは」の間違いだ。「てにをは」のダブり、抜けがいくつも見つかった。おそらく、読まれた方は、なんか変だねと思いつつ、前後の言葉の流れから、補って読んでいただいているのだと思う。

これからは、書き終わったあと、少なくとも一度は精読し、間違いをチェックした上で、投稿するよう心がけたい。

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2007年9月20日 (木)

昨日(2007年9月19日)、500タイトル到達

昨日書いた、「名人とA級棋士の半数が将棋会館での対局という豪華な1日(第20期竜王戦挑戦者は佐藤康光二冠に)」の記事で、このブログでの記事の総数が500タイトルに達した。

400タイトルが2007年6月12日、その後も1日1タイトルをなんとか続けているので、3ヵ月と1週間で500タイトルになった。

2007年8月26日にブログ開設1年半のタイミングでも、書いたので、重複するが、この直近の100件を書いた約3ヵ月の中では、やはり敬愛する河合隼雄さんが亡くなられたのが一番の大事件だろう。

8月26日以降のトピックスとしては、岡田斗司夫さんの提唱するレコーディング・ダイエットにチャレンジし、少し効果が見え始めていることだろうか。

このペースを守っていければ、年内には600タイトルに達する。なかなか新境地が開拓できないが、次の100タイトルを書く中で新しい分野を開拓できればと思う。減量の方は、なんとか1ヵ月▲1kgペースの減量を実現し、600タイトルの頃には64kg台を実現していたいものである。

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2007年8月26日 (日)

今日(2007年8月26日)でブログ開始1年半、印象に残る「河合隼雄さん」・「CIA試験」・「将棋と郷田九段」

2006年2月26日にこのブログを書き始めてから、今日(2007年8月26日)でちょうど1年半が経過した。

この1年半を振り返ると、いくつかの出来事が思い浮かぶ。

(1)河合隼雄さん亡くなる
一つは、このブログを最初に始めた時のテーマが「中年期の危機(ミドルエイジ・クライシス)を乗り越える」ということだったが、そのようなことを考える時の、私にとっての先生であった河合隼雄さんが、文化庁長官在職中の昨年(2006年)8月に脳梗塞で倒れ、闘病生活を続けていたが、先月、とうとう亡くなった。
文化庁という日本の官僚機構の中に入りこみ、長官として現実の諸問題の解決に当たる中で、河合さんはおそらく、改めて日本という国について考えたのではないかと思う。
文化庁長官退官後の河合さんは、現在の日本についての処方箋を何か考えていたのではないか。それが、世に問われることがないままになってしまったことは、いかにも残念だ。
このブログで、これまで一番アクセスされ読まれたと思われる記事は、依然として昨年8月24日書いた「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」である。現時点で、集計すると、この記事へのこれまで1年と2日間でのアクセス総数は11,932件。これまでのこのブログへのアクセス総数は11万6千件余りなので、全体の10%を占めている。
書いた時は、本当に早く回復してほしいという思いだったが、図らずもグーグルなど検索サイトで上位に表示されるようになったことも相俟って、1万件を超えるアクセスになった。
改めて、河合隼雄さんの生き方を知ろうと思い、これまで発行されていることは知りながら読んでいなかった岩波新書の『未来への記憶-自伝の試み(上)・(下)』を買った。
なぜ、高校の数学の教師から心理学者へと転身したのか。知っているようで、知らない。
夏休みが終わり、来週から復帰する職場への往復の電車の中で読もうと思う。

(2)CIA(公認内部監査人)資格取得
自分自身の「中年クライシス」への対処の具体策として考えたのが、改めて勉強し直すことだった。現在、仕事で求められる知識・ノウハウを有することを、資格を取ることによって示そうと、仕事のかたわら、自分なりに工夫して勉強をした。
昨年3月に職場での通信教育を短期間で終わらせることをスタートに、いくつかの資格試験を受け、昨年(2006年)11月と今年(2007年)5月の2回のCIA(公認内部監査人)試験の受験で、なんとか資格取得に漕ぎ着け、昨年3月の時点で当面の目標としたゴールには到達した。これも、ブログを始めてからの出来事である。

(3)将棋との再会と郷田真隆九段の活躍
将棋との「再会」もこのブログを始めてからの出来事である。子供のから将棋ファンだったが、かつて応援していた米長邦雄現将棋連盟会長が1993年に49歳で名人位を得て史上最年長の名人と話題になったものの、翌1994年には羽生善治現三冠に敗れて以降は、将棋界に関する関心も薄れていた。
その将棋界の動きに再び関心を持つきっかけになったのは、昨年、将棋界を揺るがした、名人戦の主催新聞社移管問題である。
昨年、日本将棋連盟は、2007年以降は名人戦の主催社である毎日新聞社との契約を継続しないと申し入れを行い、新聞・週刊誌で書き立てられる大騒動になった。最終的には、棋士総会で毎日新聞社との契約を継続しないという理事会案が承認されたが、反対票と僅差だったこともあり、毎日・朝日の2社による共催という妥協案が出され、両新聞社ともそれを了解したことから、過去例のない全国紙2社の共催による名人戦・順位戦が2007年4月から始まった。

その経過の中で、私は、2度のA級陥落にも腐ることなく、みたびA級に復帰した郷田真隆九段を応援することにした。
郷田九段の扇子など買い込み応援し始めたところ、2006年度の第65期A級順位戦でトップを走り続け、名人挑戦者となった。
名人戦7番勝負では、第6局では絶体絶命のピンチから大逆転し、第7局でもあわや新名人誕生かと期待を持たせてくれたのは記憶に新しいところ。
名人位こそ取れなかったものの、今日(2007年8月26日)放映のNHK将棋トーナメント2回戦でも、飯塚祐紀六段に貫禄勝ちで、今年度は21戦で16勝5敗と好調である。今年こそは、タイトルホルダーに復帰してほしい。

他にも思い浮かぶことはあるが、この1年半の間で1年以上にわたる出来事の中で印象に残るのは上記の3つかもしれない。

これから、半年、1年の中で、どのような出来事に遭遇するかも楽しみである。

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2007年7月26日 (木)

1日のアクセス総数と「blogranKing.net」での記録更新

河合隼雄さんが亡くなったことで、このブログのアクセス数が急増し、予想より早く10万アクセスの大台に乗ったことは、数日前に書いたが、そのほかに2つ記録更新があった。

まず、1日あたりの総アクセス数の記録を更新した。河合隼雄さんが亡くなった日(7月19日)の翌日の2007年7月20日、このブログ「前途洋洋・栄枯盛衰」の総アクセス数は1762件を記録した。これは、2007年3月29日の1734件をほぼ4ヵ月ぶりに更新したものだ。
前回は、将棋の佐藤康光棋聖が年間7回のタイトル戦のうち、自身がタイトルホルダーである棋聖戦を除いた6タイトル戦のうち名人戦以外の5タイトル戦で連続して挑戦者になったものの、4つは敗れ、最後の棋王戦でようやく森内棋王を破り、二冠となった翌日で、将棋関係の記事のアクセスが急増し、前日(3月28日)に記録した1030件を1日で塗り替えた。
しかし、その後は、900台は数回記録したものの、1000の大台を超えることはなかった。
今回は、やはり河合さんが亡くなった当日のアクセスが968件と過去3番目の多さを記録し、翌日には1762件とわずかながら3月の最高記録を更新した。この日は、全体の6割以上が河合隼雄さんの関する記事へのアクセスだった。

将棋関係の記事にアクセスが集中した場合は、翌日か翌々日には、アクセス数は平常のレベルに戻るのだが、河合隼雄さん死去のニュースは影響が大きかったようで、このブログへの河合さん関係の記事へのアクセスも減ったものの、急には落ちず、翌日からの総アクセス数は914件、836件、784件と平常よりは高いレベルが長く続いた。

その結果、ユニークアクセス数の7日間の累計でランキングをつける「blogranKing.net」でも、急にランキングが上昇した。

更新日 総合順位 日記カテゴリ 日記:40代~
2007年7月24日 496位 14位 2位
2007年7月25日 477位 14位 2位
2007年7月26日 481位
(30,643)
15位
(2,456)
2位
(69)

総合順位で500位内に入ったのも、日記カテゴリで14位を記録したのも初めてだ。
昨日あたりから、平常レベルのアクセスになってきた。特別な出来事があると、日記:40代~で2位まで行くが、平常時にはそこまで届かない。多くの人に読んでもらえる記事を書き、少しでも長く2位に留まることを目指したい。

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2007年7月20日 (金)

昨日(2007年7月19日)、10万アクセス到達

昨日(2007年7月19日)に、この「前途洋洋・栄枯盛衰」のブログの総アクセス数が10万アクセスを超えた。昨年2月26日に書き始めてから、1年5ヵ月で10万の大台に乗った。

記念すべき日だが、その日が、敬愛する河合隼雄さんが亡くなられた日で、私の書いた河合隼雄さんに関する記事がグーグルなどの検索サイトでたまたまトップ10に入っていることで、亡くなられた昨日の午後から、急にアクセスが増え、その結果、予想していたよりも早く、昨日達成できたということは、なんとも複雑な心境である。

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2007年7月 6日 (金)

@niftyの「旬の話題ブログ」に郷田九段の王座戦準決勝の記事が取り上げられた

今日、家に帰ってココログの管理ページで、ページ別のアクセスを見てみると、昨日(2007年7月4日)書いた、「第55期将棋王座戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝は、郷田真隆九段と森内俊之名人の組み合わせとなり第65期名人戦の再現に」にアクセスが多い。
渡辺竜王のブログにトラックバックしてあるので、そちらからのアクセスだろうと思うと、竜王のブログからのアクセスは少ない。竜王のブログを見ると、まだ昨日送ったトラックバックは承認されていなかった。
何せ、今日、渡辺明竜王は佐藤康光棋聖と第78期棋聖戦5番勝負の第4局を戦うために甲府市に行っている(残念ながら、渡辺竜王は敗れ、佐藤棋聖が3勝1敗で棋聖位を防衛した)。

アクセス解析で「リンク元ページ・サイト」の2位に
http://www.nifty.com/とのURLが表示されている。
アクセスしてみると@niftyのトップページだ。どこかで、昨日の記事のリンクが張られているのだろうかと見ると、「旬の話題ブログ」とうタブがある。そこをクリックしてみると、
「ココログから旬の話題をピックアップ」と題して、5つの記事が取り上げられていて、5番目に「将棋王座戦 羽生名人のストッパーはこの人に期待」とのタイトルで、私の昨日の記事にリンクが張られていた。
このタイトルは、ニフティの側で記事の内容からつけてくれたのだが、「羽生三冠」か「羽生王座」と書くべきところが「羽生名人」となっているところが少々残念だ。

「旬の話題ブログ」は、説明によれば
「みなさまのブログを紹介するコーナーです。旬な話題について書かれたブログをエディターが任意に選び、1日3回更新、掲載しています。あなたのブログも、ニフティのトップページで紹介されるチャンス!!」
とある。

掲載基準は
「エディターは、瞬!ワード上位のキーワードや旬な話題について書かれた、なるべく新しい記事をピックアップします。是非、ニフティのトップページ掲載を目指して楽しい話題をガンガン書いてみてくださいね!」
とあるので、名人戦での郷田九段の活躍が旬な話題なのだろう。
(なお、掲載されるのは、ココログの記事のみ)

私の記事は7月6日14:00更新、3回めは22:00更新らしいので、あと1時間ほどトップページに掲載されることになる。
(7月6日22:00以降はこちらをご参照→7月のバックナンバー

ブログも長く書いていると、いろいろな事があるものだ。最近将棋の記事が多かったので、できれば将棋の記事は少し抑えめにと思っていたのだが、昨日は、ネタ切れで他に書くことがないので書いた記事だった。
それがエディターの目にとまるのだから、人生不思議なものである。

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2007年7月 1日 (日)

郷田九段の名人戦挑戦に支えられ、ブログ更新連続6ヵ月更新と「blogranKing.net」での新記録達成

昨日(2007年6月30日)で、元旦から続けているこのブログの連続更新が6ヵ月になった。まずは、1年365日更新に向けた折り返し点通過というところだろうか。

この半年を振り返って一番多く題材にしたのは、将棋の郷田真隆九段の名人挑戦だったと思う。今年の1月に第65期A級順位戦の7回戦で佐藤康光棋聖を破り6勝1敗として、挑戦者争いの最有力候補になってから、一昨日の名人戦第7局に敗れるまで、20以上の記事を書いてきたと思う。
名人戦という将棋界の最大のイベントが終わり、ちょっと寂しい気分である。郷田九段にしてみれば、第7局の最中には、もう少しで名人のタイトルが手に届くと思った時もあったのではないだろうか。森内18世名人誕生が華々しく報道される中、敗者についてはほとんど語られない。おそらく、胸中は悔しさでいっぱいだろう。
この悔しさをこれからの棋士人生にどう活かしていくのか、そこにもファンとして関心があるので、今後も「郷田ウォッチャー」を続けていくつもりだ。
今日(2007年7月1日)の夜には、さっそく、今年から開始されたインターネットを通じた対局による棋戦「大和証券杯ネット将棋・最強戦」の準決勝で三浦弘行八段と対戦する。今日の勝者が、すでに決勝進出を決めている丸山忠久九段と7月8日に決勝戦で戦う。ぜひ、決勝進出を決めてほしい。

名人戦第7局を前にして、このブログにこれまで書いた第65期名人戦に関する記事や、郷田九段に関する記事にアクセスが増えたこともあって、連続更新の励みにと登録した「blogranKing.net」で、6月29日までの過去1週間の集計(6月30日朝の時点)で久しぶりに「日記:40代~」のサブカテゴリで2位に復帰し、今朝の時点でも2位を維持していた。
今回、うれしかったには、全体ランキング、日記カテゴリでのランキングが、従来の2位の時よりランクアップしこれまでの記録を更新できたことである。

更新日 総合 日記カテゴリ 日記:40代~
2007年6月30日 620位 21位 2位
2007年7月1日 597位
(29819)
20位
(2551)
2位
(68)

(注)7月1日の下段の数字は、各集計対象の参加ブログの総数

総合ランキング、各カテゴリ、サブカテゴリ別の各ランキングでは、まず最初に「ベスト20」と題して上位20位までが表示される。7月1日の更新で初めて日記カテゴリの「ベスト20」に掲載された。