2010年11月18日 (木)

小惑星探査機はやぶさのカプセルにはイトカワ由来の微粒子が1500粒

今年(2010年)6月、7年の歳月を経て、数々の苦難を乗り越えた探査機はやぶさが小惑星イトカワから地球に帰還し、イトカワのサンプルを収めたかも知れないカプセルを地上に届け、自らは流れ星となって燃えつきてから、半年近い月日が過ぎた。

カプセルの中には、肉眼で確認できるようなサンプルはなかったものの、微粒子は存在するとのことで、それがはやぶさがイトカワに想定外の着陸をした際にカプセル内に採取されたものか、地球由来のものかの調査、分析が進められていた。

昨日(2010年11月16日)、とうとうその結果が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から発表された。「1500粒程度の微粒子が岩石質で、そのほぼ全てが地球外物質であり、小惑星イトカワ由来である」と判定されたとのこと(詳細は下記プレスリリース)。文部省ではやぶさのプロジェクトマネージャーであるJAXAの川口淳一郎教授らが記者発表をした。

プレスリリース
http://www.jaxa.jp/press/2010/11/20101116_hayabusa_j.html#at01

川口教授は、2003年の「はやぶさ」打ち上げ直後に、以下のような加点法による「はやぶさ採点簿」を公表しているが、結果的にすべてをクリアしたことになる。

電気推進エンジンの稼働開始(3台同時は世界初):50点
電気推進エンジンの1000時間稼働:100点
地球スウィングバイ(電気推進によるものは世界初):150点
自律航法に成功して「イトカワ」とのランデブー:200点
「イトカワ」の科学観測:250点
「イトカワ」にタッチダウンしてサンプルを採取:300点
カプセルが地球に帰還、大気圏に再突入して回収:400点
「イトカワ」のサンプル入手:500点

これのような採点は、うがった見方をすれば、一般に理解されにくく、誰も確たる評価軸を持ち得ない宇宙観測のプロジェクトについて、プロジェクトの実施主体自らが、100点のバーを達成可能なレベルに設定して公けにすることで、世の中に対して先に評価軸を示すという意味があったかもしれない。そのような、評価軸をもっていないと、いつ素人の事業仕分けで、血祭りに上げられるかも知れない時代である。
そこまで、考えていたとすれば、川口プロマネは先見の明は大したものであり、自分たちの仕事の成果を見事に世間に理解させたと言えるだろう。

そんな天の邪鬼な見方はさておき、カプセルの中にイトカワから持ち帰ったサンプルが存在していたというニュースは、一連の「はやぶさ」物語の最高の締めくくりだろう。幾多の絶望的な危機を人智を結集して乗り越え、不可能と思えたことを可能にしてしまったこのプロジェクトは、なかなか元気のでない、我々日本人にとって何よりの贈り物だ。

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2010年8月20日 (金)

帰省で全日空のSKiPを使いポケモンジェットに乗る

我が家は5人家族なので、全員で移動するとなると大変だ。
今回の帰省は、父の23回忌。予め日取りが決まっていたので、インターネットを通じて全日空の早割で1ヵ月前には便を予約し、なんとか安く上げる。
8月のはじめにはクレジットカードの決済も終わった。

今回は、全日空のSKiPサービスを利用して、搭乗してみた。予約の時点で5人の座席まで確定させる。
家族5人それぞれの携帯電話のメールアドレスを入力すると、予約した便名、座席などの情報が2次元バーコードに変換され5人の携帯電話に送られる。
あとは、空港に行って、手荷物検査の前と搭乗前の2回、携帯電話に送られたバーコードをバーコードリーダーにかざすだけだ。

これまで必要だった空港カウンターでの搭乗手続は一切不要。
便利になったものである。これでは、飛行機の予約と、航空券の発券で稼いでいた旅行代理店の売上が落ちるはずだ。

空港に行ってみると、我々が乗る飛行機はポケモンジェットだった。
ポケモンで育った、高校生になる長男が、静かに喜んでいたのが印象に残った。

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2010年8月18日 (水)

丸の内オアゾで「はやぶさ」のカプセルを見る

60億キロ、7年の宇宙の旅から帰還した小惑星探査機「はやぶさ」のカプセル。中には、小惑星イトカワから持ち帰った微粒子が入っているかも知れないと言われている。
苦労して地球に戻って来た「はやぶさ」本体は、カプセルを地球へ戻すため、大気圏で鮮やかに燃え尽きただけに、「はやぶさ」が命がけで地球に送り返したカプセルだけが、「はやぶさ」プロジェクトの偉業を伝える証拠品として残されたものである。

最初、今週、東京丸の内のオアゾにやって来た。2010年8月15日(日)~19日(金)までのスケジュールで丸の内オアゾ1階に特設展示場が設けられた。

たまたま、今日から1週間仕事は休み。明日から父親の23回忌で田舎に帰るのに、何かか気の利いた東京みやげを買おうと思い、ネットで予め調べた上で、東京駅にある大丸に行った。さらに、妻からは甥っ子たち用の図書券も買ってきてと言われたので、松岡正剛プロデュースの「松丸本舗」を見たかったこともあり、オアゾにある丸の内丸善に向かう。
オアゾの広場では、「はやぶさ」カプセル公開に列が出来ている。1時間以上並ぶのだろうかと思いながら、とりあえずは、目的の丸善へ。

図書券を買い、「松丸本舗」をしばし眺めて1階に戻った。ダメもとで、列を整理している係員に「どれぐらい並びますか」と聞いてみた。「20分ぐらいです。今はすいているので、ぜひ見て下さい」と勧められた。列の最後尾で整理券をもらい、列に並ぶ。
配られたパンフレットでは、今日、オアゾで展示されているのは、カプセルの実物大の地上での実験模型の「エンジニアリングモデル」と微粒子を収めたカプセルを包む「インスツルメントモジュール」、それにカプセルを制御した「搭載電子機器部」の3点。15日・16日であれば、「搭載電子機器部」の代わりにカプセルの一番外側にあって、大気圏突入の高熱に耐えた「前面ヒートシールド」と「背面ヒートシールド」が展示されていたようだ。
それでも「インスツルメントモジュール」と「搭載電子機器部」は宇宙の旅から戻った本物である。何も物言わぬ機械に過ぎないが、7年の苦難のそして激動のドラマをくぐり抜けてきた機械なんだと思うと何とも言い難いものを感じた。

そのあと、オアゾ2階にあるJAXAの広報施設である「情報センターJAXAi」に寄ってみた。グッズショップも兼ねていて、1階で見学を終えたのだろう、小学生ぐらいの子どもを連れた親子連れが多かった。
一番奥のコーナーには、小さいけれども、今回、「はやぶさ」が着陸したジャガイモ(男爵いもでなくメイクィーン)のような形の小惑星イトカワの立体模型があった。(これは、カプセル公開中は、カプセルと一緒に1階の特設展示場で公開した方が、見る人にはより臨場感が出たのではないかという気がする。1階の展示を見た人全員が、2階の「JAXAi」まで、足を運ぶ訳ではないだろう)

また、入り口近くには、オーストラリアでのカプセル回収の際の撮影された燃え尽きる「はやぶさ」が鮮やかな光を放ちながら、星空を斜めに落ちていく最後の姿を写したパネルも展示されていた。
私は、何か「はやぶさ」の記念になるグッズがほしいと思い、直方体のガラスの中に「はやぶさ」の姿が彫り込まれたペーパーウエイトを買ってきた。

余談だが、帰って来てインターネットいろいろと検索していたら、今年4月の民主党の事業仕分け第2弾の際に、この「情報センターJAXAi」は廃止と判定され、年内には閉鎖の方向ということらしい。さて、今回の「はやぶさ」の快挙でその扱いがどうなるのか、ちょっと興味がある。

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

小惑星探査機 はやぶさの大冒険
小惑星探査機 はやぶさの大冒険

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山根一眞著『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』(マガジンハウス刊)、興味をひく出版秘話

幻冬舎新書の吉田武著『はやぶさ』を読んで、遅ればせながらのにわか「はやぶさ」ファンとなった。

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

しかし、幻冬舎新書は2006年11月刊であり、扱われているのは小惑星イトカワとのランデブーに成功し、当初の予定とは違ったもののイトカワに着陸、着陸したものの、その直後の2005年12月9日に音信不通となったところで、本文がいったん終っている。
イトカワとのランデブー中に撮影からイトカワの写真からも多くの発見があり、科学雑誌サイエンスへの発表で世界から絶賛されたことだけでも語る価値はあるという締めくくりだったと思われる。
その後、再び「はやぶさ」の通信が2006年1月23日に回復。出版準備の最終段階で、エピローグとして、宇宙研のメンバーの必死の努力で満身創痍の「はやぶさ」を何とか復活させ、地球に戻る航路をセット、2007年だった帰還予定が2010年6月と決まったところで、終っている。
しかし、地球に戻る旅を始めた「はやぶさ」は、その後も電子エンジン(イオンエンジン)がすべて止まるという危機に見舞われているのだ。

地球への帰り道での危機脱出の顛末も詳しく知りたいと思い、他の「はやぶさ」関連本を改めて書店で探してみた。世の中でこれだけ騒がれているので、関連する本が沢山出されているだろうと思っていたが、意外に少ない。
写真やイラストがメインのビジュアル中心の図鑑・雑誌的な『ニュートン』の別冊のようなものは何冊かあるが、読み物中心のものは、山根一眞著『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』(マガジンハウス刊)ぐらいだった。

小惑星探査機 はやぶさの大冒険
小惑星探査機 はやぶさの大冒険

はやぶさ関連本が少ない理由は『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』の「あとがき」に山根一眞自身が書いていた。

私は、1990年代初頭に、純国産のH-Ⅱロケット開発者で「ロケットの父」と呼ばれるようになった五代富文さん(のちにNASDA副理事長)の薫陶を受けて、宇宙取材に力をいれるようになった、。「はやぶさ」については宇宙科学研究所教授の的川泰宣さん(現・名誉教授)との出会いがきっかけで、2003年の打ち上げ前からチームの技術者や科学者との対談を始めていた。これほど見事で誇り高い仕事はないと直観したからだった。もっとも、インターネット上でも「はやぶさ」に関する書き込みは、長いこと技術に明るい人たちのものに限られていた。それだけに難解な宇宙技術のかたまりである「はやぶさ」のことを一般向けの本として出版する理解は得られず、私自身、半ば諦めていた。だが、記録だけはとり続けなくてはならないという思いで、宇宙科学研究所への取材は続けていた。(『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』297~298ページ)

いまでこそ、多くの人が関心を持つ「はやぶさ」プロジェクトだが、それは数々の苦難を乗り越えて、小惑星イトカワまで往復60億キロを7年かけて、帰ってきたというかつてヒットしたSFアニメ『宇宙戦艦ヤマト』さながらの物語が、人の心を惹きつけるからだろう。これが、地球への帰り道、イオンエンジンの不調が回復せず、そのまま宇宙の放浪者となっていたら、いくらそれまでの学術的業績が素晴らしくとも、ここまで騒がれることはなかっただろう。

著者は、今年(2010年)1月に宇宙研での取材の帰り、マガジンハウスのなじみの編集者から電話を受ける。「はやぶさ」とは関係のない本の話である。

「今、宇宙研の帰りなので・・・・・・」と答えたところ、「それ、何ですか?」と聞かれたので、私は「はやぶさ」のすごさをまくしたてた。彼は「はやぶさ」のことは何も知らなかったが、「すぐ本にしましょう!中学生でもわかるやさしい内容で書いて下さい!」といきなりいわれた。(『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』298ページ)

一冊の本が世に出るまでにもドラマがあるものだ。『小惑星探査機 はやぶさの大冒険』は、著者山根一眞のこのプロジェクトは、多くの人に伝えるべき事だというジャーナリストとしての熱意と地道な取材が最後になって結実した本である。
引用した「あとがき」にもあるように、本書には2003年の打ち上げから始まって以来、「はやぶさ」が学問上の業績を残したり、危機に遭遇したりする都度、宇宙研から発表されたプレスリリースや、またそれぞれ事案にいて宇宙研で担当する学者や技術者対する著者自身のインタビューを、著者自身も「はやぶさ」の一ファンとして、「わくわく、はらはら、やきもき」した思いが、ぎっしりと詰め込まれている。

「はやぶさ」プロジェクトの7年間の貴重な記録として、のちのちまで残っていく本になるのではないかと思う。

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2010年8月17日 (火)

小惑星イトカワの探査機「はやぶさ」の軌跡を語った幻冬舎新書『はやぶさ』を読む(2)

前回は、幻冬舎新書『はやぶさ』(吉田武著)の内容のうち、宇宙科学研究所(略称=宇宙研、ISAS)を中心としたロケット開発小史を語ったところで、力尽きてしまったが、本来の話の中心は、その宇宙研が進めたきた探査機「はやぶさ」を小惑星イトカワへ送り、イトカワのサンプルを採取して地球に帰還するというプロジェクトの意義である。

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

2003年の「はやぶさ」打ち上げに成功した直後、プロジェクトマネジャーである宇宙研の川口淳一郎教授は、加点法による「はやぶさ採点簿」を公開したという。

電気推進エンジンの稼働開始(3台同時は世界初):50点
電気推進エンジンの1000時間稼働:100点
地球スウィングバイ(電気推進によるものは世界初):150点
自律航法に成功して「イトカワ」とのランデブー:200点
「イトカワ」の科学観測:250点
「イトカワ」にタッチダウンしてサンプルを採取:300点
カプセルが地球に帰還、大気圏に再突入して回収:400点
「イトカワ」のサンプル入手:500点
(吉田武著『はやぶさ』45ページ)

ここでの採点項目には、ハードウェアとしての探査機「はやぶさ」の性能についての項目とその「はやぶさ」を使って小惑星「イトカワ」についての科学的観察の成果の2種類が含まれている。
プロジェクトが、機械と観察という2つの別体系の目標をあわせもつところが、工学系研究者と理学系研究者がペアで研究・開発を進める「宇宙研」ならではのものだろう。

そして、この採点簿は500点満点ではなく100点満点の評価という。電気推進エンジン1000時間稼働を達成できれば、それだけでもプロジェクトは成功といえるということで、さらに加えて、いくつもの難易度の高い目標を複数抱えるプロジェクトであるということだ。

「はやぶさ」は太陽電池のパネルを持ち、太陽の光をエネルギー源にして、4機(1機は予備)イオンエンジンで推力を得る。そのエンジンがどれだけ耐久性があるかが採点簿の1番目、2番目である。
しかし、太陽電池パネルで得られるエネルギーはわずかで、少しでも推進力を得るために地球の引力を利用するのが3番目の「地球スウィングバイ」ということのようだ。地球というハンマー投げの選手に「はやぶさ」というハンマーを投げてもらうというイメージを持ったのだが、正しい理解なのかどうか自信はない。
その後は、小惑星イトカワまでたどり着き、イトカワの観察を行い、イトカワに着陸してサンプル採取、地球に帰還ということになる。

サンプル採取については、サンプラー・ホーンという筒から弾丸を発射し、舞い上がった粉塵を採取するという本来の意図した方法は成功しなかったようだが、それでもはやぶさ本体は2005年11月20日にいったんイトカワに着陸したことは確実で、その着陸の際に舞い上がり、吸い込んだかもしれないイトカワの微粒子がカプセルの中に存在するかどうかということになる。

結果としては、この課題・目標のほとんどをクリアしたことになる。カプセルの中に存在したという0.01mm微粒子2個がイトカワ由来のものであれば、100点満点の500点になるのだが、どうだろうか。

なお、科学的な観測の成果としては、2006年6月2日号に米国の科学雑誌サイエンスに宇宙研のはやぶさチームで書いた小惑星イトカワについての7本の論文が同時掲載され、その号は「はやぶさ特集号」となったという。
さらに、持ち帰った2個の微粒子が、イトカワ由来のもので、更なる研究成果が認められることをいのるばかりだ。

「はやぶさ」プロジェクトに興味のある方は、一読する価値のある本だと思う。

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2010年8月16日 (月)

小惑星イトカワの探査機「はやぶさ」の軌跡を語った幻冬舎新書『はやぶさ』を読む

2003年5月9日に打ち上げられた日本の惑星探査機はやぶさ。数々の苦難を乗り越えて、小惑星イトカワへの探査飛行を終え、2010年6 月13日、イトカワのサンプルを採取したかもしれないカプセルがオーストラリアの砂漠に戻ってきた。丸の内でも、このカプセルが展示され、多くの人が訪れたという。

日本から打ち上げられた探査機が、火星と木星の間の小惑星群の中の一つに狙いを定めて、そこに降り立ち、または地球まで戻ってきたということだけで気が遠くなるような話だが、その間には、一時地球にある管制室と通信が途絶え行方不明になったり、エンジンがほとんど使えなくなったりと、数々のトラブルが発生し、その都度、管制室のスタッフが知恵を絞って、はやぶさに備わる他の機能で代替する解決策を考え出し、地球までたどり着いたという。

「ネット上では、一部のファンの間で話題になってきて、みんな何とか地球まで戻って来いと応援しているだよ」と長女から話を聞いたのは、6月に入ったばかりの頃だったろうか。「へー、そうなんだ」と話半分で聞いていたが、ほどなく、オーストラリアにカプセルが帰還し、マスコミでも一斉に報じられるようになった。

いったいどれほどの偉業なのか、おそらくは、北京オリンピックで日本男子400mリレーが銅メダルを取ったとよりも凄いことなのだろうが、私のような文系の人間に今ひとつピンとこない。
なにか、いい解説書でもないかと思っていたときに、書店に並べられていたのが、この幻冬舎新書『はやぶさ』(吉田武著)である。サブタイトルに「不死身の探査機と宇宙研の物語」とある。今回の帰還のタイミングに合わせて、急所、出版されたのだろうと思っていたが、読み終わってから改めて奥書を見ると2006年11月第1刷、2010年7月第3刷となっており、今回の帰還を受け、急遽増刷されたようだ。

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)
はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

この本では、単に「はやぶさ」の軌跡をたどるだけでなく、戦後日本の宇宙開発・ロケット開発の小史が語られた上で、これまでの成功のみならず数々の失敗も含めたプロジェクトの地道な積み重ねの上に、「はやぶさ」プロジェクトの成功があることが語られている。
そして、戦後の日本のロケット開発の先駆者・推進者として語られるのが糸川英夫である。今回の「はやぶさ」が探査した小惑星が「イトカワ」と名付けられたのも糸川英夫へ敬意を表したものだし、探査機の「はやぶさ」という名前も、糸川英夫が戦時中、中島飛行機の技術者として開発した一式戦闘機が「隼」と呼ばれたことが由来の一つになっている。

この本を読んで、日本の宇宙開発について、いかに知らなかったが痛感した。
まず、体制として糸川英夫が率いた東京大学宇宙航空研究所(のちに文部省所管宇宙科学研究所)を中心とした旧文部省系の流れと、旧科学技術庁系「宇宙開発事業団」を中心とした流れがあったこと。文部省系と科学技術庁系に分かれていることは知っていたが、二つに分かれることになったのかは、知らなかった。
糸川英夫を中心とした東大宇宙研の研究者たちは、自主開発にこだわり、最初の実験ペンシルロケットの時代から、燃料は固形燃料であること。彼らが、ロケット発射の実験場としているのが、鹿児島の内之浦であること。宇宙研での研究・開発は、常に、地球や宇宙について研究する理学系の研究者と、ロケットや探査機を開発する技術者である工学系研究者が一体(ペア・システム)となって行われ、他国にも例のないこと。
一方、旧科学技術庁の流れは、米国から技術導入をした液体燃料ロケットでの実験・打ち上げを行い、その拠点が「種子島宇宙センター」であること(私は、内之浦が手狭になったので種子島に移ったのだろうなどと、確かめもせず思いこんでいた)。なお、宇宙飛行士の募集は、旧「宇宙開発事業団」は始めた仕事である。
(しかし、いまや、中央省庁の再編で、文部省と科学技術庁は文部科学省となり、両者の流れは、JAXA「宇宙降級研究開発機構」として統合された)

「はやぶさ」プロジェクトは、東大宇宙航空研究所の流れを引き継ぐ宇宙科学研究所で生まれた極めて独創的なプロジェクトである。
この話を読むと、学問の世界では、世界初にこそ意味があること、日本の限られた予算の中で、それを成し遂げるには、いかに創意工夫をし、他国が手掛けないけれど、研究開発として意味のある分野を狙うのかといった研究のための戦略も必要になってくる。
それらのすべてが詰まったプロジェクトが「はやぶさ」プロジェクトである。
現在、大臣となった某議員が事業仕分けであるプロジェクトに対して問いかけた「2番じゃだめなんですか?」という質問には、ほとんど意味がないことがわかる。

長くなったので、「はやぶさ」プロジェクトについての感想は、改めて書くことにする

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2009年6月26日 (金)

ようやくETC車載器を注文

高速道路の休日1000円化政策と購入助成金制度政策のため、あっという間に市場から消えてなくなったETC(=Electronic Toll Collection System)車載器。「いつでも買えるだろう」と高をくくっていたら、どこのカー用品店でも、インターネット通販でも、在庫が払底し、買い損なってしまった。

いずれ生産が進めば、市場に出回るだろうと思っていたが、購入助成金の打ち切りもあって、メーカー側も様子見なのか、さっぱり出てこない。一度、2ヵ月ほど前に、あるネット通販サイトで某月某日の夜9時から限定販売を受け付るという情報を得て、夜9時ちょと過ぎにアクセスした時にはもう完売だった。

その時、またいずれその通販ショップが販売を再開するかもしれないと、お気に入りにリンクを登録しておいた。
たまたま気になってアクセスしてみると、いつもは5~6種類あるETC車載器のすべてが「在庫なし」表示なのに、今日は1機種だけ「在庫なし」表示がない。表示の間違いかとおもつつ「注文ページ」へ進むと注文可能となっている。他のサイトで注文可能かどうか調べているうちに売り切れても困るので、その場で即「注文」ボタンを押して、権利を確保した。

後は、ショップ側から在庫確認の上、振込額の詳細がメールされてくれば最終確定である。15000円ほどの投資だが、妹が千葉の袖ヶ浦にいて、アクアラインを利用する機会もあるので、数回高速道路を利用すれば元が取れるだろう。クレジットカード会社から、ETCカードは入手済みなので、あとは車載器である。
はたして、本当に在庫はあるのだろうか。

ETC総合情報ポータルサイト

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2009年4月19日 (日)

イオン系マックスバリュでセルフレジを体験

我が家がよく使う病院のそばに、イオングループの食品スーパー「マックスバリュ」がある。病院の帰りにたまに寄るのだが、今日も、午前中、母親を病院に連れて行ったあと、買い物のため寄った。

そこで目についたのが「セルフレジ」。前回、2ヵ月ほど前に行った時にはなかったような気がする。その他の通り、買い物の後のレジスターでの代金支払を本人が行うというもの。
店員がチェックを行うレジの隣に4台ほどセルフレジが並んでいる。車があるときに大量に買い込むのが我が家のやり方で、妻がカートを押して生鮮食品を買い、私は妻のカートの入りきれない洗剤やトイレットペーパーなど日用品を別のカートに入れた。いつもはまとめてレジを売ってもらうのだが、何事も新しいものは一度試してみたいということで、私の買った日用品だけは「セルフレジ」を試してみることにした。

光学式の読み取り機にバーコードを通して、商品の値段を読みとらせるのだが、商品ごとのバーコードの場所を探すのに時間がかかり最初は手間取る。全部の商品の読み込みが終わると代金の精算、現金・クレジットカード・電子マネーの「WAON」カードのどれかで支払いを行う。今回は、現金で支払い。一万円札を入れるとおつりが出てきた。

バーコードを読み終えたチェック済みの商品を置くスペースはさほど広くなく、大量の買い物の精算には向かないだろう。店側の狙いも、少量の買い物を手早く精算したい人を意識したものなのかなと言う気がした。(イオン側の新店舗開設のニュースリリースの際のセールストークも「少ない点数のお買い物を短時間で済ませたいというお客さまから好評」となっている)
気になるのは、一部の商品をバーコードの読み取りをせずに、チェック済みの商品の紛れさせてしまうこと。一応、4台のセルフレジに1人
監視役の店員がついていたが、どうやって不正をガードする仕組みなのかは、よくわからなかった。
イオングループでのセルフレジは、2003年11月にマックスバリュ松ヶ崎店(千葉県柏市)に試験導入されてい以来、すでに5年以上経過しており、最近の新規オープン店には、必ず数台は設置されているようだ。

スーパーのすべてのレジがセルフレジに置き換わるとは思いにくいが、利用者にとって多様な選択肢が増えることは、悪いことではないのだろう。

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2009年1月11日 (日)

地上波デジタル対応の液晶テレビを買って思うこと

私がパソコンの自作を趣味にしていることもあって、我が家にはパソコン6台(デスクトップ4台、ノート2台、うちデスクトップ1台は現在稼働休止中)あり、家族1人1台の割合でパソコンを持っているが、一方でテレビは貧弱である。以前、フラットパネルになる直前の20インチぐらいのブラウン管のテレビを使ってが、奥行きがかなりあり、リビングの中で邪魔になり妻に捨てられてしまった。代わりに、私が札幌単身赴任中に買った14インチのVHSビデオ内蔵のテレビが、我が家のリビングに置かれることになった。
地上波のアナログからデジタル移行の際には、どうせ新しいTVを買うことになるので、それまでの繋ぎを、14インチテレビが果たすことになった。
それからすでに3年が過ぎ、地上波のデジタル放送も始まり、3年前には高価だった薄型液晶テレビもお手頃価格に下がってきたので、昨年の夏ぐらいからそろそろ買ってもいかなと思っていた。

私はホームシアターにするような大画面には特に関心はない(それに、我が家には大きなものは置く場所がない)ので、以前のブラウン管テレビと同じ20インチ、パソコンのディスプレイも兼ねられる機種という条件でシャープ、パナソニックなどの製品を、見たり調べたりしていた。
インターネット通販では、家電量販店より安い値が提示されているが、テレビは値下がりしたとはいえ、高価であり、あまり安値では液晶のドット抜けなどのリスクもあること、万が一故障した場合の修理の持ち込みを考えて、地元の家電量販店で探していた。
この3連休ある家電店が現金購入者には、レジ後に1割返金というキャンペーンをしていた。そこで、ソニーの20インチが、2ヵ月ほど店頭の宣伝用ビデオのモニター用に使った現品処分につき値引きという品があった。自然な色合いに見えたこともあって、結局その機種を購入した。



さっそく、持って帰り、14インチブラウン管テレビと置き換えた。従来のハードディスク内蔵の財布と相談してDVDビデオレコーダーとつなぎ、ゲーム機Wiiとつなぎ、さらにパソコンとつないだ。取扱説明書を読んでいると、このテレビ単体でもインターネット接続が可能ということだった。

最初は、地上波のアナログしか見えなかったが、よく説明を読んで設定を行ったら、地上波デジタルも映るようになった。確かにアナログ放送に比べ、きめが細かくその差は歴然としている。しかし、映像が美しくなると、余計に現在の地上波の放送内容の貧弱さを感じる。スポンサー付の無料放送の限界なのだろう、特にNHK以外の民間放送にはあまりみたいと思わせる番組がない。
お笑い系のバラエティとお笑い絡みのクイズ番組、必ずジャニーズの誰かが出演してるドラマ、民法の夜7時から11時までの4時間を見ると、70~80%の確率で上の3つのカテゴリーのどれかに入るだろう。どこを見ても代わり映えしないのだ。

新しいテレビを買ったら、BS放送が見たくなった。中長期的には、テレビとインターネットの垣根はどんどんなくなっていくのであろう。少なくとも、ハード面では、上述の通りすでにそれは可能になっている。TV視聴者の多くも、TVよりもネットに時間を費やしているかもしれない。
TVの機器を作るメーカーはTV局に義理立てしていても製品が売れるわけではないので、売れるための品揃えとして、ネット接続も必須の条件であろう。
これから、さらにハードが変わり、それを追いかける形でTV上で流されるソフトである映像の作られ方、見られ方も大きく変わって行くのであろう。これから10年、地上波デジタル時代に、TVを巡るハードとソフトがどのようにかわっていくか、同時代の出来事としてこの目で確かめていきたい。

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2008年11月20日 (木)

公共料金のクレジットカード払とクレジットカードの再発行

いまや生活に欠かせない存在となったクレジットカード。私が一番古くから使っているのは、社会人になって1年目、職場で斡旋があり、入会したクレジットカードで、数えてみるともう25年も使っていることになる。

もともと、電気代・ガス代・電話代等の公共料金の支払は、銀行の口座振替を利用していたが、会社毎に振替日が違うので、うっかりして、たまたま口座振替日の直前に多めにお金を引き出したりすると、残高不足で振替ができず、あわてて送金手続をするというようなことも、何回か経験した。
数年前から電気、ガス等の公共料金もクレジットカードで引き落としが可能になったのを機に、全ての公共料金の支払を銀行の口座振替からクレジットカード払に一本化し、またカード代金の引落口座を、給与振込口座とは別の口座に変更した。

そうして、給料日に、翌月上旬のカード代金決済日に引き落とされる見込みの金額分だけカード決済口座に入金するようにした。
公共料金の支払をクレジットカードに一本化した上でカード代金決済口座も、日常の生活資金の出し入れをする給与振込口座と別管理にしたことで、口座振替日のうっかり残高不足はほとんどなくなった。(クレジットカードに集約できなかった支払が一部残っている)公共料金の支払を一本化したクレジットカードは、まさに我が家の家計のメインカードとなった。

ところが・・・である、その家計のメインカードが、磁気ストライプの不良なのか、この数年クレジットカードにも搭載されるようになった金色のICチップの不良なのか、買い物の支払で使おうと、お店のレジで出しても、カードリーダーで読まれなくなってしまった。
メインカードにする意味は、支払日が一本化され、手間が省けるほかに、1社に集中することで、カード会社のポイントサービスをより有効に利用する意味もある。しかし、日常の買い物で使えなくては効果は半減である。かれこれ、1年近く不便な状態が続いていたが、改めてカード会社のホームページを見ると、相談窓口に連絡すれば再発行すると書いてあった。

すぐ、電話をして、再発行を依頼したところ、1週間ほどで手元に新カードが届いた。
(磁気・ICチップ不良による再発行は手数料も不要)一つだけ困った点は、16桁のカード番号の下4桁が変更になってしまうこと。
電話で問い合わせをしていて、オペレーターからその話をきいた時には、「公共料金の支払を集中してますよ」とぼやいてしまった。そのカード会社は、電気・ガス・電話等の大半の公共料金につき、カード番号の変更はカード会社から連絡してくれるとのこと。私がカード払にしていた公共料金についてのカード番号の変更連絡はカード会社側で対応可能とのことで、安心して再発行手続をしてもらうことにしたという次第である。

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