2009年7月26日 (日)

知花くららの「課外授業ようこそ先輩」(NHK)を見る

2006年のミス・ユニバースの日本代表で同年の世界大会でも2位となり、現在はモデルやレポーターとして活躍する知花くららが、今日(2009年7月26日)放送のNHKの「課外授業ようこそ先輩」に出演していた。

課外授業を受けるのは、母校、沖縄の那覇市立真嘉比小学校。知花先生の課外授業を受けるのは、6年2組の生徒たち。
現在、WFP(国連世界食糧計画)のオフィシャルサポーターを務めるという知花先生は、「食」の大切さを教えようとする。自ら、飢えに苦しむザンビアを訪問した際の、ビデオを生徒たちに見せる。ザンビアの同世代の子供たちは、WFPの1日1回の食事の配給を楽しみに、本当においしそうに、幸せそうに食べる。

知花先生は、飽食日本の後輩たちに、「食」の大切さを教えるため、ひとつの宿題を出す。
3日間の授業の2日目の夕食と3日目の朝食をサツマイモ1本で我慢するというもの。
そして、沖縄でもザンビアと同じように食べるものがない時代があったと、子供たちと市場に行き、地元の老人たちに戦争中、食べるものがなく、「草でも葉っぱでも、何でも食べた」「サツマイモを食べたが、それも毎日は食べられなかった」などという話を聞く。

そして、生徒たちの夕食。家族は普通の夕食を食べている隣で、1人半分にしたサツマイモを食べる生徒。ある家では、いい機会なので家族も一緒にサツマイモだけの食事にしようと両親もサツマイモを食べていた。もちろん、知花先生の食事もサツマイモだけ。

夕食と朝食をサツマイモ1本で過ごした、生徒たちが登校してくるが、お腹がすいて元気がない。そのお腹をすかせた生徒たちに知花先生が出した最後の課題が自分たちで料理を作り食べること。料理は、沖縄の食材「ゴーヤ」を使った「ゴーヤチャンプル」。料理の前に聞くと、「ゴーヤ」が嫌いな生徒もたくさんいた。
生徒と先生は、家庭科室に移動。料理が始まると、お腹をすかせた生徒たちは、ゴーヤが嫌いだった生徒も含め、調理の途中からつまみ食いまでしている。そして、自分たちで盛りつけた「ゴーヤチャンプル」をむさぼるように食べた。

番組の中での紹介では、知花くららも子どもの頃は、「ゴーヤ」が食べられなかったらしい。
生徒たちにとって、たった1日のサツマイモ1本の空腹体験であったが、身をもって体験したことは強烈だったようだ。
最後に知花先生は、「みなさんが大人になって「ゴーヤチャンプル」を食べたら、きっとこの授業のことを思い出すと思う」と挨拶をした。

サツマイモ1本で夕食・朝食をすませお腹がすいたこと、その後に食べた「ゴーヤチャンプル」がとてもおいしかったことその思い出は忘れることはないだろう。
さらに、食べられない地域の子どもたちは、サツマイモさえ、十分に食べられないかもしれないことに思いをはせることができるようになれば、この授業を受けた生徒たちの単なる思い出にとどまらず、貴重な財産になるだろう。

NHKホームページ「課外授業ようこそ先輩」
7月26日知花くらら「沖縄はおいしい?」沖縄県那覇市立真嘉比小学校

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2008年9月29日 (月)

お笑いコンビ・サンドウィッチマンの『敗者復活』読む

昨年12月の漫才の「M-1グランプリ」で優勝したお笑いコンビのサンドウィッチマン。土曜日の新聞に『敗者復活』(幻冬舎)というタイトルの本の広告が載っていた。

たまたま、2人が優勝した「M-1グランプリ」の放送を見ていたので、50組以上の準決勝敗退者の中から、敗者復活の1組に勝ち残り、9組で争う決勝でトップの成績で、優勝を決めるファイナルの3組に勝ち残り、優勝の栄冠を勝ち取った姿が印象に残っている。

本では、コンビを組む伊達みきお(本の表紙左)、富澤たけし(表紙右)の2人の生い立ちから始まり、仙台の高校ラグビーでの出会い、一度は就職した伊達の話芸に惚れ込んでいたネタ作り担当の富澤が、コンビ組もうと誘い続け伊達も祖父の死を契機に誘いに応じたこと、23歳で上京したが、30歳までアルバイトをしなければ生活できなかったこと、売れない時期伊達は富澤が自殺するのではないかと心配したこともあること、30歳でこのままではいけないとお笑いに仕事に真剣に取り組み少しずつ注目され、テレビにも出る機会が増えたことなどを、2人が交互に語っていく。

2005年、30歳を期に一念発起をしたところで、その年の第5回「M-1グランプリ」の準決勝進出50組に残った。翌2006年の第6回での目標は当然、決勝進出であったが、その年も準決勝どまり。
そこで、戦略家でもあるネタ担当の富澤は、2007年こそ決勝に残ると決め、過去の伸助・竜助の漫才や「M-1決勝」のDVDを見て徹底的に研究をする。
しかし、2007年も準決勝で決勝進出8組に残ることができず、決勝当日、大井競馬場で行われた敗者復活戦の全てを賭けることになった。

その後は、すでに知られている通りだし、全てを書いてしまうと、ネタバレになってしまうので、「M-1グランプリ」決勝でのエピソードは、本を読んでいただければと思う。

今時、珍しい苦節10年を経てのベタなサクセス・ストーリーである。しかし、なかなか夢を見ることができない時代・世相だからこそ、33歳の2人のサクセスストリーに、多くの人が共感するのだろう。
2人は、お笑い芸人の登竜門である「M-1グランプリ」に優勝したからといって、浮ついたようなところは、この本からは感じられない。
ネタの内容で勝負できる本格派のお笑い芸人として、長く活躍してほしいものである.

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2008年7月10日 (木)

TVドラマ「あんどーなつ」の原作コミックを読む

今週月曜日(2008年7月7日)からTBSで「あんどーなつ」というドラマが始まった。パティシエ志望の安藤奈津(貫地谷しほり)が、ひょんなことから老舗の和菓子店満月堂の職人梅吉(國村隼)の作る和菓子のすばらしさに惹かれ、弟子入りするところから、ドラマは始る。満月堂がある浅草を舞台にした人情ドラマでもある。
殺伐とした内容のドラマや、主演の俳優の人気だけで見せようとするドラマも多い昨今、NHKの朝の連続ドラマのような配役とあくまで人情をテーマにスートリーで見せようとするドラマで作りだった。

電車の中の吊り広告で、TVドラマ開始の告知との原作のコミックの告知が並べて行われていた。仕事の帰りに久しぶりに書店に寄ると、児童書・コミックの階には、TV放映が始まったこともあって、原作のコミックもまとめて並べてあった。原作は今のところ7冊出ているようで、まだ連載が続いているようである。

とりあえず、1巻と2巻を買ってきた。1巻を読んだ限りなかなか絵も丁寧で、話も面白い。7巻まで全部買って読破するのと、ドラマもしばらく見てみようと思っている。


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2007年12月16日 (日)

韓国歴史ドラマ『朱蒙(チュモン)』にすっかりはまる

韓国ドラマの我が家での一番のお勧めは『私の名前はキム・サムスン』だが、最近になって、歴史好きの長女がフジテレビで放送されていた歴史ドラマの『朱蒙(チュモン)』がおもしろいと夢中になっていたので、一緒になって見ていたら、私もすっかりはまってしまった。

韓国では2006年に放送された作品で、最高視聴率は52%を超え、35週連続で視聴率1位を記録した怪物番組である。全84話。フジテレビ(地上波)で放送されたのその第1章部分の24話まで。その後は、順次DVDがレンタルされており、現在レンタルショップで借りられる25話から30話までこの1週間ほどで見た。31・32話が今週19日にレンタル開始になるようで、待ち遠しい。



日本では言えば、NHKの大河ドラマというところだが、84話という長さからして大河ドラマを超えているし、ドラマの内容の濃さから言うと、日本大河ドラマは及ぶべくもない。

最初は、時代背景もわからずに見ていたが、レンタルしたDVDの解説などを読んでいくと、時代と舞台は、中国では漢(前漢)が隆盛を極めている時代の朝鮮半島の北部から中国大陸の東北部に位置する国「扶余(プヨ)」。

主人公の「朱蒙(チュモン)」は、扶余国の第三王子であるが側室の子。王の正室の子である二人の兄と皇太子の地位を争う身である。
一方、国の外に目をむければ、漢は古代の朝鮮半島にあった「古朝鮮(コジョソン)」を滅ぼし、楽浪(ナンナン)・臨屯(イムドゥン)・真番(チンボン)・玄菟(ヒョント)の四郡を設置した。国を滅ぼされた古朝鮮(コジョソン)の多くの人々は、漢の圧政の下、流民となっている。

扶余(プヨ)国は、玄菟(ヒョント)郡に属し、漢の本国から派遣された玄菟(ヒョント)郡の太守に監視されてる立場。同胞ともいえる古朝鮮(コジョソン)の流民に手をさしのべても良い立場だが、漢の目をはばかっている。

漢の武力を支えるのは鋼鉄製の武器。ドラマの中でも、扶余側がなんとかして漢の鋼鉄の製造法「炒鋼(チョガン)法」をどうやって得るかに躍起になる。当時の鋼鉄製の武器は、現代で言えば「核兵器のようなものなのだろうな」と思いながら見ていた。

主人公の「朱蒙(チュモン)」は、後に「高句麗」を建国する民族の伝説の英雄ということらしいのだが、史実として明らかになっている部分はわずかということで、ドラマはかなり創作の部分があるようだ。キャッチコピーでも「歴史エンターテイメント」と紹介されている。

男女、親子の愛憎、権力を巡る権謀術数、外交での虚々実々の駆け引き、リーダーの統率力、人心掌握術、人が生きている限り経験するであろうありとあらゆることが盛り込まれており、飽きるということがない。1話1時間のストーリーも濃密で、次が気になるところで終わるので、すぐ次の話を見たくなる。実に良くできたドラマだ。冒頭に紹介した韓国での大ヒットも当然の内容である。

高校世界史の教科書では「漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし、楽浪郡など4郡を置いた」という1行程度の記述ですまされてしまう中に、これだけ濃密なドラマが描かれるのだがら、大したものである。日本では、中国の歴史はよく教えられ、知られてもいるが、お隣の韓国・朝鮮の歴史はあまり知られていない。この機会に、少し本でも探してみようかと思う。

歴史にはあまり興味がないので、歴史ドラマは見ないという人も多いかもしれないが、このドラマはそれを理由に見逃すのはもったいない。まだ、見ていない方は、是非一度ご覧になられることを勧めたい。

「朱蒙(チュモン)」オフィシャルサイト(ポニーキャニオン)は→こちら

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2007年9月25日 (火)

荻上直子監督、小林聡美主演の映画『めがね』を見た

先週末の3連休(9月22日~24日)の初日、22日(土)は封切られたばかりの映画『めがね』を見に行った。

昨年(2006年)3月に公開された『かもめ食堂』を製作した荻上直子監督が、自身が脚本も書き、『かもめ食堂』にも出演した小林聡美、もたいまさこの2人に新たに市川実日子などを加えて、撮影された。
前作『かもめ食堂』は、フィンランドのヘルシンキの食堂が舞台だったが(私は、TV放送を録画しただけでまだ見ていない)、今回は、ある小さな島が舞台。
ある島の空港にサクラさん(もたいまさこ)と呼ばれる謎の女性が下り立つところから始まる。そして、続いて、タエコ(小林聡美)が島に着き、予約した宿ハマダを訪ねる。しかし、宿ハマダの主人ユージ(光石研)は、まったく商売っけなどなく、肩すかしをくったように戸惑うタエコ。
ハマダに集う人々は、都会とは違う世界の中で生きている。濃密でありながら、決してお互いを拘束することはしない。
映画の公式サイトのキャッチコピーは「何が自由か知っている」とある。

この映画は、都会のしがらみに疲れた女性のための癒しの映画だと思う。小林聡美さんが演じるタエコが中年女性の代表、市川実日子さんが演じるハルナが若い女性の代表と言えるだろう。
癒してくれるのは、島(撮影場所は与論島)の自然であり、ハマダを巡る人々であり、なかでももたいまさこさん演じるサクラさんであろう。私には、サクラさんの役がタエコ、ハルナの2人の女性の母のイメージを意識して設定されているように思えた。
私をこの映画に連れ出した妻は、いたく感動していた。あくせく、ぎすぎすした都会の生活になんとなく疲れている女性にはお勧めの映画だと思う。

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2007年9月16日 (日)

ピーター・ラビットの生みの親、ビアトリクス・ポターを描いた映画『ミス・ポター』を見る

昨日(2007年9月15日)から公開が始まった映画『ミス・ポター』を見た。主人公ミス・ポターとして描かれるビアトリクス・ポター女史は、日本でも人気のピーター・ラビットの原作者。

20世紀初頭のビクトリア朝時代のイギリスで、ミス・ポターことビアトリクス・ポターが、自分の作品を出版してもらおうと出版社ウォーン社を訪ねるところから、映画は始まる。経営者のウォーン兄弟のうち、兄は断ろうとしたが、弟は出版を応諾。ミス・ポターは天にも昇る気持ちで、勇んで家に帰る。

その後、家に訪ねてきたのは、ウォーン兄弟の末弟ノーマンだった。会社を手伝いたいと2人の兄に申し出たノーマンにあてがう、失敗してもよい仕事として、次兄はミス・ポターの作品の出版を認めたのだった。

なるべく、買ってもらいやすいように、カラーでなく白黒での出版を考えていたミス・ポターに、色刷りにして、なるべく低価格で出版するプランをノーマンが持ちかけ、今も愛読されるピーター・ラビットのカラーの小さな絵本が誕生した。
大好評のミス・ポターの絵本はシリーズ化、ポターとノーマンの2人も徐々に親密になっていく。

以上が、映画前半のあらすじだが、後半は映画を見ていただくとして、映画を見て感じたのは、ピーター・ラビットはあれだけ有名なのに、作者のビアトリクス・ポター女史については何も知らないことをだった。
彼女は、ピーター・ラビットのシリーズの生みの親であるだけでなく、晩年はピーター・ラビットの世界を生み出したイギリスの湖沼(湖水)地方の土地を開発から守るため、本の印税などで得た私財で売りに出た農地を買い集め、最後はナショナル・トラスト(正式名称:「歴史的名勝と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」=National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)に寄付したという。
自然保護活動にも大きな足跡を残しているのだ。湖水地方は、小学生の頃夢中になって読んだ『ツバメ号とアマゾン号』(アーサー・ランサム著・神宮輝夫訳、岩波書店)をはじめとするアーサー・ランサム全集12巻の多くの作品の舞台でもある。

映画を見たのも何かの縁、もう少し詳しくビアトリクス・ポター女史の一生について知ろうと伝記『ビアトリクス・ポター』(ジュディ・テイラー著、吉田新一訳、福音館書店)を買ってきた。かなり分厚い読み応えのある本だが、時間を見つけて読んでいきたい。

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2007年6月10日 (日)

小川洋子原作、映画『博士の愛した数式』を見た

昨日、近くのDVDレンタルショップで、映画『博士の愛した数式』を借り、今日、全編を見た。

記憶が80分しか持たない博士を寺尾聰、家政婦の私を深津絵里、博士の義理の姉を浅丘ルリ子、私の子どもルートを斎藤隆成(子役)、吉岡秀隆(成人)。
映画は、成人して数学の教師となったルート(吉岡)が生徒を前に自分が数学を好きになり数学の教師になったのは、幼い頃博士に数字や数式について教えてもらった事がきっかけだと語りかけるところから始まる。

小説では、作品中に挿入される、友愛数、完全数、虚数などといった込み入った数論の解説を、教師となったルートが想い出を語る合間に、生徒を前に語るという形で、映画の観客に説明する。

話の展開は、ほぼ原作に沿っている。映画では、舞台は長野県。信州の美しい自然の中で、淡々と話が進む。
小説では、博士とルートが2人の時、ルートがリンゴを食べようとしてナイフで怪我をする場面があるが、それが博士がルートがメンバーになっている少年野球のチームを指導している時に、ルートがフライを捕ろうとしてチームメイトと衝突して倒れるという設定に変わっていることと、私とルートが博士を地元に来た阪神タイガースの試合を見に行く場面が、ルートの少年野球チームの試合を私と博士の2人で応援に行くという設定に変えられている2点が、大きな変更点といえるだろう。
また、原作では、詳しく語られない母屋の主の義理の姉と博士の関係について、映画では一歩踏み込んだ設定にしている。

しかし、どれも、原作の雰囲気を壊すものではなく、原作でテーマといえる博士と私・ルートの母子がそれぞれお互いに思いやる気持ちは映像化されている。
独身の学者として過ごし家庭に恵まれなかった博士と、未婚の母の私と母子家庭の子として育ったルートの母子が、それまで欠落していた家族のいる生活、夫・父のいる家庭を、3人の生活の中で、お互いに疑似体験する様子は、映像化されたことでより鮮明に、見る者に訴えてくる。
そしてその中で、記憶は不自由な博士は、時間を超えた数字、数式の永遠の真理を語ること通じて、家政婦の私と息子のルートの2人への愛情を表現しているように見える。

人の優しさを教えられる映画である。

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2007年6月 2日 (土)

佐藤多佳子原作、映画『しゃべれどもしゃべれども』を見た

先週から公開されている映画『しゃべれどもしゃべれども』を見に行った。原作は、同名の佐藤多佳子さんの小説。

主人公の今昔亭三つ葉にTOKIOの国分太一、三つ葉の話し方教室に通う無愛想な美女十河五月に香里奈、三つ葉の師匠今昔亭小三文に伊東四朗、三つ葉の祖母春子に八千草薫、大阪から転校してきていじめられている小学生村林優、元プロ野球選手湯河原太一に松重豊という配役。監督は平山秀幸監督。

Wallpaper2_1原作の持つ独特な繊細雰囲気をどう映像化するだろうかと思ってみたが、原作に込められた作者の思いを実にうまく切り出し、映像化していた。
映画では、原作に登場する主要人物である三つ葉のいとこのテニススクールのコーチ良や師匠小三文の弟弟子の草原亭白馬の2人をカットし、登場人物の人間関係を整理しているのだが、それによって原作の雰囲気が崩れることはなく、むしろ枝葉が整理されて、より幹の部分がはっきり伝わるように思われた。

それぞれ、うまく人と話ができないという悩みを抱える五月、村林、湯河原の3人二つ目落語家の三つ葉のもとに集まって、落語を勉強することに。しかし、教える三つ葉自身、自分にしか話せない落語を見つけられず、小三文師匠に怒られている身。
最初は、よそよそしくうち解けない4人が、様々の事件を通じて親しくなり、それぞれが他の3人の影響を受けながら少しずつ変わっていく。

Wallpaper4_1そして、ラストを飾る村林と五月の語の発表会。映画では、ここで、原作に少し変更を加えているのだが、これも原作の思いをうまく掬い取って、思わずぐっと来る場面に仕上げてある。
三つ葉が同門会の席で「火焔太鼓」をしゃべる場面、最初はとりつくしまのないほど無愛想な五月が後半わずかではあるが笑顔を見せるようになる微妙な役作り、無骨な湯河原が発表会になかなか現れない五月の代役を練習してうろたえるところ、そして小学生村林君の本職顔負けの落語などなど、見所は多いが、やはり発表会での五月の落語がクライマックスだろう。

DVD化されたら、改めてもう一度見てみたい。

これから、見ようとする人には、原作を読んだ上で見ることを勧めたい。監督や脚本家が、原作のどこをどう変えて、原作に勝るとも劣らない佐藤多佳子ワールドを表現しているかを堪能していただきたい。
(画像はオフィシャルサイトのダウンロード用壁紙を利用)

原作を読んだ際のブログはこちら
2007年5月9日:佐藤多佳子著『しゃべれどもしゃべれども』を読み終わる

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2007年5月27日 (日)

英国エリザベス女王を描いた映画『クィーン(The Qeen)』

イギリスのエリザベス女王を描いた映画『クィーン』を見た。

1997年8月、すでにチャールズ皇太子と離婚していたダイアナ元皇太子妃が、パリで自動車事故で亡くなった。この映画はダイアナ元妃が亡くなってからの1週間のエリザベス女王と英国王室、その年の5月の総選挙に勝利して就任したばかりのトニー・ブレア首相を主な登場人物として描かれている。

皇太子と離婚し王室から離れたダイアナ元妃は、王室から見れば、公式には何の関係もない存在。唯一の関係は、チャールズ皇太子との間にもうけた2人の王子(将来の英国王)の母であることである。ダイアナの死に対し、公式なことは何もしようとしない王室。女王の夫エジンバラ公、チャールズ皇太子などのロイヤル・ファミリーの言葉のはしばしに、王室とダイアナ妃の間で確執があったことを窺わせるフレーズが登場する。一方で、ダイアナを慕う国民は、王室に不満を募らせる。新聞の1面にも、王室を非難する記事ばかりが載る。

国民と王室の間で、なんとか調整を図ろうとするブレア新首相。5月の総選挙での圧倒的勝利で首相となったブレアは、国民の意向を背景に、女王に翻意を促そうとする。頑として態度を変えない女王。
しかし、あることがきっかけで、ブレア首相も女王の強い意志と深い孤独を知り、なんとか女王を支えようとするようになる。

エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンは、本作品でアカデミー賞主演女優賞を受賞した。容姿がよく似ているということもさることながら、一国の元首・女王の孤独感、深い悲しみの巧に表現していることが受賞の理由だろう。映画の中盤で登場する背中で泣くシーンは圧巻である。

英国王室の日常を語る物語でもあり、英国現代史の一面を語る物語でもあり、それを通じて1人の女王その人を描いた物語である。

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2007年3月 8日 (木)

松村由利子さん、本日テレビ出演

このブログでも何回か取り上げた歌人の松村由利子さんが、今日3月8日、TBS系列夜9時54分からのhitoという1分ほどの番組に出演されるとのこと。
ぜひ、ご覧あれ。

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2007年2月19日 (月)

韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』に関する本を読む

2月の3連休に見た韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』が面白かったので、3冊ほど、このドラマに関する本を読んだ。

ドラマの原作本『私の名前はキム・サムスン』(チ・スヒョン著、ブックマン社)上下2冊と、『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』(朝日新聞社)である。

後者は、ドラマの主演女優であるキム・ソナが長時間インタビューを受けて、全16話の撮影のエピソードなどを、1話ごとに語ったものだ。ドラマを見たものには、あの場面でそなエピソードがあったのかというような話が、ちりばめられていて、読んでいて飽きない。

また、後半は、この作品の出演を機に一気に人気がブレイクした共演者のヒョンビンのインタビュー、さらにキム・ユンチョル監督とキム・ソナ同席でのインタビュー、脚本家キム・ドウのインタビュー、最後に主演のキム・ソナが自らについて語る。

ここでは、監督と脚本家がこのドラマで何を描こうとしたのかについて、語ったところを紹介しておきたい。

・キム・ユンチョル監督(1966年生まれ)

韓国ドラマによくある”過剰さ”、とくに過剰なセンチメンタリズムというのは、たまにはいいと思います。しかし、個人的には大嫌いです。悲しみ、笑い、楽しさというものは強要されるものではなく、観客が自然に感じるべきものだと思います。だから、演出でも、俳優がわざとらしく飾るのはよくない、と。そういう意味では、このドラマは「センチメンタリズムの罠」にかからないように気をつけました。ドラマを通じて、そういう罠にかからないように頑張り、そのように表現できたと思います。
(『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』152ページ)

簡単に言うと、この10年で社会情勢に大きな変化が起きたと思います。とくに、このドラマはいまの自由な社会を反映していると思います。俳優、監督、作家が望む望まないにかかわらず、ドラマというものは情勢と社会に影響されます、「サムスン」を例にあげると、これまでこんな女性を主人公にしたドラマはほとんどなかったのです。ということは、社会がそういう情勢を願っている、求めているのだと思います。
(『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』153ページ)

・脚本家キム・ドウ

原作の前提枠(”契約恋愛”や”平凡な女性がお金持ちの御曹司とロマンスを作っていく”)があったので、そこから完全に離れることはできませんでした。でも、その枠を維持しながらも、その中で自由になろうと努力しました。それぞれのキャラクターや、キャラクターの関係、エピソードなど常にひねりを入れながら考えました。そして、”日常性”をもっと加えました。
私は、”日常性”があるキャラクターとエピソードが好きです。”日常性”は小さな話でも大きな効果を得られるという長所があり、それを描くのは私の得意分野でもあります。そんな小さなリアリティが具現化し、そして視聴者の共感を呼び起こしたと思います。
(『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』160ページ)

女性が持っているあたたかさ、親密さ、思いやりの気持ち。そんなものが好きです。そして私自身、30代後半の平凡な女です。サムスンみたいなコンプレックスも持っています。
そういうわけで、この作品を通じ、何らかのメッセージを伝えようとしたというよりは(意図した部分もありますが)、ただ私の話、私のまわりの女性の話を書こうとしただけです。私が生きて感じることはほかの人々においてもかわらないと信じています。”普遍性”と表現したほうがいいでしょう。30代女性の”普遍性”が通じたのです。
(『キム・ソナが案内する「私の名前はキム・サムスン」』162ページ)

最後にインタビュアーから、このドラマの大人気の理由を問われた脚本家のキム・ドウさんは、「ただ、半歩先を行っていたこと!」というコメントで締めくくっている。

私は、韓国ドラマは、この『私の名前はキム・サムスン』以外は、『冬のソナタ』(札幌単身赴任中の全話見た)しか知らないので、韓国ドラマ全体を語る資格などないが、あれだけヒットし、確かに見る者の心を揺さぶる何かを秘めた『冬のソナタ』でさえ、そもそもの設定の不自然さ=リアリティのなさ、全編に流れるお涙頂戴式の情緒過剰なところは、気になるところであった。

監督と脚本家は、いわばそう言った従来の韓国ドラマのアンチテーゼとして、『私の名前はキム・サムスン』の脚本を書き、演出したようにも見える。

そして、主演女優のキム・ソナは、役作りのため8kgも体重を増やし、点滴を打ちながら演じたという。一方で、監督、脚本家から絶大な信頼を得た彼女は、劇中のいたるところで、アドリブを披露し、それが一層ドラマにリアリティを加えている。

時代の半歩先をいくことは、ドラマに限らず、仕事でも、自分自身の人生でも必要とされる事だろう。疲れた時は、ドラマ『私の名前はキム・サムスン』を見て笑い、時代の半歩先を見つめていきたい。

*韓国に関連する記事
2月13日:
韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』を見る
2月14日:韓国について考える
2月19日:韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』に関する本を読む
4月3日:NHKテレビのハングル講座に挑戦してみる

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2007年2月14日 (水)

韓国について考える

昨日、韓国のラブ・コメディ・ドラマ『私の名前はキム・サムスン』こついて書いた。この作品は、現代韓国社会の姿を教えてくれるのぞき窓としても、大変、面白かった。

携帯電話を常に身につけ、メールを頻繁にやりとりする主人公たち。かかってきた電話に敢えて出ないといった恋の駆け引きもある。街の風景も、ホテルや空港の雰囲気も、ハングルの看板や表示がなければ、日本が舞台だと言われても、分からないだろう。

私が韓国に興味を持ったきっかけは、私が大学1年だった1979(昭和54)年10月に起きた朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺事件である。しかし、当時の新聞やテレビニュースでの、事件の解説を読んだり、聞いたりしても、さっぱり分からない。暗殺事件を、韓国の歴史の中で、あるいは日韓の歴史の中で、正確に理解し、位置づけることができなかった。
隣国韓国について、驚くほど何も知らないことを、その時に実感し、特に、明治維新以後、日韓併合までのの日韓の近代史については、自分なりに勉強した。
在学した経済学部のゼミで日本経済史を選び、明治日本の朝鮮半島進出の一翼をになった、日本の資本による京城(ソウル)-釜山(プサン)間の鉄道建設をテーマにゼミの論文を書いた。

それらを通じて、思ったのは、日本の学校教育では、隣国である韓国及び朝鮮半島の歴史について、細切れにしか教えられておらず、ほとんど何も知らないのも同然でということであった。
日本の中にある妙な優越意識と歴史についての無知、韓国の側での反日教育、当時は、韓国も軍事独裁体制にあったこともあり、お互いを正しく理解し、接していくには、とてつもなく大きな壁があるような気がした。

その後、私自身も社会人になってからは、長女の幼稚園の同級生に、仕事で日本に来ていた韓国人一家の男の子がいたというのが、数少ない韓国との接点であり、特段、日韓関係を意識することなく過ぎてしまった。

転機が訪れたのは、『冬のソナタ』の日本での大ヒットだろう。これをきっかけに、2003年あたりからいわゆる韓流ブームが起きた。いまや韓国ドラマや映画は、レンタルショップでも、一定のスペースを確保し、完全に日本にもとけ込んでいる。『私の名前はキム・サムスン』も、そのような流れの中で、日本にも紹介されたものである。

文化交流という言葉がよく使われるが、例えば日本と韓国の違いについて、いくら小難しい本を読んでも、なかなか、ぴんと来ない。むしろ。ドラマや映画を通じて、生活習慣や日常を知ることの方が、百聞は一見にしかずで、理解が早い。
大きな壁に、小さいけれど少し風穴が開いたのではないかという気がする。

ささやかな個人ベースの文化交流として、これからも、韓国ドラマ・映画の良質なものについて、選んで見ていこうと思っている。また、いつか機会を見つけて、韓国を訪ねてみたいとも考えている。

*韓国に関連する記事
2月13日:
韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』を見る
2月14日:韓国について考える
2月19日:韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』に関する本を読む
4月3日:NHKテレビのハングル講座に挑戦してみる

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2007年2月13日 (火)

韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』を見る

昨日までの3連休、韓国のドラマを見ていた。タイトルは、『私の名前はキム・サムスン』。2005年夏に韓国で放映され、最高視聴率50.5%を記録したという。日本でも、昨年、WOWOWで放送されたとのこと。

DVDのレンタルショップで、「最高視聴率50.5%を記録した話題作」とのキャッチコピーが前から、気になっていて、この3連休にDVD8枚全16話(1話約1時間)を借りて見た。

ヒロインのキム・サムスンは30歳独身、少し太めのパティシエ。サムスンという名前も、韓国では女性の名前としては「ダサイ」名前らしい。クリスマス・イブに彼氏の浮気を発見してしまい、失恋。失意にくれ、泣き崩れている時に、ホテルやレストランを経営する3歳年下の財閥の御曹司ジノンに出会う。失業中で、職探しの最中にジノンと再会。ひょんなことから、パティシエを探していたジノンが社長を務めるレストランで働くことになる。
生意気でわがままなジノンと、歯に衣着せずズケズケと物を言うサムスンは、喧嘩をしながらも、お互い惹かれ合っていくというラブ・コメディだ。
サムスンとジノンのそれぞれの家族、2人の職場であるレストランで働くの人々、それぞれの昔の恋人なども登場し、毎回、笑いあり涙ありの展開であり、飽きさせない。50%を超える視聴率を記録したことも、うなずける。

視聴率が高かっただけでなく、ドラマの中で登場したブタのぬいぐるみが売れ、サムスンが話題にした児童文学『モモ』(ミヒャエル・エンデ作)が売れ、パティシエに憧れパン教室に通う人が増えるなど、ある種のサムスンブームを巻き起こしたらしい。

ドラマの面白さもある事ながら、何が韓国の人たちをそれほど熱中させたのかにも、すごく興味があった。
キム・ソナ演じるキム・サムスンは、30代の働く女性が思っていても、なかなか口に出して言えない本音を、ストレートの口にする。それは、見ているものには、爽快であり、その本音の語りこそが、同世代の女性の圧倒的支持を受けた理由であろう。

最近、日本のドラマは面白くないと思っている人には、お勧めである。現代の韓国の日常が透けて見える。

このドラマのことについては、機会があれば、稿を改めて、もう少し書きたいと思っている。

*韓国に関連する記事
2月13日:
韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』を見る
2月14日:韓国について考える
2月19日:韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』に関する本を読む
4月3日:NHKテレビのハングル講座に挑戦してみる

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2006年11月19日 (日)

「中年クライシス」を魂の意思で乗り越えた片岡鶴太郎

『鶴太郎流墨彩画入門』(片岡鶴太郎著、角川oneテーマ21)を読んだ。11月の新刊で、CIA試験の前日に仕事の帰りに寄った書店で、目についたので、すぐ購入。試験中は、我慢をして試験が終わったあと一気に読み終わった。

鶴太郎流 墨彩画入門 (角川oneテーマ21)

しばらく前の日本テレビの「いつみても波瀾万丈」のゲストで出ていた時の話が印象的で、それ以来気になっていた。(今回、調べてみると放送は2006年2月5日だった)

その時の印象的に残った話は、
(1)中学3年の時、成績がとても悪くて、今の成績では公立高校進学は無理と言われ、家庭の経済的事情で公立しか行けないことから、夏休みに独学で徹底して勉強し、夏休み明けには成績がトップクラスになり、無事公立(都立)高校に入学したこと。
(2)お笑い芸人として人気の絶頂にあるとき、このままではいけないとボクシングを始めたこと。
(3)今では画家としても、たくさんの作品を残していること
などである。見たときは、もっといろいろなことを鮮明に覚えていたと思うが、1年近くたっているので記憶もおぼろげである。
ただ、その時、軽薄なお笑い芸人から個性派俳優に転身して成功したタレントといった程度の印象しかなかった片岡鶴太郎が、ただならぬ人であることを感じた。

とはいえ、その後、それ以上詳しく調べるわけでもなく過ごしていたが、今回、新刊書として並んでいるのをみて、すぐに手に取った。体裁は「墨彩画のすすめ」的な形になっているが、内容は彼が40歳にして出会った墨彩画を通じて、彼自身の生き様を語るものになっている。

何かを「やりたい」と思う気持ちは、その人の魂が語りかけてきた言葉だとわたしは思っています。思いたったが吉日、すぐ始めてみることです。(中略)
わたしもそうでした。もうすぐ四十歳になろうというとき、ふと絵に呼ばれたのです。(中略)突然、無性に絵を描きたくなった。椿を見ても何の花かわからなかった人間が、その美しい花を描いてみてたまらなくなったのです。
理屈では説明できない衝動のようなものに駆られて、本当に自由気ままに自己流で始めてみた。そうしたら、もう面白くてすっかりのめり込み、いまでは自分は絵に生かされていると思うまでになっています。絵を描きたいという「魂の意思」に素直に応えたからいまの自分があるのだと思うと、そのことに気づいた自分は何とも幸せな人間だと思います。
社会的な地位や権勢を勝ち取ることや、金銭的な満足を得ること、それも私たちに何かしらの喜びを与えてくれるでしょうが、魂というものはそれだけでは満足しないような気がします。魂の意思というのは、頭で考えて判断するものではなくて、そうせざるをえないような心の動きみたいなものです。
それは、おそらく誰の中にもあります。それに気がついて、その感覚を目覚めさせて生きるのか、それとも眠らせたままで自分の人生を終わらせていくのか。本当に後悔のない有意義な人生とは、魂の意思に導かれる道なのではないでしょうか。それが、人間の本来的な姿のように私は思います。(『鶴太郎流墨彩画入門』4~5ページ)

私が下手に解説めいた事を書いたり、書き足すことは何もない。放送があったのが、今年の2月5日、自分で意識したことはなかったが、私もTVの画面から伝わってきた鶴太郎さんのオーラに影響され、このブログを始める(2月26日)ことになったのかも知れないと思った。

片岡鶴太郎公式ホームページはこちら

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2006年8月21日 (月)

早稲田実業の優勝と王監督

夏の高校野球、決勝の再試合は、4対3で、早稲田実業が3連覇を狙った駒大苫小牧を破り、初優勝を勝ち取った。(朝日新聞のニュースはこちら
4対1とリードされていた駒大苫小牧が、最終の9回表に2ランホームランで1点差まで追い上げ、「もしや」と思わせたところは、さすがである。そして、駒大苫小牧の最終打者が、エースで主将の田中。決勝2試合、計24イニングの死闘の締めくくりが、早稲田実業・斎藤、駒大苫小牧田中の対決で、最後は、斎藤が渾身の1球で、ライバル田中を空振り3振にうちとりゲームセット。最後まで、絵になる試合だった。
(新聞社にとっても、TV局にとっても、ドラマのあるメディア・イベントなったといえるだろう。)

今年は、春の王ジャパンのWBC優勝といい、野球の当たり年かもしれない。また、それは、王貞治の1年なのかもしれない。早実の斎藤投手はインタビューで「王先輩や荒木(大輔)先輩もできなかった、夏の大会の優勝ができてうれしい」と言い、一方、病床の王監督は、昨日こそ「球史に残るいい試合。両校ともお見事」と両校の健闘を讃えるコメントを出したが、今日は「斎藤投手の熱投の一言に尽きる」と後輩の力投を讃えていた。

あとは、プロ野球。セ・リーグは、中日の独走で面白みはないが、パ・リーグは、西武とソフトバンクの首位攻防が続く。2年連続してペナントレースで1位に輝きながら、プレーオフで勝ち上がってきたチームに敗れた王・ホークス、今年は、雪辱を果たせるだろうか。ソフトバンク・ホークスがパ・リーグで雪辱し、日本シリーズも制することのなれば、まさに「王貞治の1年」になる。これからは、パ・リーグ、ソフトバンク・ホークスの戦いぶりから目が離せない。

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2006年8月20日 (日)

駒大苫小牧対早稲田実業、譲らず再試合

今日は、夏の高校野球決勝。3連覇を狙う北海道の駒大苫小牧と初優勝を目指す早稲田実業。結局、1対1のまま、延長15回で決まらず、引き分け再試合となった。

決勝での引き分け再試合は、37年振りというから、1969(昭和44)年夏の松山商業(愛媛)対三沢(青森)以来のことだ。当時、小学生だった私は、夢中になって高校野球のTV中継を見ていた。この時、決勝で敗れた三沢のエース太田幸司は、甘いマスクもあって、一躍、日本中の人気者になった。

駒大苫小牧は、3連覇の偉業目前。それも、昨年の夏は優勝のあと、野球部長の暴力沙汰が表面化し、高野連は優勝を取り消すべきではないかという議論もあったように記憶しているし、地元では、優勝パレードが取りやめになったはずだ。さらに、また、春の選抜大会では卒業直後の野球部員が飲酒・喫煙で補導され、決定していた出場を辞退している。それでも、南北海道予選を勝ち抜き、今回の本大会でも、準々決勝まではいずれも逆転勝ち、準決勝の智辯和歌山戦も勝ち、3年連続で決勝に駒を進めた。決まっていた選抜大会の出場辞退となった時点で、選手のモチベーションは大きく低下し、本大会の出場もおぼつかないと思うのだが、選手を再び奮い立たせた指導者達の力も相当だろうと思う。

一方、早稲田実業には、手術をしたソフトバンクの王貞治監督のOBとしての応援(生徒たちにも優勝で王監督を励ましたいという気持ち)という、ふだんにはない特別な精神的な支えがあり、それが選手を一層奮い立たせているようにも見える。

どちらが勝っても、昨日の記事に書いたメディア・イベントとしては、記事の材料に事欠かないドラマに満ちている。

不祥事にもめげずに3連覇を成し遂げる駒大苫小牧か、王先輩を励ますための夏の初優勝を勝ち取る早実か、観客である我々がよりどちらのドラマを見たいと思うか、観客のオーラがより強い方が、明日の優勝を勝ち取るような気がする。

個人的には、おそらく今後当分達成されることはないであろう3連覇を見てみたい気がするけれど…。

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2006年8月19日 (土)

ヨロンとセロン

積ん読になっていた『メディア社会』(佐藤卓己著、岩波新書)を読んだ。

メディア社会―現代を読み解く視点 (岩波新書)

著者は1960年生まれで、メディア史・大衆文化論を教える京大の大学院の助教授だ。サブタイトルに「現代を読み解く視点」とあり、帯には「<歴史>から問うニュースの読み方、50のテーマで考える実践的メディア論!」とある。自分と同じ1960年生まれということと、これまでの歴史をふまえた新聞、テレビ、各種ネットビジネス等のメディアのあり方の議論がおもしろそうで、購入した。

第1話が”「メディア」は広告媒体である”という当たり前であるが、ふだん、意識することが少なくなっているメディアの本質論から始まり、第14話の”メディア・イベントの誕生”では、夏の全国高校野球大会について

そもそも、全国高等学校野球大会(戦前の正式名称は全国中等学校優勝野球大会)は、第一次大戦中の1915年、大阪朝日新聞社主催で開始された。(中略)
今では伝統ある夏の風物詩だが、そもそもは新聞社が夏休みの「記事枯れ」に対応して紙面を維持するために企画されたメディア・イベントである。自ら主催し、観客を動員し、取材し、それを批評する。関連記事はいくらでも量産することができる。甲子園大会はそうしたニュース製造機であった。(佐藤卓己著『メディア社会』岩波新書、63~64ページ)

と、原点を辿る議論がされていて興味深い。我々が、目にし、耳にするニュースも、本来、広告媒体であるメディアによって時には作られ、取捨選択された結果のものであるということだろう。しかし、そのメディアが、それを読み、見る人に大きな影響を与える。時として、人々が欲するであろうものを、先回りして用意し、世の中の流れを作っていく。

この本で、最も興味深かったのは、第25話の”憲法をめぐる「ヨロン」と「セロン」”の中で取り上げられている、ヨロンとセロンの違いである。漢字で書けば、どちらも「世論」であり、恥ずかしながら、この年(現在45歳)になるまで、「世論」と書いて、なぜ、「ヨロン」と読んだり「セロン」と読んだりするのか、その違いについて深く考えたことはなかった。本書によれば、「ヨロン」は正しくは「輿論」と書き、「セロン」は「世論」と書く。

今日ではほとんど忘却されているが、輿論(よろん)と世論(せろん)は戦前までは別の言葉だった。輿論とは「五箇条の御誓文」(1868年)の「広く会議を興し、万機公論に決すべし」にも連なる尊重すべき公論であり、世論とは「軍人勅諭(1882年)の「世論に惑わず、政治に拘わらず」にある通りその暴走を阻止すべき私情であった。戦後、当用漢字公布によって「輿」の字が新聞で使えなくなったため、苦肉に策として「世論」と書いて「ヨロン」と読む慣行が生まれた。『「毎日」の三世紀 別巻』(2002年)は、次のように説明している。

「世論を「よろん」と読むようになったのは、戦後民主主義が背景にある。従来、「世論」は戦時中、「世論(せろん)に惑わず」などと流言飛語か俗論のような言葉とし使われていた。これに対して、「輿論」は「輿論に基づく民主政治」など建設的なニュアンスがあった。」
(佐藤卓己著『メディア社会』岩波新書、119ページ)

「毎日の三世紀 別巻」の説明は、戦後民主主義の下、民衆の言葉「世論」が「輿論(ヨロン)」の意味をも吸収し、見識を備えた公論を成すようになったと読める。しかし、「輿論」という漢字が当用漢字から消え使われなくなって60余年、「世論」は戦前の流言飛語・俗論に逆戻りし、「輿論(よろん)」という言葉は、その概念さえ忘れられている。

メディア・イベントに惑わされず、自分の頭で考えることを、一人一人が心がけないと、「世論(せろん)に惑わされる」時代が続く事になるだろう。せめて、自分の子供にだけは、そのことをキチンと教えたいと思う。

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2006年8月13日 (日)

映画『ゲド戦記』を見て

映画『ゲド戦記』を見た。

今日、午後、中3の次女と一緒に2駅となりのシネマコンプレックスに見に行く。館内は、お盆休みの日曜日ということもあって、かなりの人。しかし、映画館側も、大きな映写室で上映しており、席にも十分余裕があり、予定通りの時間に見ることができた。

いろいろなブログで、この映画についての様々な感想が書かれており、中には酷評といえるものもあるのだが、非常に「良くできた映画」というのが私の感想である。

確かに、この映画は原作者ル・グインの『ゲド戦記』と同じではない。
あるブログに作者ル・グインが次のように語ったと書かれている。

「It is not my book. It is your film. It is a good film.」
(ブログ「すべて世はこともなし」2006/8/9「ゲド 戦いのはじまり」より)

原作者ル・グイン女史が、好意的ニュアンスで語ったのか、否定的なニュアンスで語ったのかは、知りようがないが、「これは私の書いた話とは違う」という趣旨は間違いないだろう。

原作6冊を読み通した上で映画を見れば、それはよくわかる。話のベースは、第3巻の『さいはての島へ』になっているが、この映画の主人公ともいえるアレンが、自分の影におびえ逃げる姿は、第1巻の『影との戦い』で描かれる若い頃のハイタカ(ゲド)の姿と重なるし、映画の重要な登場人物であるテナーとテルーと農場は、第4巻の『帰還』で主な舞台となるものだ。また、ハイタカとテナーの微妙な関係も第2巻の『こわれた腕輪』の経緯が背景になければ、たしかにわかりにくい。また、作品の舞台となるアースシーの世界のハブナー島を中心にした東西南北の広がりも、映画では捨象されている。

それでも、私はこの映画は素晴らしいと思う。この映画は、ル・グインの『ゲド戦記』を、宮崎吾朗という監督が、自分なりに理解し、その自分なりの理解を、絵にし、言葉にし、音楽にしたものだと思う。

彼の主張は、ひとことで言えば「生きるとはどういうことか?」ということであり、それを回りくどい技巧は凝らさずに、ストレートにぶつけてきている。それは、宮崎吾朗監督が、封切り前のインタビューで語っていること、そのままである。それは登場人物のひと言、ひと言として現れている。「語りの映画」と言えるかもしれない。

中3の次女は、「よくわからないところもあったけれど、心うつものがあった」と最後には、うっすら涙を浮かべていた。登場人物のひと言が、そしてテルーの歌う歌のあるフレーズが心のどこかにひっかかっていて、何となく気になる。そして、もう一度見て、その気になるところを確かめたい、そんな気にさせる映画だと思う。

原作を読まないで見た方には、原作6冊を読むことを勧めたい。今、原作を読んでいて、まだ映画を見ていない人は、原作を全て読み通してから、映画を見た方がいいだろう。原作を途中まで読みかけで、映画を見るのだけはやめた方がいい。どちらも、中途半端になってしまうだろう。

*関係する記事
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
6月22日:『影との戦い』

6月26日:ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』
6月30日:ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』

7月5日:ゲド戦記第4巻『帰還』
7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
7月16日:ゲド戦記『ゲド戦記外伝』
8月5日:『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ

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2006年8月 5日 (土)

『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ

先月29日から、いよいよスタジオ・ジブリのアニメ『ゲド戦記』の上映がはじまった。ブログで試写会を見た人のコメントを見ると、必ずしも絶賛というほどではない、むしろ酷評といえるようなものも多い。一方、今日のTBS「王様のブランチ」の先週の映画ランキングでは、初登場で1位だった。

自分自身が、まだ見ていないので、何とも映画自体の出来は評価できないが、宮崎吾朗監督は、文学作品としての『ゲド戦記』を読み込んで、彼なりの問題意識をもって映画化に取り組んだことがうかがえる。

手元にある公開前の映画『ゲド戦記』のパンフレットに宮崎吾朗監督の「演出ノート 人間の頭が、変になっている」という一文がある。

それによれば、現在39歳の彼は、ゲド戦記は20年以上前の高校生の時に最初に読んだという。その当時は、ハイタカ(ゲド)が自分の影との合一を果たす1巻とテナーが暗い墓所から解放される2巻に心引かれたそうだが、今回、改めて読み直すと、映画化された3巻、そして4巻、外伝に心ひかれた書いている。その理由として、彼自身の加齢と、我々を取り巻く環境の変化を上げている。そして、次のように語る。

 今、私たちの暮らしている世界は、まるで第3巻に登場するポート・タウンやローバネリーのようです。みな、必死にせわしなく動き回っていますが、それは目的があってのことではないように見えます。目に見えるもの、見えないもの、それら全てを失うことを、ただ恐れているようです。人々の頭がおかしくなってしまった感じです。
 一つひとつを例にあげることはしませんが、その原因は国内外の様々な社会状況の激変にあるのはあきらかです。けれど、どうすれば社会が良くなるのか、目指すべき方向は誰も提示できずにいます。そして、大人たちは誇りや寛容さ、いたわりの心を失い、若者たちは未来に希望を見いだせず、無力感におそわれています。
 結果、生きることの現実感は失われ、自分や他人が死ぬことの現実感も失われています。自分の存在を曖昧にしか感じられないならば、他者の存在も希薄にしか感じられないのは当然で、減らない自殺や理由なき殺人の増加は、その象徴に思えます。

(中略)世界の均衡が崩れつつある原因が人間の内にあること、その根源を辿れば生と死の問題に行き着くこと、そこに、私たちにいま最も必要なテーマがあると思うのです。

(中略)私は、「いま、まっとうに生きるとはどういうことか?」という自分自身の問いを「ゲド戦記」に投げかけ、ハイタカをはじめとする多くの登場人物たちの声に耳を傾け、再び問い返すということを続けてきました。それが、この映画の主題になっていることは間違いありません。(以下略)
(宮崎吾朗「演出ノート 人間の頭が変になっている」より)

私もゲド戦記第3巻『さいはての島へ』を読んだとき、これは、まさしく現代日本社会を描いた作品ではないのか?と思った。
すでに、映画を見た人の感想はどうだろうか。私も、1週間の夏期休暇の間には、映画館に足を運び、ぜひ見たいと思っている。

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2006年7月16日 (日)

ゲド戦記別巻『ゲド戦記外伝』

ゲド戦記の別巻『ゲド戦記外伝』を、今日、ようやく読み終わった。

この別巻は、外伝というタイトルが示す通り、第1巻『影との戦い』から第5巻『アースシーの風』までのメイン・ストーリーに対して、アースシーの世界の過去から第5巻の直前の現在までを舞台にした5つのサブ・ストーリーと著者自身によるアースシー解説からなっている。

サブ・ストーリーとはいうものの、第1話の『カワウソ』は、ゲドが学んだロークの魔法学院がいかにして作られたのかが語られているし、第3話の『地の骨』はケドの故郷ゴント島での師であったオジオンがいかにして大地震を防いだのか、その真実を伝えている。第5話の『トンボ』は、ゲドが去った後のロークの魔法学院(女人禁制)に、自分が何者かを確かめるために、男装して入ろうとした女性の話であるが、このトンボと呼ばれる女性は、第5巻の『アースシーの風』で重要な役割を果たす。
米国で発表された際には、第5巻の前に、この別巻が発表されたようで、むしろ第4巻『帰還』までに細かく語られなかった部分を語り、第5巻につなぐ位置づけにあり、これから読む人は、この別巻を読んでから、第5巻『アースシーの風』を読んだ方が、より楽しめるだろう。

第1巻『影との戦い』を読み始めて、ほぼ1ヵ月。ようやく読み終わった。第5巻が終わったところでも書いたが、一度通読しただけでは、まだとても全体像がつかめた気がしない。あと2回くらい、読み通して始めてわかるような気がする。

スタジオジブリの映画の公開が間近に迫ったこともあり、ゲド戦記シリーズの解説本も出ているようだ。そういうものも、参考にしながら、作者の書こうとしたものについて考えることにしたい。

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2006年7月 9日 (日)

ゲド戦記第5巻『アースシーの風』

ゲド戦記第5巻『アースシーの風』を昨日読み終わった。

第4巻『帰還』で、魔術師としての力を失ったケドは故郷のゴント島に戻り、第2巻『こわれた腕環』でカルガド帝国の墓所から救い出したテナーと結婚し、テナーが引き取って育てている娘テルーとともに、ゲドの恩師であるオジオンの家で暮らし始める。第4巻では、最後に、ゲドとテナーの危機をテルーが救うことになる。

『アースシーの風』では、『帰還』からさらに年月がたち、老年となったゲドのところに、ハンノキという男のまじない師が訪ねて来るところから始まる。テナーとテルーは、第3巻『さいはての島へ』で、ゲドと生死をともにした後、王となったレバンネン(アレン)から呼ばれ王の住むハブナー島へ出かけている。
ハンノキは、死に別れた妻ユリに呼ばれて夢の中で、黄泉の国の石垣を乗り越えてあちらの世界に行きそうになる。どうしたら、夢を見なくなるか、ゲドに尋ねに来たのだ。ゲドは、動物を飼い自分の近くに置けば、夢を見なくなるかもしれないと考え、ハンノキに一匹の子猫をもらってやる。しかし、自分のところでは、これ以上なにもしてやれないと、レバンネン王の手紙を託け、ハブナーに行くように勧める。

一方、ハブナーでは、レバンネン王が西の海で竜が暴れ出したことに心を痛め、その対策を考えるための相談相手として、テナーとテルー(テヌハー)を呼んでいたのだ。そこに、和平交渉していたカルガド帝国から、使節団がやって来て、カルガドの王女を王妃とすることが和平の条件と言い残し、王女を置いて国に戻ってしまう。王女は、ハブナーの言葉が全くわからず、レバンネン王はカルガドに対し怒りと憎しみさえ抱く。さらに、西方で暴れていた竜がハブナー島の西岸にまで飛来し、畑を荒らしたりと暴れ出す。

今回もゲドは導入部で登場するだけで、話はレバンネン王とテナーを中心に語られる。最初は、無関係に見えたハンノキが亡くなった妻に夢の中で呼ばれることと、西方で竜が暴れていることが、実は関係があることが、だんだんと明らかになっていく。

今回は、生と死というものが大きなテーマとしてあって、西洋的な幽霊・霊魂的なものと、仏教的な輪廻転生というものが対比されている。また、言葉、民族・国といったものも、テーマとしてあり、重層的な話に仕上がっている。

とりあえず、外伝を除いたメインストリーの5冊を読み終わった訳だが、ひと言では言い表せない深みがある。あと、2~3回読み直して、細かい表現、登場人物の整理等を行う必要があるだろう。まちがいなく、一読の価値ありである。

別巻『ゲド戦記外伝』まで、読み終わったところで、改めて考えてみたい。

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2006年7月 5日 (水)

ゲド戦記第4巻『帰還』

ゲド戦記4巻『帰還』を昨晩、読み終わる。

話は、第3巻の『さいはての島へ』の直後から始まるが、主に語られるのは、第2巻の『こわれた腕輪』でゲドの墓所の大巫女から救出されたテナーのその後である。テナーは、ケドとともにゲドの故郷のゴント島に戻り、ケドの師である魔法使いのオジオンのもとに預けられるが、結局、テナーはオジオンから離れ、一人の女としての生きる道を選ぶ。農園主と結婚し、二人の子の母となる。夫はすでになくなり、子ども達も成人して巣立って、1人でくらしていた彼女は、虐待されやけどを負ったテナーという少女を預かって育て始めている。
そこに、かつて自分の世話をしてくれたオジオンが危篤だという知らせが入り、自分の農園を離れ、テナーをつれてオジオンを訪ねるために旅立つところから、話は始まる。

主人公はテナーであろう。途中から、『さいはての島へ』で、乱れた世の中を正すために、全ての力を使い果たし、ぼろぼろになって故郷に帰ってきたゲドが登場するが、常にテナーの目から語られる。亡くなったオジオンの家で、テナーはゲドを看病するが、ゲドは再びテナーのもとを離れていく。

中年となったテナーが、自分とは何かを模索する話で、女性の中年の危機を扱っている話のように思える。途中までは、まさしく中年テナーの物語であるが、最後に物語はファンタジーとして急展開する。(そこは読んでのお楽しみ)

おそらく、第5巻の『アースシーの風』で、これまでの物語を集大成する展開になりそうである。

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2006年6月30日 (金)

ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』

ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』を読み終わる。

第3巻では、ゲドはローク島の魔法学院の大賢人となっている。しかし、アースシーの周辺部では、魔法が使われなくなり、ものの名前が忘れられ、人々は無気力になっている。世界の均衡にほころびが生じている。ゲドは、それを伝えに来たエンラッド国の王子アレンとともに、世界のほころびを生じさせている原因を突き止める旅に出る。アースシー世界の海を何日も航海し、南へ、西へと彷徨う。どこの島でも、魔法は忘れられ、人々は自分の幸せのみを求め、魂をなくし、死んだようになっている。最後に、さいはての島セリダーで、その原因を作り出していた敵をみつけ、対決する。

今回、語られるテーマは「生と死」であるが、同時に青年アレンの成長の物語でもあり、それを支えるゲドとアレンの関係は、親子を象徴しているようにも読める。ゲドは、旅の途上では、アレンに対し、決して多くを語らない。アレンは、時として、疑心暗鬼になりながら、自分で懸命に考え、答えを見いだしていく。
このあたりは、子育てにおいて、親が簡単に答えを教えてしまうのではなく、子どもが自ら学んで行くことを、我慢して見守ることの大切さを教えているようにも思える。
読む人の、年齢、経験や立場によって、幾通りもの読み方ができそうで、ひと言では到底語りきれない。

スタジオジブリのアニメ映画『ゲド戦記』は、この3巻がベースになるようだ。
均衡を失ったアースシー世界の人々の姿は、今の過去の日本人の美徳を忘れ、自分で考え、判断することを忘れ、自分さえ良ければいいという、現在の日本人の姿にそのまま重なるようにも読めて、アメリカで1972年に書かれたものでありながら、そのまま、今の日本人への問いかけにもなっていると思う。制作者側にも、それを問いかけたいという思いもあるようだ。
読み手の経験と感性で、いかようにも読める、深みのある作品を、映像化し、ひとつのイメージを作り上げてしまうことについての、賛否は当然あるとは思うが、映画にならなければ、ゲド戦記の世界にふれることのなかった多くの人々が、これを機会に、原作の世界に足を踏み入れることになれば、そのプラス効果の方が、より大きいと思う。1ヵ月後に、公開される映画の方も楽しみである。

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7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
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8月13日:映画『ゲド戦記』を見て

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2006年6月26日 (月)

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』を読み終わる。

今回は、まず、ゲドの物語世界であるアースシーの中にあるカルガド帝国の大巫女「アルハ」が登場する。彼女は、先代の大巫女が亡くなった日に生まれたことから、大巫女の生まれ変わりとして、両親から引き離され、その本来の記憶は闇の世界の生き物に生け贄として捧げられ、”喰らわれし者”となり、闇の世界に仕える大巫女として育てられる。大巫女は墓守であり、彼女の住む館の地下には、墓所の地下迷宮があり、その奥まで立ち入るのが許されているのは、大巫女だけである。
物語の前半は、アルハの日常の生活が淡々と語られ、ゲドはなかなか出てこない。物語の半ばにさしかかる頃に、ようやくケドらしき人物が登場する。彼女の地下迷宮への闖入者として。話は、常に、アルハの目から語られ、最初はゲドらしき人物は第三者でしかない。
彼女は、その怪しい男を迷宮の中に閉じこめ、葬り去ろうとするが、一方で、この闖入者に無関心ではいられないし、結局、悪者として葬り去ることもできない。
ついに、迷宮を支配する大巫女として、闖入者に声をかけ、ここから物語はアルハだけの話から、アルハとゲドの物語への変わっていく。ゲドは、「テナー」というアルハの本当の名前を知っていて、彼女に本当の名前で呼びかける。そこから、彼女が少しずつ自らに目覚めていくが、その間、数々の危機や試練が待っている。

この第2巻『こわれた腕輪』も、第1巻『闇との戦い』に劣らず、深淵だ。第1巻が、ゲドという青年の自己発見の物語とすれば、第2巻はアルハという少女の自己発見の物語である。見方によっては、現代版「眠れる森の美女(いばら姫)」とも思える。少女から女性へという成長の中で、少女(王女)を眠りから解放する王子の役目をゲドが担っているようにも思う。

また、少女の成長という側面だけでなく、本来の自分を亡くし、闇に”喰らわれし者”となって、生きている人間への警鐘の物語にも読める。(ものには、そのものがもつ本当の名前があるというのが、1・2巻を通じたテーマのひとつである。)

さらに、第2巻では、アルハ(テナー)のゲドへの信頼ということが、特にゲドの口から語られる。ゲドも全知全能の魔法使いではなく、アルハの支え、アルハが信頼してくれたからこそ、魔法使いとしての力を発揮できたと語る。

おそらく、全6巻を全て読み終わって初めて見えることが、たくさんあるのだと思う。今日から、第3巻『さいはての島へ』を読み始めることにしよう。

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2006年6月22日 (木)

『影との戦い』

ゲド戦記第1巻『影との戦い』を読み終わった。この本の主題は、かなり哲学的で、児童文学というには、少々レベルが高いと思う。

魔術師の素養を持つ、少年ケドは魔法学院で、自らの尊大さやねたみから、自分に力を過信し、死者の霊を呼び出し、それとともに死者の国から、彼を狙う影を、現世に呼び込んでしまう。その影は、彼を追いかけ、彼を虜にしようとする。ケドは、逃げ続けるが、影は執拗に追いかけてくる。彼は、少年時代に自分を育ててくれた故郷の恩師のもとに帰り、そこで、その影に向かい合い、今度は自ら影を追いかけることを決心する。

おとといの記事で取り上げた、「訳者あとがき」に書いてある通り、自我の影の部分を自らに取り込み、統合する過程を描いた作品といえるだろう。まさに、青年期の課題である本当の自分を知るということを、象徴的に描いた作品だと思う。

以前、同時代ライブラリー版の『影との戦い』を読んだ時も、おぼろげに感じ、今回も読んでいて感じたことだが、この作品は、読んでいて、どこか無機質で、透明で、乾いた印象を受ける。どうしてだろうと考えて見ると、他の児童文学とは違い、主人公であるゲドを筆頭に、登場人物の発言や会話が少ないような気がした。主人公の行動を、著者が淡々と記録しているのだ。

明日に悩む大学生や、中年世代にお勧めだと思う。

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2006年6月20日 (火)

ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』

先日、岩波新書の『魔法ファンタジーの世界』(脇明子著)を題材に、記事を書いたが、その中で、何回も取り上げられていたのが、魔法ファンタジーの代表作ともいえるル=グウィンの「ゲド戦記」シリーズ。来月(2006年7月)には、スタジオジブリのアニメ映画が公開される。

前から一度、全作読んでみようかと思っていながら、進んでいなかったので、岩波書店から読みやすく廉価なソフトカバー版が発売されたこともあり、6冊セットで購入。今日から読み始めた。

ゲド戦記 全6冊セット

ゲド戦記の第1巻『影との戦い』(清水真砂子訳)が翻訳され、児童書として岩波書店のハードカバーとして発売されたのが1976年(原作の米国での発表は1968年)で、今年でちょうど30年になる。1992年には第1巻の『影との戦い』が、大人向けの文庫である岩波同時代ライブラリーから発売され、99年には物語コレクションと称して大人を意識した装丁にして大判のソフトカバーで再刊され、さらに映画化を受け、今回は言わば全世代対応でサイズも小型化したソフトカバー版で、装いも新たに登場している。

当初、シリーズは1972年に第3巻『さいはての島へ』の原作が米国で発表され、1977年に日本で翻訳されて以降、長らく全3巻であったが、原作者ル=グウィンは、第3巻発表から18年経た1990年に第4巻『帰還』の原作を発表し、主人公ゲドの青年から壮年、老年までを5冊で描き、6冊目はゲド戦記の世界アースシーを舞台とする5つの物語を『外伝』としてまとめている。

実は、私は、第1巻の『影との戦い』が同時代ライブラリーから出た時に、読んだのだが、当然、その後の巻も同時代ライブラリーから文庫として出されるのだろうと思っている内に、結局、文庫は出ないまま終わり、私の「ゲド戦記」経験も1巻止まりになっていた。

今回のソフトカバー版からは省かれているが、同時代ライブラリー版の巻末には1976年発行時時の「訳者あとがき」が再録され、さらに同時代ライブラリー版のあとがきも追加されている。

76年時の「訳者あとがき」には次のように書かれている。

アメリカの作家で、すぐれた批評家としても知られるエリノア・キャメロンは、この『影との戦い』を論ずるにあたって、心理学者ユングの説をひき、ゲドを苦しめた”影”はふだんは意識されずにある私たちの負の部分であり、私たちの内にあって、私たちをそそのかせて悪を行わせるもの、本能的で、残酷で、反道徳的なもの、言いかえれば、私たちのうちにひそむ獣性ともいうべきものではないかといいました。
もちろん、これはひとつの解釈にすぎませんが、たしかに人は誰も、自我に目覚め、己の内なる深淵をのぞきこんだその日から、負の部分である影との戦いを始めます。それは、否定しようにも否定しえない自分の影の存在を認め、それから目をそむけるのではなく、しかと目を見開いてその影と向かいあおうとする戦いであり、さらにその影を己の中にとりこんで、光の部分だけでなくこの影の部分にもよき発露の道を与えてやろうとする戦いです。困難な戦いですが、おそらくはそれを戦いぬいて初めて私たちの内なる平衡は保たれ、全き人間になることができるのでしょう。
こう考えていきますと、この『影との戦い』は私たちひとりひとりの内なる世界を、その心の成長を象徴的に描いた作品ということができるかと思います。(岩波同時代ライブラリー版『影との戦い』325~326ページ)

このシリーズが、いったん3巻の大賢人となった壮年ケドの活躍で終わったはずのものが、18年を経て90年代の米国で、老年・晩年のゲドが書き継がれたということは、90年代の米国で、ミドル・エイジ・クライシスが問題になっていた事と無関係ではないように思う。ゲドの一生の中で何が描かれ、何が語られるのか、じっくり読むことにしたい。

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2006年6月 6日 (火)

リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

「Shall we ダンス?」の周防正行監督は『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)では、映画とは違った結末を描いているのだが、この文庫は、リメイク版が日本で公開されるタイミングで増刷されたようで、私の手元にある本の表紙はイラストではなくリチャード・ギアとジェニファー・ロペスが踊っているリメイク版の1シーンがコラージュしてある。
(日本版のファンで、まだ小説を読んでいない方は、ぜひ一読を勧めたい。映画では、直接、表現されていない背景のディテールや監督の思いが随所に散りばめられている)

監督自身の「あとがき」も2種類あって、本来の「あとがき」に加え、増刷の際に追加されたと思われる「アメリカ・リメイク版によせて」という文章がある。 監督がカナダにリメイク版の撮影の見学に行った時、主演のリチャード・ギアから、次のように言われたという。

「オリジナルは日本文化が重要なキーになっている。つまり、日本では、見知らぬ男女が人前で抱き合って踊ることはタブーだ。しかし、アメリカではタブーではない。それでは、どうやってオリジナルのストリーをアメリカに移し替えるか。そこで、アメリカ人にとってタブーは何かと考えた。それは、自分が不幸であると表現することだ。」(『小説版Shall we ダンス?』幻冬舎文庫版315ページ)

それは、どう表現されたのか。監督は次のように語る。

(前略)離婚もしておらず、経済的にも恵まれていて、郊外の一軒家に素行に問題のない子供たちと一緒に住んでいるという状況、これはまさに現代アメリカの理想の家族だ(ということらしい)。その理想の家族の夫が、ある日、(中略)ダンスを習い始める。
 なぜか?
それは、自分でも気がついていなかった「不幸」が自分の中にあるということだった。ダンスを習いながら、アメリカの理想の夫はそのことに気づくのだ。(中略)隠さなければならなかったのは、ダンスを習う理由だった。
(同書315、316ページ)

だからこそ、ダンス会場から立ち去る妻と娘を追いかけて、理想の夫は必死で弁解しようとしたのだろう。

アメリカのタブーが破られた時、夫婦は別れてしまうのか?
いや、そうではない。タブーが破られることで、却ってより深くお互いを理解しようとし、その結果、絆が強まってゆく。そういった夫婦の再生の物語がリメイク版アメリカ映画の目指したところであるようだ。(同書316ページ)

リメイク版の製作が決定する以前、日本版のオリジナルをアメリカで公開したとき、監督は決まって2つのことを訊かれたという。

「どうして奥さんはパーティーに一緒に行かなかったのですか」
「このあと、夫婦はどうなるのですか」
実は、この質問に答えることが、アメリカ・リメイク版のテーマだったと、いうこともできるかもしれない。

ちなみにアメリカ版は、二つの質問の答えをはっきりと示して終わる。いや、夫婦のこれからだけではない。主要登場人物のその後までも見せてくれるのである。  アメリカ人がリメイクしてまで見たいと思ったもの。それは、幸せな隣人たちの囲まれた、幸せな家族の姿だった。

リメイク版は、やはり主人公とその妻の関係のあり方、その変化が最大のテーマだったということだろう。確かに、妻の描かれ方と反比例するように、日本版オリジナルでは、あれだけ存在感のあるダンス教室の先生(舞)は、リメイク版(ポリーナ)では影が薄い。

オリジナルでは、主人公と舞との関係も、主人公と妻昌子の関係も、これから、まだどうなるかわからないというところで終わっている。しかし、果たして、現在、同じテーマで日本で映画化した時、同じ描かれ方になるだろうか?

「中年の危機」というテーマは、それなりに普遍性があると思う。オリジナルでは、役所広司演じる主人公杉本の危機が描かれているが、裏を返せば、それは原日出子演じる妻昌子の「中年の危機」とも言える。
日本でも女性の意識は、この映画が作られた10年前とは大きく変化している。現在なら、主人公の妻は昌子のように黙ってはいないだろう。

映画としては、その感情表現の繊細さ含め、日本版オリジナルの方がはるかに味わい深く余韻が残る作品だと思うが、描かれる夫婦の姿は、(現実とは違う理想の姿かもしれないが)アメリカの方が一歩先を行っているように思う。

これまでの「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの(本編)

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2006年6月 5日 (月)

ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い

先日、書きかけながら消えてしまった、ハリウッド・リメイク版の「shall we dance?」と日本版の本家「shall we ダンス?」との違いについて、改めて考えてみる。 (MovieWalkerのリメイク版とオリジナルの比較はこちら) 

大筋で日本版のストーリーを踏襲しているリメイク版の中で、違いが際だつのが、主人公の妻のあり方だ。

日本版の主人公杉山(役所広司)の妻昌子(原日出子)は専業主婦だが、リメイク版の主人公ジョン・クラーク(リチャード・ギア)の妻ビヴァリー(スーザン・サランドン)は部下も持つキャリア・ウーマンとして描かれている。その違いは、そのまま夫との関係の違いにもなる。 昌子とビヴァリーの違いを示す映画の場面はいくつかあるが、印象的だったのは、以下の5つである。

(1)映画の始まりのところで、描かれる2人の姿は、対照的だ。日本版の妻昌子を見て、「三食・昼寝付」という言葉を思い出した(いまやそんな言葉は誰も使わないが…)。夫抜きでは、彼女は生活できず、経済的に夫に依存している。住宅ローン返済のため、パートを始めたことが語られるが、働き始めたことが、昌子にどういう影響を与えたのかは、映画では描かれてはいない。 一方の、ビヴァリーはキャリア・ウーマンと妻・母をこなす活動的な女性。相応の収入もあると思われ、もし離婚するようなことになっても十分生活していく経済力はある。経済的に夫から独立している。

(2)途中、夫の素行調査を私立探偵に依頼するところは、同じだが、ビヴァリーは探偵に対し、「人はどうして結婚すると思う?それは自分の人生の証人がほしいからよ」と語る。夫婦がお互いに相手の人生の証人になっているという点で、対等であることをあらわしていると言えよう。日本版では、このような人生論めいたことは、妻は一切語らない。ただ、夫が何をしているのか心配しているだけである。

(3)夫が家族に隠れて出場したダンス競技会に、探偵に教えられやってきた母と娘。娘の応援に主人公が動転し、他のペアと接触し、パートナーのスカートを破いてしまう。その後、母と娘は会場から出て行くが、リメイク版では、主人公は妻を駐車場まで追いかけ、必死に弁解する。「いまでも十分幸せなのに、さらに何かを求めたことが恥ずかしい」と。 日本版では、妻を追いかけることはせず、その日の夜の自宅のリビングでの夫婦の会話に場面になる。日本版では、主人公は言葉少なく、「なぜダンスなの?」という妻の質問には直接答えず、「所詮、自分には似合わないから、もうダンスやめる」とだけ語る。

(4)主人公のあこがれた女性(日本版の舞、リメイク版のポリーナ)がイギリスへ出発する前の送別パーティに、日本版では妻は参加しないが、リメイク版では、主人公が妻ビヴァリーを連れて行き、ポリーナとビヴァリーは対面する。(リメイク版では、妻がパーティに来ることになるところが見せ場の一つだが、さすがにまだ映画を見ていない人に悪いので、ここには書かない)

(5)映画の本編が終わったあとの、エンディングで、リメイク版では、登場人物のその後を示すシーンがいくつか登場する。その中で、主人公と妻ビヴァリーがキッチンで楽しそうに踊るカットがある。日本版では、将来の夫婦の姿は全くわからない。

これを、日米の文化の違いとのみ考えるのか、日本の夫婦の将来像としてリメイク版を見るかは、意見の分かれるところだと思う。

この先を書きあぐねていたら、周防正行監督自身が書いた『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)のあとがきの中に、その答えらしきものを見つけた。今回も長くなってしまったので、それについては、次回、改めて書くことにしたい。

「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
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2006年6月 3日 (土)

ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?

前々回前回と『魔法ファンタジーの世界』から、長々と引用させてもらったが、私が最近、子供たちが見ているアニメを見ていて、感じていたこととすごく近い気がしたからだ。

最近、子供たちの間で流行っているアニメは、我々が住んでいる現実世界とは、違うルールで動いている別の世界での話が多くなっているような気がする。

それが、いわゆるこれまでファンタジーと呼ばれてきた範疇に入るものなのかどうかは何とも言えないが、別の世界は、霊界であったり、未来社会らしきところであったり、いずれにせよ、現実世界とは違うルールで動いており、しばしば魔法や超能力のようなものがまかり通り、闇の世界の支配者や絶対悪のような存在がいる。

一方、主人公には、常人にはない超人的な能力や霊力が潜在している。悪役に窮地に追い詰められた主人公は、最後は、潜在的に持つ超能力や霊力で、窮地を脱するし、それはしばしば、相手を殲滅し殺戮という形で終わる。見ていて、何の得るところも無いし、楽しくもない。

作者は、心を病んでいるのではないか?自分の中の、不安やいらだちを、そのような形で漫画として表現しているだけではないか?それを喜んで読むファンがいて、それがアニメとなり更に多くに見られるようになる。どこか、間違っていないか?
我が家では、TVゲームは買っていないので、ゲームの世界の話はわからないが、似たりよったりだろう。

著者は言う。

そもそも、なぜこれほど恐ろしいもの、グロテスクなもの、血みどろなものが求められるようになったのだろう。ここでは、その謎にまで踏み込んでいく余裕はないが、現在の魔法ファンタジーがそういう需要にも支えられたものだということは、気にかけておかねばならない。魔法ファンタジーによくある「善」と「悪」の戦い、「光」と「闇」の戦いとはいう構図には、たしかに人間の暴力への欲求、だれかを痛めつけることへの欲求を、野放図に解き放ってしまいかねない恐ろしさがあるのだ。(同書98ページ)

優れた良質のファンタジーは、そのようなものではないはずだ。ファンタジーという枠組みだけを借りた、単なる俗悪なファンタジーもどきがはびこっていないか?リアリズムの作品であれば、到底受け入れられないものが、蔓延していないか?自分の身の回りをもう一度、見直す必要があると思う。何を読み、何を見るべきか(あるいは見るべきでないか)、親として子供たちに対しても、語りかける必要があるだろう。

ちなみに、『魔法ファンタジーの世界』という本では、私がとりあげたような話題は、そのほんの一部であって、その大部分は、優れた良質なファンタジーについての評論であり、特にそのルーツである、ヨーロッパ各地の伝説や神話について語っている部分は一読の価値があると思うので、念のため。

『魔法ファンタジーの世界』関連記事
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(2)-「正義」だと信じるあやうさ
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』

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ファンタジー全盛の中で考えること(2)-「正義」だと信じるあやうさ

前回、リアリズムの世界が制約があって書けないことも、ファンタジーであれば書けてしまうというところまで書いたかが、これによって新天地が開かれたのが、冒険物語であると著者は語る。

19世紀の冒険物語は基本的にリアリズムで、ヴェルヌの空想科学小説が異色だが、20世紀に入ってこのジャンルが急速に衰退した理由ははっきりしている。その理由のひとつは、主人公の行く手をはばむ敵として、人食い人種、インディアン、敵国の人間などを気楽に使えなくなったことであり、もうひとつは、(中略)交通手段、通信手段が便利になりすぎて、「ジャングルの中で行方不明」といった状況がリアリティを感じさせにくくなったということだ。(『魔法ファンタジーの世界』68ページ)

(中略)新天地の可能性が明らかになるにつれて、以前ならリアリズムの冒険物語作家になったはずの人たちが、大挙してファンタジーの世界になだれこんでくることになった。(同書69ページ)

ここで、問題が生じて来る。

リアリズムの冒険物語における敵は、どんなに凶悪でも人間は人間だし、ライオンや大蛇の場合は危険なだけで悪とは言えないわけだが、ファンタジーにおける敵は、場合によってはもっとおそろしい「絶対悪」になることもある。「絶対悪」が相手なら、それを倒すためにどんな手段を使ってもいいじゃないか、ということになりかねない。(同書69ページ)

一方、著者の懸念は以下の通りだ。

最近、ひとつ気になっていることがある。それは、最近のファンタジー的な読み物、アニメ、ゲームの類に、「しかえし」や「こらしめ」の欲望を魔法で満たすというものが、目立って増えているように思えることだ。それらが歓迎されているのだとしたら、「しかえし」や「こらしめ」の欲望に共感をいだく読者が増えているということになる。 たしかに、「しかえし」や「こらしめ」は、主人公や自分が善で相手が悪であることに何の疑問も持たなければ、すかっと気分のいいものではある。しかし、そんな気分の良さに身をゆだねているのは、とても危なっかしいことではないだろうか。(同書39-40ページ)

自分が正義の側にいると信じることの恐ろしさは、悪の側にいる物をどんなに厳しく処罰してもかまわないように思えてしまうことだ。(中略)最近の子供たちに人気のあるアニメ、ゲーム読み物などのなかには、殺すことも含んだ血なまぐさい「こらしめ」が、ふんだんに盛り込まれていいるようで、その恐ろしさは言語に絶する。(同書96、98ページ)

我々自身、日常の生活の中で、自分の方が正しい、正義であると思い、相手を「こらしめる」ことを正当化していないか。物事は、何事も二面性があり、絶対的な正義も、絶対悪も本当は、存在しないのではないだろうか?そんなことを考えさせられた。(長くなったので、更に次回へ)

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ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界

岩波新書の新赤版が1000点を突破したとのことで、赤版に変化はないもののカバーのデザインや装丁がリニューアルされ、4月、5月は例月より多く新刊が10冊ずつ出版された。そのうちの1冊に脇明子著『魔法ファンタジーの世界』がある。著者は、大学教授として比較文学を研究する一方、翻訳家として数々の児童文学を翻訳している。

トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」やC.S.ルイスのナルニア国ものがたりの第1巻『ライオンと魔女』が映画化されヒットをしており、さらにスタジオジブリもル=グウィンの「ケド戦記」をアニメ映画化するなど世を上げてファンタジーブームの中で、岩波書店もなかなか商魂たくましいなと思いつつも、ファンジーにも昔から興味はあるので、さっそく読んでみた。

「指輪物語」、「ナルニア国ものがたり」、「ゲド戦記」などにたびたびふれている(何故か「ハリー・ポッター」については、まったくふれられていない)のは当然だが、そのことよりも、私が最も関心を持ち、共感したのは、著者が、現在のファンタジーブームに懸念を示している部分だ。

著者は、ゲームやアニメでファンタジー全盛の中で、児童文学でのファンタジーの名作は必ずしも、子供たちに届きにくくなっているのではないか、読まれても十分理解されていないのではないかと懸念している。ファンタジーに対比されるものは、リアリズム作品。これは、現実の世界を舞台したものである。著者曰く

リアリズムの場合は、設定に矛盾がなく、出来事の筋がきちんと通っていること、登場人物の言動にリアルな一貫性があることが、いい作品の最低条件だ。それを満たしていないダイジェストや、ご都合主義のライトノベルの類が、読むに値しない本であることは、かんたんに説明できる。物語の世界や人物たちにリアルな一貫性がないと、思考力を働かせて理解していくことができないし、想像力もうまく働いてくれないのだ。(『魔法ファンタジーの世界』4ページ)

まったく、その通りだろう。これは、なにも児童文学に限らず、小説も含め、現実世界を舞台にした作品全般に言えることだろう。一方、ファンタジーについては、

ところが、ファンタジーはそうはいかない。現実にありえないことを書いてこそファンタジーだから、矛盾はどうしたって避けられないし、矛盾が少なければ少ないほどいい作品だとも決められない。(同書5ページ)

結果として、何がいいファンタジーかという尺度がないことが、著者の感性ではいいと思っても、論理的に説明できないもどかしさ、ジレンマを抱えているようにみえる。

また、現実にありえないことを書くのがファンタジーということを逆手に取ると、リアリズムの世界で書こうとすると数々の制約があって書けないことも、ファンタジーでは書けてしまうことになる。著者のもどかしさと懸念も、そのことと不可分に結びついている。(以下、長くなるので次回へ)

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2006年5月13日 (土)

周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」

先週6日の土曜日、本家『shall we ダンス?』を見た後、翌日7日の日曜日にはさっそくハリウッド・リメイク版の『shall we dance?』を見て、このブログの新規投稿ページで、日米版の違いをテーマにいろいろ書いてほぼ完成、念のため、ハリウッド版を解説しているホーム・ページで、役名を確認してとうっかり検索したら、ページが替わってしまい、「しまった」と思った時にはすでに遅く、保存していなかったため、1時間近くかけて書いた文章は、きれいさっぱり消えてなくなっていた。仕事でもたまにあるが、気合いを入れて書いていただけに虚脱感も大きく、夜も遅かったので、そのまま寝てしまった。

一度、興味を持つと納得するまで、追究したい癖があり、月曜日には、書店で周防正行監督が日本版の米国での公開のため米国全土をキャンペーンで回った時のことを書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」(文春文庫)を見つけ、3日ほどで読んだ。

私は、この映画を中年クライシスをテーマにした映画ということで見たが、監督自身は最初から中年クライシスという視点で描いた訳ではなく、それは世代に関わらず、自分の現状に不安や不満があって、ふっと立ち止まって考える人の象徴として、その頃日本で一番元気のなかった中年を取り上げ、彼らを元気づけたいということだったようだ。中年クライシス(ミドル・エイジ・クライシス)を描いた映画という評価は、米国に行って初めて言われたらしい。

この本は、米国各地でのキャンペーンの記録のために書かれたものだが、最初にそもそも、何故、米国で日本版を公開することになったのか?米国での公開のため、上映時間を2時間以内にすることが求められ、不本意ながら日本での公開版から約20分をカットすることになり、どの場面をカットしたのかなどが、詳細に書かれている。

そこには、映画全体への監督の思い、個々の場面作りでの監督の意図が語られていて、「そうだよね、自分もそう感じた」という部分と「そこまで考えていたのか、気がつかなかった」という部分、また時には「あの場面で、これを感じろというのはちょっと難しいのでは」ところもあり、映画を思い出しながら、一方、同じ場面がリメイク版でどう表現されていたかということも考えながら読むと、なかなかおもしろかった。

1回書きかけて消えてしまった、本家とリメイク版の比較は、また稿を改めて書くことにする。

「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」(本編)
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

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2006年5月 6日 (土)

「Shall we ダンス?」を見る

中年クライシスを、自分のブログのテーマに掲げていることもあり、「中年クライシス」をグーグルで検索したことがあった。その時、前原政之さんというフリーライターの方が書かれている「mm(ミリメートル)」というタイトルのブログの中の「『アメリカン・ビューティー』と中年クライシス」という記事に出会った。

その中で、「Shall we ダンス?」について

『Shall we ダンス?』の主人公(役所広司)は、ダンス教室の美しい教師に好意を抱き、社交ダンスに熱中することを通じて、中年クライシスを乗り越え蘇生する。

と書かれていたので、前から関心はある映画だったが、改めて見てみようという気になって、先週、レンタルビデオ店でDVDを借りてきて、今日ようやく見た。

たしかに、これは、中年サラリーマンの停滞と蘇生の物語だ。役所広司演じる主人公杉山は、ボタンメーカーの経理課長。28歳で結婚し、娘が1人。40代になって、郊外に念願のマイホームを手に入れた。しかし、マイホームのローンを返すために、更に頑張ろうという気になかなかなれない毎日の中、帰りの電車の中から見た、ダンス教室の窓に映る寂しげな美女に惹かれ、ダンス教室の門を叩く。窓の外を、寂しげに眺めていたダンス教室の講師舞先生(草刈民代)も、競技ダンスでのある事件が原因で傷つき、癒しと再生が必要だった。

物語は2人を軸に進んで行くが、いわくありげなダンス教室の生徒仲間たち(渡辺えり子、竹中直人等)のダンスへの思い、主人公杉山の妻(原日出子)や娘の夫・父を見るまなざし、そして、少し離れたところからこの人間模様を眺めていたダンス教室の年配のたま子先生の絶妙の舞台回し。

軽妙にコメディタッチに描かれており、一般的な映画の解説では、この映画はラブコメディに分類されるようだ。しかし、描かれた主題は深淵である。社交ダンスは、男女がペアで踊るものだ。映画の終盤、舞先生は杉山に当てた手紙の中で、自分に欠けていたものはパートーナーに対する「信頼」だったと語る。

周防正行監督が、ダンスという素材を通して本当に描こうとしたものは、夫婦のあり方だったのではないのか?という気がした。(さらに、場外の話題として、周防監督と主演女優の草刈民代が、この撮影終了後に結婚したというオチがついている)

1996年の公開で、その年の日本アカデミー賞を総なめにした名作だ。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の解説はここ

当時、まさに中年を迎えて、転機にあった団塊の世代の心をつかんだことが、大ヒットの要因だろう。この作品は海外でも、高く評価され、ハリウッドで、リチャード・ギア主演でリメイクされた。おそらく、中年の危機(ミドル・エイジ・クライシス)は、世界にも通じる課題なのだろう。極めて典型的な日本のサラリーマンを描いたローカルな作品が、普遍的なテーマを描き切ったと言えるだろう。

「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る(本編)
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
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6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

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2006年4月 3日 (月)

ハードディスク付きDVDレコーダー購入

Lupin_drmx102週間ほど前に、ハードディスクの付いたDVDレコーダーを買った。

これまでは、VHS録画にDVDの再生だけの装置だった。DVDの再生ができなくなっていたものを、年明けに修理したばかり。とにかく、子供達が、自分の見たい番組を、VHSに録画するというので、その都度、テープを入れたり出したりと落ち着かない。3人それぞれが、録画用に何本かテープを持って、順次使っているのだが、時々、自分用のテープに空きがないと、兄弟のを借りたり、時には、間違って、まだ見ていないものを消されたと言って、兄弟喧嘩が起きたりと、たかがTV番組の録画を巡って、結構小競り合いがある。また、見終わったあとのテープが、TVの周りに散乱していたりと、父親としては、あまり愉快な話ではなかった。

地上波デジタル放送が始まり、従来のアナログチューナーだけが付いたレコーダーが少し価格が下がったこともあって、思い切って、ハードディスクの付いたDVDレコーダーを買った。子供が小さかった時は、私が操作方法を覚えなければ、ならなかったが、最近はこの春6年生の長男がAV機器類の操作を覚えてくれるようになったので、無精をして任せきりにしている。

当たり前の話ではあるが、使ってみるとやはり便利だ。とりあえず、見たい番組は、ハードディスクにどんどん録画しておけばいい。番組表も、取り込んでくれるので、録画の予約も、簡単に終わる。何より、よけいなテープもいらないし、子供達の録画を巡るトラブルもなくなった。
そう言えば、以前、同窓会の時に、某氏が、「あれは便利だ」と話していたのを思い出す。地上波アナログチューナーしか付いていないので、地上波のアナログ放送が終了する2011年には、ほとんど商品価値がなくなるが、これから5年使えば、買い替えのサイクルとしてもちょうど良いので、とことん使い切るつもりだ。

DVDの録画・再生はもちろん、VHSの録画・再生機能もついた、3in1機なので、もう少し使い方になれてきたら、長女が生まれた頃、録画したままお蔵入りになっているVHS-Cビデオを再生してDVDに録画するといった用途にも利用しようと思っている。

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2006年4月 1日 (土)

「風のハルカ」の猿丸さんはスナフキン?

今日で、NHKの朝ドラの「風のハルカ」が終わった。それほど、熱心に見ていたわけではないものの、舞台が九州の湯布院であることと、妻がいつも、いいところで終わる言っていたので、妻が子供達に録画してもらっていたビデオを、登場人物がわかる程度には、見ていた。

最終回は、めでたくヒロイン・ハルカのゴールインで幕を閉じたが、この結婚相手の猿丸さん、最初に登場した時は、なんだか薄汚い緑色のマントを着て、何をやっているのか氏素性も知れず、なんとも実在感のない設定だと思っていた。しかし、ある時、これは、スナフキンのパクリではふと思い、そう思って見始めると、彼は、世界中を旅していて、突然現れて、突然いなくなる。スナフキンそっくりだ。ムーミンならぬハルカさんは、彼の帰りを待っている。湯布院はムーミン谷に、由布岳はおさびし山に見えない事もない。ハルカのお父さんが作ったレストランが、ムーミン屋敷?

ムーミン一家の場合、パパとママは、一応夫婦円満に暮らしていて、離婚してしまったハルカの両親とは違うので、すべてが同じとはいえないけれど、きっとこの脚本家は、どこかで影響を受けているよなと思って見るのも、面白かった。

ムーミンの物語は、フィンランドの女流作家トーベ・ヤンソンの作。最初の作品は、第二次大戦直後の1945年に書かれ、昨年は60周年だった。(ムーミン公式サイトに詳しい)

日本で、翻訳が紹介されてからでも、すでの30年以上。主要な作品だけでも、8冊。講談社文庫にも収められている。フジテレビとテレビ東京でアニメにもなった。今やスナフキンは楽天トラベル(「旅の窓口」時代から)のイメージキャラクターだし、ミイが渡辺満里奈とCMに登場したり、ミイの姉のミムラを名乗る女優も登場するなど、日本でも浸透している。

私がムーミンの物語を好きなのは、そこに登場する人々(?)が、スナフキンを始め、みな個性的だからだと思う。それぞれが個性的でありながらも、皆、相手を尊重していて、個性が輝いて、その個性が織りなす数々のエピソードが、ほほえましくありながらも、深い示唆に富んでいる。そこには、成長や自立の物語があり、友情があり、家族や夫婦の物語もある。まだ、読まれたことのない方は、ぜひ一読を。(「ムーミン谷の彗星」は、小学生くらいの男の子にはお勧め)

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2006年3月13日 (月)

『生きる意味』と『マトリックス』

東京工業大学の助教授に上田紀行という文化人類学の先生がいる。1958年生まれ、私より2才年上だ。

昨年(2005年)の1月に、岩波新書から『生きる意味』という本を出している。私は、1ヵ月ほど前、行きつけの書店で、タイトルに惹きつけられてられて、手にした。本の帯のキャッチコピーには「本当に欲しいものが分からないあなたへ~著者渾身の熱いメッセージ」とある。

これまで、漠然と自分が感じていたことを見事にえぐり出して書いてくれている本だった。上田先生の主張を私なりに要約すれば、

「これまでの高度成長時代、日本人は、周りのみんなが求める求めるものを、求めるように仕向けられてきた。三種の神器や3Cといわれた「モノ」を求め、教育も、ひたすらより良い学歴を求めることを目指すように仕向けられてきた。その結果、誰もが同じような生き方をしてきた。高度成長で全体が成長し、誰もがそのパイの拡大の恩恵に与れたた時代には矛盾は生じなかったが、バブル崩壊後のリストラの嵐の中で、周りと同じ生き方をしてきた我々は、突然、あなたの代わりはいくらでもいるよと、言われ、自分がかけがえのない存在であると思うことができず、多くの人が生きる意味を模索しているが、見つけられていない」

「経済成長は、日本人の生活を豊かにするための手段であったはずなのに、不況が続く中、経済成長そのものが目的化され、我々一人一人が、経済成長に貢献するための一要素としての常に経済合理性を求めて行動するカタカナの「ヒト」として扱われている」

関心があれば、詳細はぜひ本書を読んで欲しいが、そもそも人生の中で転機に当たる中年の時期に、このような状況に遭遇した我々の世代は、より生き辛く、生きる意味が見つけにくくなっていると思う。

私は、ふと、この本を読みながら、しばらく前に流行った『マトリックス』という映画を思い出した。近未来の世界では、人間はコンピューターを動かすための発電の道具として、羊水のような液体の入ったカプセルの中に入れられている。その中で、コンピューターの作り出す仮想現実の世界を見せられて、眠っている。大多数の人間は、そのことにさえ、気づいていない。コンピューターの征服を免れた、一握りの人類だけが、地球の地下深くで逼塞した生活を送っている。そこに、ネロという救世主となる主人公が登場し、コンピューターの手先となっている仮想現実の世界の人々と戦う。そのアクションシーンの斬新さが、『マトリックス』のヒットの要因ではあると思うが、そのヒットの背景には、観客が、自分たちも、現実世界で幻想を見せられて管理されているだけという思いがあったのではないだろうか。

では、上田先生は、生きる意味を見つける特効薬を示しているのか?否である。自分を見つめ、自分に気づき、自分にしかできないことを探し、自分自身が内的成長をしていくこと。他人とは交換できない自分であることを感じられるようにすることという、極めて当たり前であるけれど、でも簡単ではないことを書いているだけだ。

だからと言って、この本の価値が下がるとは思わない。この本は、我々がこれまで、どういう時代を生きてきたかを気づかせてくれる本である。それをヒントに、自分の「生きる意味」を考えることは、自分の問題であり、人任せにはできない。

私は、同世代といえる昭和30年代生まれに、上田氏のようなオピニオンリーダーが登場したことを誇らしく思う。団塊の世代やそのジュニアの世代には、量では叶わない。彼らはマスで行動し、時代の流れを作ってしまう。なかなか抗しがたい。せめて、我々の世代は、考えることで、オピニオンリーダーになることで、対抗していきたいと考えている。

著者が、本書の姉妹編として書いた『がんばれ仏教!』(NHKブックス)もお勧めだ。

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2006年3月12日 (日)

ドラマ「指先でつむぐ愛」を見て

一昨日の夜、フジテレビのドラマ「指先でつむぐ愛」を見た。新聞の番組欄に載っていたので、見てみようかと思っていたら、妻もそう思っていたようで、2人で見た。

9才で失明し、18才で耳も聞こえなくなった全盲聾の福島智さん(現東京大学助教授)を中村梅雀さんが、その妻光成沢美さんを田中美佐子さんが演じている。原作は、沢美さんが書いた『指先で紡ぐ愛』(講談社)である。

福島さんは、子どもの頃の記憶で喋ることはできるが、外部からの情報入手は、指点字という通訳者の指の「手話」だけである。

2人がリハビリセンターで講師と生徒として出会って、互いに思いを寄せ、結婚するまでの前半。夫婦となってから、2人の出会った東京を離れ、金沢大学で助教授として教える夫を妻、通訳者として公私ともに支える中で、沢美さんは、自分の存在・役割に疑問を感じ、葛藤が起きる。最後には、その思いを夫にぶつける。

福島さんは、『自分を大切にできない人間は、他人も大切にできない』『一人で生きていけない人間は二人でも生きていけない』と言い、『君が何かをしてくれるから一緒にいるのではない、君の存在そのものが自分には必要なのだ』と語りかける。

障害者の夫とその妻という形で表現されているが、底流に流れるテーマはどの夫婦にも共通の問題だろう。原作も読んでみたい。

ドラマのあらすじや主演2人のコメントはフジテレビのホームページに掲載されている。ドラマ→金曜エンタテイメントと進み、「指先をつむぐ愛」バナーをクリックすると見ることができる。(勝手にリンクは張れないようなので)

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