2007年11月 6日 (火)

年齢の法則・その2-47歳の意味を考える

47歳になって1ヵ月余り。自分にとってのこれからの1年のあり方を考えている。

今日の記事のタイトルを「年齢の法則・その2」としたのは、1年前、46歳を迎えた時に、『年齢の法則』ということで記事を書いたからだ。昨年の記事はこちら

私の記事のネタ元は、このブログでも以前何回か取り上げた『こころを癒すと、カラダが癒される』という本である。


心の病が、体の病に結びついているという内容で、体にトラブルのある時は、自分の深層心理からのメッセージであり、トラブルの生じる体の部位によって、それぞれ隠された意味があるというもので、病気やけがと心の病の対応の説明がメインである。
なぜ、そのような対応関係なのか、そのことについての合理的な根拠は示されないので、「まゆつば」の感じがしないわけではないのだが、私自身が札幌単身赴任中に、朝凍結路面で転倒し、左肩の骨折をした時の私の抱えていた問題と、この本の説明があまりにピッタリ一致する(詳細は2006年3月1日の『厄年の後の本当の災難』をご参照)ので、インチキ臭いとも言い切れず、むしろ何かの節目には、開いてい読むようにしている。

昨年の『年齢の法則』でも書いたが、この本の中に、年齢の数字の意味について解説している章がある。昨年の繰り返しになるが、該当箇所を引用してみる。

年齢の意味
 来るべき年に、あなたはどんなチャレンジに直面するのでしょうか。その年のあなたのプロセス全般に流れている力学的な法則は何でしょう。ある年齢で起きた出来事にはどんな意味があったのでしょうか。
 年齢は、その年の個人的なプロセスの手がかりを与えると同時に、過去に起きた出来事についても何らかの洞察を与えてくれます。あなたが、今人生のどの辺にいるのか、またその1年で癒さなければならない事柄は何なのかを示してくれる指標なのです。
(『こころを癒すと、カラダが癒される』146ページ)

年齢を表す数字の意味として、今の私に関係する部分を紹介しておくと、

[4]
4は慢性的な問題を癒しながら、人生に新しい土台を築く時という意味です。この年のチャレンジは障害を突き抜ける道を探し、人生を築く礎石としてそれを使うということです。
[5]
5は変容のシンボルです。人生に変容をもたらすチャンスがあり、新しい生き方を始める年です。この年のチャレンジは、変化に伴う独特の居心地の悪さにあります。変容とは、一度受け止めさえすれば、底抜けの楽しさとユーモアをもたらしてくれます。
[6]
6は成熟、ハート、そして感情的な勇気を表します。この年には、人々に自分自身を与えることに専念することが求められます。また、家族のダイナミックスや深い感情を扱う年であるかもしれません。この年のチャレンジは、深い感情や家族のテーマにはまってしまい、成熟することに対し消極的になることです。
[7]
7は、心の奥深くを静かに見る瞑想の時を示し、それを通して新しいレベルの真実を発見するという意味です。成熟した7は春の訪れであり、そこでは幸せがいっせいに開花するのです。7をめぐるチャレンジは、真実の方向を自分に探させ、幸せのなることを自分に許すということに関係しています。
(『こころを癒すと、カラダが癒される』152~153ページ)

44歳の時、札幌での単身赴任中に凍結路面で転倒し、左肩骨折、手術で3週間入院。「4」が2つ重なった44歳は、人生の転機だった。
45歳で東京に戻り、いわば一から出直し。新たなチャレンジとして、働きながら勉強もして、いくつかの資格を取った。

46歳のうち「6」は、人々に自分を与えることに専念する、家族のダイナミックスを扱うと書かれている。昨年、46歳を迎えた時は、3人に子供がそろって受験・進学をすることが、家族のダイナミックスであり、それを親としてどうサポートするかといったところが、テーマなのだろうと考えていたが、実際はその程度に留まらなかった。このブログでは、これまで書いていないが、大学に進学し「花の女子大生」を謳歌していると思っていた長女が、大学に不適応になり、休学してしまった。これは、まだ解決していない。家族の深い感情問題であろう。
一方、職場では、新しく転入してきた人に対して、現在の職場に業務内容を教える仕事をすることになった。これは、考えようによっては、「人々に自分自身を与える」ということだったのかも知れない。

そして47歳。「7」は深く考えることを求めており、その先には、何かいいことがありそうな書かれ方である。
年齢を見るときは、4と7を足した数字「11」も意味を持ってくくることになっている。「11」の意味は次のように書かれている。

[11]
11はリーダーシップを表す。緊急事態をあなたが現れ出るという状態に変えることを意味するマスターナンバー。この年のチャレンジはすべて、他の人の助けを求める声に反応することで簡単に抜けることができる。
(『こころを癒すと、カラダが癒される』161ページ)

何かいいことがあるためには、深く考えるだけでなく、他人の求めに応じてリーダーシップを発揮する必要があるということらしい。

この2年ほど、勉強していたことを役立てることを求められるということかも知れない。何が来ても、驚かないように備えておきたい。

しかし、私以外にも今年47歳を迎える人はたくさんいるので、全員にこの話が当てはまるのかは、何ともよくわからないところではある。
組織で仕事をしている人にとっては、年齢から言って、年相応の考え方やリーダーシップを求められることはあるのかも知れないと思う。
同輩諸氏にヒントになることがあれば、幸いだと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

1万歩ウオーキング、途切れる

9月24日に歩数計(万歩計)を購入、翌日から1日の歩数を計測するようになり、以来、休日も何かと歩く機会を作り、毎日1万歩以上歩いてきたが、とうとう昨日(12月9日)で、途切れた。

土・日は、朝、妻と最寄りの私鉄の駅まで、片道30分弱、往復で1時間ほど歩き、6000歩~7000歩確保するのだが、昨日は朝から寒く霧雨模様だった事に加え、最近、パート先の都合で、土曜日の出勤増えてきて、昨日はその出勤日ということもあり、家の近隣を15分ほど歩いただけだった。その後、日中も冷たい雨は降り続いたし、来週、仕事の関係でちょっとした試験を受けなければならず、その勉強もしなければならず、結局、家の中で1階と2階を往復しするだけ。夜の11時過ぎで、やっと3500歩という状況だった。

外を見ると雨がやんでいたので、それでも少しでも歩こうと、よく行くレンタルビデオショップまで歩いたが、それでも片道15分。往復で30分、+3000歩程度で、昨日は6500歩で終わってしまった。

ウオーキング減量作戦のきっかけになった『医師がすすめるウオーキング』(泉嗣彦著、集英社新書)」では、1週間の中で、合計7万歩歩くことを目標にすれば良いということを書いているので、昨日の不足分は今日、明日くらいでカバーしておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 2日 (土)

ウオーキング減量作戦途中経過、11月は足踏み

9月の半ばに思い立って、始めたウオーキング減量作戦。順調に減量は進み、11月の上旬には67kg台を3日連続で記録したことまでは書いたが、11月のひと月間を通して見ると、結果的には横ばいだった。

歩く方は、引き続き毎日最低10,000歩は確保し、多い日は16,000歩以上歩いた日もある。しかし、体重の方は、上旬の文化の日を含めた3連休の最終日の5日(日)に子ども達の希望もあり、家の近くのできた回転寿司店に食事に行き、子ども達のペースにつられて食べ過ぎてしまったこと、さらに翌6日(月)には、飲み会があり、どうしてもカロリー過多になってしまったことで、2日間で1kg以上増えてしまった。11月は、その増えた体重を11月の初めの水準に戻すので精一杯だった。結局記録を見ると、11月1日が68.3kg、1ヵ月後の12月1日も同じ68.3kgである。残念無念。

忘年会シーズンで、外での飲み会が多くなりがちな12月、なんとか食べ過ぎないようにしてせめて67kg台には、戻しておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

毎晩眠ることの意味、『「普通がいい」という病』から

先週、『「普通がいい」という病』(泉谷閑示著、講談社現代新書)を読んだ。講談社現代新書の10月の新刊書のうちの1冊である。著者は、1962年、秋田県生まれの精神科医の先生。本に書かれた経歴を読む限り、雑誌などの記事は書いているようだが、本格的な著作はこれが初めてのようだ。

書かれていることの底流にある著者の思いを私なりに要約すれば、
『私たちは、人と違うことをおそれ、普通であること=多数派であろうとして、多数派の価値観に知らず知らずに洗脳され、「自分で感じ、自分で考える」ということをいつしかやめてしまい、自分らしさを失っている。これまで、疑うことなく信じていた常識を疑い、もう一度、「自分で感じ、自分で考える」生き方を取り戻そう』
といったことになると思う。

このブログを書き始めた頃に取り上げた『生きる意味』(上田紀行著、岩波新書)とも通じる部分とも通じる部分がある。

この中で、著者が不眠を題材に「眠り」について語った部分が印象に残ったので、少し詳しく書いておきたい。

不眠とは、どの病態においても起こりうるとてもポピュラーな症状です。しかし、「眠らない」と「眠れない」の違いは何か、また不眠とはいったいどんなメッセージを運んできているのかといったことについては、あまり考えられてきていません。(中略)この不眠が告げるメッセージは何でしょうか。
これは、長い間私には謎でしたが、ふと、「毎晩眠るということは、毎晩死ぬことである」と思い至って、やっと解読の糸口がつかめてきたのです。そう考えてみると、「不眠とは死ぬに死ねない状態である」ということになる。「死ぬに死ねない」というのは、幕を下ろす気になれないということであり、「今日という日を生きたという手応えがない」という未練があることを示しているのです。
このように考えるようになってから、クライアントにも自分自身にも、一日の最後に眠れない場合には、「ほんの少しでもよいから、自分らしい時間を過ごすように」と勧めるようになりました。
(『「普通がいい」という病』223~224ページ)

「毎晩眠るということは、毎晩死ぬことである」という一文に「なるほど」と納得してしまった。自分らしい一日を過ごしたからこそ、心地よい疲れを感じ、心おきなく眠れるのかも知れない。食事の時、この話を家族にしたら、妻と長女も妙に納得していた。これからも、毎晩、自然と眠たくなるように、一日一日を自分らしく過ごすことを心がけよう。

| | コメント (3) | トラックバック (4)

2006年11月10日 (金)

セルフ・エフィカシー(自己効力感)

『好きにやっても評価される人、我慢しても評価されない人』(小杉俊哉著、PHP研究所発行)を読んだ。

サラリーマン稼業を長くやっていると、「評価」というようなタイトルの本があると、つい気になってしまう。著者は、1958年生まれで、NEC入社後、米国でMBAを取得、その後、コンサルティングファームを経て、数社で人事部長などを経験したのち、現在は人事関係のコンサルタントをしている。
本の内容自体は、「会社にどう評価されるかばかり気にしていないで、自分で自分を評価して、自分が満足できる人生にしよう」というメッセージが、著者自らの体験も織り交ぜ書かれているものだ。何回か、一緒に働いている人を上司という立場で、評価をしたこともあるので、上司はどういう人を評価するのかといった点は、そうだろうなと思う点は多々あった。まだ、上司に仕える立場で、評価される経験しかない人は、読んでみるといいかもしれない。

この本の中で、私にとって、目新しかった言葉が、今日ののタイトルにも上げたセルフ・エフィカシーという言葉である。英語で、Self-Efficacy、自己効力感と訳されるようだ。

セルフ・エフィカシーとは自己効力感ともいいます。よくこれを「自信」のことだと思っている人がいますが、セルフ・エフィカシーは自信ではありません。やったことのない課題を前にして、たとえ自信はなくても「まあ、なんとかできるだろう」と思える心の状態のことです。自分に対する信頼感といってもいいでしょう。(中略)いまのような、過去のやり方が通用しない、何が正解かわからない時代には、経験があることはうまくできるけど、未知の状態に置かれると手も足も出ないという人の価値は限りなく低くなるのは仕方のないことです。一方で、想定外のことが起こって、上司が頭を抱えているとき、臆せずその状況に立ち向かえる部下がいれば、必然的にその人のところに仕事が集中するようになるでしょう。
(『好きにやっても評価される人、我慢しても評価されない人』204ページ)

たしかに、これまでの自分の経験を振り返っても、「これは難しくてもうダメだ」とあきらめた途端に、思考停止状態になり、何もできなくなってしまう。自ら、可能性の扉を閉ざしていたのだろう。
先の道筋が見えなくても、「まあ、なんとかなるさ」と思ってあきらめずに考えていると、ふとひらめくことがあって、それがきっかけとなって、先に進む糸口が見つかることが多かったように思う。

来週は、いよいよ、公認内部監査人(CIA)の試験。過去の問題もほとんど公開されておらず、まさに、未知の状態で、まったく自信はなく、ただ「なんとかなるだろう」と思いながら、準備をしている状況だ。セルフ・エフィカシーだけを拠り所に、試験本番に臨むしかない。「最後まで、あきらめない」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 5日 (日)

ウオーキング減量作戦経過報告、67kg台へ

10月中旬から下旬にかけて、68kg台前半で足踏みしていた体重は、11月に入り、3連休初日の3日(金)の文化の日の朝の計量で67.8kgを記録、昨日4日(土)も67.8kg、今朝はさらに67.7kgと3日連続で、67kg台後半をキープしている。

昨日は、ずっと家にいて、15日・16日の試験の準備をしていたので、1日動くことがなかったので、運動は朝のウオーキングだけで、夕食後の歩行歩数は約7000歩。それから、近くのレンタルショップまで、歩いてDVDとCDを借りに行き、何とか1万歩を確保した。

67kg台まで戻って、ようやく1年前の水準というところだろう。年内に何とか65kg台まで持って行ければと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

河合隼雄文化庁長官、休職

昨日(10月31日)の朝日新聞の夕刊で

政府は、31日、病気療養中の河合隼雄文化庁長官の後任に近藤信司文部科学審議官をあてる人事を閣議決定した、11月1日付けで発令し、河合長官は同日付けで休職(中略)。
河合長官は(中略)、今年8月、奈良県の自宅で脳梗塞で倒れ、入院を続けている。

とニュースが伝えられていた。改めて、インターネットで他社のニュースも検索してみると、

日経(NIKKEI NET)では
「病気休職中の河合隼雄文化庁長官は定員外となるが、長官職にはとどまる。」とあり、

読売(YOMIURI ONLINE)では
「当面は休職扱いとすることにした。河合氏の任期は来年1月17日まで。」と伝えている。

さらに読売では

伊吹文部科学相は31日の記者会見で、交代の理由を、「長官の健康がなかなか回復せず、11月に文化庁で多くの行事もあるためだ」と説明した。

との文部科学大臣のコメントも伝えている。

本人に意識があって、当面、職務復帰不可能ということであれば、その時点で自発的に辞職ということになるのだろうが、倒れた途端意識不明なので、文部科学省としても、一方的に職を解くというわけにもいかず、任期満了までは、定員外という形で長官職に留まるということになったのだろう。

いずれにしても、容態に変化はなく、病状は回復していないということだろう。ただただ、健康を回復されることを祈るばかりである。

*河合隼雄関連の記事
3月7日:『中年クライシス』
8月24日:気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態
9月1日:『明恵 夢を生きる』を読み始める
9月5日:気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態・その2
9月7日:『明恵 夢を生きる』を読み終わる
9月8日:90年代後半の世相を語る『縦糸横糸』を読む

11月1日:河合隼雄文化庁長官、休職  

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2006年10月31日 (火)

ウオーキング減量作戦、10月経過報告

先日、減量がようやく▲3kgを達成したとの記事を書いたが、10月、1ヶ月間の報告を簡単に。

10月1日の朝の計量では、体重は69.4kg。その後、12日に68.9kgと久々に68kg台を記録、17日はブログでも書いたように68.5kgまで進む。その後、68kg台前半のゾーンで一進一退を繰り返しながら、25日は67.9kg、昨日(30日)には68.0kgを記録したが、昨日の夜、久々に外でお酒を飲んだせいで、若干戻りがあり今朝は68.3kgだった。それでも、月初から見れば▲1.1kgの減量を確保。今後も毎月▲1kgは達成したいところだ。

この間、記録を会社に歩数計を着けて行くのを忘れた1日を除き、30日間1日1万歩の目標はクリアした。多い日には17000歩以上歩いたこともある。一方、29日(日)は、ずっと家にいて出歩くことが少なく、夜になっても8000歩台だったので、寝る前に家の近くを10分ほど歩き回って、なんとか数字を確保したこともある。

実感としては、67kg台定着は目前という感じなのだが、いつ完全に68kg台から抜けだすことができるか、ここ数日が勝負だろう。さて11月1日は何kgからスタートすることになるのか、明朝の計量が楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月23日 (月)

『病気にならない生き方』読了後の食生活の変化

10月の上旬に『病気にならない生き方』を読んでから、妻の賛同と協力も得て、少し食生活を変えてみた。

①始めたこと
・朝、起きた後に、水(ミネラルウオーター)を500cc程度飲む
・ご飯を白米から雑穀入りに変えた
・煮豆(黒豆)を必ず食べるようにした
・蛋白源は、魚を多めに

②やめたこと
・牛乳、ヨーグルト、緑茶はいっさい飲食せず
・コーヒーも、特別な理由がなければ飲まない
・肉類も、なるべく少なくする

合わせて、食生活ではないが、平日の朝、
・6時頃から家の近所を10分ほど歩く、
・6時半からラジオ体操をする
の2つを始めた。

一度に生活を変えたので、何が要因になっているのか、よくわからないが、従来、便秘気味になることがよくあったのが、すっかり影を潜めてしまった。気のせいか、最近は食べたものの消化のスピードが以前より速くなっているように思う。ミラクル・エンザイムという酵素の原型のようなものが本当にあるのかどうかはわからないが、作者であるドクター新谷が勧める食生活は、私の体にはあっていたようだ。

食生活の変化の好影響は、継続中の減量にも現れてきていて、体重も昨日(22日)の朝の計量では、68.1kgまで減ってきた。68kg台前半のレベルに定着してきた感じなので、今月中には、一気に67kg台突入を目指したい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年10月17日 (火)

ウオーキング減量作戦、3kgの壁に到達

札幌の思い出は折りに触れて書くとして、今日は、減量のその後の経過について。先週は週半ばの12日(木)から、13日(金)・14日(土)と3日連続して朝の計量で68.9kgを記録、ようやく68kg台も定着してきたと安心して土曜日に少し油断して食べ過ぎたのと、ウオーキングもギリギリ1万歩と少なかったこともあって、15日(日)の朝には、一気に69.8kgまで逆戻りしてしまった。

これはまずいと、日曜日は意識して歩き、食べる量も控えたところ、23日(月)の朝には500g減って69.3kg。月曜日は、職場の中での移動も多く、また昼食のカロリーを抑えめにした効果も出たのか、今朝(24日)は一気に68.5kgまで体重が落ちた。ここのところ、68.9kgが一つの壁になていたので、ようやくそれが突破できた。
また、今回の減量を思い立ち、真剣に取り組み始めたのが9月の中旬で、その時ピークの体重が手元の記録では71.5kg(9月12日)だったので、ようやく、最初の目標である3kg減量に達したことになる。

体重の減り方も、波があって、いくら頑張ってもなかなか減らない時期があるかと思えば、今朝のように一気に1kg近く減ることもある。こういう一気に壁を乗り越えるブレイクスルーがあると、ヤル気もでて、減量に弾みがついていく。

これで弾みをつけて、4kg、5kgと減らしていきたい。しかし、そう決意した矢先、今日は夕方、職場で飲み会に誘われた。飲み食いとも控えたつもりだが、さて明日の朝の計量でどうでるだろうか。自己管理力が問われるところだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月13日 (金)

ウオーキング減量作戦の応援団

友人からメールをもらった。彼も、最近になって万歩計を着けて、歩数を計り始めたとのこと。私のブログの記事も読んでくれているようで、「お互い少しずつ頑張ろう」とのコメントももらった。

私の現状は、というと、3連休前に68.9kgと久しぶりの68kg台を記録したと書いたが、連休の最終日に家族で外食したこともあって、再び69kg台半ばまで戻ってしまった。それを昨日までの平日の3日間で、極力歩いて戻し、今朝はなんとか再び68.9kg。明日の朝、どういう数字になるだろうか。再び、週末で増えないように、気を付けなくてはならない。

メールをもらった友人に負けないように、頑張らなくては。減量作戦の最初の一里塚である▲3kgの壁を早く突破したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 7日 (土)

ウオーキング減量作戦のその後・その2

今朝の体重測定で、久しぶりの68kg台である68.9kgを記録。何ヶ月ぶりだろうか。朝、着替えた後の着衣の状態で計っても70.3kgで、ピーク時、裸で71kg台半ばまであったったことを思えば、明らかに減ってきた。

いくら減量のためとはいえ、食事の時に出されたものを残すということが、できない性分なので、カロリーの取りすぎになりがちだ。減量が長続きするかどうかは、1日100gでもいいから減っていることが目に見えて、わかることである。ウオーキングで、少しでもエネルギー消費をすることは大事だが、この2週間ほどの計測では、1万5000歩歩いても消費カロリーは400カロリー程度である。やはり、食べ物で取るエネルギーの量をコントロールすることも重要だ。

職場の食堂は、定食と麺類しかメニューがなく、カロリー調整のためか、麺類のほうでもメインの麺の他に、定食と同じ食材を使うコロッケや餃子が付いたりして、結局、麺も定食もカロリーに大した差がなくなってしまうのだ。先週からは、配膳してもらう時に、自分で多すぎると思った時は、食堂の人に、最初から皿に盛らないように頼んで、自分なりに調整することにした。これなら、残さなくてよい。

先週の金曜日からは、本社での仕事が始まった。本社の食堂はメニューも多く、高カロリーから低カロリーまで選べるので、500カロリー台の定食を選び、そこにワカメの酢の物を付けることにしている。今月は、あと2週間本社で仕事なので、その間にいっきに68kg台半ばまでもっていき、それを維持しながら、さらに67kg台を目指したい。

その前に、まず、この3連休で暴飲暴食を控え、少なくとも今朝の68.9kgを維持しなくては…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

年齢の法則

10月に入って、ひとつ年をとり、46歳になった。

このブログでも、何回か紹介している『こころを癒すと、カラダが癒される』(チャック・スペザーノ&ジェニー・ティスハースト著、伊藤由紀子訳、株式会社ヴォイス)の中に「年齢の法則」という章がある。

チャック・スペザーノ博士のこころを癒すと、カラダが癒される

年齢の意味
 来るべき年に、あなたはどんなチャレンジに直面するのでしょうか。その年のあなたのプロセス全般に流れている力学的な法則は何でしょう。ある年齢で起きた出来事にはどんな意味があったのでしょうか。
 年齢は、その年の個人的なプロセスの手がかりを与えると同時に、過去に起きた出来事についても何らかの洞察を与えてくれます。あなたが、今人生のどの辺にいるのか、またその1年で癒さなければならない事柄は何なのかを示してくれる指標なのです。
(『こころを癒すと、カラダが癒される』146ページ)

年齢を表す数字にはそれぞれ、意味があるという。例えば、今の自分の年齢に関わるところを見てみると

[4]
4は慢性的な問題を癒しながら、人生に新しい土台を築く時という意味です。この年のチャレンジは障害を突き抜ける道を探し、人生を築く礎石としてそれを使うということです。
[5]
5は変容のシンボルです。人生に変容をもたらすチャンスがあり、新しい生き方を始める年です。この年のチャレンジは、変化に伴う独特の居心地の悪さにあります。変容とは、一度受け止めさえすれば、底抜けの楽しさとユーモアをもたらしてくれます。
[6]

6は成熟、ハート、そして感情的な勇気を表します。この年には、人々に自分自身を与えることに専念することが求められます。また、家族のダイナミックスや深い感情を扱う年であるかもしれません。この年のチャレンジは、深い感情や家族のテーマにはまってしまい、成熟することに対し消極的になることです。

40代は、いわば「人生の新たな土台を築く10年」ということになろう。「4」が重なる44歳では、自分の場合、単身赴任先で転倒して肩を骨折し、3週間入院するという大きな事件があった。
昨年10月、45歳で、東京に戻り新しい職場となり、まさに新しいチャレンジの1年だった。

そして46歳。たしかに、この1年で家族の境遇は大きく変化する。計算したわけではないのだが、3人の子供が3年毎に生まれたこともあり、今高3(長女)、中3(次女)、小6(長男)のそれぞれが、今の学校を卒業し、次のステップへ進むことになる。これから1年は、3人がなんとか自分なりの次のステージを見つけて、一歩踏み出し、その新しい環境に慣れてもらわなくてはならない。その過程で、父親の役目も求められると言うことだろう。

『こころを癒すと、カラダが癒される』という本は、特に根拠が示されず結論だけが書かれているので、時に「まゆつば」もののように感じることもあるのだが、不思議と自分のことについては、当たっていることも多く、何かあると開いて見ている。

「人々に自分自身を与えることに専念する」というほど大げさではないが、明日は、次女が志望する高校の説明会に付き合うことになっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

ウオーキング減量作戦のその後

最近、以前より仕事が忙しくなって、家に帰って来て、夕食を食べると、ブログに向かって書き出す前に眠たくなって、ひと休みと思いふとんに横になったら最後、目覚めたら翌朝ということが、何日か続いてしまった。

歩数計(万歩計)をつけて1日の歩数を計りだして10日ほど。今のところ、1日1万歩の目標はクリアしている。仕事のある日は、通勤の行き帰り、職場の中での移動などで9000歩程度は歩いているようで、起床後に家の周りを10分程度散歩する(約1000歩)、会社の帰りに最寄り駅の日本橋でなく2駅先の竹橋まで歩く(+2000歩程度)などのちょっとした工夫で、あまり無理をせずに1万歩は歩けるようになった。むしろ、会社のある日は、体に少し負荷をかけエネルギーを消費するという意味では、1万5000歩を目標にした方が効果がありそうだ。(ちなみに今日は、朝の散歩と帰りの竹橋までの歩きを行って現在約1万4400歩である。)

問題は、むしろ休日で、この間の日曜日は、早朝ウオーキングで、近くの私鉄の駅まで片道30分弱を往復したものの、あとは家にいたこともあって、夕方、妻の買い物に付き合ってスーパーの中を歩き回ってようやく、ギリギリで1万歩を確保した。

問題の体重の方は、9月末の職場に打ち上げでの飲み食いも何とか乗り越え、69kg台は維持しているものの、69kg台のレンジの中で、推移しており、今朝も69.4kgだった。前回、10kg減量した時も、最初の3kgを減らすのが大変で、3kg減った後は、順調に減りだした覚えがある。ここが、踏ん張りどころだろう。
1日100gでもいいから減らすこと、その小さな積み重ねしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月27日 (水)

メンタルヘルス・マネジメント検定試験開始の意味を考える

先週土曜日、新宿紀伊国屋書店の本店に行った際、『メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト』(大阪商工会議所編、中央経済社)という本が目に入った。テキストは、Ⅰ種マスターコース、Ⅱ種ラインケアコース、Ⅲ種セルフケアコースの3種類に分かれている。

テキストを手にとってパラパラとめくってみると、職場での働く人の「心の健康管理(メンタルヘルス・マネジメント)」についての検定試験を、大阪商工会議所の主催で行うということらしい。
Ⅰ種は会社のメンタルヘルス対策を担当する人事部労務担当者・管理者や経営者向け、Ⅱ種は職場で部下を持つ管理職向け、Ⅲ種は自らのメンタルヘルスについて学ぶ一般社員・新入社員向けとのことで、とりあえず、Ⅱ種ラインケアコースのテキストを買ってきた。

これまであまりなじみがなかったので、改めて調べてみると、新しく開発された検定試験とのことで、今年(2006年)の10月8日(日)が第1回の試験らしい。(大阪商工会議所の検定の説明はこちら

「公式テキスト発行にあたって」と題したテキストのまえがきには、次のように書かれている。

産業界にとどまらず社会全体において、働く人たちの「心の健康管理(メンタルヘルス・マネジメント)」への関心が高まっています。成果主義の導入、人員削減による労働負担の増大など、労働者を取り巻く環境はストレスを増長しやすいものとなり、心の病による休職や離職、自殺の増加が深刻な社会問題となっているからです。心の病を予防するには、個々人が正しい知識を携えて自他のストレスに対処することがきわめて重要です。また、雇用する企業においても、社会的責任の履行、人的資源の活性化、労働生産性の維持・向上のためには、メンタルヘルス対策を適正に講じる必要があります。
(『メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキストⅡ種ラインケアコース』大阪商工会議所編、中央経済社発行 ページⅰより)

商工会議所は経営者サイドの立場から、企業防衛的な視点で、この検定を企画したとは思うけれど、背景はどうあれ、半ば公的機関とも言える商工会議所の検定に職場での心のケアという問題が取り上げられたということは、大きな一歩ではないかと考えている。

私自身は、心の問題を一つのテーマとして昔から関心をもっていたし、自分が上司となって部下を持つ身になった時には、心の問題ということをいつも意識してきたつもりだ。
しかし、職場の上司や同僚で心の問題を真剣に考えている人はあまりいなかったように思う。
ノルマや成果主義に縛られる上司が、自分の部署の実績が思うように上がらないと、成績の悪い担当者を「なぜできないのだ」と罵倒したり、「契約が取れるまで帰ってくるな」的な圧力をかけることがあたり前のように行われる職場もあった。私には、仕事の名を借りた、職場における単なる「社会人いじめ」にしか見えなかった。

高度成長時代は、日本経済のパイ全体が拡大を続けていたので、サボっている営業担当者は叱り、気が弱く尻込みしている営業担当者は「尻を叩いて」営業活動を行わせ、顧客との接触頻度を増やせば、拡大するパイのどこかにかじりつけただろう。結果として実績が上がれば、上司は自分の指導の結果と満足し、叱られたり・尻を叩かれた担当者の側も、相応の評価をされれば、さほどストレスを溜めることもなかったのではないかと思う。

しかし、マイナス成長・低成長の時代となった現在では、ただ上司が叱咤激励、罵倒と尻叩きだけをしていても、増えないパイのどこかにかじりつける確率はきわめて低い。上司はますますイライラし、実績も上がらず罵倒されるだけの担当者は、ストレスが溜まる一方である。

問題はそれが、職場の中だけで完結しないことだ。職場でストレスを溜めた父・夫は、家庭に帰り、妻や子どもにイライラをぶつけ、ストレスを解消する。あるいは、子どもに自分のような思いはさせまいと、子どもの思いはそっちのけで、子どもの教育にエネルギーを注ぐ。結果、父や夫が溜め込んだストレスは、家庭で通じて妻や子どもに波及し、それが妻の精神の不安定や、子どもの学校でのいじめという形で、マイナスの連鎖として広がっているような気がして仕方がない。(『子育てハッピーアドバイス』の3冊の中にも、仕事でイライラしている父が、子どものことで妻を叱り、妻が子どもに対し「あなたのせいでお父さん叱られた」と怒るという事例が、悪い例として紹介されていた)

この検定試験が社会的に認知され、多くの企業の経営者、人事部、各職場の管理者に浸透していけば、上に述べたような社会全体に蔓延するマイナスのスパイラルの発生源が少しは減る方向に向かうのではないかと期待している。

10月の試験の申込は9月1日までだったようだ。第2回はⅡ種・Ⅲ種のみだが、来年3月の実施のようだ。秋に控える各種資格試験の受験が終わったら、Ⅱ種の受験を検討しようと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月17日 (日)

突然の腰痛

今日になって、腰痛に悩まされている。この3連休、昨日、おとといと家族と車で出かける事が多く、ずっと座っている時間が長かったせいだろうか、背中を伸ばすと腰のあたり痛みが走る。

体のトラブルで思い出すのは、肩の骨折の時に、見事に当時の自分の状態を言い当てていた『こころを癒すと、カラダが癒される』(チャック・スペザーノ&ジェニー・ティスハート著、伊藤由紀子訳、VOICE発行)である。

この本で、腰にトラブルのある時の精神状態を調べてみると、

[腰]Hips
 腰は胴体と下肢をつなぐ股関節を形成しています。腰の問題は変化への怖れを表しています。変化への欲求はあるのですが、その一方で、まだ変化への怖れも感じています。(中略)「および腰になる」「腰が引ける」「話の腰を折る」などと言います。
 右の腰に支障がある時は、キャリア面で何か変わるようもとめられています。左の腰であれば、人間関係で、変化を求められています。
(チャック・スペザーノ&ジェニー・ティスハート著『こころを癒すと、カラダが癒される』202ページ)

と書かれている。

今日痛んだのは、左右の区別なく腰全般についてなので、キャリア面なのか人間菅関係によるものなのか、よくわからないが、どちらも思い当たる節が無いわけでもなく、しばらく、注意しておく必要があるかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

3度目の正直?今度こその減量宣言

このブログで、何回か減量宣言をしたものの、体重が減るどころか増える一方なのは、先日も書いたばかりだ。しかし、体重が増えて、健康にマイナスはあれ、プラスになることなどない。

先週の日曜日、小6の長男と一緒に、久しぶりに市のスポーツセンターのプールに泳ぎに行った時のことだ。
肩のリハビリと減量のため、今回も500m泳いだ。休憩時間にプールサイドに座り、柔軟体操と思い、中学・高校の陸上部時代からいつもやっているように、プールサイドに座り足を伸ばし、上体を倒して手を伸ばし、つま先を触ろうとしたが、その時、衝撃的な事実に直面した。お腹に溜まった脂肪の塊がじゃまをして、つま先まで手の指先が届かないのだ。未だ、かつて経験したことのない屈辱。これは、ただの中年太りでなないか。

月曜日の夜は、昔の上司と飲み会があり、更に体重は増加。71kgを突き抜け、72kgに届く勢いだ。このままでは、ピークの73kgどころか、ピークを更新し、75kg→80kgと増える一方である。身長170cmに足りない自分の体重80kgの姿など想像するだけでおぞましい。

減量できるかどうかは極めて簡単な算数だ。「摂取カロリー」-「消費カロリー」=プラスであれば体重増。マイナスであれば体重減である。現状、摂取カロリーを極端に調節することは、食べ物に対して以前より意志薄弱になっているので、全く期待できない。ならば、消費カロリーを増やすしかない。

日中デスクワークで、外出することも少ないので、あとは通勤で工夫するしかない。8月14日の首都圏大停電のあと、8月31日にも通勤に使っている地下鉄東西線が停電でストップし、いつも「日本橋」で降りるところを、電車が停車した2駅前の「竹橋」で降りて職場まで歩いた。その時、思ったほど時間がかからなかったこともあり、昨日、思い立って、帰り道「竹橋」まで歩いてみた。

職場から日本橋まで歩くと7分程度、日本橋-竹橋間が地下鉄で4分。計10分程度。職場から竹橋まで歩くと、地下鉄ルートよりのショートカットする形になることもあって、所用時間25分前後だ。15分余計に時間がかかる程度なら、大した負担にもならない。歩く経路には、日本橋三越、日本銀行、大手町のオフィス街と目先も変わり、気象庁が締めくくりだ。

今朝はその甲斐あってか、1kg近く体重が落ちていたので、いい気になって、今日も小雨の中、竹橋まで歩いた。さて、思惑通り、減量が進むかどうか。上手くいけば、節目節目で、このブログでも報告したい。もし、なしのつぶてであれば、次なる4度目の減量宣言が出たときに、思い出して大笑いしていただければと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月12日 (火)

香山リカ女史が語る「偶然の出会い」のとらえ方

香山リカ著『14歳の心理学』(中経の文庫、中経出版)を読んだ。サラリーマン向けのビジネス書などでなじみがある中経出版が文庫に進出し、最初に世に送り出した10冊のうちの1冊である。

14歳の心理学 (中経の文庫)

著者は、以前も書いた通り「我らの世代論~すべては努力と実力次第?」4月9日・記、自分と同じ1960年生まれということで親近感もあり、また精神医学の先生で、河合隼雄とは違った切り口で心(こころ)の問題を扱っているので、著作は何冊か読んでいる。
生意気にも読者として注文をつけるとすれば、個々の評論にはなかなか切れ味鋭いものがあるのに、1冊の本としてまとめられたものを読むと、「結局何を一番訴えたかたのかな~?」と論旨がハッキリしないような感じを受けることがあるのが残念だというところぐらいだ。

今回は、益田リミさんの4コママンガを要所要所にちりばめて、お父さん向けの「子(思春期の娘)育てハッピーアドバイス」を狙っているなと思われる作りだ。
内容は、『子育てハッピーアドバイス』ほど、ソフトな感じはなく、特に第4章の”「生きづらさととなりあわせで心を襲う”と第5章の”子の「現実感」をもっと深く知る」の2章は、若者を襲う離人症(生きている現実感を感じられない)ことから起きている自殺や事件を取り上げていて、ここまで来てしまったら救いようがあるのだろうかと暗澹たる気持ちになる。

暗澹たる気持ちになったお父さんへは、(おそらく、そこまでひどくなる前に)「娘を信じ、ひとりの人間として尊重する」「娘とうまくやりたければ、まず妻とコミュニケーションを(とること)」という処方箋が書かれている。

私が、一番なるほどと思ったのは、第3章で、「偶然の出会い」というものについて語った部分だ。10年くらい前の北欧でのフェリーの沈没事故の際、ある男女が「生きて帰れたら結婚しよう」と約束し、二人とも救出され、相手の消息を調べ、結婚に至った話を紹介した後で、次のように説明している。

偶然の出会いを経験しやすい体質って、たしかにあるのでしょう。
 では、どうすれば偶然出会いを起こしやすくなるのか。先ほどお話ししたフェリー事故の場合、後から研究者が分析したところによると、命が助かるかどうかの分かれ目は 「集中力」と「パニックの起こしにくさ」だったそうです。「船が座礁したぞ!」と聞いて、(中略)「座礁といっても沈没までにかなり時間があるぞ。その間になるべく逃げやすい出口を探して、救命胴衣を着けて…」と冷静に集中して考えることができた人は、命が助かった。「結婚しよう!」と叫び、その後、助かったふたりも、おそらく飛び抜けて集中力があり、すぐにパニックにならない冷静さをもっていたのでしょう。だからこそ、精神が研ぎ澄まされてた状態で、「この人こそ、生涯のパートナーだ!」と出会いまでキャッチすることもできたのです。
(中略)
 つまり、出会いは「あーあ、どこかにステキな出会い、ないかなぁ」と思っているうちは、なかなか訪れない。(中略)「なんとか沈没する船から助かりたい!」と(中略)強い決意を持ち、その目的のために集中して考えたり動いたりしていると、思わぬ出会いが飛び込んでくるものなのです。飛び込んでくるというよりは、精神の集中によってセンサーの感度が上がっているので、自分で「この人は大切だ!」と出会いがよくみえてくる、というほうが正確かもしれませんが。
(中略)
出会いは求めるものではなく、気づくもの。そして、そのために必要なのは、出会い以外の何かを求める集中力とエネルギーです。
(香山リカ著『14歳の心理学』中経の文庫、101~104ページ)

しばらく前に書いた「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」(8月24日・記)の中で取り上げた河合長官の「深い必然性をもったものほど、一見偶然に見える」との命題の答えを、香山リカ女史は教えてくれたような気がする。
あることに集中し、精神の感度が上がっている時は、普通なら見過ごしてしまう出会いに活性化された潜在意識が反応し、自分でも選択したという自覚がないうちに、人生における大きな選択をしているのだろう。そう考えると、納得がいく。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月 8日 (金)

90年代後半の世相を語る『縦糸横糸』を読む

河合隼雄著『縦糸横糸』(新潮文庫)を読み終わる。1996年5月から2003年5月まで、月1回産経新聞大阪版に連載されたコラム72回分をまとめて本のしたもので、単行本は2003年7月に発行され、この9月に新潮文庫に加わった。

縦糸横糸 (新潮文庫)

その時々の世間での出来事をテーマに河合隼雄が持論を語っている。振り返って見れば、90年代後半からこの本がまとめられた2003年までは、日本経済の長引く不振で、日本社会全体が暗くすさんでいた時期でもあり、バブル崩壊後の失われた10年(15年)の社会史にもなっ