2008年6月29日 (日)

デジタルカメラの写真を整理しながら、これからのデータ保存法を考える

これまで、寝室に使っている和室には、ノートパソコンを置き、ブログはそのノートパソコンで書いていたが、ソフトウェアをいくつか同時並行で使うと、とたんにスピードが遅くなる。また、スカイプに接続し、TV電話として使おうとしたら、ビデオ再生がほとんど出来きなかった。やはり、Windows Vistaを使うためのマシンとして使うには、パソコンの頭脳であるCPUやビデオ再生をコントロールするビデオチップが非力なようだ。(すでにメモリーは、2GBに増強してある)

2階の置いている昨年の夏に自作したパソコンは、最近は長男のゲーム用のサブマシンと化していたので、ディスプレイを含む一式を1階におろし、こちらをメインマシンに復帰させることにした。インターネット接続も、無線化したので、無線LAN用のアダプタを着けるだけだ。いざ、動かして見るとさすがに、ノートパソコンとはスピードが全然ちがう。

今日は、あいにくの雨だったこともあって、デジタルカメラで撮影しカメラのメモリーカードに保存されている画像の整理をした。
以前は、フィルムカメラで写真を撮り、印画紙に現像して、アルバムに整理していた(一眼レフカメラを使っていたこともある)。
しかし、富山にいた頃(1995年~2000年)、押し入れに入れていたアルバムの多くが結露(富山は湿気の多い気候で梅雨時や雪の多い冬場は除湿機が必需品である)して、写真もネガも結露で染みのような跡がついてしまったこともあり、通常の35mmフィルムカメラからフィルムの保存が簡単なAPSカメラ、そしてデジタルカメラの登場とともに、徐々にデジタルカメラにシフトしてきた。いまでは、フィルムカメラで写真を撮ることはなくなった。

デジタルカメラは、富山時代に初めて買ったコダックの27万画素のおもちゃのようなカメラから始まり、すでに8台目である。年々、画素数がアップし、画像の肌理は細かくなる。まだまだ、技術の進歩が続きそうなので、まだまだ買い換えも続くだろう。

(8台目、パナソニックDMC-FZ7)

私は、撮影した画像を、640MBのMO(光磁気ディスク=Magneto-Optical disk)に保存している。MOの中に撮影日ごとにフォルダを作り、MOがいっぱいになったら、また次のMOに保存していく。すでに、30枚ほどのMOにこの10年ほどの画像を整理している。しかし、MOも今や時代遅れになりつつあるような気がする。

デジカメの画素数のアップに従い、画像1枚あたりのデータ量も増加しており、640MBのMOに納められる枚数が少なくなったことが一つ。
一方、従来、高価だったデジカメのメモリーカードも近年登場したSDメモリーカードがデジタルカメラ以外にも、用途を拡大したことで、一気に低価格化が進み、640MBのMOを容量で上回る1GBの SDメモリーカードが1000円程度にまで値下がりし、写真を撮影中にメモリー不足になることもほとんどなくなった。
これからは、メモリーカードがいっぱいになったら、他の記憶媒体にコピーするのではなく、フィルムカメラ時代にフィルムを撮りきる都度、新しいフィルムも買っていたように、メモリーカードがいっぱいになったら、新たな撮影用にあらたにメモリーカードを買い、画像データの入った古いカードは、日付や内容を注記してそのまま保存するという使い方になるのではないだろうか。

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2006年11月26日 (日)

ケータイの機種変更をした、携帯電話はどこまで進化するのか

携帯電話業界では、番号ポータビリティ制度(MNP=Mobile Number Portability)の話題でもちきりだが、その時期を狙っていたわけではないが、ちょうど1ヵ月ほど前のMNPが始まった日に自分の携帯電話の機種変更をした。

携帯電話を持つようになって10年以上になる。北陸・富山で勤務していた90年代後半、ちょうど、阪神・淡路大震災で固定電話は繋がらなかったけれど、市場に出回り始めていた携帯電話は繋がったという話が流布され、緊急連絡用として携帯電話が脚光を浴び、普及に弾みがつきだした頃だった。私は、仕事で、auの前身である北陸地区の携帯電話会社を担当することになり、携帯電話を持つことになった。最初は、まだアナログ機で、出始めにデジタルよりアナログの方が音質がいいとも言われていた。

その後、何台機種変更をしたのか、よく覚えていないが、ずっとauを使っている。最初のアナログ端末がデジタル端末になり、電子メールが使えるようになり、デジタルカメラ機能も付いた。つい最近まで使って機種は、2年前の春、札幌にいる時に、某家電量販店で200万画素のカメラ付のものが、期間限定キャンペーンで格安で機種変更を受け付けていたので、半ば衝動的に変更したものだ。液晶画面もカラーになり、インターネット接続もできるようになった。

以前、このブログで、次は「おさいふケータイ」にと書いたが、今回の追加機能は「おさいふケータイ」機能と「LISMO」というauが売りにしている「オーディオ・プレーヤー」機能である。MNPスタートに合わせ新機種が投入された関係で、今年の6月に出された1世代前の機種(W42H)が、機能の割に値下がりしていてお買い(お替え)得だった。

おさいふケータイの方は、Edyが最初からセットされていて、さらにSuicaもソフトをダウンロードすれば使える。LISMOは、調べてみると「au  LISTEN  MOBILE SERVICE」との略ことで、アップル社の「ipod」と比較すれば、携帯電話の端末が「ipod」にあたり、「iTunes」にあたる音楽管理ソフトが「au Music Port」という付属ソフト、「iTunes Music Store」にあたる楽曲のダウンロード販売サービスも「DUOMUSIC STORE」という形で行っている。(IT用語辞典、e-Wordsの「LISMO」の項を参考にしました)

昨日、ようやくCDから曲の取り込みを行って、今日、初めて、携帯電話で音楽を聴いてみた。今まで、使っていたMDプレヤーに比べて、音質は落ちているのだろう(といっても、他のデジタル・オーディオ・プレーヤーに劣るわけではない)が、通勤の行き帰りの電車の中などで聴く分には、十分である。

いまや、携帯電話は小さなコンピュータである。私は、TVまで携帯電話で見ようとは思わないが、TVにさえなり得るということは驚きである。さらに、パソコンのどのような機能を携帯電話は取り込んでいくのか、同時代に起きている製品・サービスの革命的な変化という意味からの興味は尽きない。

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2006年9月23日 (土)

「おはぎ」と「ぼたもち」

今日は「秋分の日」。朝、散歩そしていたら、路傍に「彼岸花」が咲いていた。秋も、本番というところか。
A_3



一緒に散歩をしていた妻が、
「”おはぎ”と”ぼたもち”の違いを知っているか?」と聞く。
「”こしあん”と”つぶあん”の違いでは」と答えると
「ぼたもちは春、おはぎは秋」とのヒントを出される。
「じゃあ、ぼたもちが牡丹で、おはぎは萩の花」と答えると
「正解」とのことだった。

念のため、家に戻ってインターネットで検索してみる。

いくつも解説記事はあるが、「@nie's」というお菓子研究家のサイトの「おはぎとぼたもち」というページには次のようなに書かれている。(「おはぎとぼたもち」のページはこちら

実は”おはぎ”も”ぼたもち”も同じお菓子なのだ。

春のお彼岸に作り、あずきの粒をその季節に咲く”牡丹”に見立てたのが”ぼたもち”。
秋のお彼岸に作り、あずきの粒をその季節に咲く”萩”に見立てたのが”おはぎ”。

つまり”牡丹餅”と”お萩”と言うわけだ。

「つぶあん」「こしあん」議論の方は、間違いなのだろうか。いくつかのページの解説には、「ぼたもちはこしあんで、おはぎはつぶあんで作る」と書いてあるものもあったが、食べる季節が違うだけだというのが、多数説のようだ。

「こしあん」「つぶあん」議論についての説明で、納得したのは、やはり同じ「@nie's」の「続・おはぎとぼたもち」の記述である。(「続・おはぎとぼたもち」のページはこちら

実はこれは餡の素材である小豆の収穫時期に関係がある。

秋のお彼岸は小豆の収穫時期とほぼ重なるので、 まだ採れたての皮の柔らかい小豆を餡にすることができる。 当然柔らかい皮も一緒につぶして”つぶし餡”として使う。
春のお彼岸には冬を越した小豆を使うことになり、 当然固くなっている皮はそのままでは食感が悪い。 そこで皮を取り除くためにいったん晒す工程を経て ”こし餡”にして使われる。 (中略)
ところが保存技術の発達や品種改良によって、 春でも皮のまま使うことのできる小豆が登場して、 以上述べた理由はまったく意味のないこととなってしまった。 今では一年中こし餡だろうとつぶし餡だろうと 好きな食べ方ができるようになってしまったわけだ。 

「ぼたもち=こしあん」、「おはぎ=つぶあん」との説明に根拠がないわけでは、ないということだ。

こうして、調べていくと、普段、何の疑問も感じずに使っている言葉でも、いろいろと押さえてくべきことがあるような気がする。

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2006年7月25日 (火)

Edyを使う

仕事で、非接触型ICチップを調べたせいもあって、最近、電子マネーに関心がある。

Suicaは、以前からJRに乗る時に使っていたが、ライバルのEdyについては、コンビニなどで、わざわざ現金を払ってチャージしてもらうのも、おかしな気がして、Edyがセットされたクレジットカードは持っていたものの、使ったことがなかった。

しかし、調べてみると、「プロント」にはEdyにチャージできる機械があるということで、出勤途上にあるプロントにより、とりあえず1000円チャージしてみた。

あとは、コンビニなどで買い物をする時、レジでEdyマークのところに、カードをかざせば、チャリンという電子音(作られた音という点では、デジカメの電子シャッター音と同じだ)がして代金が引かれる。財布から小銭を出さなくていいのは、便利だ。

次の関心は、「おサイフケータイ」である。携帯電話に非接触ICチップを搭載し、SuicaやEdyのアプリケーションをダウンロードして使う。ドコモは、ほとんどの新型端末が「おサイフケータイ」対応なのだが、私の使っているauは「おサイフケータイ」対応機種が少ない。もうしばらく、今の端末を使い、auで対応端末の品揃えが増えたら、「おサイフケータイ」に機種変更しようと考えている。

プラスチックカードからケータイ端末へ、決済ビジネスのツールも本当に移り変わっていくのか、興味津々というところだ。

関連記事:7月2日「カード」から「ケータイ」へ

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2006年7月 2日 (日)

「カード」から「ケータイ」へ

最近のクレジットカードやキャッシュカードを見ると、カードに金色の金属チップが埋め込んである。ICチップだ。ICチップが埋め込まれたカードがICカードである。
最近、必要に迫られて、この世界の技術について勉強したが、数年前まで、開発段階だったものが、ここ1、2年で一気に実用段階に入り、我々の身の回りに登場してきている。

カードに埋め込まれている金色のICチップは接触型ICチップ。非接触型ICチップというのもあって、これは、電子マネーのJRのSuicaカードやEdyなどに使われていて、表面からは見えない。接触型も、非接触型も基本的な構造は同じで、計算処理等を行うCPU(演算装置)とデータやアプリケーションソフトを搭載するメモリー部分に分かれていている。電源はATMやカードリーダーなど外部から供給を受け、ATMやカードリーダーとの間で情報をやりとりし、いわば小さなコンピューターとして働く。(参考記事:知っておきたいICカードのタイプと使われ方

接触型の金色のICチップが搭載されたカードは、従来のキャッシュカードやクレジットカードの磁気ストライプ部分に記録されていた暗唱番号のデータをICチップのメモリー部分に記憶し、さらに自ら持つCPUと残ったメモリーをどう活用するかという課題はあるものの、基本的には従来のカードの延長線上にある商品・サービスだと思う。
現在、カードの世界では、ICチップの登場により多機能化が一気に進み始めている。銀行のキャッシュカードとクレジットカード機能の一体化、クレジットカードと電子マネー機能の一体化、ひいてはキャッシュカード・クレジットカード・電子マネー機能が一枚のカードに納められたカードも登場している。まさしく、カードにおける「all-in-one」である。

一方、非接触型ICチップが登場したことにより、これまでプラスチックカードの存在を前提にしていた商品・サービスが、カードというインフラから離れることが可能になった。その代表が、携帯電話を利用した「おさいふケータイ」である。SuicaやEdyのアプリケーションソフトが携帯電話の非接触ICチップにダウンロードされれば、そのまま使える。さらに、NTTドコモでは、DCMXという独自のクレジットブランドを立ち上げた。携帯電話がクレジットカードの機能も兼ね備えることになる。(DCMXは、カードも発行するようではあるが…)

これまでは、サラリーマンが、必ず持ち歩くものといえば、通勤電車の定期券、銀行のキャッシュカード、この10年ほどで、そこに携帯電話が加わった。(クレジットカードは、持ち歩いてはいるが、なくても何とかなる)

そして、ICチップの登場により、それらの日常携行品が様々なサービスを加えてきたが、金融と交通は融合し、1枚のいずれカードで用が足りるようになるだろう。さらに、その複合カードの機能を携帯電話が全て吸収することになるのか、しばらくは企業間の合従連衡、陣取り合戦が繰り広げられるだろう。

今のところ、非接触ICチップのメモリー容量の問題で、全てのサービスを携帯電話に取り込むことは難しいようだが、技術的には解決可能な問題だろう。

キャッシュカード、クレジットカード、電子マネー、定期券の全ての機能を取り込んだ携帯電話ができれば、持ち歩くものが減って便利にはなると思うが、携帯を忘れたり、なくしたりすると何もできなくなるリスクも抱えることになる。最後は、何を選ぶかは利用者次第になるとは思うが、しばらくはこの世界から目が離せない。

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2006年7月 1日 (土)

盆地の霧

今週、北海道で遭遇した「海の霧」について書いたが、もう一つ、北海道で遭遇した2度目の霧は、「盆地の霧」と言っていいと思う。

単身赴任で札幌にいた私は、年末年始、春休み、夏休みの3回家族を呼んだ。年末年始の札幌は当然にして雪の中。主に、市内を案内するだけだった。春休みも、まだ雪は至るところに残っていて、雪の支笏湖や、雪の羊蹄山を見て回った。
夏休みは、札幌から泊まりがけで、道東地域へ車を走らせた。摩周湖から車で15分ほどの摩周ユースホステルに宿を3泊確保し、そこを拠点に、摩周湖はもちろん、知床、阿寒湖、網走などを見て回った。

幸い、天気には恵まれたが、早朝はいつも霧の中だった。摩周湖があるのは、弟子屈町。(私は最初「でしくつ」と読むものだと思いこんでいたが、正しくは「てしかが」と読む)。摩周湖ばかりが有名だが、摩周湖の西には、日本最大のカルデラ湖である屈斜路湖がある。摩周湖も、火口に雨水がたまってできたカルデラ湖である(摩周湖には、流れ込む河川はないし、摩周湖を水源とする河川もない)。
弟子屈町は、西に摩周のカルデラ、東に屈斜路のカルデラに挟まれた盆地になっており、南北にはJRと幹線道路、東西には道路が走っており、弟子屈の町がその中心にある。

早朝、宿の周りが霧に霞む中、眠い目をこすりながら、デジカメを片手に、車で朝の摩周湖に出かけた。しばらく、霧の中を走る。平野だが、北に向かってわずかな登りになっている。5分ほど走ると、急に視界が開けた。霧から抜け出したのだ。さらに摩周湖の展望台にむかって、摩周のカルデラのを登る。

摩周湖第一展望台に着いた。朝の6時を少し回ったところ。

A

西側の弟子屈の盆地は一面の雲海。 晴れていれば、見えるであろう屈斜路湖もまったく見えない。屈斜路湖の東、摩周湖との間にある硫黄山の山頂だけが、雲海から顔を出している。

A_1

そして、雲海のはるか遠くには雄阿寒岳が浮かび上がる。何とも、幻想的な景色だった。


『楽しい気象観察図鑑』(武田康男〔文・写真〕、草思社)には、霧について次のような説明がある。

よく晴れて風が弱い夜は、放射冷却という現象が強く起こり、地表の熱が宇宙空間に逃げていきます。これによって地表付近の気温が下がり、空気中の水蒸気が水滴となって空中に現れます。これが霧です。ふつう太陽が昇る直前に最も気温が下がるので、霧は朝方に濃くなります。(中略)
とくに盆地では冷えて重くなった空気が集まりやすく、霧がよく出ます。
(『楽しい気象観察図鑑』14、15ページ)

なるほど、よくわかる。そこだまりの重たい空気の層から抜けた時に、視界が開け、霧をぬけたと言うことだろう。また、太陽が昇り気温の上昇とともに、朝霧は消えていった。地表の温度が上がり、水滴が再び水蒸気となって言ったのだろう。本当は、こういう事を、子どもにすらすら教えられる父親になりたかったのだが…。これから、少しずつ、勉強し直すしかないだろう。

最後に、お目当ての摩周湖は霧ひとつなく、朝日に輝く湖面をカメラに納めることができた。A_2

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2006年6月18日 (日)

デザイン変更、支笏湖と風不死岳

Photo_2
6月も半ばを過ぎ、久しぶりにブログのデザインを変更した。これまでは、ココログの出来合いのリッチ・テンプレートから選んでいたが、今回は、少し自分でカスタマイズしてみた。

タイトル画面は、支笏湖と1103mの風不死(ふっぷし)岳(右)、左奥が樽前山で平べったく見えるのが樽前山の溶岩ドームだ。去年の5月29日にデジカメで撮影した写真を、ブログのタイトルの大きさにあわせて、上下をカットし、バーチャル・ペインターというソフトで加工した。

支笏湖は、札幌から車で1時間ほど。空の玄関「千歳空港」からは、もっと近く車で30分程度だ。先日、東京で盛大なお祝いの会をしたN先生が、一昨年の11月半ばに、札幌に来られた時は、飛行機が到着するお昼時に、車で空港まで迎えに行き、その足で、支笏湖にご案内し、地元では有名な丸駒温泉にお連れして、夕方、札幌に戻った。

11月の支笏湖は、冬の到来間近で、風も冷たかったが、半年後の5月に再度訪ねた時は、風も気持ちよかった。

「支笏・洞爺国立公園」の一部であるが、地図で見ていると、近そうに見える支笏湖と洞爺湖も、100Kmは離れているのと思う。近いと思って車で走り、なかなか辿り着かなくて、参ったことを思い出す。北海道は広い。

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2006年4月30日 (日)

羊山公園の芝桜見物顛末記

西武線の沿線に住んでいると、四季折々の沿線の観光PRで、春の秩父の芝桜、秋の高麗の巾着田の曼珠沙華(彼岸花)がいやでも目に飛び込んでくる。しかし、5年近くまだ行ったことがなかった。

今日は、天気も良さそうだし、ちょうど見頃との情報もあり、家で宿題をしなければならないと言った高3の長女を残し、私、妻、次女と長男の4人で、羊山公園の芝桜を見るため、8時半すぎに家を出た。飯能での乗り換えのない、直通の快速急行に何とか間に合ったものの、社内は、いかにも皆、見物に行きますという人ばかり。通勤ラッシュと見まごうばかりの人混みの中で、立ちつくすこと1時間余。
Dscn0167a_2 飯能から先の西武秩父線沿線は、いくつかハイキング・トレッキングにふさわしい山もあるのだが、ほとんど下りる人はなく、羊山公園の最寄り駅である「横瀬」で大半の人が下りた。 我々も横瀬で下りて、畑の中のあぜ道を歩く。途中、大きな鯉のぼりがはためいて季節を感じさせてくれる。

15分ほど歩いて、10時半頃にようやく目的地に到着した。

Dscn0179a 確かに、丘の斜面のピンク、白、うす紫の芝桜が見頃で、芝桜を手前に従Dscn0177a_1えた秩父のシン ボル武甲山の姿はなかなか絵になるのだが、なにせ、斜面の通路や、ベンチには人、人、人。これでは、芝桜より、人を見に来たようなものだ…。

小6の長男は電車で1時間立たされて機嫌が悪いし、中3の次女は私に似たのか人混みが嫌い、自然をこよなく愛する妻は去年の夏北海道で見た美瑛のパッチワークの丘のような壮大なスケールを期待していたようで期待はずれ、言い出しっぺの私は誰からも支持されることなく、デジカメで、来たことの証拠になる写真を何枚か撮り、公園には10分ほどいただけで、もう一つの最寄り駅である西武秩父駅へ向けて出発した。

Dscn0186a 駅までの道の途中、妻は今関心を持っている天然酵母を使ったパンの店を目ざとく見つけ、立ち寄っていた。秩父駅で食事をするでもなく、11時半過ぎの飯能行きの電車に乗り、飯能で快速に乗り換え、1時間半かけて戻ってきた。

往復の電車に乗っていた時間約3時間、羊山公園滞在10分という、本日の家族小旅行であった。芝桜だけでなく、春のうららかな日差しと、心地よいそよ風に吹かれたことが、今日の収穫と考えることにしよう。

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2006年4月 2日 (日)

新年度を迎えて、~原宿散策~

昨日は4月1日。新年度が始まった。私自身は、社会人になって23年が過ぎ、24年目を迎えたことになる。

3人の子供たちも、高3、中3、小6となり、上の2人は受験モードに切り替えてもらわなくてはならない。私より少し年上の妻は、50歳を見据えて、子育て後の自分のあり方を模索中で、パン教室を終えたあとは、料理教室に行こう、手話も勉強してみようと考えているようだ。新たな職場で半年が過ぎた私は、仕事で必要とされる資格を取るため、何年ぶりかの通信教育を始めた。このブログをどのように続けていけるかも、テーマの一つかもしれない。

年度替わりに合わせて、区切りをつけようと、以前から長男が中華料理が食べたい、北京ダックが食べたいと言っていたこともあって、普段は行かない原宿まで家族で行き、同潤会アパートの跡地に再開発で誕生した表参道ヒルズを見学し(完全にお登りさんだ)、代々木公園で満開の桜と、花見に興じる人々を眺めた。

Pict1240 Pict1243a Pict1246a 表参道ヒルズも、代々木公園も、たくさんの人であふれていて、いつもは吉祥寺にしか行かない我が家にとっては、too muchだった。

最後に南国酒家の原宿本館で行き、家族で中華料理のテーブルを囲み、長男お目当ての北京ダックも注文し、1時間半ほどのんびり食事をして、帰って来た。これからはファミレスだけではなく、たまには、きちんとしたレストランに連れて行くのも、広い意味では、躾け・教育の一環かなと考えている。

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2006年3月29日 (水)

日本橋の桜

Pict1239a 昨日、東京の桜も満開ということらしい。今朝、通勤時に通る日本橋のたもとにある桜が撮った。すでに枝の先の方は、散っている。
今年は梅は遅く、桜は早いとのこと。これだと、小学校や中学校の入学式までは、持たないかもしれない。

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2006年3月14日 (火)

日比谷公園の梅

PICT1224a 仕事の行き帰り、日比谷公園を通ることが多い。3月も半ばというのに、肌寒い日も多いが、今日、梅が咲いているのに気がついた。公園のなかほどのつつじの山に、紅梅の木があり、すでにピンクの花が満開だった。

丘には、映画「ナルニア国物語」の「ライオンと魔女」に出てきたガス灯のようPICT1226aな電灯が立っていた。普段何気なく通り過ぎている場所も、ふと、足を止めて眺めてみると、ちょっとした発見があるものだ。

(画像をクリックすると拡大されます)

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2006年3月11日 (土)

デジタルカメラ、記念と記録

旅行に行く時はもちろん、ちょっとした外出の時も、デジカメを持って出るようにしている。フィルムカメラの時代から、写真を撮るのは好きだった。

フィルムカメラの難点は、現像する必要があり、現像すればフィルムを、プリントすれば写真を整理しなけらばならないし、コストもかかる。また、撮影の時、フィルムの枚数を考えて、撮らないと肝心のシャッターチャンスで、フィルム切れというリスクもあった。

それらを全て解消してくれたのが、デジカメだ。さらにデジカメのいいところは、撮影日時を黙っていても記録してくれるので、デジカメ写真を並べれば、そのまま行動の記録になる。今は、記念と記録の両面で、デジカメを使っている。

現在は、記念写真用がニコンのCOOLPIX5700(500万画素) 、01

 

記録用がコニカミノルタのDimageXg(320万画素)である。

07blue_pict001

 

 


これまでに、デジカメで撮り貯めた写真を整理して、このブログ(マイフォト)に載せることにした。第1弾は、日本百名山のひとつ「羊蹄山」を選んでみた。4月の雪の多さにも、ご注目願いたい。

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