2008年6月27日 (金)

夏休みの宿を南房総で手配する

6月も終わりに近づき、そろそろ夏休みの計画を立てなければいけない時期(もう、遅いのかもしれないが…)。自分の職場での休みを確定し、妻と3人の子どもの予定とどこで何をしたいかの希望も調整した上で、行き先の候補を考え、宿を探す。

仕事の関係で、8月の早いタイミングでは休みを取るのは難しそうで、お盆明けに休むことにした。次女から、学校の授業でやったテニスがおもしろかったので、テニスがしたいという要望があり、テニスコートある宿泊施設で探す。しかし、どこも空いているのは8月の最終週。う~ん、困った。たまたま、1週前のお盆明けの週に1日だけ空いているテニスのできる宿を見つけ、とりあえず予約。
しかし、その後、1泊2日ではくつろげないというクレームも一部から出て、施設側に確認したところ、1日目と2日目で部屋が変わってよければ、連泊も可という事がわかり、今日、2日目の予約も終えた。

行き先は、昨年と同じ南房総。宿はもちろん別のところ。昨年行ってみて思いの外、東京から近いことがわかった。東京湾横断道路(アクアライン)を走り、全通した館山自動車道を走ると、3時間ぐらいだったろうか。車を運転する立場からすると、アクアラインも館山道もすいているところがいい。
刺身など魚もおいしく、干物も名物のようだった。

ようやく、日程の骨格が固まったので、この土日で詳細な旅行プランでも考えることにしたい。
あとは、当日、台風や雨にならないことを祈るのみである。もう一つ、言えば、それまでに少しでもガソリンが値下がりしてくれればと思う。

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2008年1月 4日 (金)

里帰りを終え、東京に戻る

2007年12月30日に帰ってから、年末年始をはさみ今日(2008年1月4日)までの里帰りを終え、新幹線で東京に戻ってきた。1ヵ月前に予約をしたが、家族5人横1列で座席が確保できたのは、朝8時台の前半。休みの後半を過ごした妻の実家を朝の6時半頃には出た。

私と、妻の双方の親は、成長した孫の姿を見てよろこんでくれたが、我々から見れば、心配していたほどではなかったものの、親の老いを感じずにはいられなかった。
「中年クライシス」のあとには、親の介護という問題が避けて通れない問題として迫っている。
とりあえず、今は元気なので、すぐに何かをしなければならないということはないのだが、一方で何か起きてしまったら、現在の家族5人の生活が影響を受けざるを得ないのも事実だ。

さりとて、懸案を全て解決してくれる妙案があるわけでもなく、双方の親が元気でいてくれることを祈るしかない。あとは、自分たち自身が健康でいること。介護しなければならない側が健康でなければ、何もできないからだ。

気の重い話題ではあるが、今年は親の問題も中期的な課題としてこれまでよりは、少し比重を高めて考えなればならないのだろうなと痛感した里帰りだった。

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2007年5月25日 (金)

次女と長男の中間試験を巡る騒動

今週は、高校1年生の次女と中学1年生の長男の初めての中間試験が重なった。ようやく、今日2人とも試験が終わった。

高校生の次女は、赤点を取ったらどうしようと心配しながら、遅くまで勉強していた。これぐらい危機感を持って、最初から臨んでくれれば、まあこれからもあまり心配しなくてもよいかなと、親としては思っている。

一方、中学生の長男は、試験1週間前になっても週末に友達と遊びに行くし、くだらないテレビ番組を見てヘラヘラ笑っているし、パソコンにかじりついてオンライン・ゲームにううつを抜かしている有様。
あまりにも安易に考えているように見える。まあ、一度痛い目にあって自分で気がつくまで、放っておくしか仕方ないと思ってはいるのだが、言うに事欠いて、誕生日が近いこともあり、試験で成績がよかったらi-podを誕生祝いに買ってくれ、デジタルの腕時計を買ってくれと虫のいい要求をし始める。
あまりの呑気さに、姉2人も業をにやし、それならばと「成績が悪かった時はおまえの使っているパソコンを使わないということなら考えてもいい」という対案を出した。大学に入ってアルバイトを始め、多少お金を持っている長女がスポンサーとなって、平均98点以上ならi-pod、95点以上ならデジタル腕時計を買う。ただし、平均85点に達しなければ、長男が使っているパソコンを当面使用禁止にするという交渉がまとまった。

今日、長男が初日に受けた理科の試験の答案が返却された。結果は86点。i-podはすでに実現不可能。時計も危うい。むしろ残り4科目次第ではパソコン召し上げの可能性も出てきた。危機と直感した長男は、「パソコン使用禁止は、85点でなく平均点以下の時にしてくれ」とはやくも条件引き下げ交渉に出てきた。当然のことながら、家族全員からダメ出しをくらう。ならば、全科目の結果が出て使用禁止が決まるまでは、やりたいだけオンラインゲームをやるぞと長男は宣言している。

パソコンは道具。子ども達が大人になる頃には、使いこなせて当たり前の時代が来ると思い、主に私が自作したものを順次1人1台使わせるようにしてきたのだが、長男を見ていると、ひょっとして教育方針を誤ったかなと思う時がある。
いつかは気がついて、パソコンに振り回されるのではなく、使いこなしてくれると信じているのだが、信じ続ける忍耐力もなかなか辛いものである。

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2007年5月21日 (月)

携帯電話を洗濯してしまった

一昨日の土曜日の午前中、2階の部屋でパソコンに向かっていると、階下で叫び声。
何事かと思って1階に降りると、妻が携帯電話を持ってしょげている。Gパンのポケットに携帯電話を入れたまま、洗濯してしまったらしい。変な音がすると思い、あわてて取り出したらしいのだが、時すでに遅し。手に持っている携帯電話は、水浸し。液晶画面にも水が入っている。当然、携帯は使用不能かつ、回復不能。

今年、長男の中学のクラスの役員を引き受けることになり、ようやく携帯電話に役員全員の電話番号とメールアドレスを入れたばかりだった。数日前に、「どこかにバックアップをとれないかな」と言われたばかりだった。

実は、妻には前科がある。2年前の夏休み。私が札幌に単身赴任していた当時、夏休みに家族を呼んだのだが、その時にも水の中に携帯電話を落としている。その時、機種交換で購入した電話機が今回、犠牲になった。

3人の子どもたちは、「またやった~」と冷やかしているが、本人は同じ過ちを2度やったこと、懸命に入力したデータをまた一から入力しなければならないということで、落ち込んでいた。
とりあえず、携帯電話が使えないと困るので、水没し使用不能と成った電話機を持って、携帯ショップに行き、再び機種交換。今回は、薄型、200万画素デジカメ付き、携帯音楽プレイヤー機能付を購入した。

いつ、どこで襲ってくるかわからない災難。備えあれば、憂いなしとはよく言ったものだ。せめて、「バックアップ」と言われた時に、パソコンにデータを読み込んでおけば良かったと少々申し訳ない気がした。

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2007年5月17日 (木)

五月病予備軍を抱える我が家

今年の春、我が家の子ども3人は、上から順に大学、高校、中学に進学し、環境が大きく変わった。おまけに、妻もパート先が変わったばかりで、私を除く家族4人の生活環境が大きく変わった。

親として気になるのは、それぞれが新しい環境にとけ込めるかである。
今のところ、新生活をエンジョイしているように見えるのは、女子大生になった長女だけで、高校生になった次女は「中学のままがよかった」と嘆き、中学生になった長男は「俺小学生に戻りたい」とぼやく。

もともと、次女には、「高校になったら、中学3年の時の受験勉強と同じくらいの勉強を毎日やらないと追いつかないよ」と多少脅してはいたのだが、いざ現実のものとなると、相当重荷に感じるらしい。
これまで、気ままに遊んで過ごせた長男は、中間テストや期末テストなど、定期的にテストがあること自体が苦痛のようだ。

まあ、自分の経験からいえば、あと1ヵ月もすれば、クラスの様子もわかり、新しい学校のペースにもなれ、大丈夫だろうと思っているのだが、30年以上も前の話なので過信は禁物だ。

松村由利子さんのエッセイが載っているというので買った健康雑誌の『毎日らいふ』。5月号の特集の一つがその名も「危険な「五月病」」。その特集記事では、「五月病に陰に「軽症うつ」が潜んでいる可能性がある」と警告している。そして「軽症うつ」の原因として「疲れ」をあげている

「軽症うつ」の本当の原因
「新しい環境になじめない」、「人間関係がうまくいかない」。こういったことが、うつ病の原因になっていると思われがちですが、「軽症うつの原因は、その前にある作業疲れに本当の原因がある」と笠原さん(「軽症うつ」の研究者で名古屋大学名誉教授の笠原嘉さん)は言います。
引っ越しの作業、転勤、配置換えの引き継ぎ作業、大きなプロジェクトに注いだエネルギー。これらによる体の疲れ、心の疲れによって次の環境に向けた力がなくなり、「ゆううつ」を越えた異常を引き起こすことになるのです。
(『毎日らいふ』2007年5月号、55ページ)

その上で、「軽症うつ」に陥りやすい人(特に中年~初老)の特徴として以下の15項目を上げている。

①働くのが好き
②やり出したら徹底的にしないと気がすまない
③責任感が強い
④義理を重んじる
⑤人に頼まれるとイヤといいにくい
⑥人と争うのは苦手
⑦気が小さい
⑧人がどう思うかを気にする
⑨常識を大事にする
⑩極端なことをしない
⑪目立つことが嫌い
⑫熱しやすいところがある
⑬どちらかというと朗らか
⑭物を片付けるのが好き
⑮きれい好き
(『毎日らいふ』2007年5月号、55ページ)

まあ、我が家の次女、長男にはそれほど当てはまらないとは思うが、もう少し様子を見た方がいいかもしれない。

ただ、入学して暫く模様眺めをしていた2人だが、最近になって次女は弓道部、長男はバレー部に入った。
部活動を始めるということは、それだけの心と体のエネルギーは残っていたということなので、まあさほど心配なくても、時間が解決してくれるだろうと少し気が楽になった父である。

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2007年3月 7日 (水)

「啓蟄」に思う3人の子の進学

昨日、3月6日は二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」だった。加えて、我が家の結婚記念日でもあって、それに長年敬愛する宮本輝さんの誕生日で還暦を迎えるとあって、昨日は何を書こうか考えたあげく、これまでブログであまり書いていない宮本輝さんのことを書くことにした。

とはいえ、ブログの中には、折々の季節感も盛り込んでいきたいので、二十四節気は、都度、取り上げたいと思っている。

いつも使わせてっもらう山下景子さんの『美しい暦のことば』(インデックスコミュニケーションズ刊)では、

暗い土の中でじっとうずくまっていた虫たちが、春の気配を感じてもぞもぞと活動を開始するころです。
(同書、33ページ)

とある。
二十四節気は、旧暦がベースになっているので、平年であれば、実際の気候としてはもう少しあとになると思うが、今年は、東京都心では雪が降らないまま3月を迎えていて、春の訪れも早く暖かいので、あまり違和感がない感じだ。

啓蟄を過ぎれば、いよいよ、春の本格的な春の到来。
我が家にとっては、子供3人がいっせいに、今まで通っていた学校を卒業し上級の学校に進学するので、どことなく「啓蟄」のイメージとだぶる気もする。これまでの学校から抜けだして、また新しい舞台で、成長することを願っている。

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2007年1月15日 (月)

食事をするとき人を待てるか、外食の功罪

3ヵ月ほど前、私の職場のチームに、わたしより数年年上のMさんが異動で来られた。Mさんとは、席も隣で、昼一緒に食事に行くことが多い。

今の職場の食堂の昼食メニューは、定食と麺類の2種類あり、Mさんと一緒に食堂に行っても、席に選ぶメニューで待たされる時間も違ってくるので、Mさんが先に席に着いていることも多い。私がMさんを偉いと思うのは、いつもMさんは、先に席に着いた時は、後から来る人を待ってくれているのだ。私が、人より先に着席した時には、先に食べ始めることも多いので、反省することしきりである。Mさんのご両親は、立派な躾けをされたのだなと思う。
果たして、自分の子どもたちが、そういう場面でどう振る舞うだろうか。

家で家族で食卓を囲む時は、みんなが揃うまで箸をつけずに待っていようと言っているが、外食の時となるとなかなかそうもいかない。ファミリーレストランなどで、家族がそれぞれ別々のメニューを注文すると、全員一緒に出てくる方がまれである。
注文してから配膳されるまで、かなり待たされた上に、5分ぐらいの差があるのは当たり前、下手をすると15分くらい遅れることもある。そもそも、お腹がすいているから、食事を食べに行くわけで、全員揃うまで子どもに我慢させるのも、かわいそうだし、料理もさめておいしくなくなってしまう。
結局、来た順に食べ始めることになってしまうが、下手をすると最初に食べ出した人が食べ終わる頃、最後の人の料理が来たりすることもある。これでは、家族団欒もあったものではなく、興ざめしてしまう。

それなら、外食などしなければよいのだが、家でいつも食事を作る立場を考えると、たまには外食して休ませて欲しいという気持ちもわからないではないので、全て家で食べるというのも難しい。

一方、外食に慣れてしまうと、知らず知らずのうちに、料理が来たら自分一人先に食べて当たり前という感覚になってしまう。親として、自らどう行動するかとともに、子どもにどのような躾けをしていくのか、悩ましいところである。

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2007年1月 5日 (金)

訃報:百ます計算の考案者岸本裕史さん死去

今朝(2007年1月5日)の朝刊の訃報欄で、岸本裕史さんが昨年の12月26日に亡くなっていたことが伝えられていた。

岸本さんは、1930年の生まれで、神戸市で小学校の教員を40年勤めた。読み書き、計算など基礎学力の充実の必要性を早くから訴え、今や多くの小学校で使われている100ます計算の考案者でもある。
100ます計算の実践で成果を上げ有名になった蔭山英男さん(現立命館小学校副校長)も、若い頃、自らの教育手法に試行錯誤する中、岸本さんと出会ったことが転機になっている。

私が、岸本さんの著書と巡りあったのは、今から20年以上も前、大学生の頃である。大学生協の書店で『見える学力、見えない学力』(岸本裕史著、大月書店国民文庫)を目にして、タイトルに惹かれて手に取ったのが最初である。初版発行が1981年3月とあるから、新刊として発売されて間もない頃だったのだと思う。その後、この本は版を重ね、1996年3月には改訂版も出されている。私は、何度かこの本を買っているのだが、手元にある改訂前の1冊ので奥書に1992年10月の49刷とある本の帯には、90万部突破とある。おそらく、現在は100万部を突破しているだろう。息の長いロングセラーであり、今、読んでも、言われていることの本質は全然古くなっていない。

この本の中で、著者は学力を氷山にたとえている。

 氷山を思い浮かべて下さい。氷山というものは、大部分が海面下に沈んでいて、八分の一だけが海面上に姿を見せています。子どもの学力も、それと似ているのです。テストや通知簿で示される成績は、いわば見える学力なのです。その見える学力の土台には、見えない学力というものがあるのです。見える学力をたしかに伸ばすには、それを支えている見えない学力をうんとゆたかに太らせなければならないのです。貧弱な土壌では、果樹の実も、ちっぽけなままでしかありません。
 小学校で習う勉強の多くは、子どもの生活空間で見たり、聞いたり、触れたりできるものが素材となっています。ですから、学校で新しく習う教材でも、事前になんらかの予備的な知識や経験のある子は、のみこみも早く、容易に忘れることはありません。
(『見える学力、見えない学力』改訂版37~38ページ)

では、「見えない学力」とは何か?規則正しい生活習慣を身につけさせる躾け、親が読み聞かせをすることで読書の習慣をつけさせる、自然の中で伸び伸びと遊ばせる、家庭の中で社会や政治・経済につき話題にする、地図を壁に貼りニュースで地名が出てきたら確認する、史跡に行ったり、美術・芸術に触れさせる機会を作ること等々で、いずれ勉強として学ぶことを、日常生活の中で先行体験させることである。

この先行体験として述べられているものには、私が子どもの頃、両親がやってくれていたことも多くあり(両親が意識してやっていたとは思えないが)、私は一読するや、岸本「見えない学力」説の信奉者となり、その後の自らの子育ての中で、出来る限り実践してきた。

その成果の是非は、子どもたち一人ひとりの今後の成長を見るしかないが、途中経過で見る限り、不登校にもならず学校に通っているでの、大間違いはしていないのではないかと思っている。

私にとっては、岸本さんは、いわば子育てや教育を考えていく際の心の師であった。これからは、私なりに、岸本説を咀嚼して、子どもたちに伝えていくことが、役目だろうと思っている。心からご冥福をお祈りしたい。合掌。

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2007年1月 2日 (火)

『男の復権』(池内ひろ美著)を読んで

年末に『男の復権』(池内ひろ美著、ダイヤモンド社)を読んだ。サブタイトルは、”女は男を尊敬したい”とある。職場の近くの書店で、昼休みに見つけ、奥書に1961年生まれとあるのを見て、自分と同世代の女性が、男のあり方をどう見ているのかを知りたくて、購入した。

著者の池内ひろ美さんは、1997年に、「東京家族ラボ」という組織?を主宰し、家族の問題についての相談に応じており、特に、夫婦の問題、離婚相談等を手がけている。自身、22歳で結婚し32歳で離婚、37歳で再婚している。(ホームページ、ブログのプロフィールによる)

第1章が「大人の男になるための十箇条」、第2章が「後悔しないための女の選び方五箇条」となっている。第1章では、大人の女から見た尊敬できる「大人の男」像が語られる。一方、そのためには、一生の伴侶となる妻にどんな女性を選ぶかで、男の人生も大きく変わっていくということで、女を選ぶ時に気をつけることが語られる。見方を変えれば、女から見た「大人の女」像であろう。

「大人の男になるための十箇条」は、

第1条、男の立ち姿は美しくあってほしい
第2条、コミュニケーションに媚びないで
第3条、しっかり大地を踏みしめて歩け
第4条、返事とお辞儀を正しくしよう
第5条、やっぱりお洒落ででいてほしい
第6条、ちょいモテおやじに憧れるな
第7条、「ありがとう」と言える男になれ
第8条、目指すのは優しさより親切であれ
第9条、父親を尊敬する男であれ
第10条、男なら正義を背負って生きよう 

「後悔しないための女の選び方五箇条」は、

まず、「悪妻は百年の不作」と述べた上で
第1条、笑顔のかわいい女を選べ
第2条、言葉づかいのいい女を選べ
第3条、センスのいい女を選べ
第4条、はたらく女を選べ
第5条、母親と似た女を選べ
の5箇条をあげ、
最後に「女の落とし方」という一文で締めくくっている。

全てを紹介すると、終わらなくなってしまうので、私が特に印象に残っている部分を選んで紹介することにしたい。

男の方では、「第8条、目指すのは優しさより親切であれ」から

(女性が求める「優しい人」が、えてして「私だけに」優しい人であるとの前置きに続き)優しさを渡したり受け取ったりする作業は、とても主観的であるがゆえに奇妙な思いこみを呼びやすい性質があると知っておこう。主観的で独りよがりの優しさより、求められるのは、客観的に親切であること。親切を行うのは、優しさよりも少し高度である。そこには、相手に対する想像力が必要だ。相手が今、何を欲しているのか想像してキャッチする能力が不可欠だ。(中略)その人の価値観がどこにあるのか。その人の五感は何を欲しているか。(中略)多くの「かもしれない」可能性を想像したうえで、相手の望むものを渡してあげることができるのが親切な大人である。(『男の復権』23~24ページより)

女の方では、「第4条、はたらく女を選べ」から

はたらく女というのは、なにも外へ出て仕事をする女という意味ではない。(中略)家の外であっても中であってもはたらく女がいい。気働きと表現を変えたらわかりやすいだろうか。(彼女が気働きのできる女性かどうかを見極める例として、バーベキュー大会を開くことにした際の彼女の反応・発言を幾通りか例示し、彼女の反応や発言の意味を考え、受け止めることを求めた上で、)何かを行うときには、必ず「役割」がある。なんらかの役割を引き受ける人は他の場面でも異なる役割を引き受けることができる。(中略)何も役割を引き受けない女というのは、家族になったとき、「妻」や「母」といった新たな役割を引き受けることのできない女である。彼女はそういう人だと認識しよう。(後略)(『男の復権』44~46ページより)

著者は、男に対しても、女に対しても、厳しい眼差しを向けている。見た目のカッコよさでなく、中身のカッコよさ・素晴らしさで勝負できる大人の男(そして女)が増えて欲しいというメッセージであろう。私の拙い要約では、うまく全体像が伝えきれないが、この一文を読んで、多少なりとも関心を持たれた方(特に40代)には、男女問わず一読をお勧めしたい。

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2007年1月 1日 (月)

1年の計は元旦にあり、今年の目標は…

今日から2007年。高校受験を控える娘がいるため、今年は、特に出かける予定もなく、家で過ごす。昨年末は、結局、遅れ遅れになってしまった年賀状作りを29日にやっと終える。昨日の大晦日は、やり残していた和室の障子の張り替えや、普段あまり目が届かない壁の高いところや天井のすす払いなどで1日が終わった。

年頭にあたり、月並みだが「1年の計は元旦にあり」ということで、今年の抱負を整理しておきたい。

仕事では、今の自分の職場を少しでも活性化していきたい。どこの会社にも、完璧な職場などないと思うし、社会全体の風潮でもあるかも知れないが、今の職場にはどこか「給料並の仕事さえしていればいい」「自分さえ良ければいい」という雰囲気が漂っているような気がする。働いている人、それぞれが、いい意味での緊張感を持って、日々働いている職場にしたい。特別な権限を持っているわけではないので、個人でできることには、限界もあるが、これまで学んできたものを活かして、何ができるのか、自分なりに考えながらやっていきたい。

家庭では、転機を迎えた我が家族が上手く、新しい生活になじんでいけることが最大の課題だ。3年おきに、3人の子が生まれたが、それぞれ成長し、今年の春に長女が大学進学(昨年AO入試で進学先は決定済)、次女の高校受験、長男の中学進学が一度に重なる。次女は公立高校第一志望、長男は地元の公立中学に進学させる。ということで、3人同時に上級学校へ進学するとはいえ、我が家のこの春の最大の関心事は、次女の受験の正否である。私自身がサポートできることは、限られるが、なんとか家族全体でサポートし、次女自身の第一志望に合格をさせてやりたい。受験の苦労は、次女だけだが、4月以降、新しい環境になじんでいかなければいけないのは、3人に共通の問題である。特に、これまでの親の躾けが至らなかったこともあり、特に長女と長男は、朝きちんと起きられない。なんとか、朝、定時に起きる習慣をつけることを、今年こそは実現させたい。

仕事・家族を離れた個人としては、ホームページを立ち上げたい。ブログを書き始めて2月下旬で丸1年。記事も200以上になっている。その関心事や読んだ本などについて書き連ねてきた。ココログでは、記事の内容に応じたカテゴリ分けができるが、毎日、統一された一定の基準で区分できているかというと自信がない。また、これまでに書いた200余の記事は全て、ココログのサービスを行うニフティのサーバーの中に保存されている。万が一、ニフティのサーバーが壊れたら、全部消えてなくなってしまう。そのリスクを回避する意味でも、ココログのサーバーから、これまでの全記事をダウンロードし、テーマ毎にを統一感を持って再編集し、改めてプロバイダーのホームページ用のスペースにアップロードして、ホームページを作りたい。
現在、使っているブログ管理用ソフト「マイ・ブログ」は、新たに記事を作成する時、過去の記事の1つを選んで、ダウンロードし再編集することはできるが、過去の記事を一括してダウンロードすることは、できない。ホーム・ページ作成ソフト定番「ホームページ・ビルダー」は、一括ダウンロード機能があるようなので、その機能を使いたくて最新版の「ホームページ・ビルダー11」を注文した。

もう一つ、忘れてないけないのは、ウオーキング減量作戦の継続である。11月時点で、足踏み状態になっていることを一度書いたが、お恥ずかしながら12月は、忘年会シーズンでもあり、通常より外で飲み食いする機会も多く、大晦日の朝は69.3kg、今朝、元旦はなんと70.3kgと当面の目標の65kgから遠のくばかり。改めて、2007年こそ、減量を実現させたい。

以上、4つが、ささやかながら、今年の年頭にあったての私の「1年の計」である。

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2006年12月29日 (金)

父の冬休み

私の職場はカレンダー通りであれば、年末年始の休みは年末30日・31日、年始は三が日の5連休である。しかし、お客さんと直接、接する現場ではないので、今日と1月の4、5日は休みをもらい、今日から1月8日までの11連休をもらうことにした。ちょっとした「父の冬休み」である。

今年は、ずいぶん、たくさん資格試験を受けた1年だった。いずれも、仕事に関係していて、このブログでもいくつか書いたが、ブログを始める前の2月の中旬に受けたのを皮切りに7月、10月、11月、12月と1年に5回受けた。10月の金融内部監査士と11月の公認内部監査人(CIA)は、このブログでも書いた通りだ。まだ、結果の出ていないCIAを除き、なんとか合格でできているのも、ありがたい。人には、スケジュール面で無理があるのでは、とも言われることもあったが、それぞれに重複する部分もあり、まとめて一気に勉強した方が効率いいはずと考えて、やって来た。結果的には、ほぼ目論見通りになった。

今年は、これからの新しい10年のスタートの年で、これからの10年の基礎固めとして、なんとかいいスタートきれたと思う。来年は、まだ残っているいくつかの試験を受けつつ、今年取得した資格を結果・成果に結びつけていく1年にしていきたいと思う。

今年の試験疲れを癒し、来年への英気を養う「父の冬休み」にしたい。 

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2006年12月 3日 (日)

年賀状作りの季節

今年も、はや12月。残すところ、4週間である。毎年、この時期になると、気になってくるのが翌年の年賀状である。1年の間に、受け取った転勤や転居のハガキなどを整理して、リストを更新し、デザインを考えなくてはならない。

我が家では、結婚したときから、年賀状は家族全員の写真をメインにしている。家族全員で、お送りした方に、せめて写真で挨拶をするという意味をこめているつもりだ。

最初の頃は写真店にネガを持ち込み、デザインを選んで印刷を頼んでいたが、パソコン、カラープリンター、デジタルカメラが使えるようになってからは、自分で作るようにしている。最近は、プリンターとデジタルカメラの進化で、自作でも注文印刷に遜色ないものが作れるようになった。また、宛名書きも、パソコンとプリンターがやってくれるので、以前ほど年賀状作りに時間はかからなくなった。

その中で、最大の問題は、家族全員で写る写真をいつ・どこで撮るかだ。以前は、神宮外苑のイチョウ並木まで出かけていって、撮影したりしたこともあるのだが、ここ2年ほどは、家族全員で遠出をするだけのスケジュールの調整がつかないこともあり、自宅の前や、リビングでとお手軽にすませてしまっている。今年は、少しは気の利いたところで撮りたいと思っているのだが、長女は来週期末試験、次女は高校受験の追い込み時期と、そうそう連れ回すわけにもいかず、父親の腕が問われるところだ。来週末には、写真撮りをすませ、ハガキ作りの準備に入りたいと思っている。

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2006年11月23日 (木)

新・亭主関白宣言?

福岡県の久留米市に「全国亭主関白協会」(天野周一会長)という組織があるらしい。(協会のホームページはこちら

関白とは、天皇に次ぐナンバー2の地位であり、協会は天皇(=妻)を敬愛し奉る亭主たちの集団とのこと。団塊世代が大量定年となる一方、離婚の際の夫婦の年金分割制度が2007年から始まるのを控え、熟年離婚を回避すべく会員が急増しているそうだ。

協会が定めた「新!亭主関白道段位認定基準」があり次のようになっている。

初段:3年以上たっても「妻を愛している」
二段:家事手伝いが上手
三段:浮気をしたことがないか、ばれていない
四段:レディーファーストを実践している
五段:愛妻と手をつないで散歩ができる
六段:愛妻の話を真剣に聞くことができる
七段:嫁姑問題を一夜で解決できる
八段:「ありがとう」をためらわずに言える
九段:「ごめんなさい」を恐れずに言える
十段:「愛してる」を照れずに言える

以前、このブログで書いた、妻の側の「夫在宅ストレス」とどう折り合いをつけるかということも大切だと思うのだが、そのあたりをどう考えているのかよくわからない。十段まで、全て実行できれば、在宅ストレスということにはならないかも知れないが…。

個人的には、二段、六段、八段あたりはクリアしていると思うが、そもそも夫婦の問題は、それぞれの夫婦によって様々なので、自分で考えるべき問題ではないかという気もする。

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2006年10月25日 (水)

地図を旅する

私は地図を見るのが好きだ。家の中では、リビングの壁には世界地図と日本地図、自分の住んでいる市の地図、東京近郊の鉄道の路線図を貼っている。(以前は東京都の地図も貼っていたが、いつの間にかはがれてしまった)
また、1階と2階のトイレとパソコンの置いてある「自分の部屋」には、大手家電量販店B社が毎年配っている日本地図カレンダーが貼ってある。

いつでも、見える場所に地図を貼ることで、ニュースなどで、知らない地名が出てきたりしたら、すぐ調べるくせをつけてほしいという子供たちへの教育的効果を考えているのと、常に自分が現在いる場所(ポジション)を意識しておいて欲しいという象徴的な意味もこめているいるつもりだ。

実は、合併前に私が勤務していた会社が、日本地図のカレンダーを作っていた。(日本中の企業を対象にしたビジネスをしている会社だというアピールだったのだと思う)
縦長でコンパクトにまとまっていたので、以前は、毎年このカレンダーを貼っていたのだが、合併で旧来のそれぞれ会社のカレンダーは見直しになり、今や何の変哲もない名画カレンダーなってしまった。何か代わりになるものはないかと探していたら、ちょうど入れ替わるようにB社が日本地図カレンダー配り始めた。(東京から始まったB社もカレンダーを配り始めた頃から全国展開が本格化したような気がする)

これがなかなかの「スグレモノ」で、日本全図として日本全体が鳥瞰できることはもちろん、暦の方は、私が前回の記事でも話題にした二十四節気や月の満ち欠けがマークで記してるほか、時間と十二支、西暦・和暦・年齢の早見表があったり、最近では日本にある世界遺産が記されたりと盛りだくさんで、見ていて飽きない。

少し時間の余裕があると、これまで旅したルートを目でたどり、地図の上で旅を再現したり、まだ訪ねたことのない土地の地名を眺めては、いずれ旅してみようと思ったりするのが、ささやかな楽しみである。日本各地を、家族を連れて、旅したが、それでも、まだまだ未知の土地の方が多い。地図を眺めていると、日本の広さを改めて実感する。

10月も下旬になり、そろそろ、B社でも2007年のカレンダーを配り始める頃ではないだろうか。2007年版では、どんな情報が追加されるのかも楽しみである。

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2006年10月23日 (月)

『病気にならない生き方』読了後の食生活の変化

10月の上旬に『病気にならない生き方』を読んでから、妻の賛同と協力も得て、少し食生活を変えてみた。

①始めたこと
・朝、起きた後に、水(ミネラルウオーター)を500cc程度飲む
・ご飯を白米から雑穀入りに変えた
・煮豆(黒豆)を必ず食べるようにした
・蛋白源は、魚を多めに

②やめたこと
・牛乳、ヨーグルト、緑茶はいっさい飲食せず
・コーヒーも、特別な理由がなければ飲まない
・肉類も、なるべく少なくする

合わせて、食生活ではないが、平日の朝、
・6時頃から家の近所を10分ほど歩く、
・6時半からラジオ体操をする
の2つを始めた。

一度に生活を変えたので、何が要因になっているのか、よくわからないが、従来、便秘気味になることがよくあったのが、すっかり影を潜めてしまった。気のせいか、最近は食べたものの消化のスピードが以前より速くなっているように思う。ミラクル・エンザイムという酵素の原型のようなものが本当にあるのかどうかはわからないが、作者であるドクター新谷が勧める食生活は、私の体にはあっていたようだ。

食生活の変化の好影響は、継続中の減量にも現れてきていて、体重も昨日(22日)の朝の計量では、68.1kgまで減ってきた。68kg台前半のレベルに定着してきた感じなので、今月中には、一気に67kg台突入を目指したい。

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2006年10月15日 (日)

札幌の思い出(2)-単身赴任の食生活

札幌での1年間は、初めての単身赴任生活だった。

最大の問題は食事。定番メニュー程度であれば料理もできないわけではないので、基本的に毎晩自炊するつもりで、単身生活をスタートした。週末に、まとめてご飯を炊き、余ったものは、1食分ずつ専用の容器に入れて冷蔵庫で冷凍し、平日の夕食の際に解凍するようにしていた。

朝も、最初はベーコンと目玉焼き、コーヒーにトーストといった食事をして出勤していた。
夕食も最初は、食材を選んで調理していたが、だんだん面倒になる。1人分の量ぴったり作るのはなかなか難しい。たとえ、食事の量がうまく作れても、食材の方は余ってしまい、数日すると腐ってしまうので、食べる分より捨てる分の方が多くなることもあった。
そのうち、ご飯は冷凍食品の炒飯やピラフになり、おかずも冷凍食品、スープや味噌汁もお湯をかければ飲める袋入りのものに変わっていった。また、加工済みの袋入りのスパゲッティソースを狩ってきて麺だけ茹でることも多かった。
最後には、それも面倒になり、通勤の帰り道にあるセブンイレブンの弁当を買って帰ることも多くなった。朝も、カップ入りのヨーグルトに、ロールパンに牛乳程度の粗食になっていった。また、土日の朝は、雪が消えた初夏以降は、歩いて5分のところにマクドナルドにあったので、7時前には、朝マックを食べに行っていた。

最後は、随分粗食になってしまった感があるが、時には外食もしていた。徒歩圏に、マクドナルドの他に、ロイヤルホストと味の民藝、豚丼の店があり、たまに利用した。また、土日の昼は車で足を伸ばし、びっくりドンキーやヴィクトリアなどいうハンバーグレストランで、食事をしていた。今思えば、決して健康に良い食生活とはいえない。

料理をするプロセスを趣味として楽しめる人を除いては、単身赴任生活で自炊を続けるのは難しいというのが、私の1年間を総括した結論である。

情報として書いておくと、札幌でおいしかったのは寿司である。回転寿司でも、ネタが良いのでおいしい。家族が東京から来ると、寿司を食べに行きたがった。特に、子どもたちは、富山で5年すごしたため、やはりネタの良い富山の回転寿司を食べ慣れたせいで、東京の回転寿司はまずくて食べられないと言っており、富山にひけをとらない札幌の回転寿司に行きたがった。
また、札幌ならではのご当地料理がスープカレーである。さらさらのカレースープの中に、茹でたジャガイモやニンジン、チキン、ゆで卵などが、丸のままあるいは半切り程度の大きさで、添えてある。熱いカレースープを飲みながら、丸ごと野菜をかじりながら、ライスと一緒に食べる。寒冷地札幌だからこそ広まった、体を温める料理だと思った。

乱れた食生活をしていたせいもあり、雪が積もり始めると行動範囲が制約され運動不足になりがちなことも重なり、63kgで札幌に赴任した私は、半年で65kgまで太ってしまった。

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2006年10月14日 (土)

札幌の思い出(1)-長くて終わらない冬

2年前の今日、私は高校時代の同級生数人から送別会をしてもらっていた。仕事で、札幌への転勤が決まり、東京最後の夜だった。翌朝の羽田空港から飛行機で千歳に向かった。

その1年後の昨年の今日は、東京に戻ることがすでに決まっており、後任者との引き継ぎも終え、借り上げマンションに戻り、東京から手伝いに来てくれた妻と一緒に、1年間暮らした部屋を引き払うため、荷造りを始めたところであった。たった1年でも、荷物はそれなりにあり、家財道具のほとんどは、東京に持って帰っても置く場所もないので、後任者や職場の若手など、もらい手を探し、引き取ってもらうことした。15日は荷造りと掃除に明け暮れ、16日に千歳から東京に戻って来た。早いもので、あれから1年たってしまった。

札幌で、まず驚いたのは早く来て終わらない冬である。赴任後、取引先に挨拶回りをすると、異口同音に、これから寒くなるばかりで、悪い時に転勤してきたと言われる。まだ、秋も半ばではないかと思っていたが、10月末には札幌市内にも雪が降った。最初の雪は、数日で消えたが、11月半ばに降った雪は融けることなく根雪になり、長い冬が始まった。それからは、身の回りに常に雪のある生活である。雪が降らない日も、気温が低いので雪は融けない。

私が札幌にいた1年間で冬休み(年末・年始)、春休み、夏休みの3回家族を札幌に呼んだ。冬休みが雪の中なのは当然と思っていたが、春休みには春の気配が感じられるのだろうと考えていた。しかし、現実は全く違っていた。
札幌発で支笏湖、苫小牧、登別、洞爺湖・有珠山・昭和新山、羊蹄山麓の真狩(まっかり)村、余市のニッカ工場、小樽から札幌へ戻る2泊3日の小旅行をしたが、太平洋岸の苫小牧から登別にかけての海沿いこそ雪を見ずに走れたものの、ロープウェイで登った有珠山の上は雪に覆われていたし、内陸になる真狩は、まだ数十㎝から1m近い雪が残っていた。北海道の3月下旬から4月上旬はまだ冬なのだ。

結局、札幌の街中から完全に雪が融けてなくなったのは、ゴールデンウイークの頃だった。半年の冬があり、残る半年を、短い春と夏と短い秋で分け合っているのが、札幌の1年だった。

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2006年10月10日 (火)

冬物への衣替え

昨日までの3連休、金曜日の雨模様がうそののような秋晴れの3日間で行楽日和、運動会日和の3日間だった。
気象庁発表の東京の気象データを見ても、6日(金)が平均気温17.0℃(最高18.5℃)、平均湿度87%だったのに対し、3連休はいずれも平均気温で21℃前後(最高はいずれも25℃台)、平均湿度も7日51%、8日38%、9日42%と快適だった事がわかる。

我が家は、高校受験を控えた次女の学校説明会(7日)と模擬試験受験(8日)があり、特に遠出をするでもなく、家で3日間過ごした。

なんとなく、やらなくてはと思いながら先延ばしにしていた冬物への衣替えを行い、それを機会に、もう来年は着ないだろうと思われる夏物の衣類を処分、あわせて各部屋の大掃除をして、買い込んだ本のうち、もう読まないと思われる物を、3日で200冊くらいブックオフへ売りに行った。長男の部屋は、少々模様替えもして、家族全体で気分一新して、3人の子どもの進学に備える態勢を整えたというところだ。あとは、本人たちの頑張ってもらうしかない。

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2006年10月 8日 (日)

『病気にならない生き方』を読んで

昨日のTBSの『王様のブランチ』で紹介されていた『病気にならない生き方』(新谷弘実著、サンマーク出版)を読んだ。昨年7月に発行され、すでに120万部を超えるベストセラーになっているから、今頃、読んでいる私は少々時代に遅れているかも知れない。

著者の新谷弘実氏は、内視鏡による胃腸の診断、手術を専門とする医師で、日米で30万人の胃腸を見てきたという。内視鏡から見た胃腸の様子(胃相、腸相)を見れば、健康状態もわかると言い、これまで健康に良いとされてきた食品や食習慣が、胃相・腸相から見る限り、かえって胃や腸に負担をかけ、健康を損なっているものが多いとして、次のような事例を「間違った健康法」として、例示している。

・腸のために毎日ヨーグルトを食べるようにしている
・カルシウム不足にならないよう、毎日牛乳を飲んでいる
・果物は太りやすいので控え、ビタミンはサプリメントでとるようにしている
・太りすぎないよう、ごはんやパンなどの炭水化物はなるべく控えるようにしている
・高タンパク低カロリーの食事を心がけている
・水分はカテキンの豊富な日本茶でとるようにしている
・水道水は残留塩素を抜くため、必ず一度沸騰させてから飲んでいる
(『病気にならない生き方』27ページ)

著者の論点はいくつかあるが、私なりに咀嚼すれば、一番大切なことは、

○「人間の体の働きに重要な働きをするエンザイム(酵素)を無駄遣いしない」ということである。必要な酵素が不足すると体の機能が正しく働かず、体調がおかしくなる。そのため、酵素を消耗しないような生活習慣を身につけ、酵素を補うような食生活をすることが、太く長く生きる子方法としている。

○また、現代の医学・医療は、各臓器毎に専門化・細分化され、人間の体を全体として見ていないので、特定の臓器にいい効果があるとしても意味がない。その結果、特定の臓器に有益ということで、健康法・健康食品と言われているものがあるが、体全体で見れば、別のところに悪影響を及ぼしているものもある。

例えば、ヨーグルトについては、ヨーグルトを毎日食べている人に腸相のいい人はいないということを述べている。また、牛乳は、消化に悪く、牛乳の乳脂肪分は酸化して過酸化脂質となり、体に悪影響を及ぼすとしており、健康にいいとされてきた、牛乳・乳製品の摂取によってアレルギー体質になる可能性が高いことが明らかになっているという。

私は、ヨーグルトが好きで、ほぼ毎朝食べていたので、さすがに、これはショックだった。しかし、たしかに、ヨーグルトを常食しているわりには、便秘気味のところがあって、意識して食物繊維をとるようにしていた。

これまでの自分自身の食の経験の中で、なんとなく辻褄が合わないとおぼろげに思っていたことが、酵素(エンザイム)という一貫した視点で整理されていて、納得することの多い内容だった。これまで、いかに、胃や腸に悪い食事ばかりしてきたかと思うとゾッとする。

著者の勧める理想の食事は、植物性の食べ物(穀類・豆類・野菜・果物・海草類)を85%、動物性の食べ物(肉・魚)を15%である。
これから我が家の食生活を、少し食生活を変えて行こうと、妻と話している。

このブログを読まれた方にも、一読を勧めたい本である。

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2006年10月 6日 (金)

年齢の法則

10月に入って、ひとつ年をとり、46歳になった。

このブログでも、何回か紹介している『こころを癒すと、カラダが癒される』(チャック・スペザーノ&ジェニー・ティスハースト著、伊藤由紀子訳、株式会社ヴォイス)の中に「年齢の法則」という章がある。

チャック・スペザーノ博士のこころを癒すと、カラダが癒される