2013年2月26日 (火)

ブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」90万アクセスと7周年が1日ちがい

2006年2月26日から書き始めたこのブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」。この2013年2月25日にアクセス数が90万に達し、翌日26日に7周年を迎えた。

アクセス数の方は、70万アクセスが2011年5月29日、80万アクセスが2012年4月11日、90万アクセスが2013年2月25日ということで、80万から90万の10万アクセスに10ヵ月半ほど、70万から80万への10万アクセスとほぼ同じペースだ。
最近は、毎日のアクセス数が300アクセス前後であまり変化がなく、できればもう少しペースアップしたいところだが、最近は更新の間隔も間が空いているのでやむを得ないところだ。

これまで、周年と10アクセス単位の節目で、記事を書いていたので、昨年6周年は何を書いていたかと遡ってみたら、6周年の記事は書いていなかった。
当日は、将棋の第37期棋王戦五番勝負の第2局で、私がずっと応援している挑戦者の郷田真隆九段が当時の久保利明棋王に挑戦し、初戦黒星の後、二戦目で会心の将棋で初勝利をあげ、1勝1敗としてタイトル奪取に向けた大きな一勝をあげた。その日の記事はそのことで占められ、その後も、郷田九段が勝ち星を重ね3月半ばには3勝目をあげ棋王タイトルを奪取したので、6周年はまったく頭に浮かぶことはなかったようだ。

今年は郷田棋王がタイトルホルダーとして防衛を目指す立場で、渡辺明竜王の挑戦を受け、1勝1敗。改めて三番勝負。今年は、郷田棋王に防衛を果たしてほしいと思いながら、7周年を迎えた。(2013年3月10日記)

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2012年4月12日 (木)

80万アクセス到達でFACEBOOK普及を考え、この日にあった本屋大賞発表と将棋名人戦第1局ことを書く

このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も昨日(2012年4月11日)80万アクセスに達した。 2006年2月26日に初めての記事を書いてから、はや6年と1ヵ月半ほど。70万アクセスを記録したのが、2011年5月29日。それから10ヵ月半ほどで、10万アクセスをクリアしたことになる。60万から70万までの10万アクセスにかかったのがほぼ9ヵ月なので、今回はややペースダウンだ。

ペースダウンの理由はおそらく2つ。ひとつは、以前より仕事が忙しくなり、ブログを書く余裕がなくなり、更新の頻度が落ちたことだ。現在は、週1回にも満たない状況。以前のように読み終わった本で印象に残った本の感想など書こうと思うのだが、そのためには構想1時間、執筆1時間で計2時間は時間を確保する必要があり、その前に眠たくなってしまう。
もう1つは、私のブログのアクセス増の有力ツールだった将棋のプロ棋士渡辺明竜王がトラックバックをやめてしまったこと。将棋の記事を書くと、渡辺竜王のブログに関連する記事にトラックバックさせてもらっていた。しかし、1ヵ月ほど前から竜王は、対象の記事の内容を確認するのに時間がかかるということで、トラックバックの受付を停止。多い日には1日100件以上、竜王のブログ経由での来訪者があったので、この1ヵ月はその影響もある。しかし、これは、いわば竜王の知名度にただ乗りしていた部分なので、やむを得ない。これからは、自分の書く記事の内容の良さで、アクセス数を上げていくしかない。

これは理由になるか、どうかわからないが、ブログ競合ツールとして、この1年ほどFACEBOOKが日本の国内でも急速に普及したことも関係があるかも知れない。従来、ブログが果たしていた機能の一部をFACEBOOKが代替したことは間違いないだろう。私自身、高校時代の友人の紹介で、昨年の夏からFACEBOOKも始めた。身の回りのちょっとおもしろいこと、気になることなどは、スマートフォンで撮った写真に簡単なコメントを書いてアップロードすると、「いいね」のチェックやなにがしかのコメントがあったりとそれなりの反応があって、それが次の投稿の励みにもなる。友達の数は高校の友人や以前の職場に知り合いなど50名ほどだが、その内の熱心にアクセスしている何人かとパソコンやスマートフォンを介して世間話をしている気分である。
仲間内での世間話的な部分がFACEBOOKやTwitterにシフトすると、ブログはなにがしかの考えをまとめ、ネット世界に示したいというニーズをもつ人たちのツールに変っていくのだろう。
実際、これまでブログを定期的に書いていた知り合いの中にも、FACEBOOKやTwitterを始めてから、ブログの更新がぱったりと止まってしまった人もいる。
私は、やめるつもりはないが、やはり以前毎日更新していたペースには戻れそうもない。
さて90万アクセス、100万アクセスはいつのことになるのだろうか。

80万アクセスを達成した4月11日には個人的に注目することが2つあった。
ひとつは2012年の本屋大賞が決まったこと。三浦しおんの『舟を編む』に決まったが、発売された直後に、新聞広告を見てこれはおもしろそうだと思い、すぐ買って読んだ。期待に違わぬ物語で、満足した。とある出版社で辞書作りに没頭するちょっと変った主人公馬締(まじめ)光也の物語がほのぼのと描かれている。なぜか、読んでいて主人公の姿が、お笑い芸人のサンドウィッチマン 富澤たけしに重なり、ずっと彼をイメージして読んだ。さすが、本屋大賞、読んでおもしろい作品を選ぶものだ。

舟を編む
舟を編む

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ふたつめは将棋の第70期名人戦の開幕である。正確にいうと第1局の2日めが昨日だった。昨年第69期は、3年前に羽生善治に名人位を奪われて以来無冠だった森内俊之が挑戦者として登場。3連勝3連敗ともつれたが、最終局を勝ちきって羽生の4連覇を阻み、名人復帰を遂げた。今期は、名人戦の挑戦者決定リーグであるA級順位戦を9戦全勝で挑戦者となった羽生がリターンマッチに臨む。2人が名人戦で戦うのは7回目。この10年間の名人位は、2人の間でしか動いていない。その因縁の対決の第1局は先手森内名人が勝って、まずは防衛にむけた第一歩を踏み出した。 3ヵ月にわたる長い戦いが始まる。

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(出所:名人戦棋譜速報)

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2011年5月29日 (日)

本日(2011年5月29日)「栄枯盛衰・前途洋洋」70万アクセス到達で思うこと、「戦後」の終わり

今日(2011年5月29日)の午後9時過ぎ、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が70万件に達した。書き始めた2006年2月26日から数えて5年3ヵ月。60万件を記録したのが、昨年(2010年)の8月28日なので、60万件からから70万件までの10万件をクリアするのにほぼ9ヵ月。50万件から60万件の10万件のほぼ1年かかったことを思えば、少しペースアップした。

この9ヵ月を振り返ると、個人の生活でも、日本という国でみても大きな変化があった。個人的な面では3月から職場が変ったことが一番大きな変化だ。そして、新しい職場に着任早々の3月11日にあの東日本大震災が起きて、1945年以来続いてきた「戦後」が終った。後世の歴史家には、3月11日以降は、「大震災後」を言われるようになるに違いない。

この2011年3月11日以前にも、「戦後」の枠組みは少しづつ崩れていたと思うが、この震災の激震が、とうとう最後の一撃を「戦後」という旧体制に加え、その土台から粉々に崩した。

戦後の日本を支えていた枠組みの終焉の始まりは、1993年8月の細川内閣誕生による「自民党一党支配の終わり」から始まっているように思う。選挙民の意識が多様化し、日本をひとつにまとめてきた自民党政権が終りを告げた。
その後のバブル崩壊に伴う金融危機で、戦後日本の高度成長を資金の面で支えるため「護送船団方式」で守られていた金融機関が次々と破綻し、生き残りのため多くの金融機関の統合・合併が行われた。
そして、今回の大震災の中で、東京電力の福島第一原子力発電所が破綻。その悪影響は計り知れず、この事故までは、この日本の中で最も安定した民間企業であった東京電力が企業として破綻同然の状態に陥った。電力は、日本産業の安定生産のため、欠くべからざるものであり、それを提供する電力会社はこの競争激化社会の中でも、例外的に地域独占、料金認可制度で守られ続けていた。
日本の企業社会を支えてきた土台ともいえる、政治・金融の部分が崩れ、最後の砦であった電気のというインフラも土台を揺るがす大事故に、機能不全となってしまった。

おそらく、これからの50年・100年を見据えた、土台となる仕組みを考え作っていく時期を迎えたのではないかと思う。
経済成長によって日本社会全体を潤そうとし、そのために最も効率的な仕組みが作り上げられていた「戦後」日本。それを支えていた政治も金融も電力もみな機能不全となってしまった。
何を国の政策の基本に据え、その達成のために必要な仕組み・枠組みを新しく考え、組み立てていく時代を迎えたのだと思う。

そんなことを考えずにはいられない、3月11日以降である。

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2011年2月26日 (土)

ブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」5周年と50歳の転機

本日2011年2月26日で、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も丸5年が過ぎ、6年目に入った。

書き始めた2006年2月26日は、札幌勤務から現在の職場に戻って約半年。年齢は45歳。自分自身の将来のイメージが描けない中、書くことが好きということで、当時流行始めたブログを始めた。テーマとして頭にあったのは「中年クライシス」。自らが抱える問題を見つめ、書くことで、進む道が見えてくればという思いだったと思う。

書き始めると、ブログへのアクセス数が少しづつ増えていくことが楽しくなり、一時は、毎日書き綴ることを自らに課した。アクセス総数もこの5年の累計で66万件以上となった。最初は一日数件だったアクセス数も1日100件を超え、多い時には1000件を超えることも出てきた。最近のように、記事を更新をしばらく行わなくても、最低でも1日200件は超えており、始めた頃に比べると隔世の感がある。

毎日更新していた頃は、読書も自らの興味を満たすため、楽しみのためであるとともに、ブログのネタとしての意味も持っていた。

また、ブログのネタとして取り上げた「将棋」は、全ての結果責任を自分一人で引き受けざるを得ないプロ棋士の生き様に対する関心に繋がり、たまたまその中でも関心を持った郷田真隆九段がこの5年間で2度名人に挑戦するというビッグイベントもあり、パソコンでのリアルタイムでの対局観戦は私の日常生活に組み込まれ、自身のアマチュア段位(初段から始まり三段まで)資格の取得にまで繋がった。

「中年クライシス」の打開策として何か見つかったのかと問われれば、とりあえずは、自分の現在の境遇について受け入れて、目の前の問題から逃げずに、一生懸命取り組むことではないかと思う。
過去は変えられないので、過去の過ちを悔やんだり、過去の不運の原因や責任を、環境や他人のせいにしても何の役にも立たない。何も解決しない。
未来は、現在の行動の先にしかないので、現在のこの瞬間から先のことについては、常に自分として可能な努力とベストの選択を積み重ねて、未来を少しづつよくしていくしかないのだと思うようになった。

そうしている内に昨年(2010年)の秋には現在の職場で5年を超え、50歳を迎えた。しかし、何が変わるわけでもなかった。

しかし、今年(2011年)に入って時間が少しづつ動き始めた。年始早々会社の人事部門から別の組織への転籍含み出向の打診があった。私自身の希望にも沿う話に思われたので応諾をした。
そして昨日(2010年2月25日)、正式な人事異動の発令があった。奇しくも、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」を書き始めた2006年2月26日から数えてちょうど5年であった。
「自分がどのような人間で、どのようなことを成し遂げて、これから何ができるのか?」というのが「中年クライシス」の中で、自問自答する「問いかけ」だと思う。
しかし、この「問いかけ」には、自分ひとりでは答えを出せない。これから何ができるかは、これまでの私の生き様や仕事ぶりを見て、他人が決める部分が大きな比率を占めるからだ。いくら「自分は○○の仕が得意だ、△△ができる」と声高に叫んだところで、他人がそれを認めてくれなければ、それは独りよがりでしかない。

3月からは新しい職場で働くことになる。おそらく50代の10年間をこの新職場で過ごすことになるだろう。周囲の人びととの関わりの中で、自分に求められるものを見極め、可能なものから、一つづつ成し遂げていくしかないのだと思う。

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2010年10月27日 (水)

ブログ(ココログ)にツイッターとのクロスポスト機能を設定してみた

今朝、ブログのタイトルを書きかけた段階で誤って送信してしまい、本文のないエントリーが投稿されてしまっていた。ローマ字変換がきちんと出来ていなくて、「burogu」というタイトルだけの間の抜けた記事だった。

『アウトプット・リーディング』(小林亮介著)を読んでから、ツイッター関連サービス、中でもブログとツイッターを連携させるサービスをいろいろ調べている。ひとつは、前々回の記事で書いた「Twilog」。1日分のツイッターの書き込みをまとめて記事にする専用のブログサービスである。
『アウトプット・リーディング』では、著者が利用するFC2ブログでも、Twilogと同じようにツイッターの1日分の書き込みをまとめてブログに投稿するサービスがあるとのこと。私が利用しているココログでも探してみたが、どうもツイッターの書き込みを自動でブログに投稿するサービスには対応していないようだった。

ココログで見つかったツイッター関連のサービスとしては、クロスポスト機能。ココログでブログの書き込みをすると、ツイッターに自動投稿するという逆のサービスである。
ココログでツイッターとの連携を登録すると、ココログの投稿画面の下部にツイッターのチェックボックスが表示されるようになり、そこにチェックマークを入れておくと、ブログへの記事の投稿の都度、ツイッターにも反映されるとのこと。ツイッターには140字の字数制限があるので、全文の反映は無理なので、タイトルとURLだけのようだが。

ツイッターが短期間にこれだけ普及したのは、手軽で簡単で、どんな用途にも利用可能で、おまけにツイッター社の関連サービスのみならず、いわゆるサードパーティによる関連サービスがどんどん充実しているからだろう。

とりあえず、ココログのクロスポストがうまくいくか試してみよう。

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2010年10月24日 (日)

『アウトプット・リーディング』(小林亮介著)を参考にTwilogを始めた

Twitterで買った本と読み終わった本の記録をつけだして1ヵ月ほどになる。展覧会などに行った際も、ブログに細かく書くほどでもない時には、備忘録として書いている。

昨日、吉祥寺のコピスのジュンク堂で、『アウトプット・リーディング』(小林亮介著、マガジンハウス)という本を買って、いま読んでいる。読書の効用を説く本だだが、特に自分が読んだ本の内容や感想をTwitterに書くことを勧めている。Twitterに書く(アウトプット)という目的を持つことで、より効果的に読書が出来ると語る。

アウトプット・リーディング
アウトプット・リーディング

その中で、Twitter書いたツィートのバックアップ方法のひとつとして、ツィートを日ごとにブログ形式にまとめるTwilogというサービスが紹介されていた。

面白そうなので、試しにユーザー登録をして使ってみると、簡単にツィートが日ごとにまとめられて、見やすい。Twitterのタイムラインは自分がフォローしている書き手のツィートもまとめて表示されるので、自分が書いていない日は自分のツィートが全く表示されないこともある。
とりあえずの私の目的は、本を買った記録と読み終えたことの記録なので、Twilogはニーズにあっている。

まだ、まだ様々なTwitter関連サービスがありそうなので、少しずつ調べて、自分にあったものを利用していきたいと思う。

リンク:拓庵のTwilog

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2010年9月20日 (月)

twitter(ツイッター)の効用について考える

twitter(ツイッター)を使い出して3日ほどたった。(http://twitter.com/takuan_m
最初は、買った本と読み終わった本の記録にためだけに使おうかとも考えていたが、簡単の日々の行動の記録にもあわせて使ってみることにした。

ブログを書くときは、ある程度構えている。だいたい、文字数で1000字から1200字。400字詰め原稿用紙2枚半から3枚の長さだ。ワープロソフト「一太郎」で、下書きをしてから、「ココログ」の編集ページに貼り付けているのだが、だいたい「一太郎」の設定がA4横書きで40字・40行になっているので、1行目にタイトルを書き、3行目から書き出して、話題の区切りのところで、1行あけたりしていると1ページでだいたい1200字ぐらいになる。

しかし、1200字書き上げることは、簡単ではない。なんとなく書きたいと思う話題はいくつかあるのだが、仕事で疲れて帰って来た時などは、なかなか、文章がまとまらず、考えているうちに眠たくなって、気がついたらパソコンをつけたまま寝ていたなどということも多い。そんな日続くうちに、ブログに更新がないまま1週間すぎるということになる。

twitter(ツイッター)を使い出して感じるのは、140字という制限があるため、「起承転結」や「序破急」といった構成では、書きようがないので、事実か結論しか書けないので、考えることが少なくてすみ、短時間で書けるということ。
考えるポイントも、むしろ、140字で収めるため、冗長で無駄な表現をいかに削るかという点になる。

本を読んだり、どこかを訪ねたりという事実そのものが、数日たてば記憶が曖昧になるし、まして本を読んだ時の感想や訪ねた時の印象などは、よほど強烈でない限り、やはり忘れていく。
twitter(ツイッター)の140字というのは、事実や感想・印象を書き記すことで、のちのち思い出す時の、検索キーとして使えるのではないかと思う。
twitter(ツイッター)で書いてそれを素材として、その中から、あるいはそれを組み合わせたりしながら、伝えたいもの、印象に残ったものをブログの記事として、読み物として面白みも考えながら、編集しまとめていくというような使い方ができればと思っている。

ブログとツイッターの両方をうまく使いこなせるようになりたいものだ。

(なお、今日の記事は、本文だけで972字、タイトルとあわせて996字。いつもより少し短い)

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2010年9月 2日 (木)

記事の総数もようやく1200本へ、過去1年半を振り返りこれから迎える50代を考える

前回の記事、「IFRS(国際会計基準)検定、財務報告実務検定、ビジネス会計検定」(2010年8月30日)で、このブログを書き始めてからの記事の総数が1200タイトルに達した。ブログを書き始めたのが、2006年2月26日なので、ほほ4年半で1200本ということになる。

1000本を記録したのが、2009年1月18日。
1100本目を書いたのが、2009年7月30日。
そして1200本目は、2010年8月30日。

1100本目までの100本に半年余。それから次の100本に1年1ヵ月。
逆に考えれば、3年足らずで1000本書いたのに、その後の200本に1年半以上かかったということになる。

2008年12月から2009年5月まで田舎で一人暮らしをしていた私の母が体調不良となったため我が家に一時呼び同居したこと、その後、2009年の秋からは次女の大学受験と長男の高校受験が本格化しそちらの対応に追われたことなど、家族への対応で多忙になったこと理由のひとつである。

しかし、改めて振り返れば、3年足らずで1000本書いたことでネタ切れになった部分と、1000本書いたことで一区切りが付き、どうしても書き続けようという意欲も低下したところもあったように思う。

また、1000本までの3年間は、今の仕事に関係する勉強をして多くの資格を取ったりということもあり、自分自身がそれなりに新しいものを吸収して、成長しているという感じをもてていたが、3年で必要な資格はほぼそれってしまし、この1年半ほどは、そういった面でも沈滞していたように思う。
このブログのテーマの一つは、中年クライシスを克服にあると思って書いているのだが、40代半ばで、そのことを意識し3年間はブログを書くことも含めて「中年クライシス」というハードルを必死で越えようとし、ある程度、目処がたった頃になって、親の介護と子どもの受験という自分以外の問題に対応する事に迫られたという事なのかもしれない。

気がつけば、50歳という次のステージは目前に迫っている。戦国の世であれば、そろそろ人生の終幕というところだが、平成の世では、まだまだ、やるべきこと山積している。この1年半で追われた問題は、何も解決していいない。
田舎に戻り、再び一人暮らしを始めた私の母のフォロー。私の母だけなく、同年代の妻の母の問題もある。自分の親たちを離れた東京にいながらどう介護していくのか。
一方、子育てはいよいよ最終コーナーか。ようやく、義務教育は終えたが、3人の子どもたちがそれぞれに独立していくまでには、もう少し時間がかかる。それを、終えて初めて親としての役目を果たすことになる。
親と子どもという前の世代と次の世代をにらみながら、さて自分自身はどう生きていくのか、難問だらけの50代を迎えることになりそうだ。

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2010年8月28日 (土)

本日、60万アクセス達成

本日(2010年8月28日)、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が60万アクセスに達した。

50万アクセス達成が2009年8月31日なので、50万アクセスから60万アクセスまでの10万アクセスにほぼ1年かかったことになる。
2006年2月26日にブログを始め、最初の10万アクセスには1年5ヵ月ほどかかったが、その後は、ほぼ半年前後のサイクルで20万、30万、40万、50万と大台を更新してきたでけに、この1年は停滞気味だった。
次女と長男の受験で、書いた記事の本数もこの1年で80本にも達していないので、やむを得ないところだ。

最近、記事を書くペースも週2~3本程度までには復活してきた。週2本で年100本、週3本で年150本。記事数もこの記事で1199本。次回で1200本の大台となる。最低でも年間100本程度は書き継いでいき、はやく100万アクセスの大台に近づきたいものだ。

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2010年7月30日 (金)

ブログのメンテナンス、本の画像のリンク切れを復旧させる

このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も書き始めてから4年以上たって、記事の総数ももうすぐ1200。総アクセス数も昨日、59万アクセスを超えた。
振り返ってみれば、やはりその時々の自分の関心を反映した内容になっている。

一番アクセスの多かった時には、1日で2000件アクセスがあったこともあったし、毎日書いている頃は、常時500アクセスぐらいあったように思う。
最近、なるべく新しい記事を書くようにしているとはいえ、毎日更新とはいかないので、1日のアクセス数は200件~300件の範囲で推移している。

それでも、ありがたいのは、過去に書いた記事へのアクセスが一定レベルであることである。書いた当時は、その時の自分の興味と関心に従って書いているだけだが、結果的に類似の記事をネット上に少なく、私の書いたものがグーグルなどの検索で上位にランクされているからだろう。

以下の記事は、季節・時期に関わりなく、毎月一定数のアクセスがある。<>内は検索ワードとグーグル検索順位(2010年7月30日現在)

2006年11月10日:セルフ・エフィカシー(自己効力感) 
<セルフ・エフィカシー:2位>

2007年4月15日:名歌とは?俵万智さんと松村由利子さんが取り上げた栗木京子さんの観覧車の歌について考える
<栗木京子:2位>

2007年12月21日:平凡社の『韓国歴史地図』を買い、朝鮮半島の古代史を学ぶ
<韓国歴史地図:3位>

2008年9月23日:ドトールコーヒー創業者の座右の銘「因果倶時(いんがぐじ)」、鳥羽博道著『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス人文庫)より
<因果倶時:1位>

既に、ネット上で、検索される情報になっているということであれば、読みに来てくれた方に、より適切な情報を提供するのは、情報を供給する側の役目でもあるだろう。

私の記事では、多くの本の紹介をしているが、かつての記事で、本の表紙の画像にリンクを貼っているものの多くがリンク切れを起こしていた。記事の内容に影響はしないからいいかとも思っていたが、本の内容を紹介する記事の中では、いわば、挿絵のようなもの。やはり見に来てくれた方にとって、画像のところが×印のみで何も表示されなければ、不親切なサイトと思われてしまうだろう。

ここ1週間ほどかけて、1200近い記事で紹介している本の画像のリンク切れを可能な限りチェックして、復旧させた。少しは見やすくなったと思っているが、どうだろうか。

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より以前の記事一覧