2007年1月 3日 (水)

言葉にして伝えることの大切さ(『男の復権』を読んで・その2)

昨日も取り上げた『男の復権』(池内ひろ美著、ダイヤモンド社)から、もう一つ。

男の復権―女は男を尊敬したい
男の復権―女は男を尊敬したい

「第2章 後悔しないための女の選びかた五箇条」の最後に「女の落とし方」との一文がある。ここには、手練手管を駆使して、どうやって女性を口説くかということが、書いてあるわけではない。正攻法が書いてある。

あなたが好む女を選ぶことができたら、彼女にその気持ちを伝えたくなる。
さて、どうしたらいいか。
多くの男性はここで悩んだあげく、彼女に嫌われたくないと思うあまり、気を遣いすぎる。
大切なのは、「嫌われないこと」ではなく「好かれる」ことである。
まずは、あなたが彼女に好意を持っていることを伝えよう。(中略)
いずれにせよ、あなたの気持ちは言葉にしなければ伝わらない。伝えることが大切だ。一人前のまともな女であれば、あたたが伝えた言葉を理解して答えを出すことができる。その答えを聞いてから、進むか引くかを決めればいい。
愛情を伝えることを怖がらなくていい。好きだと思ったらまっすぐに伝えて、頑張れ。
(『男の復権』49~50ページより)

” 大切なのは、「嫌われないこと」ではなく「好かれる」こと”、”あなたの気持ちは言葉にしなければ伝わらない”というのは、その通りだと思う。しかし、それは40代になって実感すること。

言葉にして伝えた結果、ダメだったこともある。しかし、それ以上に、嫌われたくないあまり、言い出せないまま、終わってしまった想いがどれだけあることだろう。あの時、言葉にしていれば、結果はどうだったのか?過去に遡って、解き明かしてみたいことではある。 意外に、相手も「憎からず思っていたのに、そう言ってくれなかったではないか」ということになるかも知れない。

とはいえ、「後悔先に立たず」であり、既に現在の生活を抱える大人たちにとって、「あの時、気持ちを伝えていれば…」との「if(イフ)」を問うて明らかにしてみたところで、何かが変わる訳でもない。

では、現在の我々にとって 言葉にして伝えることの意味は何か。著者は「大人の男になるための十箇条」の「第7条、「ありがとう」の言える男になれ」でも、言葉にして伝えることの重要性を強調する。

言葉にしなければ、伝わらないことがある。言葉はとても大切なものだ。
そんなことはない、気持ちがあるから大丈夫だよ、夫婦は以心伝心 だし、部下は推して知るべしだ。なぁんてことを信じていてはだめですよ。(以下省略)
(男の復権』20ページより)

当たり前のことだが、何も若い男女の恋愛感情に限らず、相手が誰であっても、何事も、言葉にして伝えなければ相手には伝わらない。しかし、親しければ親しいほど、それを忘れてしまう。過去の苦い経験は、自分が生きているいま現在に活かしていくしかない。

自分の周りの人々に、いろいろなことをキチンと言葉にして伝えていけるか、これは何歳(いくつ)になっても、簡単そうで、難しいことの一つだと思う。1年の計の5つめの目標に加えるべきことかもしれない。

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2006年7月30日 (日)

人生の四季 、『ライフサイクルの心理学』を読み終わる

先日から読んでいた『ライフサイクルの心理学』(ダニエル・レビンソン著、南博訳、講談社学術文庫)の原題は”THE SEASONS OF MEN`S LIFE”で、日本で最初に出版された時は、「人生の四季」というタイトルだったそうだ。文庫化する際、改題したそうだ。前のタイトルだと、老人の回顧録のようにも聞こえる。

ライフサイクルの心理学〈下〉 (講談社学術文庫)
ライフサイクルの心理学〈下〉 (講談社学術文庫)

その『ライフサイクルの心理学』の下巻を、昨日ようやく読み終わった。1970年前後の米国の4つの職業(生物学者、小説家、企業の管理職、労働者)の40代の男性10人ずつ計40人のそれまでの人生を丹念に面接調査で聞き出し、そこに共通にサイクルを見いだし、仮説を提示している。

本書の本来のテーマ自体は、まさに、このブログのテーマそのもので、じっくり、数回に分けて書きたいと思うが、この本の最後の方で書かれていた事が、印象的だったので、まずそれを書きたい。

「原始の時代からの長い人類の歴史の中で見れば、家庭というものは、狩猟が中心の時代に、次の世代が自ら狩猟に出て獲物を得て、自活できるようになるまで期間、最も効率的に次の世代を育てるためのシステムであった。20才前後に成人し、自ら生活できるようになるまでが、子育ての期間である。原始の時代には、病気、飢え等で、成人までに亡くなるものもいる。親の世代も、子供が巣立っていく40才の頃には既に衰え、死んでいく者も多かった。
40才以降の中年の時期を、人間が生きるようになったのは、歴史的に見れば、ごく最近の事なので、中年以降のうまい過ごし方は、まだ確立されていないし、それは、更に1000年~2000年という単位でしか、根付いていかないのではないか。」というような趣旨の事が書いてあった。
河合隼雄氏の『対話する人間』にも、似たような話があったが、あの時は、日本の戦国時代が人生50年という話であった。今回は、一気に遡って何十万年という単位の話である。

そう考えれば、我々個々人が悩むのも当然だし、ここで考えた何がしかが、次世代へ引き継がれ、1000年~2000年先の人間の生き方に多少でも役に立てば、それも悪くないかなと思ったりした。

*追記(2006年11月23日)
タイトルを当初の「人生の四季」から「人生の四季、『ライフサイクルの心理学』を読み終わる」に変更しました。

*『ライフサイクルの心理学』関連記事
7月19日:本格派に挑戦『ライフサイクルの心理学』
7月30日:人生の四季、『ライフサイクルの心理学』を読み終わる

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2006年7月 5日 (水)

ゲド戦記第4巻『帰還』

ゲド戦記4巻『帰還』を昨晩、読み終わる。

ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)
ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)

話は、第3巻の『さいはての島へ』の直後から始まるが、主に語られるのは、第2巻の『こわれた腕輪』でゲドの墓所の大巫女から救出されたテナーのその後である。テナーは、ケドとともにゲドの故郷のゴント島に戻り、ケドの師である魔法使いのオジオンのもとに預けられるが、結局、テナーはオジオンから離れ、一人の女としての生きる道を選ぶ。農園主と結婚し、二人の子の母となる。夫はすでになくなり、子ども達も成人して巣立って、1人でくらしていた彼女は、虐待されやけどを負ったテナーという少女を預かって育て始めている。
そこに、かつて自分の世話をしてくれたオジオンが危篤だという知らせが入り、自分の農園を離れ、テナーをつれてオジオンを訪ねるために旅立つところから、話は始まる。

主人公はテナーであろう。途中から、『さいはての島へ』で、乱れた世の中を正すために、全ての力を使い果たし、ぼろぼろになって故郷に帰ってきたゲドが登場するが、常にテナーの目から語られる。亡くなったオジオンの家で、テナーはゲドを看病するが、ゲドは再びテナーのもとを離れていく。

中年となったテナーが、自分とは何かを模索する話で、女性の中年の危機を扱っている話のように思える。途中までは、まさしく中年テナーの物語であるが、最後に物語はファンタジーとして急展開する。(そこは読んでのお楽しみ)

おそらく、第5巻の『アースシーの風』で、これまでの物語を集大成する展開になりそうである。

*関係する記事
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
6月22日:『影との戦い』

6月26日:ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』
6月30日:ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』

7月5日:ゲド戦記第4巻『帰還』(本編)
7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
7月16日:ゲド戦記『ゲド戦記外伝』
8月5日:『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ

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2006年6月26日 (月)

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』を読み終わる。

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)
ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

今回は、まず、ゲドの物語世界であるアースシーの中にあるカルガド帝国の大巫女「アルハ」が登場する。彼女は、先代の大巫女が亡くなった日に生まれたことから、大巫女の生まれ変わりとして、両親から引き離され、その本来の記憶は闇の世界の生き物に生け贄として捧げられ、”喰らわれし者”となり、闇の世界に仕える大巫女として育てられる。大巫女は墓守であり、彼女の住む館の地下には、墓所の地下迷宮があり、その奥まで立ち入るのが許されているのは、大巫女だけである。
物語の前半は、アルハの日常の生活が淡々と語られ、ゲドはなかなか出てこない。物語の半ばにさしかかる頃に、ようやくケドらしき人物が登場する。彼女の地下迷宮への闖入者として。話は、常に、アルハの目から語られ、最初はゲドらしき人物は第三者でしかない。
彼女は、その怪しい男を迷宮の中に閉じこめ、葬り去ろうとするが、一方で、この闖入者に無関心ではいられないし、結局、悪者として葬り去ることもできない。
ついに、迷宮を支配する大巫女として、闖入者に声をかけ、ここから物語はアルハだけの話から、アルハとゲドの物語への変わっていく。ゲドは、「テナー」というアルハの本当の名前を知っていて、彼女に本当の名前で呼びかける。そこから、彼女が少しずつ自らに目覚めていくが、その間、数々の危機や試練が待っている。

この第2巻『こわれた腕輪』も、第1巻『闇との戦い』に劣らず、深淵だ。第1巻が、ゲドという青年の自己発見の物語とすれば、第2巻はアルハという少女の自己発見の物語である。見方によっては、現代版「眠れる森の美女(いばら姫)」とも思える。少女から女性へという成長の中で、少女(王女)を眠りから解放する王子の役目をゲドが担っているようにも思う。

また、少女の成長という側面だけでなく、本来の自分を亡くし、闇に”喰らわれし者”となって、生きている人間への警鐘の物語にも読める。(ものには、そのものがもつ本当の名前があるというのが、1・2巻を通じたテーマのひとつである。)

さらに、第2巻では、アルハ(テナー)のゲドへの信頼ということが、特にゲドの口から語られる。ゲドも全知全能の魔法使いではなく、アルハの支え、アルハが信頼してくれたからこそ、魔法使いとしての力を発揮できたと語る。

おそらく、全6巻を全て読み終わって初めて見えることが、たくさんあるのだと思う。今日から、第3巻『さいはての島へ』を読み始めることにしよう。

*関係する記事
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
6月22日:『影との戦い』

6月26日:ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』(本編)
6月30日:ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』

7月5日:ゲド戦記第4巻『帰還』
7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
7月16日:ゲド戦記『ゲド戦記外伝』
8月5日:『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ
8月13日:映画『ゲド戦記』を見て

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2006年6月 6日 (火)

リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

「Shall we ダンス?」の周防正行監督は『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)では、映画とは違った結末を描いているのだが、この文庫は、リメイク版が日本で公開されるタイミングで増刷されたようで、私の手元にある本の表紙はイラストではなくリチャード・ギアとジェニファー・ロペスが踊っているリメイク版の1シーンがコラージュしてある。
(日本版のファンで、まだ小説を読んでいない方は、ぜひ一読を勧めたい。映画では、直接、表現されていない背景のディテールや監督の思いが随所に散りばめられている)

監督自身の「あとがき」も2種類あって、本来の「あとがき」に加え、増刷の際に追加されたと思われる「アメリカ・リメイク版によせて」という文章がある。 監督がカナダにリメイク版の撮影の見学に行った時、主演のリチャード・ギアから、次のように言われたという。

「オリジナルは日本文化が重要なキーになっている。つまり、日本では、見知らぬ男女が人前で抱き合って踊ることはタブーだ。しかし、アメリカではタブーではない。それでは、どうやってオリジナルのストリーをアメリカに移し替えるか。そこで、アメリカ人にとってタブーは何かと考えた。それは、自分が不幸であると表現することだ。」(『小説版Shall we ダンス?』幻冬舎文庫版315ページ)

それは、どう表現されたのか。監督は次のように語る。

(前略)離婚もしておらず、経済的にも恵まれていて、郊外の一軒家に素行に問題のない子供たちと一緒に住んでいるという状況、これはまさに現代アメリカの理想の家族だ(ということらしい)。その理想の家族の夫が、ある日、(中略)ダンスを習い始める。
 なぜか?
それは、自分でも気がついていなかった「不幸」が自分の中にあるということだった。ダンスを習いながら、アメリカの理想の夫はそのことに気づくのだ。(中略)隠さなければならなかったのは、ダンスを習う理由だった。
(同書315、316ページ)

だからこそ、ダンス会場から立ち去る妻と娘を追いかけて、理想の夫は必死で弁解しようとしたのだろう。

アメリカのタブーが破られた時、夫婦は別れてしまうのか?
いや、そうではない。タブーが破られることで、却ってより深くお互いを理解しようとし、その結果、絆が強まってゆく。そういった夫婦の再生の物語がリメイク版アメリカ映画の目指したところであるようだ。(同書316ページ)

リメイク版の製作が決定する以前、日本版のオリジナルをアメリカで公開したとき、監督は決まって2つのことを訊かれたという。

「どうして奥さんはパーティーに一緒に行かなかったのですか」
「このあと、夫婦はどうなるのですか」
実は、この質問に答えることが、アメリカ・リメイク版のテーマだったと、いうこともできるかもしれない。

ちなみにアメリカ版は、二つの質問の答えをはっきりと示して終わる。いや、夫婦のこれからだけではない。主要登場人物のその後までも見せてくれるのである。  アメリカ人がリメイクしてまで見たいと思ったもの。それは、幸せな隣人たちの囲まれた、幸せな家族の姿だった。

リメイク版は、やはり主人公とその妻の関係のあり方、その変化が最大のテーマだったということだろう。確かに、妻の描かれ方と反比例するように、日本版オリジナルでは、あれだけ存在感のあるダンス教室の先生(舞)は、リメイク版(ポリーナ)では影が薄い。

オリジナルでは、主人公と舞との関係も、主人公と妻昌子の関係も、これから、まだどうなるかわからないというところで終わっている。しかし、果たして、現在、同じテーマで日本で映画化した時、同じ描かれ方になるだろうか?

「中年の危機」というテーマは、それなりに普遍性があると思う。オリジナルでは、役所広司演じる主人公杉本の危機が描かれているが、裏を返せば、それは原日出子演じる妻昌子の「中年の危機」とも言える。
日本でも女性の意識は、この映画が作られた10年前とは大きく変化している。現在なら、主人公の妻は昌子のように黙ってはいないだろう。

映画としては、その感情表現の繊細さ含め、日本版オリジナルの方がはるかに味わい深く余韻が残る作品だと思うが、描かれる夫婦の姿は、(現実とは違う理想の姿かもしれないが)アメリカの方が一歩先を行っているように思う。

これまでの「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの(本編)

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2006年6月 5日 (月)

ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い

先日、書きかけながら消えてしまった、ハリウッド・リメイク版の「shall we dance?」と日本版の本家「shall we ダンス?」との違いについて、改めて考えてみる。 (MovieWalkerのリメイク版とオリジナルの比較はこちら) 

大筋で日本版のストーリーを踏襲しているリメイク版の中で、違いが際だつのが、主人公の妻のあり方だ。

日本版の主人公杉山(役所広司)の妻昌子(原日出子)は専業主婦だが、リメイク版の主人公ジョン・クラーク(リチャード・ギア)の妻ビヴァリー(スーザン・サランドン)は部下も持つキャリア・ウーマンとして描かれている。その違いは、そのまま夫との関係の違いにもなる。 昌子とビヴァリーの違いを示す映画の場面はいくつかあるが、印象的だったのは、以下の5つである。

(1)映画の始まりのところで、描かれる2人の姿は、対照的だ。日本版の妻昌子を見て、「三食・昼寝付」という言葉を思い出した(いまやそんな言葉は誰も使わないが…)。夫抜きでは、彼女は生活できず、経済的に夫に依存している。住宅ローン返済のため、パートを始めたことが語られるが、働き始めたことが、昌子にどういう影響を与えたのかは、映画では描かれてはいない。 一方の、ビヴァリーはキャリア・ウーマンと妻・母をこなす活動的な女性。相応の収入もあると思われ、もし離婚するようなことになっても十分生活していく経済力はある。経済的に夫から独立している。

(2)途中、夫の素行調査を私立探偵に依頼するところは、同じだが、ビヴァリーは探偵に対し、「人はどうして結婚すると思う?それは自分の人生の証人がほしいからよ」と語る。夫婦がお互いに相手の人生の証人になっているという点で、対等であることをあらわしていると言えよう。日本版では、このような人生論めいたことは、妻は一切語らない。ただ、夫が何をしているのか心配しているだけである。

(3)夫が家族に隠れて出場したダンス競技会に、探偵に教えられやってきた母と娘。娘の応援に主人公が動転し、他のペアと接触し、パートナーのスカートを破いてしまう。その後、母と娘は会場から出て行くが、リメイク版では、主人公は妻を駐車場まで追いかけ、必死に弁解する。「いまでも十分幸せなのに、さらに何かを求めたことが恥ずかしい」と。 日本版では、妻を追いかけることはせず、その日の夜の自宅のリビングでの夫婦の会話に場面になる。日本版では、主人公は言葉少なく、「なぜダンスなの?」という妻の質問には直接答えず、「所詮、自分には似合わないから、もうダンスやめる」とだけ語る。

(4)主人公のあこがれた女性(日本版の舞、リメイク版のポリーナ)がイギリスへ出発する前の送別パーティに、日本版では妻は参加しないが、リメイク版では、主人公が妻ビヴァリーを連れて行き、ポリーナとビヴァリーは対面する。(リメイク版では、妻がパーティに来ることになるところが見せ場の一つだが、さすがにまだ映画を見ていない人に悪いので、ここには書かない)

(5)映画の本編が終わったあとの、エンディングで、リメイク版では、登場人物のその後を示すシーンがいくつか登場する。その中で、主人公と妻ビヴァリーがキッチンで楽しそうに踊るカットがある。日本版では、将来の夫婦の姿は全くわからない。

これを、日米の文化の違いとのみ考えるのか、日本の夫婦の将来像としてリメイク版を見るかは、意見の分かれるところだと思う。

この先を書きあぐねていたら、周防正行監督自身が書いた『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)のあとがきの中に、その答えらしきものを見つけた。今回も長くなってしまったので、それについては、次回、改めて書くことにしたい。

「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い(本編)
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

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2006年5月28日 (日)

高校時代の思い出、「男子クラスと男女クラス」

私が卒業したのは、地方の県立高校。今は違うらしいが、当時は男女比がアンバランスで、私の学年は、定員450名の内で女子生徒が約120名ほどで、残る330名は男子生徒であった。男女比は3:1。当時のクラス編成は、1クラス45名の10クラス編成だったが、各クラス男女比3:1ということにはならず、大まかに言えば、男25:女20の共学クラスが6クラス、45名全員が男子というむさ苦しいクラスが4クラスという構成だった。

思春期まっただ中の高校時代、男子校に入学したならいざ知らず、男女共学の高校に入って、男ばかりのクラスに入った男子生徒は浮かばれない。毎年、4月のクラス替えの時は、男子生徒にとっては、体育館に張り出されるクラス分けのリストのどこに自分の名前が載るかを食い入るように眺めたものだ。そして、悲喜こもごもの人間模様が展開される。

私は、幸か不幸か入学から2年間、男ばかりの男子クラスだった。女性と接する機会は、所属していた陸上部の練習の時だけで、しかも、女子部員は先輩が1人、同級生がわずか2人だった。おかげで、脇目もふらず勉強に集中することが出来た(わけがない)。

高校2年の夏に、学校の3大イベント(春の文化祭、秋の運動会、冬の予餞会)のうち、運動会の運営委員長を引き受けることになり、同じクラスの友人に副委員長を頼んだところ、彼が女性の委員を数名捜してきてくれて、それから運動会本番まで夏休みを挟んだ2ヵ月ほど、各委員で仕事を分担し、本番の運動会の成功に向けて一生懸命だった。運動会が終わった後も、全員で打ち上げをしたり、休みの日に遊園地に遊びに行ったりと、一緒に仕事をしたことで、メンバー全員が親しくなり、男子クラスにいたものの、あまり男子クラスの悲哀を味わわずに済んだ。その頃が一番、勉強もしたようにに思う。2年の3学期の模擬試験が、高校の2年間の中で一番成績がよかった。

そして迎えた3年生の春、進学先のよって、文系・理系と教科の選択が分かれ、文系に進んだ私は、3年目にして、幸運?にも、ようやく男女クラスとなった。(我々の学年は、理系希望の女子生徒が多かったのか、例年、男子クラスのない文系に男子クラスが誕生していた。)
しかし、「禍福はあざなえる縄のごとし」で、3年最初の試験こそ、2年の3学期の余勢をかって、そこそこの成績だったが、中学以来3年ぶりに同じ教室の中に女子生徒がいるという環境にすっかり心を乱されて、その後は勉強の面では低迷、目標の地元国立大に行くには浪人必至という状態から抜け出せないまま、受験を迎えることになった。

結果は、このブログの2回目の記事「四字熟語」のところで書いた通り大どんでん返しの結末で、なんとか今の自分があると思うが、それでも、3年の春の時点に戻り、男子クラスか男女クラスのどちらでも選べるけれどどうする?と聞かれれば迷わず「男女クラス」を選ぶと思う。まあ、今更書くのも気恥ずかしい、今は昔の話だけれど…。

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2006年3月12日 (日)

ドラマ「指先でつむぐ愛」を見て

一昨日の夜、フジテレビのドラマ「指先でつむぐ愛」を見た。新聞の番組欄に載っていたので、見てみようかと思っていたら、妻もそう思っていたようで、2人で見た。

9才で失明し、18才で耳も聞こえなくなった全盲聾の福島智さん(現東京大学助教授)を中村梅雀さんが、その妻光成沢美さんを田中美佐子さんが演じている。原作は、沢美さんが書いた『指先で紡ぐ愛』(講談社)である。

指先で紡ぐ愛
指先で紡ぐ愛

福島さんは、子どもの頃の記憶で喋ることはできるが、外部からの情報入手は、指点字という通訳者の指の「手話」だけである。

2人がリハビリセンターで講師と生徒として出会って、互いに思いを寄せ、結婚するまでの前半。夫婦となってから、2人の出会った東京を離れ、金沢大学で助教授として教える夫を妻、通訳者として公私ともに支える中で、沢美さんは、自分の存在・役割に疑問を感じ、葛藤が起きる。最後には、その思いを夫にぶつける。

福島さんは、『自分を大切にできない人間は、他人も大切にできない』『一人で生きていけない人間は二人でも生きていけない』と言い、『君が何かをしてくれるから一緒にいるのではない、君の存在そのものが自分には必要なのだ』と語りかける。

障害者の夫とその妻という形で表現されているが、底流に流れるテーマはどの夫婦にも共通の問題だろう。原作も読んでみたい。

ドラマのあらすじや主演2人のコメントはフジテレビのホームページに掲載されている。ドラマ→金曜エンタテイメントと進み、「指先をつむぐ愛」バナーをクリックすると見ることができる。(勝手にリンクは張れないようなので)

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2006年3月 6日 (月)

春一番とお水取り

今日は、関東地方にようやく春一番が吹いたそうだ。昨年よりも11日遅いという。ようやく梅の花もほころび始め、茶褐色だった木々に彩りを添えている。

今日は、我が家の18回目の結婚記念日だ。新婚旅行で奈良と伊勢・志摩を巡った。ちょうど、奈良では、東大寺二月堂のお水取りの時期で、夜、東大寺まで火の粉を浴びに行ったのを思い出す。

なぜ、妻と結婚したのか。当時の私は、誰かに話を聞いてもらいたくて仕方なかった。彼女が、私の話を、一番おもしろがってきいてくれた。しかし、自分のことを話すのに夢中で、相手の話はあまり聞いたいなかったのかもしれない。その年の年末には長女が生まれ、なれない東京での社宅暮らしに子育てのストレスも重なったのか、過換気症候群になって救急車で病院に運ばれたこともあった。

最近は、日曜日の朝、子ども達が起き出す前に、2人で近くの駅まで片道30分の散歩をしている。駅前の喫茶店でコーヒーを飲んで、帰りも30分歩く。歩きながら、私が聞き役になるように心がけている。

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