2011年11月27日 (日)

大阪知事・市長ダブル選挙で、大阪維新の会の松井候補と橋下徹前大阪府知事が当選

今日(2011年11月27日)は、大阪府知事・市長のダブル選挙の投票日。大阪都構想を実現するため大阪府知事を辞職して大阪市長選に立候補。府知事が辞職したことに伴い、知事選もあわせて行われることになり、橋下氏の母体である「大阪維新の会」から幹事長の松井一郎氏が立候補した。

通常は、独自候補を立てる共産党まで市長選立候補を見送って、現・平松市長の支持に回ったが、既成政党は橋下市長阻止に動いたが、結局、選挙は「維新の会」の2人のダブル当選に終った。

10年後、20年後になって過去を振り返った時、おそらく、この選挙が日本の地方自治制度の転換点にあるのではないかと思う。

現在の日本の地方自治制度は、国(総務省)を都道府県を管理し、(都道府)県が県下の市町村を管理するという枠組みになっている。しかし、その中で、政令指定都市は、都道府県並みの権限がある。
大阪府下でも、政令指定都市となっている大阪市と堺市は、いわば、大阪府と同格。大阪府は、府下で府庁がある大阪市が自らの管理下にないという奇妙な関係になっている。

大阪府と大阪市の二重行政問題は、むしろ、都道府県と県庁所在地がある政令指定都市の問題だろう。
これだけの選挙結果となると、国も何らかの制度改革を考えざるをえなくなるだろう。

3月の東日本大震災は、自然からの戦後日本の制度への一撃になった。年末を控えた、この選挙結果は、大阪府民からの戦後日本の仕組みを変えてくれとの、現在の政治へ強烈なメッセージだろう。

これから、何が変り、何が変らないのか、しばらくは大阪から目が離せない。

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2010年12月 6日 (月)

第5回国際会計基準(IFRS)検定を受検した

日本の上場企業にも、2015年から適用が見込まれる国際会計基準(IFRS)。これから、数年の企業の経理部門での最大の話題であり、最大の課題でもある。現在、社内で会計監査のまねごとのような仕事をしている身としては、避けては通れない。経理部門のやることをチェックするためには、こちらも国際会計基準(IFRS)を理解しておかなくては、仕事にならない。会計基準が変わるということは、通信簿のつけ方のルールが変わるということ。同じ会計事象でも、ルールが変われば評価も変わるかもしれない。

今日(2010/12/05)、その国際会計基準の理解度を問う「国際会計基準(IFRS)検定」を受けた。検定は、イギリスのイングランド・ウェールズ勅許会計士協会(ICAEW)実施している。日本語で受検可能になって5回目。IFRSの37の基準が試験範囲で、試験形式はマークシートによる4択。問題数は60問で正答率70%が合格ライン。各基準に沿った計算問題が7割ぐらいを占めていた。
計算問題も数値が4つ示されているので、各基準をきちんと理解し、問題をよく読んで、何を求めるよう問われているのかの解釈を間違えなければ、問題の難易度は決して高いものではない。

私自身の出来は、「?」である。各基準をきちんと理解するという点が不十分だったので、70%ギリギリ取れるかどうかだろう。合否判定は、1ヵ月~1ヵ月半後に電子メールで知らされ、合格者にはイギリスICAEWから認定証が出るとのこと。

不合格だったら、3月に実施される第6回検定を受けるつもりだ。だいたい、出題のレベル感が分かったので、次は、かなり狙いを絞った勉強が出来ると思う。

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2010年8月24日 (火)

「キャナルシティ博多」と「マリノアシティ福岡」に行って考えたこと、<アジアの中の福岡>と<デフレは人の感性を鈍磨させる>

昨日深夜、福岡への帰省から戻り東京の自宅に帰り着いた。4泊5日間の帰省だった。
3人の子どもを含めた家族5人で、まず妻の実家で1泊。それから私の実家に2泊。その間、私の父の23回忌、私の母が一人で暮らす私の実家の掃除、再度、妻の実家に戻り1泊した。

私の実家にも、妻の実家にもパソコンもなければテレビゲームもない。子どもたちにとっっては、どちらの家にいても退屈極まりない。子どもたち、特に二人の娘が反乱を起こさないよう、次女が行きたいと行っていたショッピングモールに行くことにした。

最初に「キャナルシティ博多」。1996年にオープンした複合商業施設だ。ホテル、映画館、ゲームセンターなども備えた大型のショッピングモール。行った日が、土曜日だったこともあってかなりの人出だった。数年前に一度、家族で行った覚えがあるが、その時よりは賑わっているような印象を受けた。
2時間ほど館内を歩いたが、中国人の団体旅行と思われる集団にも出会った。ツアーコンダクターらしき人が、大声で説明をしていた。
福岡は韓国・中国に近い。韓国の釜山(プサン)からは、博多港まで高速艇ジェットフォイルでわずか3時間である。中国との間も、北京、上海だけでなく大連、青島などの航空路が開かれており、特に福岡-上海便は本数が多い。
迎える側も日本の中でも韓国・中国に近い立地という点を十分意識しているように思う。

「キャナルシティ博多」の2日後に行ったのが、西区小戸のヨットハーバーに隣接するアウトレットモール「マリノアシティ福岡」。こちらは、2000年にオープン。その後、2004年、2007年の2回に渡ってアウトレット棟を増設している。こちらに行くのは初めて。
ここは、大観覧車が売り物のひとつだったが、採算が取れないようで、既にゴンドラは外されていて、大観覧車の営業は停止、近々解体されるということだった。
また、建設順に3つあるアウトレット棟の第1棟に入ると10店ほどの店の閉店のお知らせが掲示されていた。栄枯盛衰は世の定めとは言え、昨今の厳しい経済情勢を認識せざるを得なかった。
ここでも1時間半ほど、アウトレット棟のⅠ棟~Ⅲ棟、レストラン街、通常の大型ショッピング街などを見て回ったが、アウトレット棟の一番奥にあたるⅢ棟で改装工事や閉店の案内が目立ったような気がした。(最初のⅠ棟だけでも、1・2階で30店舗ほどの店があり、そこで満足した客は、奥のⅢ棟まではおそらく行かないだろう)
ここでは、ぶらりと入ったカジュアル衣料の店で、店員に声をかけられ、「どこから来た」、「どこに住んでいる」などあれこれ聞かれる。最初はうっとうしいと思ったが、ならばこちらから質問してやろうと思い、「中国からのお客さんが増えているのでは?」と水を向けると「ええ、増えてますね。でも、彼らは、時計や家電製品は買うが、衣料品はまず買わない。Made in Chinaを作るためにいかに安く働かされているかよくわかっているので、中国製とわかれば絶対買いません」という答えだった。
確かに、日本に来てMade in Chinaの服を買ってもむなしいだけだろうなと妙に納得してしまった。

アウトレットショップに並ぶ多くの衣料品のブランドショップのいくつかに出入りし、おしゃれなシャツやポロシャツを見ていると、経済学者の浜矩子が『ユニクロ型デフレと国家破産』(文春新書)の中で述べていた「デフレは人の感性を鈍磨させる」というフレーズを思い出した。

ユニクロ型デフレと国家破産 (文春新書)
ユニクロ型デフレと国家破産 (文春新書)

ざっと要約すると

「デフレの中では、コストを極限まで切り詰めるため、価格は安いが、画一的な商品しか作られない。衣料品でも、デザインも色味も、創造性に欠けるので、組み合わせに悩む必要もない。自分の感性や個性との関わりを考えることもない。そのような、創造性に乏しく、感受性を刺激しない物品に囲まれた生活を続けていると人の感性が蝕まれる。デフレは人をバカにする」

といったところである。

数多くの商品の中から組み合わせを考え、自分らしさを表現するためのこだわりの一品を選ぶ。そこに人の価値観が反映されるということだろう。

私はこの数年、ユニクロの服を愛用してきた。自分ではそれなりに選択して、組み合わせも考えているつもりだが、今年の夏、通勤電車で自分が着ているワイシャツと同じ柄のワイシャツを着た人が隣に立っていた時は、さすがに興ざめした。
アウトレットショップで見た、各ブランドの店ではそれぞれがターゲットとする年代を意識した服作りをしており、その中で、自分の好みの品を探すだけでも楽しい。そこでは、これを買ったらどう着こなそうか、どういう時に着ようかと考える。多くの場合、出費に比して活用できる機会がなさそうなので、買わないという判断に落ち着くが、そもそも、そういうことを考えることに意味があるということだろう。
改めて考えてみると、ユニクロで服を買う時は、そこまで吟味はしていない。デザインも必ずしも100%満足という品ばかりでもないが、「とりあえず必要だし、この安さならまあいいか」という判断で買っている。そこでは、自分の感性の半分も働いていないだろう。

やはり「デフレは人の感性を鈍磨させる」という問題認識は正しいと思う。

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2010年7月18日 (日)

第22回参議院選挙の結果が示す民意を考える

第22回参議院選挙が終って1週間。民主党・国民新党の与党は過半数を得られず、自民党が今回の改選第1党、みんなの党の躍進、公明党以下共産党・社民党など既成政党の議席減などが議席数から見た各党の盛衰として、新聞・TVでは語られる。

一方、今後、安定的に政策運営そしていくためには、第1党の民主党としては、参議院で過半数を確保するための新たな連立相手を探したいところだが、その可能性がある自民党・公明党・みんなの党は、選挙直後の党首へのインタビュー「連立はあり得ない」と交渉に応じようとする姿勢さえ見せていない。党利党略としては、落ち目の民主党に手を貸す必要はないということだろうが、野党のにべもない連立拒否が、果たして、選挙民の民意を反映したものと言えるのか、選挙後、ずっとひかかっている。

過去の選挙結果も見ながら考えてみた。使ったのは、選挙民の政党支持を反映していると思われる「比例区での得票率」の第18回(1998年)から今回までの5回分である。(データは第22回以外は総務省のデータを使用)

第18回 第19回 第20回 第21回 第22回
1998年 2001年 2004年 2007年 2010年
自民党 25.17 38.57 30.03 28.08 24.07
民主党 21.75 16.42 37.79 39.48 31.56
自由党 9.28 7.72 - - -
公明党 13.8 14.96 15.41 13.18 13.07
共産党 14.6 7.91 7.8 7.48 6.1
社民党 7.79 6.63 5.35 4.47 3.84
国民新党 - - - 2.15 1.71
みんなの党 - - - - 13.59
その他 7.61 7.79 3.62 5.16 6.06

第19回(2001年)は、構造改革を掲げた第1次小泉内閣の下での選挙で、自民党が圧勝。これがひとつの引き金となって、2003年9月に旧民主党と小沢一郎氏率いる自由党の合併が実現し、現在の民主党が誕生した。

その後、2回(第20、21回)の参議院選挙では、民主党が得票率を伸ばす一方、自民党は漸減。自民党と連立を組む公明党も得票率を減らし、参議院での過半数を失った。
民主党を中心とする当時の野党が参議院の過半数を得たことで、小泉人気の遺産で圧倒的多数を占める衆議院を背景にする自民党・公明党の与党と、民主党を中心に野党が過半数を抑える参議院でねじれが生じた。
参議院を拠点にした野党の抵抗の前に、首相の首のすげ替え以外これといった有効な対応策を打てない自公連立政権は有権者の信任を得られず、実質的には任期満了選挙であった、2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で政権を明け渡したのは記憶に新しいところである。

では、今回の第22回参議院選挙の結果は、民主党・国民新党の与党に有権者が失望したことは明らかだが、ならば、かつての与党(自民党・公明党)に再び与党となることを期待したかといえば、それも違う。
自民党の得票率は前回からさらに4%ほど減り、24.07%と四分の一を割り込んでいる。今回の自民党の善戦は、29ある1人区で自民党が21勝8敗と大きく勝ち越したこと、12ある2人区で、民主・自民が1議席ずつ分け合う結果となったことによるが、これは、自民党が二大政党の一方の旗頭と認知されているからで、党全体の支持率・得票率が落ち続けると、他の党にその地位を奪われる可能性はあるだろう。

結局、今回の参議院選挙で本当の意味で勝ったといえるのは、渡辺喜美代表率いる「みんなの党」だけだろう。
昨年の衆議院選挙前に結成されたこの新党の比例区での得票率は13.56%と公明党を上回り、今回の比例区では3番手となり、今回の改選議席でも10議席を確保した。
比例区での既成政党各党の減(民主党▲7.92%、自民党▲4.01%、共産党▲1.38%、社民党▲0.63%、国民新党▲0.44%、公明党▲0.11%:合計▲14.49%)のほとんどを「みんなの党」が吸収している格好だ。

比例区の投票結果は、「もうしばらく、民主党の第1党は認めてもいい。しかし、連立は、国民新党や社民党とではなく、みんなの党と組んでみれば?」と民意が語っているように思うのは、私だけだろうか。
「みんなの党」の渡辺代表がこれからの政局の中で、どのような行動をするか、注目していきたい。

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2010年7月11日 (日)

2010年第22回参議院選挙は、民主党後退で再びねじれ国会へ

2010年7月11日に投票が行われた第22回参議院議員選挙の争点は、昨年の総選挙で大勝し政権交代を成し遂げた民主党政権を信任し、参議院でも民主党に過半数を与えるか否かにあったと思うが、1年足らず前に民主党の政権交代を支持した国民は、「No」を選択。衆議院で多数を占める与党が、参議院では過半数の議席を確保できないという「ねじれ国会」が再現されてしまった。

3年前の参議院選挙で、民主党が躍進し、当時の政権与党だった自民党・公明党の連立与党が過半数を割ったことで、衆議院の多数を占める与党(自民・公明)が、参議院では民主党を中心とした野党の抵抗を受け、政策実行が思うに任せず、結局、衆議院でも過半数を失い、自民党・公明党は野党に転落した。
当時は民主党側が政権奪取のため、衆議院の議席数に比してすでに国民の信任を失っていた自公政権を追い込むため、戦略的にねじれ国会を利用したように見えたが、今回は比例区での得票を見ても、民主党がそこまで落ちぶれているわけではない。
民主党から流れた浮動票が「みんなの党」に流れたというのが、おおざっぱな構図だろう。

ねじれ国会のやっかいなところは、与野党対立が激しくなると、政策が何も進まなくなることである。日本における衆参の二院制、さらに参議院の3年おき半数ずつの改選というのは、政治の激変緩和装置として制度設計されたものだと思うが、現在のような課題山積の時代に安定的な政治が行えないというのは、制度設計者の意図したところとは違うのではないだろうか。

民主党の敗因は、ひとえに政権奪取後の鳩山政権でのちぐはぐな政治に国民が失望したことが背景にあるのは間違いないが、それをさらにだめ押ししたのは、辞任した鳩山首相の後を継いだ菅直人首相が、首相交代後の内閣支持率アップに気をよくして、唐突に消費税増税を持ち出したことだろう。自らの人気を過信しての、世論の読み違いがあったのでなないどろうか。消費税増税を含めた財政改革は、参議院の過半数を獲得し政権基盤を安定させてから、次の衆議院選挙の争点として持ち出すべきだったのだろう。

いずれにしても、再びねじれ国会となり、政権党の政策が、すんなりとは進まないという自公政権末期の状況が再来することになった。なんとか、前回のねじれ国会時の国政の停滞を反省し、与野党で国民のための最善の政策は何か真剣に話し合ってほしいものである。

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2009年11月 8日 (日)

『カップヌードルをぶっつぶせ!』を読んだ

『カップヌードルをぶっつぶせ!』という過激な題名の本を読んでみないかと、広告代理店に勤める友人からメールが送られてきた。私は、てっきり、カップヌードルに相手にするような新商品を開発したベンチャービジネスの若手経営者を題材にしたビジネス書かなと、などと思い、「本を送ってくれれば、読むよ」と返事を送り、昨日、本が届いた。

本の内容は私の予想とは全く違い、カップヌードルを製造・販売する日清食品の親会社日清食品ホールディングスの安藤宏基CEOの著書だった。
日清食品グループは、2008年に持株会社制に移行、日清食品の安藤宏基社長は、日清食品やグループ化した明星食品などを傘下に抱える日清食品ホールディングスの代表取締役CEO(最高経営責任者)となった。

本書『カップヌードルをぶっつぶせ!』は、その安藤宏基CEOが1985年に日清食品の社長に就任してからこれまでの20年余の経営の記録である。
日清食品は安藤CEOの父、安藤百福(ももふく)氏が1948年に創業。1958年8月に世界で最初のインスタントラーメン「チキンラーメン」を発売、同年12月に「日清食品」に社名変更、さらに1971年には世界最初のカップ麺である「カップヌードル」を発売した。日本を代表する食品メーカーといえるだろう。
安藤宏基CEOは、安藤百福氏の次男。1981年日清食品の社長に就任した長男の宏寿が2年で社長を退任、会長となっていた父の百福氏がいったん社長に復帰。その後、1985年に宏基氏が日清食品の3人目の社長となった。社長とはいえ、創業者の父は会長として健在である。

カップヌードルをぶっつぶせ! - 創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀
カップヌードルをぶっつぶせ! - 創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀

本書の前半(第1章と第2章)は、二代目の息子宏基社長と創業者の父百福会長のせめぎあいの記録である。「創業者は普通の人間ではない」とのタイトルの第1章は「創業者は異能の人、二代目は凡能の人。創業者と二代目の確執は、異能と凡能とのせめぎあいである」との見出しで始まる。第3章からの後半部分は、その宏基社長が1985年に社長に就任してからの経営への思いと行動の記録である。
本書によれば、宏基社長就任当時の日清食品は創業者百福氏の創り出した「カップヌードル」というトップブランドで売上の半分、利益のほとんどを稼ぎ出していた。創業者の開発商品である「カップヌードル」は触れてはならない聖域であり、社内でも「カップヌードル」のブランドイメージを傷つけたり、シェアを奪うような商品を発売するわけにはいかないと、誰もが信じており、セクショナリズムや官僚主義がはびこり始め、商品開発も停滞していたという。
そんな中、宏基氏の社長としての第一声が、本書のタイトルとなった「カップヌードルをぶっつぶせ!」である。そのスローガンの下、新しいものを作り続けるために、組織をどう変え、人をどう育てていくのか。
自社が作る商品に深いこだわりを持つとともに、それを作り出す人と組織にもこだわり続けるのが、著者である安藤宏基CEOだと思う。

読み終えたあと、おおいなるこだわりから生み出された、「チキンラーメン」や「カップヌードル」が無性に食べたくなり、今日の昼はカップヌードル」を食べた。

なお、本書には付録として、これまでの数々の日清食品のCMの中で、1992年から96年まで流された「hangry?」シリーズと2004年から2005年にかけて放映された「NO BORDER」シリーズの映像がDVDに収録され添付されている。(「hangry?」シリーズは、カンヌ国際広告映画際でグランプリを受賞したとのこと)
私に本を送ってくれた友人は、彼らにとって大口クライアントの社長の本を買うことも、大事な仕事うちだったのだと、最後のCM映像を見ながら遅ればせながら気がついた。

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2009年8月31日 (月)

第45回衆議院議員選挙、民主党大勝により政権交代確定し、「戦後政治」から「21世紀の政治」

昨日(2009年8月30日)は、第45回衆議院議員選挙。小選挙区比例代表並立制の現在の選挙制度になって5回の選挙の中で、最も高い投票率69.28%を記録した。
結果は、衆議院の議席480(小選挙区300、比例区180)のうち、民主党が改選前の115議席から308(小選挙区221、比例区87)議席と過半数を超え、大幅に議席を伸ばした。一方、これまでの第一党自由民主党は改選前の300議席から119(小選挙区64、比例区55)議席と半分以下の激減した。

1955年の保守合同以来、自民党が第一党の地位から転落するのは初めてとのこと。野党が選挙で第1党となって政権交代が実現するのは、1947年の社会党の片山内閣以来62年ぶりということらしい。(1993年の野党連合により成立した細川内閣時代、自民党は一時野党となったが、この時も過半数は失ったが第一党の地位は守っていた)
半世紀以上続いた自民党が第一党として政治を動かす時代が終わった。それは、日本が第2次大戦で敗戦国となり、1945年から52年までのGHQによる占領期を脱した後、社会党の統一に脅威を感じた、日本自由党と日本民主党の合同により、1955年に自由民主党が誕生して以来続いてきた「55年体制」が終わりを告げたことを意味する。自民党結成の契機となった、日本社会党は、その後何回かの分裂により既に原形をとどめているとは言えず、さらに自民党が第一党でもなくなったことで、いよいよ「戦後政治」体制はその使命を終えたのだろう。

インターネットの普及により、劇的に世界のコミュニケーションのあり方が変わり、新資本主義が台頭し世界の潮流となる中、その弊害も多く出てきている。今までのやり方を変えな変えなければ、社会がたちいかなくなっている中で、米国では、黒人のオバマ大統領が誕生し、韓国や台湾でも政権交代が起きている。大きなうねりの中で、日本でもとうとう本格的な政権交代が起きた。
おそらく、50年後、100年後の日本史の教科書では、2009年のこの選挙、政権交代を持って時代の区切りとすることになるだろう。これからは、「21世紀の政治」の時代が始まる。

政治の枠組み、社会の枠組みの組み替えがこれから始まるのだと思う。歴史の証人として、何がどう変わっていくのか、よくこの目で確かめるという気持ちを持って、これからの変化を見届けていきたい。

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2009年4月14日 (火)

定額給付金申請書が届いた

我が家にも先週末、住んでいる市から「定額給付金給付のお知らせ」と「定額給付金申請書」が送られてきた。

お知らせには、世帯の全員の性別・生年月日・年齢と給付予定額が書かれている。5人家族なので、まとめるとそれなりの金額になり、家計の足しにはなる。
申請書には、給付を希望しない人がいる場合には、申請書のチェック欄に×印をつけるということになっている。世帯主が申請の記名捺印をし、振り込み先の銀行口座を明記して、専用封筒に入れて返信する。
申請時期は4月13日~10月13日までの半年間。申請があったものから、順次、審査の上、給付の決定通知書が送られてきて、口座に振り込まれるようだ。早ければ、4月下旬から振り込みが始まるようである。

とりあえず、我が家は給付を返上するほど、余裕はないので、ありがたく給付を受けることにして申請書を送った。

昨年の後半の政治のテーマの一つだった定額給付金の是非。当時の予想を上回る消費の落ち込みが鮮明になっている中、消費の押し上げ策として効果を現してくれればよいが、結果はどうだろうか。
せっかく、大金を投じるのだから、相応の効果が出てほしいものである。

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2009年1月12日 (月)

車を車検に出し、日本経済の不振を実感する

今日(2009年1月12日)、車を車検に出した。我が家の車の車検が1月になったのは、1月に車を買ったからなのだが、それにはちょっとした事情がある。
忘れもしない9年前の2000年1月、当時、我が家は北陸・富山県に住んでいた。新年初出勤の1月4日の午後4時すぎだったろうか、職場に妻から電話がかかってきて、車に乗っていて事故を起こしたという。当時住んでいた社宅からほど近いところらしいので、慌てて現場に向かった。運転中に考え事をしていて、止まっている対向車に気がつかず、慌ててハンドルを切ったところ対向車のフロントをかすり、、道路沿いのアパートに止めてあった別に車と電信柱に間に突っ込んだようだった。我が家の車のフロント部分は大きくへこみ、止めてあった軽自動車に後部もへこんだ。
妻がぶつけた2台に車の所有者にはお詫びに行き、後の処理は保険会社に任せる。5年ローンが残り半年となっていた我が家に自家用車は、使用不能。自動車保険で、ローンの残金は返せたが、車はなくなってしまった。
戦争中空襲にあった富山市は、逆に戦後道路が整備され、車社会になっており、車は日常生活に不可欠なので、事故のお詫びが一段落したところで、事故で廃車になったカペラワゴンの整備などを頼んでいたマツダのディーラーに行き、これから3人の子どもがどんどん大きくなることも考え、10年乗るつもりで、当時発売されて間もない2代目「MPV」を買った。

昨年末に「車検はどうされますか?」と、現在車の整備などしてもらっている近くのマツダのディーラーから電話があり、2009年1月が車検の時期だったことを思い出した。もう1年先のような気がしていたが、まったくの思い違いだった。人の記憶などあてにならないものである。

車検の相談でディーラーに相談に行った際、妻が冷やかし半分、「車検に10万円以上払うなら、この際新車に買い換えたら?」と言う。私が、「これからまだ、子どもの進学にもお金がかかるし、まだ3万キロしか走っていないので、少なくともあと2年は乗る」と言ったが、ディーラーのセールスマンは「普通は旦那さんが新車に買い換えたいと言って、奥さんが反対するのに、うらやましい話ですね」などと冷やかしながらも、いいカモだと思われたようで、見積もりまで作ってくれた。結局は断ったけれど、そのあと聞いた話では、年明けから1週間ほどで売れた車は5台で、そのうち4台が軽自動車とのこと。トヨタが赤字になるくらいだから、どこの自動車もほとんど売れていないようだ。思わぬところで、知った日本の経済の低迷ぶり。ソニーも14年ぶりの営業赤字というし、しばらくは米国を中心とした消費低迷で過剰となった在庫を処分するため、自動車や家電の値引き幅は大きくなるのだろう。

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2008年11月 5日 (水)

米国大統領選挙でオバマ候補当選、米国民は変革を選択し、初の黒人大統領誕生

今日(2008年11月5日、米国時間では11月4日)、米国の大統領選挙の投票が行われ、民主党のバクラ・オバマ候補(47歳)が、共和党のジョン・マケイン候補(72歳)を破り、第44代大統領の座を射止めた。

「Change」をキャッチフレーズに掲げたオバマ候補は、マイノリティの黒人候補、47歳という若さである。米国民は、心から「変革」を願っているのであろう。

思えば、8年前、現ブッシュ大統領が民主党候補であるのゴア副大統領と激戦を演じ、なんとか大統領となったが、その後のブッシュアメリカが主導した世界の政治・経済では、ちっとも明るい話題がなかったように思う。
1.11のテロでNYの世界貿易センタービルの悪夢のような崩落、アフガニスタン、イランへの侵攻、最後の締めくくりがサブプライムローン延滞に端を発した世界金融危機である。
しばらく前に、どこかのTV番組でキャスターが、「現ブッシュ大統領の評価は、少なくとも第二次大戦戦後で最低ということは間違いなく、今後の金融危機への対応次第では、史上最低の大統領と評価されるかもしれない」という趣旨の話をしていた。
最終的な評価は後世の歴史家の筆を待つしかないが、あまり世界の平和とか安定のために役立ったという業績は思い出せない。
米国民には、ブッシュ路線の継承者にしか映らなかったであろうマケイン候補が敗れたのも、やむを得なかったのだろう。

サブプライム問題とか世界金融危機関連の本をしばらく読んでいたが、その後、もう少し長いスパンで物を見ている鈴木謙介著『サブカル・ニッポンの新自由主義』(ちくま新書)を読み、その後、ロバート・B・ライッシュ著『暴走する資本主義』(東洋経済新報社)を読んでいるが、それらを読んで思うのは、市場経済を全能と考え、規制緩和・効率化を第一とした政治・経済・社会の運営スタイル(新自由主義-『サブカル・ニッポンの新自由主義』、超資本主義-『暴走する資本主義』)では、その効果よりも、弊害の方が多くなってきて、見直す時期に来ているのではないかということである。

米国では、国民がそれを感じ、「Change」を掲げるオバマ候補を選んだのであろう。オバマ新大統領の経済顧問は、かつてFRB議長として米国のインフレ退治に辣腕を振るい、金融危機発生までの米国経済の発展の礎を築いたポール・ボルガー氏だそうである。
現在の世界同時金融危機という未曾有の混乱の中で、ボルガー元FER議長がオバマ新大統領にどんな策を授けるのか、しばらくは新大統領の経済政策が注目されることになるだろう。

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